2『押し寄せる偽体とカオス』1/2

 村に着いた僕たちは、軒を連ねる茶屋のひとつに入り、休憩を兼ねてこれまでの冒険のことや、旅の途中で戦ってきたヴィランのこと、ほかにもいろいろなことを彼女たちに話した。桜耶さんは半信半疑で話を聴いていたみたいだが、モモさんは疑問を持つこともなく受け入れてくれた。


「君たちも大変なんだね」

「まあな! だけど、辛いだけじゃないんだぜ」


 話はころころと転がっていく。


「いいね、旅か。様々な物語の旅。楽しそうだ」


 ひとしきり話に花を咲かせ、一息つこうと皆が黙りこむ。そこに、レイナが切り込んだ。


「さて、そろそろ本題に入ろうと思うんだけど。……あの桃太郎の軍勢はなんなの?」


 モモさんと桜耶さんの顔が、瞬時に曇る。


「ああ、そうだな。その話をしよう。やつら……ヴィランといったかな? 私たちは子鬼太郎と呼んでいるんだが」

「子鬼……」

「太郎、ですか」と、タオとシェイン。

「なんかマヌケなネーミングね……」レイナが遠慮なくツッコんだ。

「わかればいいんだよ、こういうものは。……話を続けるけど、英雄『桃太郎』が、鬼ヶ島の鬼どもを退け、村に戻ってきてしばらく経ったころに、アレらは現れ始めた。――」


 突然現れたヴィランたちは、第一目標として、モモさんの住む村に攻め込んできた。たちまち村は壊滅し、それをきっかけとして各地で同じような件案が起こるようになる。英雄・桃太郎は事件の発生と共に行方不明となるが、やがてヴィランの中に混じって大量の桃太郎の発生が各地で報告される。直接的に危害を与えてくることはないが、どういうわけか桃太郎同士は激しく争っており、その戦いが間接的に村の被害へとつながる。

 村で武術を学んでいたモモさんが、事態を収拾するために旅に出た。その道中、戦火に巻き込まれ危機一髪だった桜耶さんを助け、それ以降行動を共にしている。


「――という感じかな。その途中で君たちと出会って、現在に至るわけだ」

「主役の皮を被ってやりたい放題とは、ずいぶんと好き勝手やってくれるじゃねぇか……!」


 こらえきれない怒りを拳に変えて壁を殴るタオ。

 桃太郎に憧れて戦う力を得た彼にとって、桃太郎が敵になるということは耐え難いことのはずだ。思い返してみれば、これまでも何度か桃太郎と戦うことはあった。だが、そのたびに彼の中で拭いきれないもどかしさがあったに違いない。

 しかも今回の件。まるで紙のように現れては斬られていくたくさんの桃太郎の姿を目の前にしてしまっては、タオの心は穏やかではいられないだろう。

 彼にかける言葉が思い浮かばなかった。そう思った僕は、少しだけ話題をずらした。


「それにしても、レイナ」

「なにかしら、エクス?」

「今回の件って、ちょっと特殊じゃないかな。だって、これまでの旅で、主人公や主要人物の偽物が出ることはあったけど、あそこまで際限なく増えたりするなんてことがあったのかな? 僕と出会う前とか」


 僕が旅に同行する前だったら、こういう事態に遭遇していた可能性はあるだろうと思って訪ねてみたけど、僕の予想は外れたらしい。レイナは首を横に振った。


「レイナでも思い当たることはないんだね」

「ええ。言ってしまえば、完全に新ケースよ。同じ人物があんなふうに大量発生するっていうのはね」


 これまで旅してきた想区では、最悪の事態として物語の主人公がカオステラーということはあったものの、まるで端役のように主人公が大量に現れるということはなかったはずだ。


