『桃太郎の想区の、異常な主人公率』2/2
数、数、数。
「くっ、多すぎる!」
「エクス、気を抜くな!」
「うん、わかってるよ。それにしても……」
倒しても倒しても次々と生み出てくるヴィランの群勢。繰り出される波状攻撃に僕たちは苦戦を強いられていた。
せめてもの救いといえば、桃太郎はべつの方に気を取られているらしく、こちらへ攻撃を加えてこないということだが、それでも辛い戦いであることにかわりはない。
「これはさすがに、ちょっとキツいね……」
「メガヴィランが出ないだけまだマシだがな。これじゃジリ貧だ」
引き離されてしまった二人の方の情勢も、なかなかに厳しいらしい。なんとかして合流したいが、ヴィランの大群に進行を妨げられてしまう。
「なんとかしねーと、これじゃキリがねぇ!」
「そうだね。……ん? ねえタオ、ちょっといいかな」
「なんだ、こんな時に」
「さっきからヴィランの様子が変だと思うんだ」
「変?……そういえば、さっきとは違って積極的に襲ってこなくなったな。様子を見てるのか?」
「様子を見てるっていうより、僕たち以外の方を気にしてるみた、い、な……」
「ああ、そうらしいが。いったい何……を……」
はために捉えたものが、一瞬にして僕の目を釘付けにした。
桃太郎とヴィランを蹴散らす桜色の剣士さんの大剣捌きもさることながら、それ以上に目を惹きつけてやまないのは、括った髪を揺らし、右手を刀の柄に乗せたまま優雅に歩を進めている彼女の姿。ただ歩いているだけの彼女に飛びかかるヴィランや桃太郎が、爆発にでも巻き込まれたように高々と空へと舞っていき、黒い霧と成り果てる。ここからでは何が起きているのか皆目見当もつかない。
「なんだ、あれ……」
「わからない。……けど、今がチャンスみたいだ」
あの異常な場景に気を取られているのは僕らだけじゃないようだ。ヴィランたちも、何が起きているのかわからないといった様子で、皆一様に空を見上げている。
「……おっと、そうらしいな。遅れを取るわけにゃいかねぇ! 今のうちになんとかあいつらと合流するぞ!」
タオが景気よく槍を振るう。まわりを囲んでいたヴィランたちは背後を叩かれた形になり、反応する前に雲散霧消していく。さて、僕も遅れを取るわけにはいかない。手にした片手剣で敵を薙ぎ伏せつつ、レイナとシェインの方へと進んでいった。
猛攻を受けていたときとは打って変わって、進むのが容易だ。それもこれも、あそこで奮闘してくれているあの二人のおかげだろう。
「レイナ、シェイン!」
「エクス! あれ何!? すごい勢いでヴィランたちが空にっ!」
僕と空を交互に見ながら、落ち着きのない声色でそう訪ねてくる。僕に聞かれてもさっぱりわからない、としか言いようがない。
そんなレイナとは対照的に、観察するようにじっと二人組を凝視するシェイン。もともと鬼の娘ということもあり、人間の僕らには見えない何かが見えているのかもしれない。
「おいお前ら、ボサッとしてるな! 今は戦いの最中だぞ!」
「……あっ、タオ兄。そういえばそうでしたね」
「思わず見とれてたわ」
「緊張感が足りねぇな……」
「でも、タオの言ってることも確かね。とりあえず、まずはこの状況を乗り切りましょう」
「ですね。なんだか知らないうちに頭数も減ってますし、ちゃちゃっと片付けちゃいましょうか」
「気を抜きすぎだ!」
「あはは」
もはや残党と言えるほどに少なくなったヴィラン。今だに気を取られている敵勢に手こずることはなく、僕たちは淡々と、それでいて慎重に得物を振るう。
やがて、草原には、そこにあるべき静けさが戻ってきた。
「……どうやら引いたみたいね」
あたりを見渡していたレイナが、目に見える危険はないと判断して変身を解く。
