十二品目:グリフォンの天ぷら定食(前編)

ハイノ渓流。

 ハイノ草原に沿って流れている渓流である。穏やかで澄んだ渓流のため、無数の水生モンスターを目撃することができ、目撃されるモンスターは比較的おとなしい性格をしているため、釣りに来る冒険者も多い。

 オスカーはビット、ロベル、シェリーの初心者冒険者パーティー三人組とハイノ渓流を訪れた。四人は横一列に座り釣竿を持って、釣りをしていた。


「あぁー! 釣れねぇ!!」

「ロベル、そんなに直ぐに釣れないよ」

「そうよ。そういえば、オスカーさん……戦闘時の魔法の使い方で聞きたいことがあるんですが」

「……俺は魔法使いではないのだが……」


 オスカーは釣り糸を垂らしながらため息を漏らす。


何で……俺はこんな所で釣りをしているんだ……?




数時間前。

 いつも通り、ギルドに向かい【妖精の宿り木】の依頼を受けようと冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】を訪れていた。受付でリベットに話しかけようとすると、そこにはビット達初心者冒険者パーティーの三人がリベットと話していた。

 ロベルはオスカーに気が付くと、指をさしてきた。


「あっ!! 【孤高の鉄剣士アルーフ・リベリ】!!」

「え? あ、本当だ」

「オスカーさん、こんにちは」

「……あぁ……」


 リベットもオスカーに気が付き、頭を下げた。


「オスカーさん」

「……どうした?」

「確か、オスカーさんってこの子達とお知り合いで知ったよね?」

「あぁ……そうだが」

「あのー、お願いしたいことがありまして」

「?」


 リベットは一枚の依頼書を取り出して、オスカーに見せた。依頼書には『昇格依頼:ゴブリン五体の討伐』と書かれていた。それの依頼書を見て、過去の記憶を思い出した。【獅子の闘志ライオ・ハート】時代、最後に受けた任務がAランクへの昇格依頼だった。


「そうか……お前たち、Dランクに昇格するのか」

「はい! ……ですが」

「実はですね。昇格任務に必要な監督役の職人が不在なんです」

「……そういえば、低ランクの昇格依頼には冒険者ギルドの職人が同行するんだったな」

「えぇ……【悪角のリドルゥ】の調査で職員が出払っていますので……」

「…………あぁ、そういうことか」


 ロベルは勢いよくオスカーとの距離を詰めた。


「なぁ、俺達の監督役になってくれよ」

「俺がか?」

「私からもお願いしてもいいですか? 報酬は出しますし、おばあちゃんには私の方から説明しておきますし」

「…………俺が?」


 オスカーが悩んでいるとビットとシェリーも近寄って来た。


「僕たちからもお願いします」

「私達、ランクを上げたいんです。お願いします」

「…………」


 オスカーはため息を漏らしながら頭をかいた。


「はぁー……分かった、付き合おう」

「やったぁ!!」

「オスカーさん、ありがとうございます。手続きはこちらでやっておきますので」

「……お前たちは準備してこい」

「「「はい!!」」」


 三人は急いで準備を始めた。




 その後、ハイノ草原の外れにある森林でゴブリンと遭遇。初めて会った際に三人はゴブリンを倒した経験があるため、苦戦することなくゴブリン五体を討伐。時間に余裕があるということで、オスカー達は何故か釣りをすることになった。

 オスカーはボーとしながら釣り糸を眺める。


「………………」

「――――で――――その場合って――スカーさん? オスカーさん?」

「……ん?」

「聞いてなかったですね?」


 シェリーは頬を膨らませながら睨みつける。


「す、すまんな」

「あのですねー、魔力を回復――」

「おい! 皆!」


 ロベルが慌てて立ち上がり、大声を出した。そのせいでビットは驚き、川に落ちそうになる。


「きゅ、急に大声を上げないでよ」

「何よ、突然」

「今、悲鳴が聞こえたんだよ!!」


 ロベルが草原の方を指をさすが、悲鳴など聞こえてこなかった。オスカーは立ち上がり、目を凝らす。小さく見えるが影が二つ見える。一つは荷馬車のようなもので、もう一つの影は空を舞っていた。


「……良い耳をしているな……おそらくだが商人がモンスターに襲われている」

「本当ですか!?」

「な、なら助けに行かないと!!」

「落ち着け……強いモンスターだった場合、お前たちを危険に合わせるわけにはいかない……危険だと判断したら、救出後、すぐに逃げろ」


 三人は頷きながら武器を構えた。オスカーもバスタードソードを抜き構えた。


「行くぞ」


 四人は襲われていると思われる荷馬車の元へ向かった。四人は目的地に近づくと影の正体も明確になった。一つは予想通り商人の荷馬車で、空を舞っていたモンスターはグリフォンだった。

 グリフォン。鷲の翼と上半身、獅子の下半身を持つモンスター。鋭い爪で相手を切り裂き、天空を自自由自在に飛び回る。

 荷馬車の馬はグリフォンに殺されてしまったようで既に絶命していた。オスカーは荷馬車で逃げるのは困難だと判断した。そして、グリフォン相手ではビット達三人を戦わせるのは危険だと考えた。


グリフォンか……戦わせるのは無理だな……。


「グリフォン相手じゃ分が悪い。俺がグリフォンの相手をするから、お前たちは人命救助だ」

「お、俺だって!?」

「……実力をしっかり見極めろ……慢心や無謀は命取りだ」

「っ!?」


 オスカーに叱責されたロベルは俯いてしまった。悔しさで片手剣を強く握る。


「お前たちは、お前たちができることをしろ」

「ロベル!!」

「……分かったよ!!」

「ビットとロベルは荷馬車から商人を連れ出せ。シェリーは怪我人の手当て」

「「「はい!!」」」


 オスカーはバスタードソードを両手で持ち、グリフォンに近づく。すると、一つの人影が見えた。商人と思われる小柄な青年がナイフ一本でグリフォンと戦っていたのだ。帽子を深くかぶっており、素顔を見ることはできなかった。


素人相手がナイフ一本でグリフォンと戦うなんて……無謀だろ。


 グリフォンは爪を前に突き出して戦っている商人に向かって、襲い掛かる。


「危ない」


 オスカーは参戦しようとするとナイフを持った商人は跳躍し、グリフォンの攻撃を鮮やかにかわし、空中で体勢を整え持っていたナイフでグリフォンの翼を切りつけた。グリフォンに一撃を入れた商人は綺麗に着地した。

 その一連の動作にオスカーは驚愕した。帽子が外れ、素顔を見ることができた。その顔には見覚えがった。

 元【獅子の闘志ライオ・ハート】のメンバーの一人セルド・アーシュラだった。


「セルド?」

「っ!? オ、オスカー!? 何でこんな所で!?」

「い、いや……丁度、近くにいてな……グリフォンの姿が見えたから救護に」

「そうか、それは助かる……ところでグリフォンって生息地変えた? こんな所に出たっけ?」

「いいや、ハイノ草原でグリフォンを見たのは初めてだ」

「そうだよなー……どうする?」


 二人は武器を構えながらグリフォンと間合いを取る。グリフォンも空を飛びながらこちらを警戒していた。オスカーは荷馬車の方をチラリと見るとビット達が荷馬車の中から商人達を救出していた。

 子供のビット達が大人を抱えながら逃げるのには時間がかかる。グリフォンの気をこちらに逸らすことが必要だった。


「もしかして、俺も戦う前提か?」

「当たり前だろ? ……それとも商人をやっていて腕は鈍ったか?」

「はっ、舐めるなよ?」

「なら、お前はグリフォンの注意を引いてくれ」

「……なるほどな、あのおチビちゃん達がウチの仲間を救出するまでの時間稼ぎか」

「それもあるが……俺がとどめを刺す」

「それは頼もしいな、【孤高の鉄剣士】様は!!」


 セルドはそう言うとグリフォンに向かって勢いよく走り出した。


「おい、その名前!?」


 オスカーも後を追うように走り出す。こちらの動きに気が付いたグリフォンはセルドに向かって急降下する。そして、爪を前に出して、襲い掛かる。セルドは左右に動きながらグリフォンを惑わす。グリフォンは攻撃が不発し、地面に着地する。その隙を狙って、グリフォンの背後に回り込み、グリフォンの背中をナイフで一刺し。グリフォンの背から血が噴き出し、グリフォンは苦しんだ。苦しみだしたグリフォンは暴れだし、後ろ足でセルドを蹴り飛ばした。セルドは両腕でガードするが、そのまま吹き飛ばされてしまった。


「セルド!?」

「気にせず、そのまま行け!!」


 オスカーは跳躍し、バスタードソードを下に向けて、セルドが付けたグリフォンの背中の傷に向かってバスタードソードを突き刺した。剣を深く突き刺し、さらに血が噴き出す。

 グリフォンはたまらず翼を翻し、飛び立とうとする。


「させるかよ!!」


 吹き飛ばされていたセルドは立ち上がり、ナイフを投げ飛ばし、グリフォンの右翼に突き刺さった。ナイフが突き刺さったグリフォンは上手く飛べず、地面に伏せる。オスカーはその隙を逃さず、バスタードソードをグリフォンの背中から抜き、剣を振るった。

 横に振り払ったバスタードソードはグリフォンの首を断ち切った。グリフォンの首は転げ落ち、グリフォンの身体は力なく倒れ込んだ。

 オスカーは深く息を吐いてバスタードソードについた血を拭いて鞘に戻す。セルドもグリフォンの死体からナイフを回収し、地面に座り込んだ。


「あぁー……疲れた」

「……お疲れ……」

「お前は昔から人使いが荒いんだよ! こっちは商人だぞ?」

「…………あんなに動ける商人がいて、たまるか」

「オスカーさん!!」


 商人たちの救助を終えたビットとロベルが二人の元に近づいてきた。


「流石だな!! 【孤高の鉄剣士】!!」

「お見事です、オスカーさん!!」

「ありがとうな」

「……ところでこちらの方は?」

「…………あぁ……」

「初めまして」


 セルドは立ち上がり、身なりを整えるとお辞儀した。


「アーシュラ商会の代表、セルド・アーシュラです。以後、お見知りおきを」

「「アーシュラ商会!?」」


 セルドの正体を知った二人は驚愕していた。


「アーシュラ商会って、つい最近に街にできた大きい商会ですよね!!」

「ウチの爺さんも言ってたぜ? 綺麗で商品も数も豊富だって!!」

「ありがとうございます」

「…………もはや二重人格だな」


 セルドの営業スマイルにオスカーは思わず、心の声が漏れてしまった。その声を聞き逃さなかったセルドはオスカーに近づいた。


「何か言ったか?」

「…………いいえ」

「ところで何でアーシュラ商会の代表とオスカーさんはお知り合いなんですか?」

「……コイツは元冒険者で同じパーティーを組んでいたんだ」

「ホントかよ!?」

「す、凄い!?」

「あはは、大げさですよ。私は冒険者より商人の方が性に合ってました」

「回復終わりましたー」


 怪我をした商人達を回復魔法で治療していたシェリーが戻って来た。


「お疲れ様、シェリー」

「あれ? 貴方はもしかして……アーシュラ商会のセルド・アーシュラさんですか?」

「おや? 私をご存じで?」

「もちろん、女性冒険者の中では有名人ですよ。アーシュラ商会の化粧品は質が良いですからね」

「これはこれは……誠にありがとうございます。ぜひ、お礼をさせて下さい」

「本当か!? やったぁ!!」

「ロ、ロベル! 遠慮しないと……」

「いえいえ、お礼させて下さい。ただ、このことを他の従業員に報告しないといけないので、処理が終わった後になってしまいますが」


 セルドの申し上げに喜ぶ三人。セルドは無事だった従業員の一人に声を掛け、伝書鳩を用意してセルドは何か文章を書いた後、その紙を伝書鳩に括り付けて飛ばした。

 その後、セルドは従業員に指示を出して、壊れた荷馬車の片づけを行っていた。

 その様子をオスカーとビット達三人は眺めていた。


「なぁ、【孤高の鉄剣士】」

「……なんだ?」

「昔はパーティー組んでいたのか?」

「あぁ……」

「何で、今は一人ソロでやってるんだ?」

「ちょっ!? ロベル!?」

「だって、気になるじゃん!!」

「…………」


 オスカーは黙ってセルドの方に向かった。


「一つ、マナーを教えてやる。……冒険者間での詮索はご法度だ……」


 オスカーはセルドと話し、片づけを手伝っていた。オスカーの言葉にロベルは思わず動揺してしまった。


「お、俺……マズいことを聞いちゃったか?」

「そうだね……僕たちよりも長く冒険者をやっているんだ、何かあるんだよ」

「そうよ、後でしっかりと謝りなさい」

「……分かった」


 片づけが終わったのか、オスカーとセルドが戻って来た。


「後は他の者たちがやっておきますので、私たちは街に戻りましょう」

「分かりました!」

「お礼は別にご用意いたしますが……どうですか? お食事でも」


あっ……。


 セルドの提案にオスカーは冷や汗をかく。食事という言葉を聞き、ビットとシェリーは何故かオスカーの方を向いた。オスカーは視線を逸らす。ロベルは先程のやり取りのせいか少し落ち込んでいた。


「食事ですか!? それなら」

「【妖精の宿り木】がいいわ!!」

「【妖精の宿り木】……? 【黒羊の宿】ではなく?」


 聞きなれない店名にセルドは首を傾げる。確かにご馳走するなら一番有名な【黒羊の宿】が真っ先に思いつくだろ。だが、【妖精の宿り木】の料理を気に入った三人は、【妖精の宿り木】一択だった。


「オスカー、【妖精の宿り木】って知ってるか?」

「……さぁ……?」

「知っているも何も、オスカーさんが紹介してくれた美味しい料理屋さんですよ」


 ビットの純粋無垢な説明にセルドはオスカーの言葉が嘘だと察し、オスカーの方を振り向くがオスカーは目線を逸らす。


コイツを【妖精の宿り木】に行かせるわけにはいかない。行ったら絶対、商売にかこつける。


「オスカー……?」


だが……コイツには世話になっているしな。先程のグリフォンとの戦いでも助かったのは事実だしな……はぁー……どうしたものか……。


 オスカーはため息を漏らしながら、ロベルの方を見る。ロベルは落ち込んでいるのか俯いていた。


……言い過ぎたな……。


「はぁー……仕方ないか」


 オスカーは頭をかいて、セルドに顔を近づけた。


「……約束しろ?」

「な、何を?」

「これから行く所は他言無用だ。絶対に内緒にしろよ」

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