5『決戦! VS真・桃太郎』1/2


「……私が黒幕だって?」


 剣先に目もくれず、レイナを見下ろしながらモモさんが一笑した。


「その根拠はなんだい?」

「根拠、ね」


 一呼吸置いて、言葉を続ける。


「私が最初にあなたを疑ったのは、街でのひと騒動だったわ。ヴィランの襲来を誰よりも早く察知したあなたに対して私は疑問を持った。どうして『見えない敵の動きを読めたのか』。あなたは誰よりも早く敵を感知した」

「いやいや、それは村の人間たちが騒いでいたからだよ。これまでも同じような状況に遭遇したからね。経験ってやつかな?」


「それはおかしいのよ。騒ぎが起きたのは、あなたが察知した後だったじゃない。村民が叫んでいたことを覚えてるかしら?『いきなり出てきやがった』って。つまり、やつらは唐突に村に現れた。……あなたがヴィランたちを生み出したと考えれば、超察知にも説明がつくわ。……補足として付け加えるなら、ヴィランが具現化したタイミングで、あなたはあからさまに弱りを見せていた。混沌の力を使う者には必ず反動が来るものなのよ。村での一件と、カオス・桃太郎がヴィランをけしかけてきたときね」


 一気にまくし立てたレイナは、一度深呼吸を挟む。


「根拠二。ヴィランたちがこちらの存在にやたら敏感だったってことね。桃太郎とヴィランたちは、私たちを発見すると、戦闘をやめてまで私たちに襲い掛かってきた」

「敵の存在を見つけたら討つ。これは当然のことじゃないかな?」

「ええ。そのとおりね。だけど違うわ。それはヴィランと桃太郎だってお互い敵同士……それどころか、桃太郎においては別個体すらも敵と認識して戦っていた。にもかかわらず、私たちに対してだけこの二組は、妙に連携の取れた戦いを仕掛けてきた。あれだけ激しい戦闘を繰り広げるだけの軋轢が二軍の間にあったにもかかわらず。どうしてかしらね」

「……考えたこともなかったね。どうしてかな?」


「桃太郎はあなたの排除を執拗なまでに優先していたように見えるわ。ここに至るまで、私たちと桃太郎の間で衝突していないことに気づいたかしら? さっきのカオス・桃太郎も、私たちを攻撃するような素振りを見せていたけど、実は攻撃はこちらには向かってなかったのよ。桃太郎が私たちに危害を加えてこようとしたときには、必ずあなたが近くにいた。……ヴィランは性質上、無作為に戦いをしていたかもしれないけど、桃太郎だけは違う。彼らは、彼ら自身とだけ戦っていた。そんな桃太郎たちが私たちを標的にした理由はひとつ。あなたの正体が『桃太郎』だからよ」


「……はは。なかなかおもしろい推理だね。もしかして君は探偵かなにかかな?」

「私は探偵じゃなくて『調律の巫女』よ。そして調律師としての経験があるからこそ言える最後の根拠なんだけど。……あなた、もう隠すつもりなんてないんじゃないかしら? 冷たくて暗い、混沌の気配がだだ漏れてるわよ?」

「剣豪さまっ!」


 突然桜耶さんが動いた。大剣をかかげ、二人の方へと接近する。声を聞いたレイナが横へ飛び退くのと、レイナがいた辺りを大剣がえぐるのは、ほぼ同時だった。そのまま彼女は僕たちの方へ向き直り、剣刃を向けてくる。

