榛凪の恋愛スタートライン
見川 くろめ
第一章 1.榛凪さんと二上君
櫛羅ヶ丘(くじらがおか)高校に入学して早くもふた月程経過した六月十五日。
私、奈良橋榛凪(ならはしはるな)は授業をサボろうと学校の屋上に足を運んだところ、いつもの場所に人影があるのがみえた。
それはとても見知った顔で、私は足元で寝転がっている一人の少年、二上一登(ふたかみかずと)を見下ろしざまに「むぅ……」と唸った。
私の唯一の心の安らぐ場所で平気で居眠りをしている彼の頭の先にはパソコンが置かれており、イヤホンジャックからはヘッドホンの線がパソコンへと延びているのが見えた。
生徒たちは屋内で授業を受けているせいか校内は静まり返っており、そんな中で耳に聞こえる音の元はヘッドホンから聞こえていた。
「……なにしてんのよ……」
「…………」
私の呆れた声も届かず、彼は平然と目を瞑って寝ていた。
「はぁ……、いい加減に私の席を取らないでくれるかなッ!」
「ちょっ、何するんですか!!」
静かに寝息を立てている彼の睡眠を邪魔するかのようにヘッドホンを鷲掴みにして取り上げると、慌てた彼が体を起こす。
「アンタが私の特等席を占拠して寝てたのが悪いんでしょ! さっさとどきなさいよ」
「そんなご無体なッ!」
犬を追い払うように「しっしっ」とすると彼はたいそう不満げな顔をしながら片づけを始める。
彼……もとい、二上君の身長は近年の男子生徒平均身長程度でけっして高くも低くもない169センチ、髪もあまり手入れされてないのか寝癖がついていて、身にまとう学生服はきちんと着られているものの、あきらかに校則違反であろうパーカーをまとっている。
趣味は二次元をこよなく愛し、つねに学生鞄の中にはパソコンを忍ばせているというヲタクであることで有名になりつつもある。
もちろん友達なんていない……と思うし、そんな彼がどうして私の特等席にいるのか非常に気になる。
「――で? なんでアンタがここにいるわけ?」
パンパンとズボンを叩きながら砂埃を落とす彼に質問を投げかけると、当然とばかりに「俺の嫁が呼んでいたからだ!」っと胸を張って言い放った――
さて、私の通う高校「櫛羅ヶ丘高校」は県内でも有数の進学校で名門大学への合格者も排出している高校で、それこそスポーツ全般からプログラマー等の技術者まで、世に送り出された先輩は数知れず、また大学以外でも社会で活躍するOBも大勢いるらしい。
しかしながらといって、厳しい環境下とは言い難く意外と自由な校風でもある。
入学式後のオリエンテーションでも各部活動組織による勧誘式では圧巻さえせざるおえなかった。
しかしそれ以上に――
男子のみならず、女子までも魅了されたのが生徒の束ねる櫛羅ヶ丘高校生徒会の生徒会長の姿だった。
佐倉彩夏(さくらさやか)。
噂によると、つねに成績は学年トップでスポーツは若干苦手種目があるもののほぼこなすらしい。
それよりも見事だったのは入学式の新入生への挨拶だった。
『新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。 そしてこれからの新学生生活を送る上で最高の青春を送れるよう生徒会一同、しっかりとサポートすると共に将来の――』
彼女の一言一句が私たち新入生の心を鷲掴みにした。
もちろんその凛とした姿にも見惚れていた者もいるだろう、とても高校生らしからぬ身長、綺麗に整えられた腰まで伸びた黒く輝く髪、制服から覗かせている雪のように白い素肌、体つきが華奢で柳腰、そしてなによりも落ち着いた雰囲気がそう思させるのだろう。
これこそが大和撫子ともいうべき姿なのかもしれない。
生徒からみればそんなカリスマ性溢れる生徒会長だからこそ、学園内もまとまりができているのだろうと思う。
(さすが進学校、生徒の質が良いのも頷けるわね)
なにもかもが平均な私と比べてしまうと恐れ多いけれど、少し嫉妬してしまう。
周囲の生徒たちはジッと彼女の話す言葉、一句一句を聞き逃さないように静かに聞いている中、なにやら後方で騒めきだす。
生徒会長のお言葉を頂いているというのに堂々とパソコンをいじっている男子生徒の姿がそこにあった。
そう、彼が今ここで私と対峙している二上一登、その人だ。
友達にすらなっていないけれど、なぜか彼とはこうして行き会うこともしばしばあり、非常に困っているのが最近の悩みのタネでもある。
佐倉生徒会長の美しさが脳裏に焼き付いたかと思えば彼と会えばなぜか上書きされる不愉快さ……如何ともし難い。
さらに酷かったのはクラスの自己紹介だ――
私の席は後方中央、そして彼の席は後方窓側なので話をする機会もなければ同じクラスであるにも関わらず、それ以外の接点は当然ないに等しい。
なぜか興味もない彼のことを考えている間に自己紹介の順番が回ってきたことに気づかない私。
『奈良橋さん? おーぃ、なーらーはーしーさーん』
『え? あ、はい!』
のんびりした口調で担任に呼ばれたことに気づき、慌てて席を立つとクラスメイトたちの視線が一気に私に集まった。
しかし、自己紹介の内容を全く考えてなかった私は頭をフル回転させる。
『え……と、にゃっ、にゃ良橋榛凪と言います、これから三年間よろしくお願いします!』
『プッ、噛んだ』
咄嗟に頭の中で浮かんだ言葉を口にしたせいで噛んでしまうと同時にどこからか笑い声が……私が復讐を誓った瞬間でした。
『はいはい、次に行きますよぉ。 じゃあ次は――』
担任は私が噛んだことについてはなにも触れずに粛々と自己紹介を進めた。
出席番号順に呼ばれているので次は彼の出番だとすぐにわかった。
『えー、二上一登です。 主に創作や小説を書くことが好きです、今の嫁は魔砲少女リリエルで――』
……痛い、痛すぎる。
自己紹介でそもそも自分の趣味を曝け出すおバカがどこにいるっていうんだろうか、いや……ここにいますけど。
『え、えーっと……二上君? 自己紹介は簡潔にお願いしますねぇ、次の生徒も待ってますから。 えっと次はぁ』
『ちょっ、ちょっと待ってください先生! 俺の話はまだ終わってな――っておーい! 先生ぇ』
この瞬間、彼の学校生活はほぼ、ぼっち確定したと言っても過言ではなかった。
「アンタねぇ、あんな自己紹介して後悔とかしてないの?」
どうしても彼の考えがわからなかったので核心的な部分を聞いてみた。
だって、高校生活は人生においてたった一度だけの貴重な時間といってもいいほどの期間をあんな一言で台無しにするのはもったいないと思ったから。
「どうしてですか? 好きなことを好きだと言ってなにが恥ずかしいと言うんです?」
肩に掛けていた鞄を降ろし、ヒンヤリとしたコンクリートでできた地面に腰を下ろす私をよそに愚問だなとばかりに言う彼に若干イラッとした。
「友達とかできないよ、そんなことじゃあ」
「別に欲しいとも思わないですよ、だいたいパソコンの中に友達はいっぱいいますし」
「友達……ねぇ」
彼が見せてきたパソコンの画面には二次元の美少女が映し出されているのをジト目で見る。
……まったくもってわからない。
「その物言わぬ友達とどんな会話をしているっていうのかな?」
「物言わぬとはなんですか! 彼女は……彼女は生きているんですよ!」
「怖い怖いって、わかった……わかったから落ち着いて――ね?」
いきなり激昂する彼に詰め寄られる私は両手で「近い近い」と言いながら制止させる。
そして――
「わかりました、じゃあ教えてあげますよ」
「へ?」
「俺が二次元の良さってものを教えてあげますよ!」
