エピローグ
赤く乾いた大地に炎がみえた。
どす黒い噴煙が鋭い逆円錐形になって驚くほどの高さに昇った。その円錐形を崩すことなく一気に五万メートル上空まで吹き上がったのだ。ジェット噴射を間近で見ているかのような凄まじい勢いだ。その周囲には巻き上がるように雷が発生しつづけて激しくスパークしている。
それは太陽系最大の火山オリンポス山の二三〇万年ぶりの噴火を映した最新のニュース報道だ。
火山の頂き付近はその黒煙で隠されている。山体からは赤い溶岩が鮮血のように吹き上がり、ゆっくりスローモーションのように裾野を降り下っている。実際には時速二〇〇キロ以上の猛スピードだろう。
映像だけで音声は伝わってきていない。現場でも拾えていないのかもしれない。
この映像は近くのタルシス台地から撮影されているが、こちらも火山性振動が頻発し、いつ噴火するか予断できない状況らしい。その地震で映像が揺れるところが何度か見られた。
火星の火山噴火はジェムラインやAIも含め、誰一人として予想していないかった。直前にもオリンポス山周囲の地質調査は行われており、そのような兆候は全く無かったと誰もが口を揃えた。
この区域には鉱物資源を採掘し、精製するためのプラントが集中している。そのうち幾つかのプラントとは連絡不通となっておりすでに壊滅した可能性が高いとニュースは報じていた。作業は採掘ロボットや作業用アンドロイドが中心だったが、火星の薄い大気圧に順応させたミュータント型リプリセンタも相当数が配属されていた。
このリプリセンタは酸素タンクを背負うが気圧スーツ不要のボディを獲得し、極低温にも耐性を持たせてあった。人に似せることを主眼においたリプリセンタと区別するためホミニン型と呼ばれるようになっていた。ジェムラインの高度な知性と技能をもった自己融合体は火星環境に適したホミニン型ボディを与えられ鉱山開発に従事していた。しかし、今回の巨大噴火でそのほとんどが犠牲になったと推定されている。
日本に出張中のミウラv9はこのニュースを羽田空港の到着ロビーで知った。脳裏に現れた映像を丹念に視るためロビーチェアに座った。ほとんどのニュースではそんな丁寧なことはしないが、さすがにこのニュースにはインパクトがあった。さらに言えば違和感すら感じた。精緻な情報収集を行ったほうがよさそうだ。
そうやってロビーチェアに腰を落としている間にも東京で地震が発生した。震度3程度の地震ではあったが、このところ急に増えていた。日本列島だけではない。世界各地で地震が多発しはじめた。なにか地球のマントルに異変が生じている。
さらには太陽の黒点がここ数ヶ月のうちに激増した。小氷期に移行中だったはずの太陽活動が最盛期に近い状態に揺り戻されたことをデータは示している。猛烈な太陽嵐の発生が懸念された。
一部の研究機関は、これらの現象になんらかの関連があるとして喫緊の研究課題にしている。
その共通項は天体内部での熱量増加だ。研究機関ではその主因はウランの半減期がわずかに縮まったためと仮説を立てた。半減期が1%減少しただけでウラン崩壊による熱放出が早まり、天体内部での熱量が増加しはじめる。
1%はわずかにみえるが天体全体で換算すると膨大な熱量に相当する。ウラン二三八の崩壊にこの数値を当てはめてシミュレーションしたところ、確認された天体の異常現象をきれいに説明できたという。
現在、この研究機関はウラン二三八の崩壊定数を測定しており、従来の四四・六億年の半減期に変化が及んでいるか精密に解析している。その測定結果は近く発表されるだろう。
もし、この仮説が正しければ、太陽系のみならず、その影響は宇宙全域に及ぶはずだ。
宇宙全体のウランの半減期が同時に1%短くなるなど通常の物理法則ではありえない現象だ。
こんなことができるのは『彼』しかいない。
何十光年も彼方、何十年も未来からこの太陽系に作用が及んでいる。
エンタングラー・タイエン。
あなたなのね。
あなたは、このまま宇宙の災厄になってしまうの?
それとも、なにか巧妙を見いだせたの?
タイエンの精神は木星軌道上の電磁パルスステーションから宇宙の深遠に向けて放出され続けている。
エンタングラー・タイエンは宇宙に散りばめられたのだ。
最早、誰にも止められない。
タイエン、あなたにすべて委ねられたのよ。
あなたに自覚があろうとなかろうと、宇宙の命運はあなたに握られている。
あなたが宇宙に満ちた時、あなたがこの宇宙の宿命を覆すのよ。
ミウラv9は空港を出てロボットカーに行く先を告げると、胸中密かに祈りを捧げた。
タイエンに。人類に。そして星たちに。
館内に人影はほとんどなかった。ミウラv9のヒールがこだましている。
薄暗く、空気はしっとりしていた。
貴重な展示物を監視するアンドロイドが各フロアに配置されていたが、手持ち無沙汰にみえた。
目的の展示物まで最短ルートで歩く。他のものには目を向けたりしない。
正面に見えた。フロア中央のガラスケースだ。スポットライトがあたっている。
平安後期安綱作『童子切』が刀掛けに据えられていた。
千年のときを経て、なお美しく妖しく、輝いていた。
その美しいフォルムに魅せられ、息を呑んだ。
太刀の反りのアンバランスとも思える力強さ、地肌の照り、刃文の艶やかさ、切先の鋭い危うさ。
どれをとっても緊張を伴った美を感じる。
いままでにどれほどの血を吸ったの?
この太刀はモノではない。魔を封じたエネルギーに溢れ、その芯に命を宿している。
「ようこそ。当博物館に。キュレーター・ミウラ」
リプリセンタが近くに歩いてきた。
「お迎えにいきましたがお早く移動されたようで間に合いませんでした。たいへん失礼しました」
「お気になさらなくて結構です」
リプリセンタはこの博物館の館長であることを自己紹介した。
「わざわざ、アメリカ合衆国からおいでくださり光栄です。ご所望というのはこちらですか」
「そうです。この太刀をお譲りください」
「これは我が国の国宝です」館長は困ったように言った。
「もちろん、知っています」
「お安くはありません」
「構いません。金額を御提示ください」
「いまどき珍しいですね、キュレーター・ミウラ。美術品を購入されるとは。よろしければ理由をお聞かせ願えませんか」
「わたしどもの美術館の収蔵品にしたいからです。それ以上の理由はありません」
「この太刀はコロラド州に縁もゆかりもないかと存じますが」
「わたしどもは世界中の美術品を対象に蒐集しています。特に変だとは思いませんが」
「確かに仰るとおりです」
館長は法外な金額を提示してきた。
しかし、ミウラv9は価格の交渉をすることなくその場で契約を交わし、即座に決済を終えた。
舞い上がった館長は太刀を改めて確認しようともしなかった。
そうしていたなら、今までにはなかった青緑色の深い輝きが刃文に宿っていることをみてとれただろう。
仮にそれを認めたとしても売買契約成立後では、「時すでに遅し」だったわけだが……
Entanglers ― 愛は無窮に充ち、そして朽ちる ― 雑賀 拾一 @Sork
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます