4『醜い不遜の贅肉』1/2
海岸を出発してから三十分ほどトンボロを歩き、僕たちは鬼ヶ島へ上陸した。ここまで襲われることもなく来れたのはいいけど、思いのほか距離があったのは予想外だった。
「海から島が見えていたのですぐに着くもんだと思いましたが、そんなことはありませんでしたね」
「ぬかるんで歩きづらかったわね。やたら疲れたわ……」
「そんなにぬかるんでたか? お嬢の場合『わーっすごい星の上を歩いてるみたい!』とか言ってはしゃいでたから余計に疲れたんだろ」
「うるさいわねっ! しょうがないじゃない海の上を歩くなんて初めてなんだから!」
「あはは。はしゃいでたことは否定しないんだね、レイナ」
「もうっ、エクスまでーっ!」
しまった、思わず口を滑らせてしまった。
「だーっはっは! お嬢は鍛え方が甘いから少し跳ね回っただけで疲れるんだ!」
「ちょっと。タオと一緒にしないでよ」
「そうですよ、タオ兄と一緒にされては困りますよ。私たちは花も恥じらう乙女なんですよー。あーすっごい疲れました」
「はぁ、乙女ねぇ」
タオがじっとレイナを見つめる。
「……なによ、そのさり気なく失礼な意味合いを含ませた視線は」
「……うーん、乙女……うん。てかシェイン」
「なんで言葉を濁したのよ!」
「お前、さり気なく便乗してる気でいるみたいだが、言ってそんな疲れてないだろ?」
「まあ、この程度の距離なら特にモーマンタイですね」
「ちょっと、無視しないでよ!」
「あーはいはい、ごめんなさいすいませんでしたー」
「誠意がこもってないわねぇ……!」
詰め寄るレイナを軽くいなすタオ。
この光景を目にしていたモモさんが、声を漏らす。
「ははは。君たちは最終決戦の地へ赴いたというのに、緊張感がないね」
かく言うモモさんも、砂州を歩いている間ずっと手を自由にしていたのを僕は見ている。臨戦態勢をとる際に必ずといっていいほどに右手を柄に乗せているモモさんがそうしていなかったということは、少なくとも渡り終えるまでの間に危険はなかったと言っても言い過ぎではないだろう。
そう、渡り終えるまでは。
「――いつまで茶番をしているつもりだ、貴様ら!」
岩地の広がる鬼ヶ島。一段と大きい大岩の下に佇む丸い影が、こちらへ怒声を向けてきた。徐々に姿が月に照らされる、まんまるの巨体。
「カオス・桃太郎!」
「やっぱりあなたがここにいたのね!」
「あいからわずでかい図体ですね。なにを食べたらあんなになるんでしょうか。胸周りとか正直羨ましいです」
「シェイン、あれはダメだ……」
「おおおお前らぁ! 人の根城に勝手に踏み込んで大声で叫び血差す挙句、人をさりげなく愚弄するとは、どういう教育を受けてるんだ貴様らはまったく!」
「いやいや、お前の根城じゃねーだろ、ここはよ……」
「正義の味方が敵の本拠地を住処にしているとは、斬新な展開ですね」
「ええい、黙れ!」
カオス・桃太郎の振り下ろした大太刀が地面を叩く。その力は衝撃波となり、岩面を捲りながら僕たちの方へと
「くっ、いきなり攻撃してくるとは、ずいぶんなご挨拶だぜ」
「そうだ、これが貴様らに対する礼儀だ。無礼な侵入者へのな!」
「やれやれ。相変わらず態度と図体だけはバカデカイ桃太郎ですね」
「無礼者どもめ! こうなれば力づくでねじ伏せてやる」
そう言うやいなや、手にした大太刀を地面に勢いよく突き刺した。それと同時に、モモさんが急に体勢を崩す。
「ぐっ、ゴホッ! ゲホッ!」
「っ、剣豪さま……っ」
突然咳き込み、膝折れるモモさん。いち早くそれに気づいた桜耶さんが、彼女の体を支える。
「姉ちゃん!」
「モモさん! 大丈夫?」
「はぁ、は……わ、私のことは気にしなくてもいい。……それよりも君たち、来るぞ。敵が」
桜耶さんの助けを借りつつ立ち上がったモモさんは右手を柄に乗せ、前方を睨めつける。
彼女の視線の先を辿ると、まるで岩場の影から浮き出てくるかのように姿を表したヴィランがカオス・桃太郎のまわりへと集まっていく様子が見てとれた。海岸へ向かう途中に現れた数ほど多くはないが、だからと言って楽に乗り切れるような数でもない。
「……これは、なかなかキツい戦いになるかもしれないね」
「ええ。でも、なんとしてでもここを乗り切らないといけないわ」
栞を空白の書へ挟む。まばゆい光が僕の身を包み、手元に現れた片手剣を握りしめ、戦闘準備を整える。隣でも同じ光が輝き、レイナもコネクトを終えていた。
「ったく、やれやれ。オレはいったい何度桃太郎と戦わなけりゃいけねーんだ……」
ぼそりと呟いたタオの小言が耳を通る。
「しかたないですって、タオ兄。これも業を背負ったものの宿命ってやつです」
「なんだかなぁ……」
ぽつぽつと言葉を漏らしながら二人もコネクトした。
***
「桜耶くん、気を抜いてはいけないよ」
「わかってます、剣豪さま。……手抜かりなどしようものがありません」
ぎゅっと、大剣を握りしめる。
「……敵は打ち倒す。敵は……絶対……っ」
「ははは。うん、その意気だよ。それじゃあ頼んだよ、桜耶くん」
「はい。……おまかせください」
***
「やれ、下僕たち。その者たちを叩き潰せ!」
カオス・桃太郎の号令で、控えていたヴィランたちが一斉に飛びかかってきた。
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