「いや、別にそういうの興味ないし……っていうか教えてもらっても多分わからないと思うから無駄だって胸を張って断言できるわ」
そう言って腰に手をあてて胸を張って見せる。
「なにを言ってるんですか、張る胸もないくせにして……リリエルちゃんの方がずっと胸あり――カハッッ!」
言い終わらないうちに私の鉄拳が彼の鳩尾を抉ると「ぐぬぉおお」と膝を折り地面にうずくまり悶絶していた。
黒いオーラを出しながら「ほかに言いたいことは?」とさらに追い打ちをかけんとする私。
「わ、わかりましたって、とにかく俺が君に二次元の良さを教えますよ。 絶対に好きになりますから!」
彼は涙目で見ながらそう断言すると、私も「かかってきなさい」と言わんばかりにお互いに火花を散らした。
この時はまだあのようなことになるとは知る由もなかったのだけど――ね。
そんなやりとりを二人でしていると突然、悪寒が背中をはしった。
「ん? あ、ああ……」
急にガタガタを肩が震えだす二上君。
視線の先は私の丁度真後ろ、二上君は青ざめた表情で人差し指を指す。
私は恐る恐る彼の視線の方へ振り返ると――
「アナタたちぃ……こんなところでなにをしてるのかなぁ?」
冷たい笑顔を浮かべながら仁王立ちしていたのは担任の碓氷亜梨華(うすいありか)先生その人でした。
「あ、あのぉ……せっ先生? これはその――」
「そんなに私の授業がつまらないの? そぉ、それじゃあ仕方がないわねぇ……これから特別授業でも始めましょうかぁ?」
ジリジリと私たちに詰め寄る先生、私はふと屋上と校舎内をつなぐ扉に目をやると二上君が「それじゃあ、またあとで」と言わんばかりにジェスチャーをして逃げ出していた。
(あの二次元ヲタクがああああああ)
私は握りこぶしに力を込めて心から叫んだ。
その後、私は先生から喝を頂いた上に膨大な宿題をやらされることになったのは言うまでもない、もちろん二上君も逃走したすぐ後に捕獲されたらしい。
「――まったく、アンタのせいでひどい目にあったわよ」
放課後、頭にコブを一つ付けた私は涙目になりながら二上君に訴えかけた。
「えぇ、俺のせいですか?」
「そうでしょうよ、アンタが寝てたからこうなったんでしょうが」
「いやいや、そもそも君がタイミング悪く来ちゃったからいけなかったんですよ。 これだから三次元はダメなんですよ、これが二次元だったら――」
腕組みをしながら一人でぶつぶつと言い出す彼を見て私の怒りも有頂天になると、彼の一歩前に歩を進め、振り返りざまに人差し指を指すなり宣言した――
「だったら……アンタの言う二次元の良さをさっさと私に教えなさいよ! もし私に伝わらなかったらどうなるかわかってんでしょうね! アンタのパソコンからありとあらゆるデータを消させてもらうから!」
「なんて残酷なことを口にするんですか! この鬼! 悪魔! 胸なし!」
「やかましいわ!!」
そう言った彼の頭にはもう一つ大きなコブが出来ましたとさ。
そんなこんなで彼に連れてこられた場所は今となっては使われなくなった旧校舎の一角にある教室。
「さぁ、ここですよ」
教室の扉を開けるとそこには――
「ちょっと、学校の教室をなんていうことに使ってんのよ」
そこにはパソコンからゲーム機器さらにはテレビやレコーダーとありとあらゆる機械が備え付けられていた。
もはや自室のごとく自由気ままに教室を私物化していた。
「以前に潰れた部を引き継いだうえでこうしてきちんと運営しているんですからなにも問題ないはずですよ」
「そういう問題じゃないわよ、なんていうか……キモい」
「酷いッ!!」
そんなやりとりをしているとまた扉が開くと自然と私たちの視線がそちらに向くと一人の女子生徒が「こんにちは」と言いながら入ってきた、その女子生徒が――
