十一品目:コカトリスの親子丼(後編)

 オスカーは冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】を出たあと、人通りの少ない路地を歩き、やがて【妖精の宿り木】の前で足を止めた。

 先ほどリリアナに言われた言葉が頭の中で反芻する。


 ――【悪角のリドルゥ】。

 俺は……戦うべきなのか?


 そんな思いを胸に抱きながら、オスカーは重い扉を開けた。


 店内には、店主アキヒコの姿しかない。彼はすぐにこちらに気づき、いつものように挨拶を――しかし、なぜか語尾が疑問形だった。


「いらっしゃいま……せ?」


 オスカーは首を傾げながらカウンターに腰を下ろす。


「あぁ……これで何か作ってくれ」


 いつものように、麻袋をカウンターに置いた。

 アキヒコはそれを手に取ると、恐る恐る確認しながら、ちらりとオスカーの顔を見上げた。


「えっと……オスカーさん、ですよね?」


「ん? あぁ、そうだ。どうかしたか?」


「い、いえ……服装が、いつもと違ったもので」


「あっ……」


 オスカーはようやく気づいた。今日は軽装ではなく、鎧姿のままだ。

 苦笑しながら、フルフェイスを外す。


「すまんな、こんな暑苦しい格好で」


「いえいえ! と、とんでもないです。それで今日は何を?」


「コカトリスの肉と卵だ」


「コカトリス……あの鶏型の魔物ですね。卵もあるなら――親子丼などいかがでしょう?」


「……オヤコドン? それで頼む」


「かしこまりました」


 アキヒコは手際よく調理に取りかかった。

 包丁がまな板を軽快に叩く音が響く。肉を二センチ角に切り、香草オラノの実を薄切りに。三つ葉を刻み、出汁、酒、みりん、醤油、砂糖を合わせて煮立てる。

 やがて、煮汁の中でコカトリスの肉が柔らかく色づいていく。


 溶き卵を流し入れると、半熟の黄金がふわりと広がった。

 丼にご飯を盛り、具をそっと乗せ、三つ葉を散らす。


「お待たせいたしました。コカトリスの親子丼です」


 立ち上る湯気に、オスカーは思わず息を呑んだ。

 半熟の輝き、出汁の香り、そしてほのかに漂う甘みが食欲を刺激する。


「……では、いただこう」


 箸を取り、肉をひと口。

 コカトリス特有の弾力がありながら、噛むたびにあふれる旨味。出汁の優しさがそれを包み込む。


「うん……上品だ。肉の旨味がしっかりしているのに、出汁がそれを調和させている……」


 次に、卵と一緒にすくって口へ運ぶ。

 濃厚な黄身の風味が広がり、全体をまろやかにまとめ上げる。


「……この卵、濃いのにくどくない。これが“オヤコドン”か」


 箸が止まらなくなる。

 肉、卵、オラノの実、米――すべてが一体となり、絶妙な調和を生んでいた。


 その時、店の扉が開く。カランカランと鈴の音。

 振り向くと、見慣れた大柄の男――【黒鉄の蹄】のオックス・ドルガが立っていた。


「やっぱりいたか。【孤高の鉄剣士】」


「……オックス・ドルガ」


「何食ってんだ? 丼ぶりか?」


「コカトリスのオヤコドンだ」


「美味そうだな。俺にもくれ」


「構わん」


「店主、同じのを!」


「かしこまりました」


 オックスはオスカーの隣に腰を下ろし、水を一気に飲み干した。


「牛丼の時も思ったが、ここの飯はクセになるな。……で、聞いたか? 【悪角のリドルゥ】の話」


「……あぁ。シューナ村の近くで目撃された。調査隊も出ているらしい。【三賢者】も同行していた」


「だろうな。――で、その調査結果だが、奴、でかくなってるらしいぞ」


「……何?」


「前より二倍、いや三倍のサイズだ。まるで別種だな」


 オスカーは思わず箸を止めた。

 出汁の香りがまだ残る中、空気が一瞬、重くなる。


「どういうことだ……突然変異か?」


「かもしれん。だが原因は分からねぇ。調査隊も混乱してる」


「……【地脈竜ガバナティ】を喰った影響、か」


「その線は濃いな。あの化け物を喰ったんだ、そりゃおかしくもなる」


「……」


 オスカーは静かに丼を置いた。

 視線は遠く、何かを思い出しているようだった。


「ギルドは討伐を正式に動かすらしい。あの【竜葬の王剣】も呼び戻されるとか」


「……あの人が……?」


「あぁ、八年前の“黒魔竜”以来らしいな」


「八年……か。あの任務はいまだ完了していないのか」


「伝説クラスのモンスターだからな。誰も手を出せんさ」


 気づけば二人とも、丼の中は空になっていた。


「ふぅー……うまかった!!」


「……本当に絶品だった。ありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございます」


 アキヒコは静かに皿を下げ、水を注ぎ足す。

 その間にオックスは腰の袋から銀貨を数枚取り出し、カウンターに置いた。


「オスカー、お前……どうする気だ?」


「…………」


「俺たち【黒鉄の蹄】は、あの野郎を討つ。仲間の弔い合戦だ」


 オスカーは黙って視線を落とす。

 拳に力がこもり、手にしていたグラスがきしんだ。ヒビが入り、慌てて手を離す。


「す、すまない」


「大丈夫ですか? お怪我は――」


「あぁ……すまん」


 深く息を吐き、オスカーは立ち上がった。

 オックスの差し出す手を見つめ、そして――握り返す。


「分かった……俺も行く。お前たちと共に」


「よしっ!! 待ってたぜ!」


 オックスは豪快に笑い、会計を済ませるとオスカーの襟を掴んで店の外へ。


「お、おい!? まだ――」


「仲間に報告だ! 時間がねぇ!」


「お、おい! せめて店の外では静かに――!」


 扉が勢いよく閉まり、店内に静寂が戻る。


 アキヒコは苦笑しながら、小さく呟いた。


「……元気な方たちですね」


 静かな厨房に、片付ける音と出汁の香りが再び戻ってきた。

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