『押し寄せる偽体とカオス』2/2

 だいぶ数も削り、戦いが楽になり始めたころ。少し離れたあたりで、ひときわ大きな霧が突然吹き上がった。徐々にそれは晴れていき、その中から現れたのはメガ・ゴーストが一体。屋根よりも少し高い頭。被った仮面の下で不気味に光る双眸で僕たちを捉えると、両手に光を集めた。


「マズいわ、攻撃が来る!」

「クソっ、避ける猶予はなさそうだ! お前らオレの後ろに下がれ!」


 タオが言い終えると同時に、集められた力の光球がこちらをめがけて飛んでくる。瞬時にヒーローを交代したタオが、盾を前に構えて攻撃に備える。

 やがて、三度の爆発音があたりに轟いた。土埃を巻き込んだ暴風が吹き荒れる。


「タオ!」

「オレは大丈夫だ! あいつに次は撃たせねぇ!」


 再びヒーローチェンジで姿を変えたタオが勢いよく空へと舞い飛ぶ。限界まで張り詰められた弓から放たれる一立の矢が、爆炎を絡めとりながらメガ・ゴーストめがけて飛んで行く。それは標的を確かに射抜いた。突然の攻撃に不意を突かれ、二撃目を繰りだそうと溜めていた力が形を失い、メガ・ゴーストの手の内で爆ぜた。


「今だ! 行け、坊主!」

「うん、まかせて!」


 栞の挟まれた空白の書に力を込めると、僕は光りに包まれた。纏うのは片手剣のヒーロー。変身時に体中をめぐる力をそのまま脚に流し込み、地面を蹴った。

 片手剣のヒーローに切り替えた際に繰り出される『ダッシュブレード』。まわりの風景を線に変えながらすさまじい速度で肉薄する刺突技。

 ふっと、黒い塊が僕の横を過ぎていった。同時に手に残った手応え。

 ブレーキのために地面についた足を軸に、殺しきれない勢いをそのまま回転力に変える。


「うおぉぉぉっ!」


 横薙ぎ。

 斬った。確信。

 わずかに残った運動力が僕の体を後ろへ引きずる。

 敵の体が、ちょうど半分くらいのところで横にずれる。崩れる間もなく切れ目を中心に黒い霧へと変わり、やがて目の前から姿が消えた。

 あたりの気配を探ってみるが、敵意を感じられないところを鑑みるに、おそらくこの辺の敵は一掃できたのだろう。

 皆も同じ結論に至ったらしく、各々がコネクトを解いていた。


「……ふぅ。なんとか倒せたみたいだね」

「そうね。あとはあっちの状況なんだけど……」

「やあ、君たち」


 声がかかった。そこにはモモさんと桜耶さんが二人でこちらに歩いてくる姿があった。


「そっちも終わったみたいだな」

「万事抜かりなくさ。村人に大きな被害はなさそうだよ」

「そうか。それはよかったぜ」

「とりあえず、ひと段落ついたってところね」


 戦闘は終わった。そこに油断が生じた。


「覚悟ォォォォ!!」


 頭上から声がして見上げる。

 民家の屋根から飛び降り、今にも斬りかかろうと得物を振りかぶっている桃太郎の姿があった。モモさんの体に、襲撃者の影が重なる。


「くっ、不意打ちか!」


 タオが栞を構えたのと、桃太郎が彼方へ吹き飛ぶのはほぼ同時だった。

 何が起きたのかわからずにあたりを見回してみると、地面に大剣の刃がめり込んでいた。先を辿ると、それの持ち主は桜耶さん。あの不意打ちに対応し、迎撃したのだ。

 飛ばされた桃太郎は空中で霧消する。


「ありがとう、桜耶くん。おかげで助かったよ」

「いえ、大声を上げて襲いかかるなんて、あんなもの正面から来るようなものですから。剣豪さまのお手を煩わせるほどのものでもありません」

「いやいや、それにしたってあれはすげー反応速度だと思うぜ?」

「剣豪さまを師事してるのだから、これくらいは当然よ。それよりも、あなたたちこそ、正面からあのでかい化物を倒してしまうなんて。正直見くびっていたけど認識を改めないといけないわね」

「……シェイン」

「……ええ、タオ兄。あれが本当に最後だったみたいです」


 不意を突かれたことで警戒を強めていたシェインが、改めて安全の確保に成功したことを告げる。


「そうか。じゃあこの村への脅威は去ったみたいだね」

「それはよかったわ。……さて。それじゃ、本当ならこれからすぐにでも鬼ヶ島へ向かいたいところだけど……」


 レイナがモモさんと桜耶さんに目を配る。


「私たちは大丈夫だよ。むしろ君たちこそ大丈夫かい? 連戦で疲れてはいないかな」

「こう見えてもオレたちは鍛えてるんでな! それに……」


 一拍置いてから、タオは言葉を続けた。


「桃太郎の姿を使って村を襲うなんざ許せねぇ。一秒でも早く黒幕を叩く!」

「ははは。頼もしいね。なら、ちょうどそろそろ夜が来る頃だ。闇に紛れて海岸近辺の激戦区を潜り抜けよう。どうかな?」


 明るいうちに目の多いところを切り抜けるより、視界の効かない夜に行動をしたほうが、危険も多いが得ることも少なくない。ということだろう。


「解決は早いほうがいいわ。そうしましょう」

「ですね。シェインもそれがいいと思います」

「それじゃあ、旅立つのにあたって準備がいるだろうし、日が落ちたら村の入口で落ち合おう。それでは、また後で」


 踵を返して反対側へ歩いて行くモモさん。その後ろを追う桜耶さんが、一瞬こちらへと視線を向けてから、すぐに向き直って行ってしまう。……彼女の目の中には、どことなく不安のような、そんな色が浮かんでいたように感じた。


「……さて、私たちも準備するわよ」


 彼女たちの歩き去っていった方向とは逆に歩を進めるレイナ。


「とりあえず、腹減ったな。腹ごしらえしようぜ」

「おだんごとお茶が今日の昼食でしたからね。さすがの低燃費で定評のあるシェインもお腹すきました」

「そうね。……あと、決戦の前に、皆に言っておきたいことがあるの」

「言っておきたいこと?」

「ええ、そう。今置かれている状況。それと――」


 避難していた村人たちが、逆方向に歩いて行く。

 一部は倒壊した家屋を眺めながら。一部は持ち店の再開をしながら。

 そんな雑踏のなかを透けて通ってくるように、レイナの声は僕に伝わってきた。



「今回のカオステラーについてよ。……まだ憶測の域を出ないけどね」

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