 あまりの速さに何が起きたのかがわからなかったが、視覚に入ってくる情報の完結形から、僕はようやく事態を把握することができた。


「桜耶さん!……レイナ、大丈夫かい!?」

「ええ、ギリギリなんとかね……」


 いつ危険が訪れるともしれない張り詰めた空気が、一瞬にして僕たちを取り巻いた。剣を握る僕の手にも力が入る。


「おいっ、なにやってやがる!」

「っ……」


 タオとシェインも、矢を番い、弓を引き絞る。


「お下がりください。どういう理由かはわかりませんが、この者たちはあなたを陥れるためにあんな出任せを……」


「はは……もういいんだ」

「え? け、剣豪さま? なにを言っているんですか……?」

「まあ、そんなことはどでもいいんだよ。そんなことよりも、だ」


 モモさんの右手が、動いた。やけに緩慢な動きで刀の柄へと伸びていく。なにかよからぬことが起きる気がする。頭のなかで警報が鳴る。


「桜耶くん。君はここに何しに来たんだい?」

「えっ……?」


 またたきの間に、事は終わっていた。

 何かが弾けたような音が響き渡り、桜耶さんの体が宙高くモモさんの後ろへと飛んでいく。モモさんの手には刀。横へと伸ばされた刀身は、地面に水平に傾き、満月の光を浴びて白銀に光っていた。


「……ほう」


 わずかに目を見開いた。口から漏れた感嘆の吐息は、ただただ冷たい響きを帯びていた。


「……ふぅぅ……間一髪でした」


 いつになく押し殺したような声で、シェインが言った。


「彼女は桜耶さんを斬ろうとしていました」

「……いやはや、これは驚いたよシェインくん。まさか彼女の大剣に矢を当てて弾き飛ばしてしまうとはね」


 刀を鞘に収め、息を長めに吐き捨てる。手は右手に置かれたままだ。


「……いえ、一か八かですよ」

「アハハ、またまた。あんな芸当、賭けでできるようなことじゃないよ。さすがは鬼の子といったところかな」

「気づいていたんですか」

「本職が長かったものでね。言うなれば運命を背負った者の経験ってやつかな」

「本職、運命……認めるのね、自身の正体を」

「いかにも。ぼくは桃太郎だ。本物のね。……アハ、アハハ。ハハハハ」

「だったら、どうしてお前が……」


 タオが声を荒げる。


「どうしてお前が、人々を苦しめるようなことをするんだ!」

「どうしてって? そんなことを聴いてどうするのかな」

「なんだと……!?」


 厳しい言及にも、モモさんは笑ってかわす。


「ぼくは今『桃太郎として』じゃなく『悪役』として君たちの前に立ちはだかっている。桃太郎やヴィランをけしかけて村々を襲ったのもぼく。……桜耶くんの村も、ぼくの住んでいた村も、これまで訪れた村も全部火の海に変えてきた。その事実だけで戦う理由は十分あるんじゃないかな?」

「……あなたが、あなたが私の村を……」


 まるで地の底から唸る地響きのような声。

 地面に膝をついていた桜耶さんが、モモさんを睨み据えていた。


「家族をッ、父上をォッ!」

「そうだよ、桜耶くん。ぼくが君のすべてを奪った。そう、すべてね」

「ああ……ああっ、あああああっ!!」


 大剣を大きく上げ、モモさんの背後から差し迫る。桜色の線がまっすぐにモモさんの方へと飛来する。


「甘い」


 ふわりと黒い着物がたなびく。回転を加えられて勢いを増した蹴りが、複製された桃太郎を巻き込みながら迎撃する。


「ぐッ……!?」


 反撃を受け、僕らの方へと飛ばされてくる。なんとか着地し、地面に大剣を突き刺すことで停止したが、彼女からの一撃は相当な威力だったらしい。剣を支えにしてようやく立っていられるという有様だった。


