第一章 2.榛凪さんと生徒会長
空の色も徐々にあかね色に染まり始めた夕刻、夕焼けに照らされた街はどこか幻想的で不思議な気持ちにさせられる。
そんな日、私の自宅前に――
「なんで会長が家の前にいるのよ……」
玄関前から延びる緩やかな螺旋状にさがっていくインターロッキングブロックで作られた階段の先に一人の女子高生が立っていた、そうあの変態会長だ。
「えーっと、おじゃましまー……ひぐぅッ!!」
小さい子が親友の家に遊びに来るような感覚で入ってこようとする会長についラリアットをかましてしまった。
「あら? アンタが友達連れてくるなんて珍しいわね」
しかも玄関の扉から母親が顔を出しながら声を掛けてくる、もうここまで条件が揃ってしまったのなら追い返すのも逆に心が咎められた。
「え、ええっと、これはその――」
「はじめまして、お母さま。 私は櫛羅ヶ丘高校に通う佐倉彩夏と申します」
礼儀正しく一礼するその姿に私の母も「あらあら、どうぞどうぞ」と家の中へと招き入れたので私も仕方がなく諦めた。
とりあえずこの人の素性が母にバレるのは良くないと判断した私は会長に注意を促そうとするも、当の本人は階段を上がりながら「わくわく、わくわく」と意味不明な感情表現を口頭で述べていた。
やっぱり追い返しておくべきだったのかも知れない。
「――で? いったいなんの用なんですか? 生徒会長様」
「もぉ、榛凪ちゃんってばそんな他人行儀な呼び方はやめてください。 私たちはもう同志じゃないですか、それにもう私と榛凪ちゃんは深い仲になったんですか――ララバイッ!」
最後まで言い終わらないうちに私の鉄拳が飛び、彼女は四つん這いになっていた。
しかし、そんなことで挫けるような会長ではなかったようで――
「用もないなら帰ってくださいよ」
「ああ! わかったから追い返さないでください! あります! 用事ならありますって!」
「じゃあ、なんなのよ……」
「実はですね……」
会長はそう言いながら持参したトートバッグからなにかを取り出すと、「じゃじゃーん!」とか言いながらテンションハイマックスでソレを広げた。
「え゛……」
私はそれを見て思わず絶句する。
「どうです? 可愛く仕上がっているでしょう?」
彼女が持参してきたもの、それはあの時のフリル同様……いや、それ以上のコスプレ衣装だった。
「えっとぉ……会長さん、これをどうしろっていうんですか?」
一応、確認のために聞いてみる。
「もちろん、榛凪さんに試着してい頂こうかと思いまして」
なにを言っているの?と言わんばかりにキョトンとしながらそう言った。
(やっぱりぃいいいいいいいい!)
「いやいや、私はもう……そういうのはマジで勘弁してください。 ほんとに似合わないので」
「そんなことないですよ? 榛凪さんは勉学もスポーツも平均的ですが、無駄に腕力ありますし、スタイルだって悪くはないんですから……胸以外は」
最後のあたりになにか聞こえたような気がしたけれど……まぁ、いいか。
「それにほら、榛凪さんがとっても素敵に写った写真だって――」
「なんでそんなもの……っていうかいつの間に撮ったのよおおおおおおおお!!」
会長がポケットから取り出したスマートホンのフォルダに収められた一枚の写真を見せてくると私は発狂した。
必死にスマホを取り上げようとするも会長は右へ左へと避ける、すると――
「あら? これって榛凪? 可愛いじゃない」
「あっ、ちょっ……お母さん?!」
会長の背後から顔を覗かせた母に私はさらに狼狽えてしまうが、とりあえず冷静になろうと一呼吸するも効果はなく。
「とりあえず、部屋から出てって」
ワナワナと震えながら話す私の声が小さすぎたのか母には通じなかったみたいで頭のあたりに?がいっぱい浮かんでいるのが見えないけれど、想像がついた。
「出てけええええええ!!!」
母の背中を両手で押しながらドアの向こうへと追いやるとすぐさまドアのカギをロックする。
「はぁはぁ……」
(見られた見られた見られた! しかも決して見られたくなかったお母さんに!!)
