遺書

浅原 俊

下書一稿 2016/09/09

遺書


 これを見たからといって騒がないでください。多分実際に死ぬ気はないので。これを書いている人は、あくまで自分を冷静に見返すために文章を書いているだけなのです。結果としてそれが死をもたらす可能性があるから、こういう題にしているだけなのです。

 

 

 恥の多い人生を送ってきました。

 幼稚園から回りになじめず、いじめのようなものを受けたこともありました。

 この時は漠然とした疎外を味わうに留まっていましたが、いずれ小学校に上がるにつれて確信めいたものを孕むようになりました。

 こういう感覚を味わう人間は、その瞬間から被虐者としての自意識が芽生えていきます。

 負けグセというモノです。

 小学四年生の頃には、僕はハッキリと「いじめ」と分かる扱いを恒常的に受けるに至り、実際学校にもそう処理をされています。

 あまり思い出したくもない辛い日々がありました。僕のアイデンティティはこの頃に作られたものが大きなウェイトを占めていると思っています。それは当然僕にとって肯定的な意味合いの薄いものです。

 小学五年生に上がり、僕は通級指導教室への通学を打診されました。

 親とも話し合い、通うことにしました。

 それは当然、現状を打開し「正常な人間」育成コースへと旋回する為です。

 しかし現実は違いました。

 よく「いじめられる側にも原因がある」といわれますが、僕はここから二年間、それらの詭弁を擁護するに足りるだけの証拠をいくつも見せられていきます。

 それは広域学区(?)内の「同じような境遇」の人が一同に介し、週一で会合の場を持ち意見を交換し合うものでしたが、吃音持ち、手癖が悪い、常に体を揺すっている、ブス、アトピー持ち等、様々なタイプの「被虐者階級」の人がいました。僕もその一人として扱われました。

 親近感を覚えることはありませんでした。こいつらとは違う、と見下しているところがあったかもしれません。いい人もいましたが、感情の起伏が激しかったり空気が読めなかったりと「実用に足る頭」を持っているとは思いませんでした。

 そして私も同様に欠陥を抱えていることを知ります。

 

 上に挙げたことはどれも僕のことでした。

 そしてそれを自覚させられた瞬間、自意識は危険な領域へと加速していきます。

 コテンパンにいじめられて自信や自己が欠落していた時期が一瞬でもあったことがそもそもいけませんでした。

 私は殻に閉じこもるようになりました。

 自信の喪失は危険です。そして僕は抵抗をしなくなりました。しても力のないものになったと思います。

 僕はこの時に、大人から嫌というほど聞かされた「通説」を覆される経験をします。

 「いじめ」とはそもそも、人にチョッカイを出して反応を楽しむものなんだそうです。

 しかし僕は、どうも以降彼らにはサンドバックか何かと誤認されたようです。

 中学受験に失敗し、阿呆のような中学生活を送ります。

 おかしなこともしました。人に迷惑をかけました。が、今となっては大抵なことが正常な判断ではなかったことが分かります。もしかしたら今でも、異常なものを「ギリギリ健常」と思っていることがあるかもしれません。

 卒業の頃には何人か友人をこさえていましたが、自分に不相応なほどよく出来た人たちばかりで、彼らを思い返すとまた四肢がむず痒くなるようでいけません。

 僕は結局、押し付けられたアイデンティティと格闘する努力をせず、それを定着させるフェーズを通り越しました。

 

 ここまでは普段の言い訳です。 

 ここからキチンとアタマで考えていこうと思います。

 

 高校生活は素晴らしいものでした。手放しに褒められる環境ではありませんでしたが、この通学定期があれば秋葉原まで片道400円以下で行けます。

 というのはさておき。

 いままで私には逃げ道がありました。

 いじめられているから辛い、あいつらのせいで辛い、だから環境が変われば復活できる、という淡い希望です。

 自分へ向けての欺瞞です。

 ですからまず僕は僕自身に謝らなくてはいけません。

 しかし僕に謝ってしまうと「謝られた」という甘えた自意識が生まれます。なので僕は永遠と自己批判を繰り返すロボットと化すしかないジレンマに苦しむことになります。

 しかしそうでなくても僕は苦しい。

 簡単です。負けグセのついた人間からはそういうニオイがするものなのです。必死に隠しても「正常な人」はキチンと嗅ぎ取って、食い物にすることができます。

 実際僕自身が食い物にされたという自覚はありませんが、大多数の同類を見ているといつ自分の番が回ってきてもおかしくないように感じます。

 つまり僕は明日にでも誰かに殺されるかもしれない。

 それは凶器によってではありません。

 噂が立つ、拡散される、脚色される、最悪インターネット上に本名をばら撒かれるかもしれない。そうでなくても一人の冴えない高校生を死に追いやることは簡単です。普段は「おもしろくないからされない」だけで、平穏無事に思える日常こそがそういった莫大なリスクを覆い隠してしまっています。

