『正面突破!』2/2

「さて。だいぶ歩いたと思うけど、海まであとどれくらいかな?」

「シェイン」

「はい。ちょっと待ってくださいねー」


 僕がぼそりとつぶやいたことをタオが受け、シェインにパスした。言いたいことを感じ取ったシェインが、茂みから少しだけ頭を出す。


「んー……ぱっと聞き分けた感じ、そんなに遠くはなさそうですよ」

「そうなんだ」

「そして、海の方面からすごい剣戟の音が聞こえます」

「やっぱりあのあたりは激戦区なんだね」

「さらに言うと、結構近場でも戦闘が起きてますね―……あっ」

「どうした、シェイン」


 突然顔を引っ込めたシェインに、タオが尋ねる。


「一瞬、目が逢いました」

「えっ」

「まあまあ、姉御。もしかしたらシェインの気のせいかもしれませんので、もう一度確認してみますね」


 再び顔を出し、あたりをうかがっていたが、やがて首を横に振った。


「あー、これはダメですね。完全にこちらに気づいてますよ、あれ。バッチリ目が逢いましたもん」

「それじゃ……」

「ですね。姉御のお察しのとおりです」


 空気に混じって殺気が流れてくるような気がした。それは思い過ごしなんかではなく、草木をざわざわと撫でながら、間違いなくこちらへ物音が近づいてくる。


「くっ、しかたねぇ、こうなりゃ強行突破だ! 先手必勝!」


 言うやいなや、タオが茂みから躍り出ると、手にした弓を放った。淡い光を纏い一直線に闇へと吸い込まれていったそれは、暗がりを照らすように淡く発光した。その光を見た桃太郎とヴィランが僕たちの方へ気を向け、たちまちにして集まり始める。


「囲まれる前にここを離れるわよ!」

「わかってますって。――とりゃっ!」


 シェインの手にした杖が光を放つ。それは上空で質量へと変換されると、巨大な氷弾と化して急降下し、少し離れたところに着弾した。衝撃で吹き飛ばされる敵勢に目もくれず、僕たちは森の中を走る。


「急げ! 布陣を敷かれたらやっかいだ!」

「わかってるわよ!」


 なんとか散らしてはいるが、それでも数的なアドバンテージはこちらに不利を強いてくる。ジリジリと距離を詰めてくるヴィランと桃太郎にあたりを囲まれ、歩を止めざるをえなくなってしまった。


「進退窮まったって感じですね」

「いやいや、シェインくん。窮すれば通じるものだってあるさ。桜耶くん、正面突破だ」

「承知しました、剣豪さま」


 二人が前に歩み出る。


「姉ちゃん、何か策はあるのか?」

「まあ、あるって言えるようなものはないけど、なきにしもあらず、かな。道がないなら作ればいいんだよ」

「はぁぁ……くらえぇぇっ!」


 大上段で大剣を振り下ろす桜耶さん。重々しい音を鈍く響かせながら繰り出された一撃を始点に、円形へ広がった衝撃が、地面をえぐりながら周囲へと駆け巡っていった。鬱屈な影を落としていた木々ごと敵をなぎ倒す。


「……わお」

「すごい威力ね……」

「シェインくん、レイナくん。感心するのはここを抜けてからだよ。とりあえず早く離脱しよう」

「え、ええ、そうね……」

「それじゃ、先行をお願いするよ、桜耶くん」

「おまかせください!」


 大剣を構え直し、桜耶さんが前へと走る。


「よっしゃ、続くぞ!」

「そうだね、行こう!」


 桜耶さんが物理的に道を切り開く。その後を僕たちが続き、桜耶さんに襲いかかる脅威の露払いをする。

 やがて、道先に光が見えた。そこに倒れ込まんばかりの勢いで身を投じる。草葉と樹木を散らして森を抜け出し、満月の照らす暗い海と浜辺にたどり着いた。

 響くさざ波。先程までの激しい戦闘なんてなかったみたいに、海は穏やかに白波を押し、砂浜を濡らしている。


「……どうやら、奴らは引いたようだね」


 柄に置いていた右手を下げながらモモさんが言う。言われてから背後に目を向ける。茂みの向こうは静寂の影を下ろしている。ついさっきまで僕たちを追っていた殺気が、まったくといっていいほどに消えていた。


「シェイン」

「……ええ、タオ兄。もう大丈夫そうです」

「そうか。……ふー。なんとか乗り切ったってわけだな」

「油断は禁物よ」


 レイナは言葉を続ける。


「このまま鬼ヶ島へ渡りましょう。いつまた追っ手が来るかわからないわ」

「そうだね。でも、どうやって鬼ヶ島まで渡ろうか……」

「その心配はなさそうだよ。ほら、あっちのほう」


 モモさんが指差して言う。緩やかなカーブを描いた道が海から浮き上がっていた。それは緩やかなカーブを描き、鬼ヶ島の方へと向いている。


「えっ、なにあれすごい! 海に道ができてるわ!」

陸繋砂州りくけいさすですね」シェインが言った。

「陸繋砂州?」

「そうです。潮が引いたことで海底に積もった砂山が浮き上がってできる道をそう言うんですよ。あるいはトンボロ、とも言います」

「へぇ……」相変わらずシェインは物知りだ。

「なにはともあれ、いいタイミングで到着したってわけだね。まさに道は開けたってことかな」

「それじゃ、いきましょうか」

「おう、そうだな!」

「ガッテン承知です」

「いざ、決戦の地へ、だね」

「あはは。彼らは頼もしいね、桜耶くん」

「……そうですね」


 後ろから聞こえた二人の声。明るいモモさんの声とは対照的に、桜耶さんの言葉には、どこか不安げな色がこもっていた。

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