「まぁまぁ、可愛いってお母さまもおっしゃってたんだし、自信もって!」
「嬉しくない……」
ガックリと肩を落とす私を慰めようとする会長の言葉は心に響かなかった。
「それよりも、早く着替えましょうか! 落ち込んでても仕方がないですからね、このコスはこうして――」
「あーもう、わかったから! 自分で着れるから、着ればいいんでしょ! 着れば!」
もうこうなればやけくそだ、私は自らそのコスチュームを手に取るとそそくさと着始める。
私服のデニムショートパンツを脱ぎ、続いてTシャツを脱ぐと下着のみというあられもない姿になると会長から受け取ったコスチュームを着てみる。
「なんでスクール水着なのぉ……これなんの見せしめなのぉ……うぅ、死にたい」
「さぁ、次はこれです」
水着を着た私に渡してきたのは腕につけるパーツと足に履くブーツ、そして――
「これでフィニッシュです」
最後に手渡してきたのがリボン状の髪飾りのようなパーツ。
四つに結んだ髪を一度解き、今度は二つに結う。
(なんか物足りないし……もう嫌)
「す、素晴らしいですよ榛凪さん! これはもう最強のコスプレイヤーといっても過言じゃないですよ!」
「うわぁ……なんかわけわかんないし、なにこの格好……よくこんな物着て外に出歩けるわね、ドン引きよ」
長方形の姿見鏡で自分の姿を見るやいろいろと絶望した。
「なにをそんなに謙遜しているんですか? じゃあ、これを二上君に見せるために写真を――」
「謙遜もしてないし! そんなことさせるかぁッ!!!!」
会長のスマホを持つ腕をとり、関節技を決めるとそれを阻止するが彼女はなぜか「うへ、うへへ」と悦に浸っていた。
「――はぁ、それで会長の気は済みましたか? もう脱ぎますよ?」
「もぅ少し見ていたいところですけれど、そんなに嫌なら仕方がないですね」
さすがの会長もこれ以上の無理強いはできないと判断したのだろうか、諦め口調でそう言うものの、バッグの中に手を突っ込んでなにやらゴソゴソし始める。
「でしたら、これなんか――」
「出さんでいいッ!」
彼女は「ワガママですね」とふてくされながらも衣装をしまう、もちろん私の着ていた物も含めて。
こうして突然やっていた会長は「それじゃあ、また明日」と言いながら我が家を出て行った。
「はぁ……、しっかし会長はなんであんなに肌艶が良かったのだろう」
謎でした。
さて、ここである程度これまであったことを整理してみようと思う。
まずは私、奈良橋榛凪は櫛羅ヶ丘学園に通う一年生。
得意不得意なくごくごく平均的な女の子、最近やけにツッコむことが多い気がするのは気のせいでしょうか?
そして同じクラスにいる男の子、二上一登君は二次元大好きな皆とは少し感性がズレていて、しかも物事の判断はすべて二次元を中心にされている……例えば――
「むむ……ここでは普通、お弁当を持ってきてくれる幼馴染のイベントがあるはずなのに誰も来ないとはコレ如何に!」
――こんな感じで日々、マイペースというかただのバカな気もするけれど過ごしています。
そして一番の強敵……それは――
「榛凪さん、お昼ご一緒しませんかぁ?」
教室内が騒めくなかで私の前の席に堂々と座り「~♪」とか変な鼻歌を歌いながら弁当箱を開ける彼女……そう、私の通う学校を実質上運営している生徒会のトップ、佐倉彩夏生徒会長その人です。
容姿端麗、成績優秀と校内では完璧超人……だった。
だったというのは見てわかる通り……
「さぁ、榛凪さん! あーんしてください!」
ガチレズの変態です。
そしてこの如何にも接点のなさそうな二人が放課後集まる場所が旧校舎一階にある教室。
そこでなにが行われているかというと――
「ねぇねぇ、こういう感じの衣装はどうかなぁ?」
「えー……ちょっと露出少なく感じません?」
「そうですか? 女の子はだいたい出してもこれくらいまでが限界よ?」
(なにを出すのよ……)
教室の片隅に椅子を置いて腰かけ、ジト目で観察する私をよそに勝手に二人で盛り上がっている。
ここは元々、漫画部だったらしいけれどネット社会に移り変わった現代においてワザワザお金を出してまで漫画を買う人たちが激減し始めているということが影響してか、入部する生徒もなく、私たちが入学する一年前に廃部になったらしい。
それをあそこにいる二上君が復活させ、さらに会長がその後押しをしたというのだから驚き……というよりも呆れる。
「うーん……、ちょっと奈良橋さんモデルやってもらえないですか?」
「は?」
二上君から突然の頼みごとに思わず声が裏返ってしまう。
「ですから、モデルですよ、モ・デ・ル!」
「わかってるけれど、なんで私が?!」
「察しが悪いですね、まったく……感の悪い鈍感系主人公とかさ、難聴系主人公とかってどの作品にも出てくるけれど、その逆ってないですよね」
「ないわね」
二上君の言葉に会長も同調してくる、いい加減ウザく思えてきた。
「でも、そういう榛凪さんなら私はイケます!」
「逝っとけええええええええ!」
