だいごわ だいさんのせんたくし
「だいさんのせんたくし?」
エメラルドは小さな唇に、人差し指を当ててきょとんと首をかしげる。
「そうだ。今は俺が異世界に『行く』か『行かないか』って話だったろ?」
「いいえ、『今行く』か『あとで行く』かって話です」
コイツ真顔で言い切りやがったよ。
まあ、「あとで行く」っつーのは、真面目系クズ用語で「行かない」と同義なので、あながち間違いじゃないが。
コイツの言動は無視して、さっさと話を進めることにしよう。
「だがな。前提条件を変えてみると、色んな世界が見えてくるのさ。俺はパソコンに詳しい。マジもんのスーパーハッカーと言ってもいい」
「あっ! それなら、知ってます! IPあどれすから住所を調べて、お家にピザをいっぱい届けてくれる人ですよね!」
エメラルドはパッと顔が明るくなる。やっと、電子妖精の面目躍如ができたと、得意気な様子だ。
ご丁寧にない胸を張っちゃって……まあ、残念なこと。面目躍如どこか、今、電子妖精株価は死人が出るタイプのナイヤガラフォールだ。
「圧倒的に歪んだ解釈だなおい。俺がそんな親切なクズ野郎にみえるか?」
「あれ……見えませんね? どちらかというと、他人のクレジットカードを使って、トッピングを全部のせたごーじゃすなピザ注文をしそうな顔をしてます」
こいつ……ぽわぽわ系の純粋無垢そうな童顔をしてるくせに、さらっと、流石の俺でもしなさそうな発想を瞬時にしやがった。
俺の目つきは確かに悪いが、そんなことはしやしねぇよ。
クレバーな俺様は、そんな足跡ばベタベタつきそうな方法でケチな犯罪なんぞしやしない。
「……でも、勇者様のはずだから……何か辛い経験があったせいで、ピュアボーイの成れの果てである可能性が? うーん……?」
目の前の電子妖精、ぶつくさとラップバトル並のディスの豊富な、独り言を言いながら考ええ続けている。
「前提を逆にしてみよう。『エメラルドが俺に異世界を助けて欲しくてやって来た』じゃなくて、『俺がエメラルドをこの世界を助けて欲しくて召喚した』だとしたらどうだ?」
「えっ?」
予想だにしなかったことを言われたのか、エメラルドは目をぱちくりと瞬かせる。
「で、でも私は勝手に連れてこられたわけじゃなくて、一割ぐらいは自分の意志で来ましたよ?」
エメラルドはそこまでいうと、目を反らしてうつむくと、ボソッと「勇者様候補は選べなかったですけど……」と暗い顔で呟く。
「それは俺も同じだ。俺もお前を召喚しようとしたわけではない。電子妖精なんて考えたこともなかったね」
「だったら、やっぱり、私がやって来たのであってるじゃないですか!」
やれやれと言った感じ感じで、ふんすと鼻息を漏らす電子妖精。大方、俺が適当な言葉遊びを始めたといったような、見事なまでの嘲った表情をしてやがる。
「確かに、確かに召喚しようとしたわけではないが……」
俺は、真面目な表情をして、スッと目を細めてエメラルドの目を見つめる。
「『この世界を助けて欲しい』って気持ちはある」
「えっ……えぇ?」
クソ真面目にいきなり青臭いことを言ったのが、よほど意外だったのか、エメラルドの瞳孔がきゅんと小さくなる。
「話してわかってると思うが、俺はリアリストだし、頭もいい。無理なものは無理とわかってしまうし、理想は理想でしなかないと切って捨てられる」
「自分で頭がいいとか言っちゃうんですね……すごい、さすが勇者様候補だ」
字面だけみると、煽りにしかみえないが、表情は本気で関心してやがるこの電子妖精。
しかし、羞恥や不真面目さは一片たりとも見せたりはしない。
余計な感情よ。黙ってろ。うるさい、一瞬の油断が命取り。
ここで俺の熱い……熱い思いをなんとかして伝えなければならないのだっ!
「複雑に絡み合う世界情勢、高度に進んだ科学技術、根の深い民族紛争、限られた様々資源、経済システムの限界……いかなる天才であると、たったひとりで全てを解決するのは不可能だ」
「……なんだかよくわからないけど、すごいむずかしそうですね」
いつのまにか、エメラルドは正座して、入学したばかりで希望にあふれる大学一年生のように、真面目に俺の演説に食い入っている。
その膝の下に敷かれているのが、宝物庫から取り出した『エルフ洗脳 ~やめてください! 私、そんないやらしい娘じゃありません!~』ってエロ漫画じゃなければ、完璧だった。
コイツの耳も心持ちなんか、エルフっぽく長いし。
「仮に誰も死なない争わない世界を作ったとして、どうなってしまうかは……生態系の話をみるまでもなく明らかだしな。今度は、天使か死神が仕事があがっりだと抗議にくるかもな」
俺は皮肉気味に口をつりあげる。
いわゆる、狼を殺し尽くしてしまったら、天敵の鹿が増えすぎて、草を食べ尽し、生態系がめちゃくちゃになったという話だ。
「うぅん? ますますわからなくなりました。勇者様はこの世界を救いたいん……ですよね?」
ぐりぐりと両手の拳をこめかみに押し付けて、エメラルドは俺の言わんことを理解しようとがんばっている。
「ああ」
「でも、無理だとわかってるからしない」
「そうだ」
「じゃ、じゃあ」
ふわりと寄ってきて、質問を続けようとするエメラルドの唇にそっと左手の人差し指をあてて、俺は静かに告げる
「現実的に考えればだ」
ゆっくりと、息を吸い込み。
空いた方の右手の人差し指をパチンと鳴らして、エメラルドをすっと指差す。
「――つまりは、電子妖精なんて存在しない世界の現実のこと」
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