第一章 3.榛凪さんと胸敵(きょうてき)

「おっはよぉー」

 朝の教室で元気よく挨拶をすると、大抵のクラスメイトは「奈良橋さん、おはよう」と挨拶を返してくれる。

私は鞄を机の上に置き、その下に収められた椅子の背もたれを掴んで引き出し腰を下ろすと、ふと視線を教室の奥へと視線を向ける。

当然、彼はまだ来ているはずもなく……「はぁ」とつい深いため息をついてしまう。

腕時計を見ると時間はまだ八時過ぎ、彼が来るにはまだ少し早い。

「ハルってば二上君にそんなに会いたいの?」

「ちょっ、胡桃?! そんなわけないでしょ! なんで私があんな二次オタに」

「またまたぁ、テンプレみたいなツンデレしても最近のオタクにはウケないわよ?」

「誰がツンデレよ誰が」

「え? 違うの? だってそのツインテール……」

 そう言ってからかいながらケラケラと笑う彼女は私の古くからの友人、八重樫胡桃(やえがしくるみ)。

とても交友関係も広く、特に恋愛が絡みには人一番敏感で首を突っ込んでくる厄介な友人で、なによりその巨乳がムカつく。

「髪型は関係ないでしょうが! あと、これはツインテールじゃないし!」

 耳の少し上あたりに結び付けられた二つの腰まで伸びた髪を持ち上げて見せた。

 それを見た彼女は「そうなの?」と私の髪をいぢりだす、昔から彼女は人の……周囲の人からは私だけらしいのだが、髪を触るのが癖らしくよく弄ばれる。

「でもさぁ、二上君とよく二人でいるところとか見るけれどなにかキッカケでもあったの? そもそもアンタたちって趣味も違うしさぁ……」

「い、いいでしょ別に! 胡桃には関係のないことよ。 だいたいなによそのはしたない二つの肉塊は! 邪魔で見えないのよ!」

「それはハルの身長が低いからでは? まぁ、ハルはドがつく貧乳だから無理ないっか……ごめんね……巨乳でごめんね……」

 泣いたふりをしながら謝り、尚且つサラッと巨乳自慢をする彼女にイラッとする私。

 別にうらやましいなんて思ってはいないんだから。

「ふん、胸なんて邪魔なだけよ。 大きかったらブラのサイズだって困るし肩も凝るしいいことなんてなにもないし」

「そうかなぁ? これはこれで良いとは思ってるんだけど」

 胡桃は自分の胸下で腕を組むとグッと胸を強調するかのように持ち上げる。

 周囲の男子生徒たちはそれを見るなり鼻の下を伸ばし凝視する、さすが思春期ともいうべきだろうか。

 とても学生とは思えないほどの大きくたわわに実った二つの果実を男子共の汚らわしい目線に晒されているのは如何に相手が胸敵(きょうてき)の胡桃とはいえ看過できない、私は鋭い眼光で男子共を睨み付けると彼らは焦った様子で明後日の方を向く。