「そうだね。とりあえず一段落ついたかな」
「みたいだな。はーっ、疲れた!」
ばたりと草の上に倒れこむタオ。
ヴィランと桃太郎の大量の群れは、まるで最初からなかったんじゃないかと思えるくらい跡形もなく消えていた。あれだけの数がどこへ消えたのかどうしようもなく気になるところだけど、今は窮地から抜け出せたことを喜ぶことにしよう。
「ご苦労様、君たち」
声をかけられて振り返る。そこには、さっきとは変わらない優雅さをたもったまま歩いてくる、黒い剣士さんと、桜色の少女の姿があった。
「なんとか敵を撃退したようだね」
「そうね。ふぅ、疲れたー……」
警戒を完全に解いた様子のレイナも、草原に尻餅をついた。
「なかなか骨が折れましたね。相当の数でしたから」
と言うわりには、疲れを表に出さないシェイン。
「それにしても、姉ちゃんたち強ぇな!」
「ははは。君たちの戦いぶりと比べたら大したことないよ」
「いやいや。あの居合い抜き、常人じゃ見えない速さでしたよ」
「えっ、ウソ……剣豪さまの技が見えていたっていうの?」
「まあ、かろうじで目で捉えられたくらいですけどね」
シェインの賛辞に桜耶が驚いていた。正直僕も驚いている。あの技の正体をシェインは見破っていたというのか。
「ははは。昔は大剣を使っていたからかもしれないね。訳あって大振りなものは使えなくなっちゃったけど、軽物ならなんとかってところだよ」
「へぇー。そんなふうには見えないけどな」
「タオ、ジロジロ女性を見回すなんて失礼よっ」
「姉御。タオ兄にデリカシーを求めてはいけません。一般常識です」
「ドコ界隈の常識だコラ」
「ははは。うん、お世辞としてとっておくよ。ありがとう」
「オレはタオだ」
タオが起き上がり、握手を交わそうとした瞬間、桜色の少女が割って入ってきた。
「剣豪さま、不用意に近づいてはいけません! まだ味方と決まったわけでは……」
僕たちに剣を向ける彼女の肩に、剣士さんが手を添える。
「まあまあ。桜耶くん。私たちと彼らは助け合った仲だ。敵意もないみたいだし、警戒を解いてもいいんじゃないかな?」
「でもっ」
「連れが失礼したね。私のことはモモと呼んでくれ。よろしく」
「おう! よろしくな!」
熱い握手を交わす二人。
僕たちも軽く自己紹介を終えたあたりで、後ろに控えていた桜色の少女が、おずおずと口を開いた。
「……剣豪さまと一緒に旅をしてる者で、桜耶よ」
「だから、その剣豪さまというのはやめてはくれないかな?」
「ふふっ、仲がいいのね」
二人のやりとりに、レイナが笑う。
「ここでは何だし、場所を移そうか。少し歩いたところに、まだ無事の村があるんだ」
「まだ……無事? どういうことかしら」
「……詳しい話はゆっくり腰を落ち着けてしようじゃないか。短い話でもないしね」
「ええ、そうね。それに……お腹がすいたわ」
「お嬢は通常運行だな」
「ですね」
「ちょっとーっ!」
各々が賑やかに歩き出す中、僕はモモさんの後ろ姿をじっと見つめていた。
戦闘が始まる前の剣呑な雰囲気は消えていて、気さくで、表情が柔らかい。それじゃあ、僕が最初に感じたあの気配はなんだったのだろう。まるで、人を遠ざけるような鋭く冷たい空気の正体は……。
「エクスー! 置いてっちゃうわよー」
「あ、うん! すぐに行くよ」
僕が最初に感じたあの空気はいったいなんだったのだろう。
疑問はすとんと落ちていってはくれない。だったら今は心の片隅に置いておこう。まずは先へと行ってしまったみんなに追いつかないといけない。
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