「うーん……なんにせよ、子鬼太郎……ヴィランを操っている黒幕がどこかにいるはずなのよ。それを突き止めないことにはどうしようもないんだけど……」

「鬼ヶ島だ」


 モモさんがぽつりと言葉をこぼした。


「鬼ヶ島が怪しいと私はふんでいる」

「その根拠は?」レイナが尋ねる。

「うん。というのも、鬼ヶ島へ渡れる海岸の近辺で、桃太郎とヴィランがやけに激しく戦闘をしているんだ。何度か様子を見に行っているのだが、収まる気配がまったくない」

「あそこだけ戦いがずっと続いているの」


 桜耶さんも心当たりがあるようだ。三色団子を頬張りながら、話を続ける。


「斬っても斬っても、斬っても斬っても斬っても無限増殖。剣豪さまでも突破はできなかった……」

「そんなにたくさんいるんだ……」

「見る人を驚愕させるほどの強さをもっているモモさんたちですらも突破が難しい激戦区ですか」

「ははは。……そこで、私たちは海岸線を突破できる戦力集めも兼ねて、旅をしているってわけなんだ。そんな途中で君たちと出会った。……ここで提案なんだが」

「手を組もうっていうわけね」


 レイナが先取りする。


「……話が早くて助かるよ」

「剣豪さま、お言葉ですが……」

「桜耶くんも見ていただろう? 彼らは戦う力を持っている。そして何より、この事態を正確に把握している。これ以上の戦力が今後見つかるだろうか?」

「でもっ……」

「彼らは悪い人たちじゃない。それは……君が一番よくわかるんじゃないかな?」


 桜耶さんが閉口する。なんだろう、僕たちに干渉されたくない理由があるのだろうか? そう勘ぐってしまえるような雰囲気。意想がわからない。

 しばらく何かを考えるように視線を巡らせていた桜耶さんが、言葉を漏らす。


「……剣豪さま」

「ん? なんだい?」

「……わかりました。あなたがそう言うのでしたら……」

「うん。いい子だね」

「それじゃ、交渉は成立ってことでいいのかしら?」

「ああ、そうとってくれて構わないよ」


 レイナの確認に、モモさんから同意した。


「よっしゃ! そうと決まれば早速殴りこみだ!」


 勢いよくたちあがり、高らかに叫ぶタオ。


「はは、頼もしいね」

「いえいえ。それはこちらのセリフですよ。お二人がいれば百人力ですから」

「シェインくん。桜耶くんはともかく、私はそこまで大した力はないよ」

「そっ、そんなことありません! 剣豪さまのほうがよほど……」

「いやいや、桜耶くんは強いよ。……私なんかよりもね」


 桜耶さんの頭を撫でるモモさんの表情は、どこかさみしげに見えた。


「それじゃ、話はまとまったわね」


 湯のみに残っていたお茶の残りを飲み干し、レイナが立ち上がった。


「解決は早いほうがいいわ。今すぐにでも鬼ヶ島へ向かいましょう」

「うん、そうだね。それではすぐに出立を……っ、ゴホッ、ゴホッ!」

「剣豪さまっ!」


 突然咳き込みうずくまるモモさんの背中を、桜耶さんが擦る。


「だ、大丈夫ですか!?」


 ただならないモモさんの様子に、あたりまえのことしか言えない。どうすればいいのだろう? 水を持って来るべきか、それとも医者を探すべきか……。皆も同じ思いらしく、介抱する桜耶さんとモモさんを眺めながら手を余らせていた。


「うっ、けほ……はぁ、はあ……私は大丈夫だよ。……くっ、抜かった……っ!」

「『抜かった』? それどういう――」

「うわあああああ!」


 レイナの言葉は最後まで続くことはなかった。

 突然の悲鳴に、全員が茶屋の外へ飛び出す。


「なんだあいつら!」

「いきなり出てきやがった!」

「化物ーっ!」


 村は混乱を極めていた。人々は逃げ惑い、村人たちが走ってくるその後ろからは、青い陣羽織と黒が混ざり、ひとつの塊となって雪崩れ込んで来ていた。


「やつら、ここにまで押し寄せて来たの!?」

「先程追い払ったとは、おそらく別のものだろう。このままだと村人が危ない……桜耶くん、お願いしてもいいかな?」

「でも、剣豪さま……」

「私のことよりも、村人の安全確保が先だ」

「……わかりました」


 村人の避難誘導を命じられた桜耶さんは、大剣を担いでいるとは思えない素早さで、人々の中へ飛び込んでいった。


「それじゃあ、オレたちも始めるか!」

「ですね」

「ちゃっちゃと片付けるわよ!」

「もちろん!」

「私も出よう」


 刀を腰から下げて、僕たちの前に立つ。


「姉ちゃん大丈夫か? さっきすげー苦しそうにしてただろ?」

「ああ、もう大丈夫だ。決してお荷物にはならないよ。……それでは、君たちはここで敵を迎撃してくれないかな。私は背後の勢力を叩く」

「えっ、挟まれてるの!?」

「ああ。この村には大きな通りが目の前のこの道しかないんだ。そして、村人は向こうの方から走ってきている」


 モモさんが指を差す。村人が、差した方向とは逆に向かって走っていく。


「あっちから逃げてくるということは、そちらに敵がいるということだ。そして、桜耶くんにはこういう事態になったとき、住人の避難と同時に斥候も頼んでいるのだが。……彼女からの合図が来ない」

「合図、ですか?」

「そう。敵勢を確認できなかった場合はある合図をしてもらうようにしている。それが来ない、ということは……」

「反対側も塞がっているってことね」

「そのとおり。……奴らは戦略を練って襲ってくることはないが、乱闘騒ぎを引き連れながら大通りを占拠されれば、対処はおそらく……ほぼ不可能だ」

「なまじ無作為に行動されているから、かえって計画的な攻め込みよりもやっかいですね」

「そのとおり。今は桜耶くんが侵攻を食い止めてくれているみたいだが、このままだと数と混乱のうちに押し切られてしまうだろう」

「……わかりました。このへんの地理を把握しているのはモモさんですからね。従ったほうが効率がいいでしょう」

「うん、助かるよ。村人を村の外へ逃したらすぐに加勢に向かおう」

「ああ! 気をつけろよ、姉ちゃん!」

「ふふっ。言われなくてもわかっているさ――」


 言い終えるかいないかのうちに、モモさんは目の前から消えていた。

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