 もちろん、そうでもない生徒も数人いるようだけれど。

 後で聞いた話によると私のファンとやらが何人かいるらしい、いったい私のどこがいいのやら。

 さて、それはさておき。

 時間は既に朝礼前になり、胡桃も冗談はほどほどにすると自席へと戻っていった。

「まったく……」

 暫くすると担任の亜梨華先生が入ってくると淡々と出席を取り始めると、クラスメイトたちは名前を呼ばれるたびに「はい」と返事をする。

そこへ――

「遅くなりました!」

「遅いわよ、二上君」

 扉を激しく開けて駆け込んできたのは、例の男子生徒の二上君。

「す、すみません。 嫁がアレでコレでして……」

「意味不明なことは言わなくていいので、早く席に座ってくださいね」

 一般常識において彼の言い訳はもはや次元を超えている、よって私たちには理解し難い領域なのである。

 さすが二次ヲタともいうべきか。

「それじゃあ、これで全員出席ね。 では、今日も一日元気に授業に専念して来月から始まる中間試験に備えてくださいね」

 亜梨華先生の言葉に生徒たちは「はーい」と返事をすると、担任は教室から退室した。

「はぁ、テストかぁ……最悪だぁ……」

 胡桃が机に突っ伏して死んでいた。

 それもそのはず、私たちが入学してから初めての試験なのだからこのクラスだけではなく全校生徒が一喜一憂する時期なのだから。

 まぁ、当の私は何事も平均だから心配もなにもないから特に問題はない、ないのだけど試験となると面倒なことが一つ。

 それはここで「うぅぅうう」と唸っている彼女だ。

 中学の頃もよくテスト前には私の家に転がり込んできたもので、恐らく今回も――

「ハルー、テスト範囲内で出る所すべて教えてぇ」

「はぁ? なんで私が……っていうか自分で勉強しなさいよ」

「おーねーがーいーよー、何でもするからぁ、胸肉欲しいなら分けてあげるからぁ」

「胸肉言うな」

 彼女の喧嘩をうっているかのようなお願いに私は「はぁ」とため息を漏らしながらも聞いてあげることにした。

 それが大変な事態を引き起こすことになるとは思いもよらなかった。


「うぁー……」

「だ、大丈夫?」

 下校時刻、私は久しぶりに胡桃と共に岐路に着いていた。

「まさか来月早々にテストだなんて聞いてないよぉ……遊びたいよぉ……なんでこの世にテストだなんてあるんだろう」

 この子の将来がすごく心配になってくる。

「仕方ないわよ、アンタ普段は遊んでばっかりなんだからたまにはいいんじゃない? そもそも胸ばかりに栄養がそっちによっちゃったから脳が足りないんじゃない?」

「Oh 脳」

 なにやら寒気がした。

 まぁ、そんな付き合いを数年続けれてるあたり、私も相当苦労しているのは皆さんにも理解してもらえるかと思います。

「なんでもいいけど、私がちゃんと教えてあげるんだから、本番はしっかりとやりなさいよ。 じゃないと次はないから」

「わかってるよぉ……」

 項垂れながら弱々しく返事をする胡桃。

 体つきだけを見れば確かに胸だって大きいし、スタイルも抜群……でも彼女の脳内はとても残念な頭をしている上に遊びに全力を注いでいるのだ。

そしてその報いが毎回毎回のテスト前になってこうして受けていることになぜ彼女は気付かないのだろうか。

 まぁ、所詮はおっぱいだけが取り柄ということなのでしょう。

「ほら、教えてあげるんだからシャキッと歩きなさいよね」

 力なく歩く胡桃の背中を優しく叩くと、彼女も「う、うん」と視線を落としながら少しだけ笑顔を取り戻した。

 そんな時だった、私と胡桃のはるか後方から視線を感じた。

 しかもただの視線ではなくなにかこう……視線で人を殺す的な感じのもの。


 私の身に迫る危機が徐々に徐々にと確実にその足音が忍び寄ってきていた――


 それからしばらくして自宅に着いた私とそこのやつれている友人。

「じゃあ、始めようか。 まずは初日に出される英、理、現国からだね――」

 リビング中央に配置されているローテーブルに教科書やノート、筆記用具を広げると彼女も右手にシャーペンを持ち、真剣な面持ちで私から試験範囲を学ぼうとしている。

 その姿には素直に感心させられる、いつもこうであってほしいものだけれど。

 さらに今日は生憎と両親は共に出張で出かけており、家の中は私と胡桃だけ。

「――で、ここの例文はここの助動詞がこうなって」

 親切丁寧に教わった範囲を噛みくだき、解説しながら胡桃に教え、また彼女もそれを忠実にノートに書き留めながら「あー、なるほど」「え、ここそうなの?」といちいち反応しながらもそれを理解しようと奮闘していた。

 ただ、胸がいちいち私の腕に当たるのだけは癪に障る。

「ねぇねぇ、ここはどういう仕組みになってんの?」

 そんな複雑な感情に気づいているのかいないのか胡桃はさらに胸を押し当てる。

「え、ええと……ここはね、こうして」

「あー、なるほど!」

 プルプルと肩を震わせるも必死に堪える私、精神的ストレスが少しずつ蓄積されているのがわかった。

「ふぅ、なんかやりだすと意外と簡単よね、これ」

 物分かりはいいのに、なぜこの子はやらないのだろう……

 私は「はぁ……」と大きくため息を吐くと彼女の胸元に視線を落とす、その胸は胡桃がなにかしら動作するたびに「たゆゆん」とか変な効果音を出しているかのような錯覚を覚え、尚且つそれはわざと見せつけているかのように二つの果実は私のストレス値を急上昇させ始める。

(ダメ、堪えないともう爆発しそう。)

