だいにわ たたかい

「そう、別の問題。俺様は戦ったりなんてできんぞ。運動すらここ何年もまともにしとらんわ」


「えっと……あー……そそうだ! 特殊能力が目覚めたりするかもしれませんし!」


「かもしれない……だと?」


「……あっ!」


エメラルドはしまったという顔で、口を両手で抑える。

人狼で「指定の神様」との異名をとったこの俺の前で、なんとレベルの低い失言か。


「じゃあ確証はないわけだ? ホイホイつれてこられたけど、特に戦闘能力がめざめなかったヤツもいるわけだ?」


「あーそのー…………あはははっ」


エメラルドは頬をぽりぽりとかきながら、引きつった笑みを浮かべる。


「はん、まったくメルヘンだと思ったら、ダークメルヘンの方かよ」


俺はけっと言った感じで、ペットボトルの蓋を開けて、緑茶を喉へと流しこむ。

若干、酸味がある。西日の差す部屋で、開封後常温放置はまずったかな。

まあ、大丈夫だろ。酸化防止剤で入ってるビタミンCのせいだな。すっぱい味がするのはビタミンCじゃなくてクエン酸だけど。


「パチンと指を鳴らして、AOEで敵軍が一掃できるなら考えんでもないがな」


「えーおーいー……?」


「あぁん? AOEっつたら、Area of Effect。ようは範囲攻撃だ。ゲーマーなら常識だろうが電子の妖精」


「あぅう……はい、すみません」


エメラルドはペコリと頭をさげる。下げた際に小声で、「…………私、ゲームなんてしないのに」と、こっそりと不満をつぶやいていたのを、俺様の地獄耳はのがしていない。

だが、つっこむのもクッソめんどくさいので、寛大な俺様はスルーしてやる。


「なんだぁ? 異世界にきたけど凡人のままでしたーって、どんな罰ゲームだよ。唆されるままに来てみたら、文字通りの天国がまっていた悲しみの民かよ」


「で、でもっ! すごく強くはなれる能力はちゃんとあるんですよ!」


エメラルドは両腕をパタパタと上下させて、必死に食いついてくる。

チッ……めんどうだが、論破してやるか。ま、必死なヤツを完全論破してやるのは、飯がうまくなるしな。

必死になるのは、論破される前の趣深い愚行ってやつだ。


「例えば?」


「伝説の聖剣を使いこなせるようにしたり」


「レンジが短い。却下。伝説つーなら、大陸間弾道ミサイルぐらいの射程の融通はきかせろよ」


「決して人に懐かないドラゴンが、忠実にかしずいたり」


「乗り心地悪そう。却下。移動中は寝るか読書してーの俺は」


「変わり種ですと、クラフト能力といって、土や草から思い思いの武器をつくれたり」


「へーそーなんだー。で、重火器や捨て駒一個大隊はつくれるの?」


エメラルドは必死に、俺にメリットを教えようとするが、どれもこれも論外だ。

しまいに、エメラルドは頭を両手で抱えて、うんうんと頭から煙がでそうなばかりに唸りはじめた。


「けっ、これだから密集隊形が基本のファンタジーは。脳筋しかいやがらねぇ」


「……うぅうう……なんで、そんなに否定するんですかー……英雄になれるかもなんですよ?」


「そりゃあ、英雄になれば、地位も名誉も金も何もかもが思い通りだろうさ」


「だったらっ!」


エメラルドはふわっと俺の眼前まで、飛んできて、ぐぐぐっと真剣な眼差しでみつめる。

あんまり羽ばたかねーのな、その羽根。地味なところで物理法則無視してきやがるこの電子妖精。


「お前さ、英雄譚のエピローグのって考えたことある?」


俺は近づきすぎて鬱陶しい、エメラルドの鼻先に人差し指を当てて、くいっと押しのける。


「ふえぇっ! ……後(ふぁと)?」


行動と発言でびっくりしたのか、エメラルドは素っ頓狂な声を出す。


「そーそー、後。見事民衆を救い崇められ、この世の全てを手に入れた奴がどうなるか」


「……どうなるんですか?」


「死ぬんだよ。闇に葬られて」


「そ、そんなはずないですよっ! 人々の憧れの的ですよっ! 光り輝く生きる伝説になるんですよっ!」


エメラルドは目をキラキラさせて、語気を荒くして、力説する。

背中の羽が、激しく羽ばたいて、そよ風が西日で火照った顔をくすぐっていく。

おーすずしーすずしー。こいつ怒らすと涼しくなるのか。いいな。一家に一台、激おこ電子妖精。


「妬み嫉み、英雄譚の影で犠牲になったもの、反政府主義者……まあいろいろいるだろうが一番はなんだと思う?」


「そそんな不逞の輩が一番じゃないですか? そんなの、勇者の力で一撃です。大丈夫です。無敵ですから」


コイツ、思考停止しやがった。

あーやだやだ。このタイプの議論相手は、なんかもう以後めんどくさくなって、いつもならレスしねーんだが。

まー今回は俺も質問形式で訊いたからな。しゃーなしだ。


「政争だ」


「せいそう?」


「そーそー。お前の世界観で説明してやるなら、魔王だか悪魔だかに力では勝てない奴も、知恵でなら勇者に勝てる。気に入らないからと、とりあえず殺したりもしないだろうしな。『人間の』勇者さえいなくなれば、王座に手が届く。……な、楽だろ?」


「あ……あ……?」


言わんとすることがわからないのか、いやそれともわかっていて現実から目を背けようとしているのか、エメラルドは首をこくりと傾けて考えこむ。

コイツの世界ではずっと戦争状態だと言っていたな。じゃー戦争後の世界なんてのは知らねぇのかもな。


「もう用済みなのさ、勇者なんて戦闘民族は」


俺は小さく静かに吐き捨てる。

窓枠へと座り、目をつむっていてじーっと考えていたエメラルドが、すうっと目を開ける。


「……それが、戦わない理由なのですか?」


「そういうこった。だから手軽に全てを滅ぼせる絶対能力でもない限り、戦闘能力で世界をどーこーする気はないの俺は。英雄だってベッドでグースカ無防備に眠るし、生粋の戦闘民族も心臓病であっさり死んだりすんの」


エメラルドは、ぐっと腕組みをして考えこむ。

だが、しばらくしてため息をつくと、がっくりと両肩を落として、うつむいたまま呟く。


「…………わかりました。あきらめます」


「そうか。ならいいや、出口はそこだ」


俺は、エメラルドが腰掛ける窓を指差す。

不意に家に入った虫は、窓からふわーっと逃がすと相場は決まってる。


しかし、エメラルドは腰を下ろしたまま動こうとしない。

ただ顔はうつむいたままではなく、俺の部屋の全体をゆっくりと見渡していた。


そんなに俺のくっそみたいな部屋がおもしろいかね?

PCがある他には、本やPCソフトとエロゲが部屋面積のほとんど、その他は日用品、あとはざっくり言うとゴミだ。

ゴミが宝の山にでもみえるのかね? 中世ファンタジック電子妖精にとっちゃあ。


エメラルドはたっぷり見渡した後、不意にふわりと窓枠から飛び立ち。

俺の後ろへとすうっと回りこんで、はっきりとした声で告げる。


「……あきらめるとは言いましたが、私はまだ帰りませんよ?」

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