「くふっ……おのれ……おのれぇっ!」

「桜耶くん。そうは言ってるけど君、実は気づいていたんじゃないかな? ぼくがすべてを破滅へ追いやった元凶だと」

「っ……!!」


 桜耶さんが下唇を噛む。


「……やはり気づいていたのね。あなた」


 レイナが追い打ちをかける。


「気づきたくなかった……私はあの人を信じたかった……! あの人が私に与えてくれた優しさを信じたかった……っ!」

「アッハハハハハ! 桜耶くん、君は本当にいい子だね。純真で、純粋で、純白だ。……だからこそ、私は君に託したのかもしれないね」

「託した……?」


 その言葉に引っかかりを感じ、僕は思わず口を挟む。


「ひとつ気になることがあるわ。あなた、自ら戦いに身を置こうとしてるみたいに見えるけど。自分から進んで破滅に向かっているみたいな……」

「……お喋りはこのへんにしておこうか」


 レイナの疑問に対して横に首を振るモモさん。


「それじゃ、さて。桃太郎と対峙した君たちには、それにふさわしい相手を贈るとしよう」


 モモさんが左手を前にかざすと、ぽうっと光が灯ってすぐに消えた。分厚い本が一冊現れる。


「あれは……運命の書?」

「そうだよ、レイナくん。これは桃太郎ぼくの運命を記した本。……この身を縛り苦しめる鎖だ」


 浮き上がった運命の書を手にすることもなく、彼女が腕を横に動かす。すると、それを追いかけるように本が分裂して並んだ。


「えっ、運命の書が増えた!?」

「フフフ……書の複製。混沌からぼくに与えられた力」

「複製ですって? そんなことができるわけ……」

「姉御、目の当たりにした真実は、実際事実なのですよ」

「君にとってこの所業が信じがたい事なのかもしれないけどね。ククッ……現実は物語よりも奇なりってやつだ」


 並んだ本に禍々しい霧が纏い付き、渦を巻きながら表紙へ吸い込まれていく。夜の空よりも暗い黒に変色し、そのまま地面へと溶けるように消えていく。やがてモモさんの周囲に黒い霧が立ち込め、その中からぼんやりと人影が浮かび上がる。霧が晴れると、そこには大勢の桃太郎が、こちらに刃を向けて立っていた。


「ぐっ、ゴホッ……グゥゥッ……!」


 モモさんが跪く。

 混沌の力を行使し続けたモモさんの体には、その反動が蓄積しているのだろう。


「はぁ、はあ……ハハッ、もう、なにもかもが限界に近いみたいだね。ハハ、ハハハハ……ぼくの体も。――この世界も」

「なに言ってやがっ……うわっ! なんだ!?」


 突然の地響き。小刻みに動く地面に足を取られて転びそうになるのを、すんでのところで耐えた。やがて揺れは収まったが、異変は続く。満月が、光の粒子を撒きながら少しずつ消えていく。


「レイナ、これって……!」

「マズイわね、いまの召喚で一気にバランスが傾いたみたい。崩壊が近いわ!」

「なんだって!?」

「アハハハ、アハハハハハ! 終わりは近いよ。この世界も運命も、なにもかもが消えてなくなるんだ! ハハ、ハハハハ」

「……私が、あの人を……っ」


 気丈に振る舞ってはいるものの、大剣を握るその手は小刻みに揺れている。ずっと一緒にいたからこそ、彼女の強さを理解しているのも桜耶さん自身だ。


「嬢ちゃん」


 タオが桜耶さんの前に進み出る。手には大槍と盾を携えて。


「なにがなんでもお前のお師匠を止めるぞ」

「……言われなくともッ」


 桜耶さんの震えが止まった。


「さて。それじゃあそろそろ始めようか。時間はそう長く残されていないようだしね。ここからは一切手抜きなしの一発勝負、正真正銘の最終決戦といこう。……夜が明けるまでに君たちを闇の元へと送ってあげるよ。アハハ、アハハハハ」

「……厳しい戦いになりそうですね」

「泣き言言ってるヒマはねぇぞ、シェイン。……気を抜くなよ、お前ら」

「タオに言われなくてもわかってるわよ」

「絶対にぶっ倒して、その目を覚まさせてやるぜ……モモ!」

「アハハ。タオくん、頼もしい男だね。よければぼくの家来にならないかい?」

「ごめんだね」


 各々が武器を構える。

 その照準の先で不敵に笑うモモさん。


「残念だね。それじゃあお互い敵同士、手加減なしだ。――桃太郎、推して参るッ!」


 数多の桃太郎が、モモさんの掛け声と同時に押し寄せる。

 決戦の火蓋は落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る