異世界に行ってください。なんでもしますからっ!

上月ケイ

だいいちわ

「ファック……まったく、ファッキンシットだぜ。この世界はよぉ……」


クッソみたいな築云十年のアパートの一室。カーテン越しに刺す強い西日が目を突き刺したことで目を覚ます。

ゴミが散乱し、一週間ぐらい前に食べたコンビニ弁当やら、カップ麺の容器やら、ペットボトルが転がっている。

別に、掃除が嫌いなわけではない。衛生状態は、朝にしかゴミ出しを認めないという、夜型人間に冷たい社会の犠牲となっただけなのだ。

これが俺様、尾理島須(おり します)の自室というのは、なんの冗談だ? クソ。


これで家賃を四万もとるなんて、なんつーぼったくりだ。

四ヶ月払ってないのは、道徳上許されるに決まってる。

不当に不労所得を貪る資本家への、正当な理由ある反抗なのだ。俺はノンポリだが。


「……ち、なんで、俺様がビクビク来客におびえて暮らさねばならんのだ」


体を半分だけ起こして、日課のノートパソコンの電源をつける。

俺に残された最後にして至高の文化的領域。

高等遊民たる俺が、唯一渋らず払う通信費と電気代の対価として得る世界への扉。


「さーて……今日は、どうやって論破してやろうか……覚悟しろよ愚民ども」


ネットでくだらねぇ詭弁や池沼を論破してやろうか。わくわくするぜ。

ま、エロゲやネトゲも嗜みますがね。正直そっちは惰性だ。昔ほどの熱意はない。

エロゲはなんかもう長ったらしいテキスト読むのだるいし、ネトゲはクソラグが全部悪い。

ノートでまともにできっかよ。低pingファッキンNAキッズは恵まれた環境に感謝しろよぉ。


「あれ……? おいおいおいおい。おいおいおいおい。勘弁してくれよぉ……相棒ぉ!」


ノートパソコンを起動したはいいのだが……OSの立ち上げ画面からいっこうに進まない。

それどころか、ザァザァとノイズで画面が乱れだす始末。


「まいったなぁ……買い替えかぁ? 俺に二つある臓器うちの一つを差し出せと申すか?」


お……動き出したか? と思ったのだが。


「Transfar System起動……? なんだ? ネットワークのミドルウェアか? ……それとも、スパイウェア?」


バカな。俺はこれでもマジモンのパソコンの大先生だぞ。インフォメーションマスターやぞ。

そんなヘマはしてないはず……だが?


しばらく、画面が乱れたかと思うと……バックライトにそんな光量ねぇだろってくらいに、真っ白に眩しく光る。

この眩しさは不快な西日すらをも凌駕する……!


「くっそ……ウィルスか!」


慌てて目をつむる。

……しばらくして、瞼越しに突き刺す光が収まったところで、目を開けると。


「こんにちわ! 私、電子妖精のエメラルドです! よろしくです!」


ふりふりメルヘンチックな衣装を着た手のひらサイズの女の子がやってきた。

背中には、薄く透き通る羽まで生えてやがる。

緑色の髪はポニーテールにくくっており、あどけなさが残る人懐っこい笑みを浮かべている。

ぐっと、それなりな胸の膨らみの前で、拳をつくっている。

まー100人がみたら99人が美少女というだろうね。残りの1人はガチホモだ。


「は?」


俺は、至極まっとうなリアクションをする。

ドラッグなんぞ決めてないし夢でもない。俺はそんなめんどくさい可能性は感覚で否定していくタイプだ。


「ええと……その、驚きますよね……そんな怖い顔されたの初めてですけど」


「いやまあ、驚くっつうか……俺のノート壊したら、そりゃあこんにちWARってもんよ? お、やんのか?」


「ええっ!? 意味はよくわからないですが……。ぱそこんなら大丈夫ですよ。異世界とこっちの世界をつなぐための扉として、使っただけですから」


「そうか。ならよし」


実害がでてないのなら、こいつを両手で「パァンッ!」する可能性はとりあえず保留してやろう。


「ほっ……よかった。それでですね……あの、お話があるんですけど」


「ああ、なんだ。言ってみろ」


「……あのー落ち着いてますね? おかしいな? こっちの世界の人間さんは、絶対に疑うから、まず私の存在を信じさせるためのマニュアルがあるんですけれど……」


エメラルドは、うーんうーんと頭に手を当てて困惑の表情を浮かべている。


「はんっ、俺はいちいち自分の目で見たものは歌わがない主義だ。俺自身は信じる。実証最高。データが全て。以上。めんどくせーからとっとと本題に入りやがれ」


俺は手をひらひらとふって、エメラルドに話を促す。

さて、電子の妖精さんはどんなことをしに、このクソッタレなマイルームにやってきたのやら。


「え、えーとこほん。そのですね」


エメラルドは、目を瞑ると、両手の人差し指を両頬にあてて、うにうにとこねくりまわす。

顔の体操らしきそれを十回ほどやったかと、かっと目を見開いて、俺の眼前へ涙目でと迫ってくる。


「お願いです! 選ばれし勇者様! 私達の世界を魔王の手より救ってください!」


「……は?」


「今、私達の世界は、人間と魔族との長い戦争で大変な状況なのです。とうとう魔王の封印が解かれよう」


「ちょーとストーップストーップ。はい、話を一旦ここで切りますー」


俺は両腕でバツ印を作って、エメラルドの話を強制的に打ち切る。


「……はい?」


感情移入たっぷりに話していたエメラルドはあっけにとられて、ぽかんとした表情になる。


「あー不幸ね。俺も十分不幸だよ。でも誰も救わない。わかる? この意味」


「えー、えーと?」


「うん、つまりね。アイツの命の危機より、自分の財布の千円が大事。そういうこと」


エメラルドは至極当然なこの返しを予想していなかったのか、ぽかんと間抜けに口を開いている。


「それに。俺は感情論では動かない。決して……決してだ」


「で、でもあの……私達不幸な状況を涙目で上目遣いで訴えたら、きっと正義感にあふれてってまにゅあるに……」


「感情論で動くのは若者だけだよ。俺みたいに二十を超えたら、いろいろと汚い大人の世界に晒されてんの。だから、面倒事を請け負うのには、たったひとつのルールで決まるの」


「えっと、ルール……なんですかそれ?」


エメラルドは不思議そうに小首をかしげる。

まあ、なんとも小動物チックで、かわいらしい部類だろう。


「金だ」


「えっ……おおっと…………なるほど、傭兵さんでしたか」


彼女のファンタジックな価値観にも、似た者がいたらしい。

ズレてる気がしないでもないが、結果オーライだ。


「もちろん、報酬はお出しします。美味しいごはんとか……領地とか……」


「でもそれさ、お前の世界に行かないとダメだよな? くっそマズイ残飯をうめぇって食べてる可能性も、未開のジャングルの可能性もあるよな?」


「うーん……この世界でお渡しできるもの……できるもの……」


エメラルドは、頭を抱えてや何で板が、ぽんと手をうって窓際へとちょこんと座る。

そのまま、ぎこちなく崩した座り方をして、ちらりと胸元やふとももを露出される。


「あ、あの……わ、わたしとか」


「抜かせ。入らないくせに」


「はいらない?」


エメラルドは不思議そうに小首をかしげたが、何かに気づいて顔を真っ赤にのぼせあがる。


「もー! もー! もー!」


ぐるぐると腕をまわして、ぽかぽかと俺へとソフトタッチでタコ殴りしてくる。

全く痛くないどころかむしろこそばゆいけど。


「とにかくだ。報酬があったとしてもだ。別の問題もあるよなぁ?」


俺は、エメラルドの額に親指を当てて、くいっと押しのける。


「べつのもんだい?」

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