だいろくわ きょうはく
「ええと、どういうことなのですか?」
ようやく泣き止んだエメラルドは、きょとんとした表情を浮かべる。
「ま、詳しい話は外にでてからしよう」
家の外にでて、郵便受けにたまった諸々を適当にカバンに詰めると、オレンジ色に染まった住宅街を歩く。ちょおうど、帰宅する時間なのか、青春真っ盛りといった中高生の集団とすれ違う。
けっ、高校生カップルとかいう甘酸っぱさあふれる生き物は、一時の間違いで見事にクリティカルヒットして、夢から覚めて現実に眠れぬ夜を過ごしやがれ。野球部は喫煙と飲酒がバレた上に、みんなホモになる呪いをかけておいた。
エメラルドは気を張って少し疲れたのか、俺の右肩にちょこんと座っている。目的地まで、コンビニの袋に、食い終わったカップ麺容器に一緒に入れて持ち歩こうかと思ったが、どうやら他人にむやみに見えることはないらしい。エメラルドいわく「勇者様以外には見えなくなるぷらいべーともーどの魔法がかかけているのです。えへん」だそうだ。……「超刺激 二十倍担々麺」のカップとか、ちょうどよく収まりそうだったのに、便利な電子妖精だ。
「わー……のどかですね。空気も美味しいですし」
エメラルドはこの世界が珍しいのか、耳をぴょこぴょこと動かしてきょろきょろと落ち着き無く見渡してる。こいつ無駄に耳が長いので、いちいち俺の耳に擦れてこそばゆい。うっかり羽虫がうろついている気分になって、叩きつぶしそうになってしまう。しゃべるタイプのヒトガタをしていなければ、一ミリも躊躇しなかったかもしれない。
「のどか? ほう見えるか……」
俺は意味ありげに、せつなそうな表情を浮かべて呟く。
「え? え? だって、人々の顔は明るく笑ってましたし、家も燃えたりしてないです……よ?」
鼻をふんと鳴らすだけで、その問いには答えず、公園へと入っていく。さびれた公園で、周りが木でかこまれたジメジメとした場所だ。さながら、忘れれた秘密基地といった風合いだ。こんなとこで元気に遊ぶ子供なんぞいやしねぇ。好んでくるのは、猫と不審者ぐらいだろうさ。
朽ちかけたベンチに座ると、俺は鞄を開ける。エメラルドは、ごたいそうに、俺の隣へと座っている。明らかに身体とベンチのスケールが間違っている。贅沢モノめ、その辺の小石に座っているのがお似合いだろう。
「さて……お前にはまだ俺の秘密を教えていなかったな」
「ひみつ……ですか? 実は、女の子とか? …………うわぁ」
自分で言って、ドン引きしてやがる。小声で「ありえない」「いやぁ……いやいや」「最初の仕事が汚されちゃった」とおぞましい現実を否定する、つぶやきまくっている。
こいつ……いい性格してやがるぜ。つい反応してしまいそうになるが、煽りはスルー。これは掲示板では鉄則中の鉄則だ。相手のフィールドに落ちてたまるか。
「俺は脅迫を受けている。それも複数機関からだ」
「ええぇ! だからそんなに捻くれてトゲトゲしくていじわるな性格になっちゃんですか! かわいそう……」
せーの。
パァン!
ふぅ、きれいになった。
……リミットブレイクして潰してしまいたくなるが、俺は冷静に耐える。
目的のためならば、プライドは簡単に捨てられる。元より、プライドなんて金で買うものだ。高い投資や報酬がつくから、プライドが芽生えるんだ。家畜に騎士道なんぞ存在せん。
「これだ」
俺は鞄から取り出した3つの封筒を、ババ抜きのトランプのように扇形に広げて持つ。「重要」「進展」「警告」などと、毒々しく脅す赤色のフォントが印字されている。
「わっ……なんだか、禍々しいオーラを感じます。色も毒々しいですし」
エメラルドは眉をひそめて、上半身をきゅっと引く。
「お前、これが何かわかるか?」
「んーと……」
エメラルドはまじまじと封筒を見つめる。ふわふわと、飛び回って上から下からと回り込む。
「すみません……わかりません。この世界の知識は……一週間、山を張って勉強しただけなので。ふぁんたじー世界なら、しっかり勉強してあるのですが……」
よし、よしよし。上々だ。中身を確認させてくれとさえ言わなかった。
やはり、高度なスキルを持ち合わせていようと、このエメラルド電子妖精は、ぽんこつだ。いいぜぇ……デジタル派の俺も、流れが来ているというのをひしひしと感じずにはいられない。
俺は、一つ一つ、封筒を鞄の上に起きながら、わかりやすいように異世界ファンタジー基準で説明してやる。感謝しろよぉ?
「こいつは、アカデミーからだ。俺の研究が気に入らなかったのか、賠償請求してある」
日本育英会と書かれている。
「こいつは、領主から。島流しにしてやると」
家賃の督促。
「これは国家からだ。簡単に言うとお前を死ぬまでコロスと書いてある」
年金の督促の封筒。……ふぅ、やれやれだ。
「うわぁ……英雄は、気苦労が多いと聞きますが、勇者様……やっぱり大変な過去をお持ちだったのですね」
真剣な表情で、エメラルドはまたちょっと泣きそうなっている。
「ふん……こんな風に、現世界で絶望しているからこそ、俺を異世界に飛ばせると、お前の世界のコンピュータは選んだのかもな……」
俺は寂しそうな視線で、夕空を見上げる。簡単に落ちた電子妖精に、思わずにやけそうになった表情を隠すための咄嗟の機転。俺には万に一つも隙というものは存在しない。
「あっ……う。その……すみません。」
ハハッ……いいぞ。いいぞ。いい、いいぞ。
ぽんこつ電子妖精でも、スキルさえあれば重用する。俺様はどのような状況であろうと、感情に左右されず、光明を見出す。
それこそが、英雄の資質とみこまれ、勇者様とやらに選ばれた本当の理由かもなぁ?
「だかな。どんなに、ファッキンシットでマストダイな状況でも、俺は逃げることでよしとするのはできない」
俺はベンチから立ち上がると、エメラルドに背を向けたまま静かに語る。
「だから……お前にやってもらいたいことがある。……世界を、救うためにな」
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