十二品目:グリフォンの天ぷら定食(後編)

 オスカーは元【獅子の闘志ライオ・ハート】のメンバーの一人で、現在はアーシュラ商会代表のセルド・アーシュラと初心者冒険者パーティーのビット、ロベル、シェリーの四人を連れて、人通りの少ない路地を歩いていた。ビット達は過去に一度、訪れているので慣れた様子で路地を歩いていたが、所見のセルドは周辺を警戒しながら路地を歩く。

 セルドはビット達に聞こえない声量でオスカーに話しかける。


「おい、オスカー。こんな所に飯が食えるところなんてあるのか?」

「…………そこまで警戒する必要もないと思うが……」

「お前は、冒険者の時の俺を想像しているようだが、これでも今は結構なお偉いさんなんだぞ?」

「……まぁ……そのようだな……安心しろ。これから向かう場所はムルシラも連れて行っている」

「なんだ? ムルシラとはよく会ってるのか? アイツからそんな話はしないが?」

「ムルシラがこの前、お前の所でジェネラルサーモンを買っただろ? そのジェネラルサーモンをこれから向かう所で調理して貰ったんだよ」

「なるほどな……」


 セルドは何となくオスカーの横顔を眺める。


「…………大丈夫か?」

「ちゃんとした所だから安心しろ」

「そういう大丈夫ではないんだがな……」

「ん?」


 そんなやり取りをしているとオスカー達は目的地である【妖精の宿り木】にたどり着いた。先程まで警戒していたセルドは看板を見た途端、興味津々になっていた。


「ほぉ……店構えは普通だが、この看板は凝っているな……よっぽど店名に誇りや自信を持っているのか」

「おい、さっさと入るぞ」


 オスカーは扉を開ける。扉を開けると付けられていた鈴がカランカランとなる。鈴の音で気が付いたのか、店の中にいたアキヒコがオスカーに気が付き目が合う。


「いらっしゃいませ」

「あぁ、今回は連れがいるからテーブル席でもいいか?」

「えぇ、どうぞ。少々お待ちください」


 アキヒコは厨房から出て、テーブル席へ向かう。四人用と二人用のテーブルを動かし、六人用のテーブルに変えた。軽くテーブルを拭き、卓上調味料やメニュー表を整える。


「こちらのテーブル席をご利用ください」

「すまないな」


 オスカーとビット達は席に座るがセルドは店内の装飾をまじまじと見ていた。


「何だ……この上質な木材で作られたテーブルと椅子は? それに骨組みは……鉄? 鉄を加工して骨組みにしているのか。そうなると莫大なコストが掛かるはずだが……そんな家具が大量に」

「セルド……?」

「あ、あぁ……すまない」


 我に返ったセルドも席に座る。アキヒコは人数分の水とおしぼりを用意した。


「どうぞ」

「この水は……まさかサービスなのか?」

「えぇ、お代わりも可能なのでお気軽にお申し付けください」


 セルドは水を一口飲む。少し口で含みながら飲み込んだ。そして、腕を組んで独り言をつぶやく。


「澄んでいて美味い……上質な水が無料だと? 井戸水でも確保しているのか? それにこのコップッ!! こんなに透明なガラスはそうそう無い。貴族も欲しがるような品を普通に提供している……なんだ、この店は?」

「えぇーと……」

「すまない、店主。コイツは俺の知人で商人なんだ」


 セルドは再び我に返り、席から立ち上がる。そして、アキヒコに向かって頭を下げた。


「申し遅れました。私、アーシュラ商会代表のセルド・アーシュラと申します。以後、お見知りおきを」

「これはご丁寧に。私は【妖精の宿り木】の店主、アキヒコ・フジワラと申します。わざわざ、このような場所までありがとうございます」

「いえいえ、お宅の装飾や家具、そして……コップ。ありとあらゆる物に興味があります。今後とも仲良くさせて頂ければ」

「えぇ、よろしくお願いします」


 アキヒコとセルドは握手をかわす。オスカーはテーブルにいつもの麻袋を置いた。


「店主、今日はグリフォンの肉だ。これで何か作って欲しい」

「グリフォンですか……確か、鷲とライオンのどうぶ――モンスターでしたっけ?」

「ライオン? まぁ……そんな感じだ」

「ちょっと確認しますね」


 アキヒコは麻袋からグリフォンの肉を取り出し。肉質や脂の入り方を確認する。


「うーん……鶏肉のようなでも、サシの入り方は馬肉に近いような……ちょっとお時間いただいても宜しいですか?」

「あぁ、構わない」


 アキヒコはグリフォンの肉を預かると板に置き、一切れ薄く切る。そして、フライパンに油を回し入れ、火をつける。油が熱しられたところで薄く切ったグリフォンの肉を入れる。アキヒコはグリフォンの肉の火の入り方、脂の有無を焼きながら観察する。熱せられたグルフォンの肉から大量の脂が流れ出てくる。