「え、嘘……生徒会長?」
「あら? 貴女は――」
突然の来訪者はまさかの生徒会長である佐倉彩夏その人であった。
「あ、やっと来ましたかぁ、先刻お話ししていた人がこの人です」
いろいろと状況が呑みこめない中で彼らは淡々と会話を弾ませた。
「だいたい事情はわかりました。 改めまして奈良橋さん、私は――」
「佐倉生徒会長……どうしてここに?」
会長が言い終わらぬうちに私が先に質問を投げかけると、彼女は「ふぅ」と一呼吸おくと真っ直ぐな瞳を私に向けて静かに口を開いた。
「どうしてって言う質問は私にとっては愚問なのだけれど、私は彼の協力者……というところかしらね」
「待ってください、ちょっとおっしゃっている意味がよくわからないのですが……」
……ほんとにわからない、二上君とは一切接点のなさそうな人がまさかここで現れたのだから、私は今の自分が置かれている状況に脳の処理能力が追い付かず混乱していた。
それ以上に驚いたのがいつも「二次元大好きー」な二上君が私ですら高嶺の花ともいうべき会長と普通に会話をしている光景を目の当たりにしていることだ。
「――と、これはどうかしら?」
「え? あ、はい。 どうも」
会長はおもむろに私に衣装を手渡してきた、両手でそれを受け取ると思わず息をのんだ。
「えーっと……これは?」
「それは会長が裁縫スキルで作成したコスプレ衣装ですよ」
説明をしている隣で「えっへん」と言わんばかりにえばる会長……可愛い。
(ってちっがあああああああう!)
「言ったじゃないですか、君にも二次元の素晴らしさを教えるって」
「い、いきなりこんな恥ずかしい恰好を私にしろっていうの?!」
いざ衣装を広げてみると、フリフリのついたどこかで見たことのある衣装。
露出部分は少ないものの、こういうのとは無縁だった私にとってはかなりの抵抗がある、そもそもこれを着て私にどうしろと?
「二上君からは貴女のことは聞いていますよ、二次元の素晴らしさを知りたいらしいじゃないですか? だったらこれが手っ取り早いかなって思って」
「ちょっと……二上君……来てくれる?」
いろいろ考えがまとまらない中で一つ、納得のいかないことがあった。
確かに二次元の良さを教えるとは言われた、それはわかる、けれど誰もコスプレをするとは言っていない。
「はい、なんでしょう?」
「アンタ、最初に言ってたのと少しばかり話が違うんじゃない?」
彼の肩に腕を回し、会長に聞かれないように小声で問い詰めた。
恐らく彼の目には私のこめかみに血管が浮いているのがわかっているはず。
「いえいえ、ちゃんと趣旨に則ってますよ? なにもおかしいことはありません。 いいですか? もともとの話は君に二次元のすばらしさを理解してもらうということが目的だったわけですよ、俺もいろいろ考えたのですがいずれにせよ会長の存在がバレるのであれば早い方がいいですし、まずは二次元の衣装を身にまとっていただいたうえで体で理解してもらったほうが早いと思ったんです」
「なるほど、わからん……って会長?! なに脱がし始めてるんですか!!」
話を聞いている最中に何気なく会長が上機嫌に鼻歌なんかを歌いながら私の制服を脱がそうとファスナーを降ろし始めたので咄嗟に手で押さえつけた。
「さぁさぁ、パパッと着替えちゃいましょうね」
グヘヘと下品な笑みを浮かべる会長に私は幻滅した、あと女子が今そこで脱がされようとしているのにジッとその光景を見ているそこの二次ヲタ。
「ちょッ……み……」
「み?」
「みるなあああああああああああああッ!!!!!」
悲鳴にも似た雄叫びをあげながら私の鉄拳が二上君の顔面に直撃した――
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