 僕は自分がその犠牲者になると思い込んでいます。

 これは決して僕が浅いところで人を舐めているわけではなく、僕の心がそうさせるのです。

 この感覚は普通の人には分からないでしょうけれども、何人かの僕の「同類」からは共感してもらえました。

 

 疎外は無意識の中にあります。

 人は人との関わりの中で、誰と付き合うかを選り好んでそうします。

 疎外が共有されると壁が生まれます。その圧迫感こそが所謂疎外感の正体だと思っています。

 その壁は恐ろしいほど迅速にネットワーク化されます。

 誰かから疎まれている人と付き合えば、自分をも疎外されるリスクが高まります。人間は本能に近いところで、そのリスクを回避しようとしているのかもしれません。

 こうして「爪弾き者予備軍」が形成されていきます。

 

 僕は空気が読めないとよく言われます。

 なるほど、ネットでできる簡単なアスペルガー診断やADHD診断ではどれも見事に引っかかるわけです。

 そして僕は空気が読めないという自覚があります。

 しかしそれは人から指摘されないと分かりません。

 矛盾しているようですが正直なことです。電車の中でしょっちゅうオッサンに怒鳴られたり突かれたりします。いい加減にしろといわれますが、何をどうしてほしいか言われたことが一度しかありません。そしてそのとき以外で、自分が何故怒られているのか理解できたことはありません。

 実際僕には悪いことをしている自覚が一切ありません。

 これは普段の学校生活でもそうです。

 先日は、軽音のリハーサルがあるというのに、直前になって未だ隅でギターを練習していることがあった。人から指摘されて見渡して、ぜんいんが一斉にこちらを睨み付けているのを見て、はじめて「悪いことをした」という自覚が出来ました。

 挙げるとキリがないですがこのような事が毎日あります。

 そうだと知ったのはつい最近のことです。

 普段の疎外感はこういったことの蓄積がもたらしたことでした。

 そして私は特に弁明もせず、よく分からないうちに頭を下げて回り、いまになってようやく自己分析が出来ています。

 恐らく私が認知していることの10倍で足りないくらいは、人を不快にさせることがあると思います。

 

 僕は馬鹿ですし、卑屈ですし、センスないですし、ブスですし、取り柄がほとんど全くありません。

 そのことについて悲観することはあまりありません。同様のハンディを背負っている人間はごまんといます。

 しかし僕はこういう人間なので、いつ正気を失うかということに自信がありません。

 僕は表面ではなんとか取り繕って生き永らえていますが、僕の自意識は借り物の僕が本物ではないことを知っていて、邪魔をしてきます。

 ストレス性の胃炎であったり、手の震えであったり、軽度な睡眠障害であったり。

 風邪もしょっちゅう引くようになりました。

 正常な人間を生産するラインから外れた不良品が、表面だけで正常面しているのは、想像以上にエネルギーを使います。僕が僕でないうちに、皮すらも臭いと疎まれ始めている今、僕に安定と約束をもたらす逃げ道はそう多くはありません。

 

 僕は前々から思っているのは、死が唯一僕を見放さない救いであるなら、それを甘んじて受けようということです。

 人の役に立たず、よくなる見込みもなく、迷惑をかけながら死へ向かって下降していくのなら、いっそまだ少しでも僕の良心が生きているうちにそれを絞め殺してしまいたいという欲があります。

 知的障害があるとは思っていませんが、僕がそれを好意的に見ることはありません。そうかもしれない、そうなるかもしれないというリスクが自己に内在しているのであれば、僕自身の手に掛けて処分してしまおうという気さえします。

 人間が天災に勝てない分、天災に成り得る自己という危険分子は排除をもって治安を維持すべきだと考えました。

 かくして僕は、極めて自分のワガママに押し切られる形で死を望むものであります。

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遺書 浅原 俊 @tasahara

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