「脂は思っていたよりも出てくるな。まるで鳥皮のような……」


 完全に火が通ったグリフォンの肉を菜箸でつまみ、一口食べる。よく咀嚼しながら肉質の固さや風味などを確認する。


「少し固いかな? それに筋っこいし、獣臭い……これはしっかり処理をしないとな……でも、ただ臭いだけではなく奥深い風味もあるな……これなら」


 アキヒコは冷蔵庫を開けて、中身を確認する。いくつかの野菜を取り出す。


「よし、これで行くか」


 調理する内容が決まったのか、アキヒコはオスカー達の元に戻る。


「お待たせしました。本日はこのグリフォンの肉と野菜の天ぷらは如何でしょうか?」

「……テンプラ?」

「えぇ、フライや唐揚げとは異なりますが、衣をつけて油で揚げる料理です」

「…………揚げ物にも多くの種類があるのか」

「天ぷら? 天ぷらが食べられるのか!?」


 天ぷらという言葉を聞き、セルドは勢いよく立ち上がった。勢いよく立ち上がるセルドに他の四人は思わず驚いた。


「セ、セルド?」

「店主! 金はいくらでも払うから天ぷらを食べさせてくれ!!」

「落ち着け、セルド……どうした?」

「はっ!! す、すまん。ダジャル帝国に訪れた際に食べた天ぷらが物凄く美味かった思い出があってな。ダジャル帝国の特産品と言っていたが、まさかこんな所で天ぷらが食べられるとは」

「そんなに美味いのか?」

「あぁ、俺が食べた料理の中でもトップ3には入る品物だ」


 セルドの力説にビット達は思わず唾を飲む。


「なら、その天ぷらを定食で人数分頼む」

「かしこまりました」


 アキヒコはそのまま厨房へ戻った。


「セルドさんってダジャル帝国にも行ったことがあるんですか?」

「えぇ、アーシュラ商会の先代代表は元々ダジャル帝国の出身だったため、ダジャル帝国にもアーシュラ商会の支店を置いています」

「へぇー、そうなんだ」


 ビットとセルドが話をしているとロベルはカウンターで一人、厨房を覗いていた。そんな様子を見てシェリーもカウンターに座る。


「何? まだ落ち込んでいるの?」

「お、落ち込んでねぇし!! 料理が気になるだけだ!!」

「そう? なら、良いわ。ロベルは元気だけが取り柄なんだから」

「何だよ、元気だけが取り柄って!!」

「ふふっ、冗談よ」


 ロベルトシェリーはアキヒコの調理の様子を眺める。

 まず初めにグリフォンの肉を肉用のハンマーで叩いていく。叩いたグリフォンの肉を幅三センチ、長さ七センチの削ぎ切りをしていく。

 ボウルに酒、醤油、塩、すり下ろしたニンニクと生姜を入れ、合わせ調味料を作る。作った合わせ調味料に削ぎ落したグリフォンの肉を入れ、もみ込んで漬けておく。

 グリフォンの肉に下味を漬けている間に野菜の準備をしておく。テデカウリの実、ラツナイの実、シノビダケ、ピーマン、茄子を用意した。テデカウリの実はカボチャ、ラツナイの実はさつま芋、シノビダケは椎茸と同じような食材で、ピーマンと茄子はこちらの世界にないため、アキヒコの世界で調達したものを用意した。

 具の野菜を食べやすい大きさに切り分けていく、茄子はヘタを取り、縦に半分に切り、皮目に切れ込みを入れる。ピーマンも縦に半分に切り、ワタを取り除く。テデカウリの実は四等分に分け、ワタを取って薄く切る。ラツナイの実は輪切りに、シノビダケは軸を外して薄切りにしていく。切り終わった野菜に打ち粉を満遍なくまぶしていく。


「うわぁ……野菜がいっぱい」

「ロベル、好き嫌いはダメよ」

「お前だってオラノの実、嫌いだったくせに」

「大丈夫ですよ、野菜は火が通ると甘くなるので美味しく召し上がれるかと」


 野菜を切り終わると鍋の中に揚げ油を入れ、火をつけて熱していく。その間に衣の準備をしていく。ボウルに水、溶き卵、薄力粉を入れ、ダマにならないようにしっかりと混ぜていく。綺麗に混ぜ終わった衣に打ち粉をまぶした野菜を入れ、衣を纏わせる。