彼女の背後から腰に腕を回し、そこからのバックドロップがものの見事に決まると同時に会長の口から「ケバブッ」とまたも意味不明な言葉が飛び出す、ここは世紀末か。
「はぁはぁ……と、とりあえずモデルってなにをすればいいのよ」
「えーと、そこの椅子に座ってもらうだけでいいのでお願いできますか?」
「え?」
「え?」
彼の言ってることがまず理解できなかった、だいたいこういうことを頼む時は「こんな感じで」とか「もっとこう」とか卑猥なポーズを要求してくるものだと思っていたからだ。
だからこそ「え?」という言葉が出てきてしまった。
「あ、いや……うぅん、そうよね。 座るだけでいいんだよね」
一瞬だけでも変なことを考えてしまった私はアレを出す、アレッてなにかって? ほら、漫画とかである顔の横から出てる汗みたいな汁のことよ、察しろバカ///
まぁ、彼の頭の中にはさぞ「?」が浮きまくっていることでしょう。
「じゃあ、腰かけてリラックスしていてくださいね。 すぐ描き終えるので」
そう言うと彼は自身の机から紙とシャーペンを持ってくると早速描き始めた。
それから約三十分、一時間が過ぎ――
「よし、できた!」
椅子から立ち上がった二上君は描きあがった紙を天井高くまでかざす。
私も一時間も椅子に座り続けたせいかお尻が痛かったので立ち上がる、すると――
「あ、あれ?」
足が痙攣をおこし、膝から崩れ落ちるように態勢を崩したその時だった。
「大丈夫ですか? 無理させちゃいましたかね?」
体が急に浮いたかと思えば、二上君が私の腕を支えて抱き合うような格好になっていた。
こんな経験はもちろんなく、漫画の中でしか見たことがなかった私は急に心拍数が上がり足元から頭の先まで一気に血液が上り、体温も急上昇する。
(ちょっ!! こ、これって……ままままままさか)
彼の顔が近い、息遣いも聞こえる。
「本当に大丈夫ですか?」
「榛凪さん、大丈夫?」
会長も心配して駆け寄ってくると、思っていた以上に教室内が緊迫する中で私だけが変なテンションになる。
「大丈夫よ、こんくらい……ちょっと足が痺れただけだから」
なんとかその場を取り繕い、冷静さを取り戻す。
「そう、ならいいんだけど少し休みましょうか。 会長の方はどうです?」
「そうですね、私も少し一息いれましょうか」
彼の提案に会長も肩を自分で揉みながら賛成するとおもむろに立ち上がり、お洒落なコーヒーカップに豆から挽いたコーヒーを淹れる。
フワッとほのかに良い香りが教室中に広がった。
そして二上君は会長と私の分を含めた三人分のお茶菓子を用意する。
「ははは、心配かけさせちゃってごめんなさい。 同じ体勢を維持するのに慣れてなくって」
「今度から辛かったらちゃんと言ってくださいね、生徒の安全をまもるのも会長の務めですから」
コーヒーの入ったカップを上品に飲む会長の姿はとても絵になる、アレさえなければ……だけど。
黙っていれば美人だということはわかるのだけれど、どういう経緯でこんな子になったのか両親に聞いてみたいところです。
「もう足の方はマシになりましたか?」
「あ、うん。 二上君ありがとね」
まぁ、どんな理由でアレ助けてくれたのだからお礼は言っておかないとバチが当たるってものよね。
「それで? 描いた絵ってどうなったの?」
「はい、これですよ」
彼が手渡してきた一枚の紙、そこには――
スクール水着に赤いブーツのような靴、手も手袋?みたいなパーツにツインテールのリボンのような物を装着した――
「ってこれあの時のじゃない!!!!」
「いやぁ、やっぱり会長の衣装だけじゃイメージわかなくって。 奈良橋さんに近いイメージのキャラだったから大変助かりましたよ」
二上君は照れ笑いをしているけれど、まったく笑えない。
「とういうことはもしかして会長……」
私は会長の方に顔を向けると、プイッとソッポを向く会長にゆっくりと席を立ち上がる、すると彼女はワタワタと慌てはじめた。
「だ、だって榛凪さんがあまりにも魅力的だから、それでその……」
「じゃあ、最初のあのフリフリの衣装も……だよね?」
一歩、また一歩と徐々に会長に近づく私。
恐らく彼女からしたらこの時の私の顔は鬼のような形相に見えたのではないだろうか。
「ああ! そうですよ! これもまた二上君の提案だったのですよ!」
「あ! 会長ズルい!!」
ついに観念したのか会長はこれまでのことを洗いざらい話し始めると二上君はそれをやめさせようと躍起になり始める。
「俺の提案に乗ってくれれば、会長の大好きな奈良橋さんといつでも一緒にいられますよ……みたいなこと言うからですよ! まぁ、私も悪かったですけれど一番悪いのは二上君です!」
「ほほぅ、で? 言いたいことはそれだけだよね? じゃあ、二人とも歯を食いしばろうか……」
拳を鳴らしながらゆっくりとそれを振り上げる。
「じゃあ、二人ともあの世でお達者に!!」
そう言って私は怒りの鉄槌を二人に振り下ろした。
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