 私は我慢をできる限りしようと殴りたくなる衝動を抑えているにも関わらず脳内ではすでに悪魔が目覚めようとしていた。

「もう我慢できないッ! その胸――」


――ピンポーン


そう言いかけた時だった、自宅の玄関に取り付けられたインターホンの呼び鈴が家の中に響き渡る。

 今日は確かに両親は帰ってこない、もちろん客だって来る予定もないし郵便物や宅配なんかもくるような時間帯でもなかった。

「……ちょっと待っててね」

「あ、うん」

 先ほどまでとうってかわって冷静さを取り戻した私は不審に思いながらもリビングを出て玄関先まで一歩また一歩と歩む。

「どっ、どちらさまですか?」

 返事がない……

 不安が徐々に募りだす、すると先ほどの下校時の時の悪寒のようなものを思い出した。

 アレがそうだったのなら間違いない、きっとそうだ。

「……ど、どうしよう」

 でも、もしかしたら予定外の荷物が届けられたのかもしれない、それにきっとあの時の感じだってきっと気のせい……であってほしい。

 なんにせよ、このまま開けないのはきっと良くない。

「今、開けますね」

 「よし」っと決意して扉の取っ手に右手を掛け、左手でゆっくりとロックを回して施錠を解除すると、ゆっくりと扉を開ける。

 すると――

「はーい♪ 榛凪ちゃんの会長でs――」

 扉を思いっきり閉めた、壊れるくらいの勢いで。

「ハルー、どうしたの? 血相なんか変えちゃって。 まさか知合いでも遊びに来たのかな? 私は気にしないから上がってもらいなよぉ」

「うぅん、大丈夫! なんでもないから、ただの間違いだったみたい」

「でも、後ろにまだいるよ? なんか書かれた紙が映ってるみたいだけど……」

「え……」

 私の気も知らない胡桃は私の後方にある扉の方に指を指すと、私もゆっくりと顔をそちらにむけた。

 すると映っていたのは赤い文字で書かれた手紙だったのだ。

「うっぎゃあああああああ!!!!」

 近所迷惑になるんじゃないかって程の大声で悲鳴を上げるとそのまま気を失った――


 それから数時間が経過、現在午後二十時十三分。

 私は布団の中で目を覚ますと、部屋には胡桃の他に二人の男女の姿があった。

「あれ……? 私、いつの間に寝ちゃってたの?」

「あ、起きた」

「もぉ、心配したんですからね」

「ほんとですよ、俺もビックリしちゃいましたよ」

 私の家に胡桃と会長そして二上君の姿があった、私はそれを確認するとついさっきの出来事が走馬灯のように蘇るとワナワナと体が震え、一瞬で今まで蓄積されたストレスが臨界点を突破する。

「――ス」

小さな声で何かを口にするも三人は良く聞こえなかったのか「え?」と聞き返す。

「血祭にしてやるわあああああああ!」

「ありがとうございまぶふぅうううう!」

 死火山が息を吹き返し、猛烈な溶岩を吹き出す活火山にも匹敵するかのように怒りが爆発した私は会長をぶちのめした。

「はぁはぁ……」

 乱れた呼吸を整えて衣服を整える私の足元には恍惚の表情を浮かべる会長の亡骸?が転がっていた。

「もう、その辺でやめてあげて下さい! 彼女のライフはもう0だ!」

 二上君が私の腕をとり引き留める。

これでもまだ足りないくらいだけれど、ひとまずストレスが発散されたのでこれで良しとしておこう。

「で? アンタたちはなにをしに来たの? 勝手に上がり込んじゃってるし」

 呆れた表情で二上君に質問を投げかけると、彼は少し気恥ずかしそうに後頭部を掻きながら――

「実は俺も次のテストがヤバいみたいで、良ければ教えてほしいんですけど」

「私よりもそこに転がってる人に教えてもらえばいいんじゃないかな?」

 わざといたずらっぽく突き放してみる、しかし彼もなかなかのもので一向に引き下がらないご様子。

「いえいえ、ここは先輩に教えてもらうよりも奈良橋さんに教えていただきたいのですよ」

「……そうなの?」

 彼は「うんうん」と首を上下に振る、私としては断る理由も特にないし、胡桃は――

「――って胡桃寝てるしッ!!」

 彼女はいつの間にか私の布団の中で眠っていた。

 もうこうなったらやけくそよ、全員まとめて面倒見てあげるわよと言わんばかりに胸を叩いた。

「ふ、ふぅん。 まぁ、私も別に断る理由もないし? どうしてもって言うなら教えてあげるのもやぶさかではないよ、うん」

「良かった、ありがとう」

 自分でなにを言ってるかわからなかったけれど、とりあえず了承した意思だけは彼に伝わったようだ。

 その後も生き返った会長の変態プレイを交わしつつも、彼に勉強を教えたのでした。

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榛凪の恋愛スタートライン 見川 くろめ @kulome

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