だいさんわ ちしき

「なんだと……?」


この電子妖精め。ついにブラックな本性を表しやがったか?

人間じゃない奴は、無邪気なキッズよろしく、無意識に残酷だろうしな


「ふふふ……なにも、異世界は、戦士ばかり求めているわけではないのです!」


エメラルドは本棚にに座って、ドヤ顔でお告げを受けた巫女のように、両手を上げる。


「見たところ、難しい本がいっぱいあるようですね。えへへ……恥ずかしながら、さっぱりわかりませんよ」


いばんな。エメラルドが座っているところは、情報技術関連の書籍なのだが。

……コイツ、本当に電子妖精か? 電子レンジで一分ぐらいチンしたらできる妖精の類じゃないんだろうか。


「勇者様ではなく賢者様として役に立つ道が、貴方にはあるのです!」


ズビシッと、俺に人差し指を突きつけて、エメラルドは、スポ根モノの主人公のようなキラキラした目をする。


「……あのな」


「なんでしょう? やる気が出ましたか!」


「俺の専門は情報科学……有り体に言えば、コンピューターだ。まず、その異世界にコンピューターはあるのか?」


「…………えー、私の電子妖精界には、似たようなものは……ちゃんとありますよ?」


「お前のじゃねぇ、俺の派遣先だ」


「…………ないです」


エメラルドは悔しそうに、唇の端を噛みながら、絞り出すように言う。

にしても、コイツ、嘘が下手くそだな。ポンコツ妖精か。まったく、論破する楽しみが薄れるってもんだぜ。


「でもでも! 専門外でも、ファンタジーな世界観ですよ! 貴方の世界より、文明はずっと遅れてて!」


「ふー……やれやれ、確かに俺は、他の分野の技術知識は、他の一般人より豊富にあるが」


「じゃ、じゃあっ!」


期待にあんまり無い胸を膨らませたエメラルドはふわっと飛んで、俺の近くまで飛んでくる。


「そのずっと遅れてるってのが問題なんだがな」


「えっ……えっと、どういうことですか?」


リスのように小首を傾げるエメラルドに、俺はわざとわかりづらく告げる。


「『理論と実地は違う』、『テクロノジーツリーはジャンプできない』ってこった」


「えー? えー……魔法の話ですか?」


おっと……思いがけない飛躍だ。意味がわからないと全部魔法になるらしい。

やれやれ、ファンタジー世界の科学が遅れてる原因は、魔法技術に甘えてるせいじゃなかろうか。真面目に。


「たとえばだ……ここにイタリアン料理のレシピ本がある」


俺はごそごそと平積みの本からレシピ本をとる。スパゲッティとオリーブオイルだけで、なんとか食生活が高級にならないかと買ったものだ。

……現実はそんなに甘くなかったが。なんだよ。ムール貝って。タニシじゃだめなのかよ。


「ふむふむ……」


俺は、適当にページを開く。

赤、緑、黄と、鮮やかな色合いをしたトマトのパスタの写真が、レシピと共にのっている。


「じゅる……美味しそうです」


「お前そのサイズで食うのかよ」


「失礼な! 私の職場は、給料から1割引かれるので、美味しいご飯が無料なのですよ! 料理妖精の手作りです! オシャレさんなのです!」


エメラルドはえへんと胸を張る。ホワイトなのかブラックなのか良くわからない職場だなおい。


「それは無料というのか? ……ま、それはともかく。じゃあ、エメラルドこのパスタを作ってくれ」


エメラルドは目をパチクリとして。


「……え? で、できるかな。私、あんまり料理とかしないし……」


エメラルドは、腕を組んで、フラフラと八の字を描きながらうんうんと唸る。


「なんだ自信ないのか?」


「だ、だって、作ったこと無いんですもん……。その……ちょっと、ぶきっちょでいいなら……が、がんばってみますっ!」


両手をぐっと握りしめて気合をいれたエメラルドは、すーっと、油汚れにまみれたキッチンへと飛んでいく。


「まずは、冷蔵庫に何があるかを……」


エメラルドが冷蔵庫の取っ手に手をかけたところで、俺は手をおいて、開けられないように塞ぐ。


「誰が、冷蔵庫の食材を使っていいといった?」


「うー……わかりましたよう……買ってきますよう。も、もう……人間の鍋でも重いから持てるか、不安なのにぃ……」


ジト目で頬を膨らませて、エメラルドはぶつくさ言いながら、窓から出ていこうとする。


「おいおい、何を勘違いしてるんだ? スーパーと鍋を使っていいといった? 小麦を育てて、鉄を加工するとこからやるんだよ」


「えっ……えええっ! そ、それはいくらなんでも無茶ですよっ! 意地悪すぎです!」


「無茶? 人類は長い歴史を使って、そこから始められるように、知識体系とシステムを構築したんだよ」


俺は、ドサッと腰を下ろして告げる。


「やったことがないものは細かい知識が欠落している。プログラムができてもパソコンが無ければ何もできない。パソコンの原理は知っていても作るのは無理」


「あっ……」


エメラルドはようやく俺が何を言わんとしているかが、理解したようだ。


「あまり人類の英知を舐めないことだ。いくら俺様と言えど、流石に歴史と種族には勝てねぇよ」


ゴロリと寝転がり、ノートパソコンの電源を入れ直す。

……お、壊れてないようだ。エメラルドはウソが付けないのは確信としていいや。もう用無し妖精だぜ。


……俺は、そのままエメラルドを無視して、情報の海に浸る(ネットサーフィンをする)。


「……うー! うー! うぅううー!」


二十分ぐらい無視して、ニュースサイトと動画サイトをチェックし。

エメラルドの存在を忘れかけた頃、涙じみた唸り声が聞こえてくる。


……なんだ? 猫か?


ゆっくりと振り向いてみると。


「うげ」


涙で顔を濡らしたエメラルドが、ギリギリと歯をかみしてて、悔しそうに睨んでいた。

睨んではいるが、全く怖くない。拗ねた子供。うん、この例えがまさにぴったりだ。


「なんで、ずっと、いじわる、ひっく、言うんですかぁ! 私がアホの娘って、成績は、たしかによくないですけどぉ! ひっく、落ちこぼれ

だから、なんか、えりーとさんの経歴を付けないようにって、ここにきたのは、ひっくっ、押し付けられたからですけどおっ! うええっ!」


涙まじりに、とりとめもなく、電子妖精界の、ファンシーとは対極のドロドロした部分をぶちまけだす。

あと、俺は罰ゲームかよ。まあ、もし、俺に俺を説得しろっつわれたら、確かに罰ゲーム以外の何モノでもないな


「うああっ! せ、せめて、部屋から、ひっくっ、出てくださいよぉっ! いいお天気ですよおっ! うええっ」


「……もう、日が暮れるとこだがな」


エメラルドは、引きこもりの息子を数十年かかえてメンタルに限界がでてきた母親みたいなことを言い出す。

失礼な話だぜ。俺は、普通に深夜にコンビニに行くし、密林以外の本屋だって利用するアクティビティーの塊やぞ。


エメラルドは、大きく口を開けて、必死に俺にしがみついて泣き叫ぶ。


「お、お願いしますよぉっ! ひっく、うええっ! な、何でもしますからっ!」

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