だいよんわ かるま

「ん? 今、なんでもするって言ったよね?」


とりあえず、言っておかなければ、いけない気がした。

インターネッツの汚れた住人として、仕方のない汚い性。いわば様式美というやつである。

断っておくが、俺はホモではない。


「ふぇっ……言いましたけどぉ…………」


エメラルドは泣きはらした目をこすりながら、しゃくりあげる。


「でも……うえっ、私、あんまり胸もないし……えっちなお願いは、ひらないっていうし……うっく、もう、ろうすればいいか」


さて……とりあえず言ったものの。

ぶっちゃけ、俺もどうしていいかわからん。


この手のひらサイズの、胸が貧しいタイプの童顔妖精が、たとえ全裸だろうと、一ミリも興奮しない自信がある。

「植物は全裸だけど……それがなんだってんだ?」って感じだ。


小さいけど、ロリってわけでもねーしな。。

こいつが1/1スケールだとすると、かわいいとされている親戚の女子中学生って例えが、まさにぴったりだ。


「……うぅう、私、覚悟してきたんですよ……たとえ、勇者様が性欲モンスターの変態だとしても、世界のためだと思って……」


ふらふらと力無げにエメラルドは、俺の洋服ダンスの最下層の引き出しへと飛んでいく。


――その引き出しは、別名、『禁じられし宝物庫』。


日光や湿気などから隔離され、品質が最適に管理されたモノ。一般市民がみたら規制不可避のR-18の代物が並ぶ危険領域。

薄められた一般オタク向けの甘いお菓子満足できなくなり、研究熱心な俺が行き着いた業が深い代物の数々。


……言っておくが、一応合法の代物しかない。ついでに、俺は、別にそういう性癖があるわけではない。

ただ、オブラートを取っ払った尖った原石が、格別に好きなだけだ。本当だ。だから、国家権力だけは勘弁してくれ。


「……うえっ、ひっく、ここがそのあれで……うあっ、ううっ……」


エメラルドはあろうことか、その引き出しに手をかける。


だが、残念だな。その引き出しは、格別に開けにくいセキュリティが施してある。

しかも、三重にだ。アングラな海外のサイトの知識を駆使した技術の結晶。下手な金庫よりも開けることは不可能だ。

俺がどこぞで野たれ死んだときに、世にでることなく、処分されるように……な。立つ鳥跡を濁さずってやつだ。


「ふんっ、泣いても無駄だ。……そうだな。何でもするなら、今すぐ電子世界に尻尾を巻いて帰るってのはどうだ?」


俺は確固たる自信をもって、冷静にエメラルドを追い払う弁を述べる。


――ガラッ。


「ブッ! 嘘だろっ!」


あ り え な い。

エメラルドは何でもない引き出しのように、三重のセキュリティを一気に突破して宝物庫の扉を開く。

コイツがでてきたときの八十三倍ぐらいは驚愕する。


「な、なななな、なんで、そんな意図も簡単に?」


「うぅう……私は、落ちこぼれですけど、電子妖精なんですようっ!」


エメラルドは涙目で、キッとこちらを睨みつける。


「うぇっ、ネットなんて、セキュリティだらけじゃないですかぁ。……だ、だからっ、あらゆるセキュリティは私の前では、無効化されるんですようっ!」


……くそっ、ポンコツだと思って油断した。

思い返してみれば、俺のノートPCだって、簡単に侵入できないように対策はしてあった。


電子的なセキュリティ以外にも対応可能とか、実はチート能力持ちじゃねぇかコイツ……!


「……こ、こんな格好とかっ!」


エメラルドは宝物庫を、無遠慮にごそごそと漁ると、フィギュアを掲げる。全裸や水着よりもアウツな格好をした、エルフ妖精の美少女だ。

ワンダフォーフェスティバルで、ゲリラ的に販売され、開始十分で発売禁止&サークルが永久出禁を食らった幻の一品だ。


「よせ……」


エメラルドはフィギュアを戻すと、今度は薄い本を取り出す。

わぁい。そいつは、見られると、性癖を誤解されるぞ。少なくとも、引っ越しせざるを得なくなる。

商業じゃいつの時代でも、絶対に無理だと、編集に2秒でボツをくらったもの奇跡の薄い本化。


「……こ、こんなこととかっ! ……うぅー……いや、これは厳しいですけど……私、生えてないですし」


「やめろ……」


顔や耳、体まで羞恥で体を真っ赤にしながらも、エメラルドはやけっぱちに宝物庫を漁りながら、泣き叫ぶ。

むさっ苦しい野郎であろうと、羞恥でこうなるかもしれない。……想像すると地獄絵図でしかないが。


「あとっ……あとっ……! こんなぷれいだって……私、……そのまだですけどっ!」


まずい。とっくに人並みの羞恥心を捨てた世捨て人になったつもりだったが、純粋っぽい少女っぽい何かにアウツな代物を漁られるのは少々クルものがあるぞ。

いっそ、俺が生粋のHENTAIであれば、ご褒美と感じることができたのかもしれないが。

3ナノグラム残っていた良心らしき何かが、目を覚ます。


「よし、俺が悪かった。……少し落ち着いて話を、しようか」


「で、でも、異世界に行くのはダメっていうじゃないですかぁっ! 完全に論破してくれちゃったじゃないですかぁっ!」


宝物庫を漁る手を止めて、エメラルドは悔しそうに歯ぎしりしながら、ギーッと俺を見上げる。

あー厄介だな。泣く子には論理は無効っつうが、こういうことかよ畜生。

「はい論破、じゃあな」って、回線切ってサヨナラできんのは、こんなに厄介なものか……!


「俺達はわかりあえる。まず、引きずり出したものを直して、ゆっくり引き出しを……閉めるんだ」


「閉めたら、なんでもしてくれるんですかっ!」


いかん、コイツ、完全に頭に血が登っている。頭にチロルチョコをのせたら、瞬く間に電子妖精のチョコトッピングができそうだぜ。


いっそ、一昔前のヒロインよろしく、ヒステリックに暴力で訴えてきたら楽でいいのに。力なさそうだし。

精神的な攻めと、交渉をしているという前提だけは見失わないでいやがる。

しかも、無意識でやっていそうなのが、たちが悪い。


「……いや、何でもはしない」


「やっぱりっー!」


エメラルドはまた宝物庫を開け、今度はダイナミックに体ごとダイブをしようとする。


「待て待て待て。だが、話し合い、お互いを理解することで、もう一つの可能性が生まれるっ!」


俺は、エメラルドが飛び込む前になんとかしようと、早口で述べる。

ショック状態で動かなかった体も動き、エメラルドをつかもうと手を伸ばす。


「もうっ! なんですかー!」


だが、エメラルドはすいっとかわして、俺の眼前へと迫る。

ちょうど、カウンターのような形になり、おでこ同士がベチンとぶつかる。


「あいてっ! ……うううっ! ずつきで入れ替わるとかそういうメルヘンですかっ!」


「っ……これは、ただの事故だ」


小石がぶつかったみたいに痛い。……この電子妖精、意外と石頭だな。

シリコン生命体とかじゃなかろうか?


ふたりして、赤くなるでこをさする。もっとも、エメラルドは羞恥やら怒りやらで、すでに真っ赤であるけれど。


「ふー」


……俺は息を整え、子供を諭すように落ち着いた口調で述べる。


「生まれるのは……『第三の選択肢』ってやつだ」

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