 油の温度がちょうどいい温度になったことを確認し、野菜を揚げていく。ジュワーと揚がる音が聞こえ、香ばしい匂いも立ち上ってくる。野菜たちが揚がっていく中、余分な天かすを取り除く。

 衣がカラッとしっかり揚がったところで鍋から引き揚げ、バットに移して油を切っていく。その工程を丁寧に繰り返していく、全ての野菜が揚げ終わる。

 次にアキヒコは漬けておいたグリフォンの肉を取り出し、こちらにも打ち粉を付けた後に衣を纏わせる。そして、衣を纏ったグリフォンの肉を油に入れる。

 グリフォンの肉の揚げ具合の容子を見ながら、ご飯とみそ汁の準備をする。炊飯器を開け、茶碗に米を盛る。器を取り出し、みそ汁を注ぐ。

 グリフォンの肉の衣も綺麗に色付き、鍋から引き揚げる。余分な油を切り、大皿にグリフォンの肉と野菜の天ぷらを並べていく。

 アキヒコは完成した品をオスカー達のテーブルに運び、料理を次々と置いていく。


「お待たせいたしました。グリフォンの天ぷら定食です」

「おぉ……これがテンプラか」

「まさしくダジャル帝国で食べた天ぷらと一緒だ」

「良い匂い」

「美味しそうね」

「さっさと食おうぜ!!」


 落ち込んでいたロベルも料理を前にしてテンションが上がっていた。オスカーは箸、ビット達はフォークを掴む。セルドはオスカー同様に箸を掴んだ。


「なんだ、お前も箸が使えるのか?」

「そういうお前こそ……ダジャル帝国では箸で食べることが流行っているんだ」

「ほぉ……そうなのか」


 オスカー達は一斉にグリフォンの天ぷらを食べる。

 サクッとした衣が弾け、衣の中から大量の肉汁が溢れ出てくる。熱々の肉汁にセルドは驚愕する。


「熱っ!! でも……」

「うめぇ!!」

「思っていたよりも衣が軽いわね」

「うん! でも、お肉がしっかりしてるから食べ応えがあるね!!」


 ビット達もグリフォンの天ぷらに齧り付く。オスカーもグリフォンの天ぷらをゆっくりと味わる。軽い衣の先には溢れ出る肉汁。そして、ガツンと肉の旨みが後から追ってくる。肉の旨みを堪能しながら飲み込むと、野性味あふれる香りが鼻から抜けるが、獣臭くなく、その野性味あふれる香りが肉の旨みを引き出している。


「獣臭くもなく……旨みが溢れ出てくる……」


 オスカーは続けて、茄子の天ぷらを食べる。茄子は熱でトロリとしており上質な油を吸ってジューシーなっていた。


「この紫色の野菜も美味いな……油を吸ってジューシーになってる」

「このテデカウリの実もホクホクしてて、うめぇ!!」

「ラツナイの実は甘くてスイーツみたい……凄いわ」

「シノビダケはまるでお肉みたいに旨みが溢れ出てくるよ!!」

「…………ロベル……」

「は、はい!!」


 オスカーに呼ばれたロベルは思わず声が裏返ってしまった。その様子を見てシェリーはクスッと笑みを浮かべた。オスカーはわざとらしく咳き込む。


「そ、その……先程は強くいってしまい、すまなかった」

「い、いや! 無神経だった俺が悪かったんだ! ごめんなさい!!」

「謝れてよかったじゃん、ロベル」

「シェリー!! お前は黙ってろ!!」

「ははっ、良かったね、ロベル」


 ビット達三人が笑っている様子を見ながら、セルドはピーマンを食べる。ピーマン独特の苦みが鼻を抜けるが、その苦さの奥に清涼感があった。


「この野菜も苦みが強いが、スッキリした味わいだな」

「宜しければ、お好みで卓上の塩をおかけ下さい」


 セルドは卓上の塩を手に取り、一振りグリフォンの天ぷらにかける。その後、オスカーにも塩を渡し、オスカーもグリフォンの天ぷらにかける。

 二人は塩がかかったグリフォンの天ぷらを食べる。そのままご飯をかき込む。


「おぉ!! 一気に味が引き締まった!!」

「うん……塩が良いアクセントになってる」


 ビット達も各々、天ぷらを堪能しながら楽しんでいた。その様子をセルドは嬉しそうに眺めていた。


「オスカー」

「…………何だ?」

「懐かしいな。こういう風に皆で飯を食うというのは」

「そうだな」

「今度、ムルシラも誘って三人で飯でも行こうぜ」

「…………考えておく」

「はっ、お前らしい答えだな」


 セルドとオスカーは水が入ったコップを手に取り、コツンと合わせた。

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