十一品目:コカトリスの親子丼(後編)
オスカーは冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】を訪れた後、人通りの少ない路地を進み【妖精の宿り木】の目の前で立っていた。先程のリリアナの話が頭をよぎる。
……【悪角のリドルゥ】……俺は戦うべきなのか……?
不安な気持ちになりながら扉を開ける。店内は店主であるアキヒコしかおらず、こちらに気が付いたアキヒコが会釈した。
「いらっしゃいま……せ?」
アキヒコはオスカーの顔を見て、何故か疑問形で挨拶していた。オスカーはなぜ疑問形なのか不思議に思いながらカウンターに座る。
「あぁ……これで何か作ってくれ」
オスカーはいつものように麻袋をカウンターに置いた。アキヒコはおそるおそる麻袋を持ちながら、こちらを見つめる。
「えーと……オスカーさんですよね?」
「ん? あぁ、どうした?」
「い、いえ……その……いつもと服装が違っていたので」
「あっ」
アキヒコの指摘でオスカーは軽装でなく、いつもの鎧でいることに気が付いた。オスカーは鎧のフルフェイスを外した。
「すまんな、こんな暑苦しい格好で」
「いえいえ! と、ところで今日は何を持ってきてくれたのですか?」
「コカトリスの肉と卵だ」
「コカトリス……確か、鶏のモンスターでしたっけ? 卵もあるのでしたら、親子丼なんて如何でしょうか?」
「オヤコドン……丼か。それを頼む」
「かしこまりました」
アキヒコはコカトリスの肉を板の上に置き、二センチ角に切り、コカトリスの肉とは別にオラノの実を薄切りに、三つ葉を二センチ長さに切っていく。
プライパンに昆布の出汁、酒、みりん、醤油、黄金蟻の蜜を入れ煮立たせる。そこへコカトリスの肉とオラノの実を加え、中火で三分煮込む。
その間にコカトリスの卵を割り、溶いておく。コカトリスの肉に火が入った所で、溶いたコカトリスの卵を回し入れ、半熟状態になるまで煮詰めていく。
煮詰めている間に丼ぶりにご飯を盛り、みそ汁を器に注ぐ。ご飯を盛った丼ぶりに具材を入れ、最後に三つ葉を散らす。
料理が完成し、オスカーの前に置かれた。
「お待たせいたしました。コカトリスの親子丼です」
「随分と……早いな……」
「はい、丼ぶりは早い、安い、美味いの三拍子が鉄則ですから」
「そうなのか」
オスカーは出された親子丼を前に唾を飲む。黄金に輝く半熟の卵とほのかに香る、甘い匂いが食欲を掻き立てる。
「では、早速……」
丼ぶりをしっかり持ち、箸でコカトリスの肉をすくって一口食べる。コカトリスの上質な脂と優しい風味が口いっぱいに広がる。コカトリスの肉は弾力があるが、噛めば噛むほど旨みが溢れ、出汁の風味と調和する。身の部分はホロホロと崩れ、皮の部分はプリッと歯ごたえがある。
同じコカトリスの肉で食感が異なり、違う味わい方をしていた。
「うん……出汁の優しい風味の中にしっかりとコカトリスの肉の旨みが存在しているが、主張しすぎているわけでもなく調和している……そして……」
オスカーは今度はコカトリスの肉の上に半熟の卵をしっかり乗せ、食べる。卵の濃厚な味わいがガツンと来た。それを出汁とコカトリスの肉の旨みが優しくキャッチしている。
「このオヤコドンの中で一番、味が濃いのが卵とは……濃厚だがまろやかな味わい……たまらないな」
今度は豪快に丼ぶりをかき込む。コカトリスの肉、卵、オラノの実、米が一つになっている。コカトリスの肉の脂の旨み、卵のコク、オラノの実の甘み、そして出汁の旨みを全て米が吸い込み、奥深く上品な味わいになっている。
定食とはまた違う一帯があるな。なんて言うか……男の料理というのか……。
親子丼を堪能していると、【妖精の宿り木】の扉が開き、カランカランと鈴の音が聞こえる。チラリと扉の方向に視線を向けると、そこにいたのは【
「やはり、ここにいたか。【
「…………オックス・ドルガ」
「何食ってるんだ? 丼ぶりだろ?」
「コカトリスのオヤコドン」
「美味そうだな。俺にも良いか?」
「……構わないぞ」
「んじゃ、店主。親子丼を一つ」
「かしこまりました」
オックスはオスカーの隣に座り、親子丼を注文する。アキヒコはオックスに水とおしぼりを渡すと調理を始めた。
「牛丼を食って以降、俺もハマってしまってな。クリムゾンブルを狩ってはここで牛丼を食ってるんだよ」
「…………他の冒険者には言って無いよな?」
「あぁ、【孤高の鉄剣士】のお気に入りだからな……ところでよ」
オックスは水を飲むと神妙な顔つきでオスカーに話しかける。
「【悪角のリドルゥ】の件は聞いているのか?」
「……あぁ、シューナ村でワイバーンの群れが目撃され、調査チームが調べているようだな。直接会ったぞ。【三賢者】もいた」
「あいつ等か。んじゃ、これは最新情報だな」
オックスとオスカーが話をしていると、オックスの前に親子丼が置かれた。
「お話し中、申し訳ございません。コカトリスの親子丼、お待たせいたしました」
「おぉ! 美味そうだな!!」
オックスは話を中断し、丼ぶりを持って一気にかき込む。いつの間にか箸を持って親子丼をかき込んでいた。
「牛丼も美味いが!! 親子丼も美味いな!!」
「…………箸を使えるようになったのか」
「あぁ、通っている内に練習したんだ」
オスカーはオックスが慣れない手つきで箸を持っている姿を想像し、口角が上がった。
「おい、何を思い浮かべた」
「……別に……。……それで【悪角のリドルゥ】の最新情報ってのは……」
「コイツ」
オックスはブツブツ文句を言いながら親子丼を食べ続ける。
「その調査チームの報告によると【悪角のリドルゥ】の姿が変化していたらしい」
「……何? 変化だと?」
「あぁ、俺らと戦った時は通常のワイバーンと変わらないサイズだったが、シューナ村のさらに北西部で目撃された【悪角のリドルゥ】は通常のワイバーンの2、3倍の大きさらしい」
オックスの情報を聞き、オスカーは丼ぶりと箸を置いた。
「どういうことだ? 突然変異か?」
「その可能性もあるが……如何せん、情報が少な過ぎる。調査チームも調査を継続しているそうだ」
「ヤツは【地脈竜ガバナティ】を食った。それに関係するのか」
「俺に言われても分からん。だが、【地脈竜ガバナティ】か……ワイバーンの群れが、あのバカでかいドラゴンを倒すとはな」
「…………ドラゴンの中でも巨大な【地脈竜ガバナティ】を食べた後に……【悪角のリドルゥ】の姿が大きくなった……まさか……いや、ありえるのか?」
「どうした、【孤高の鉄剣士】?」
「いや、何でもない」
オスカーは考えるのを止め、再び親子丼を食べ始めた。
「ギルドも【悪角のリドルゥ】の討伐を本格的に進めるようだな」
「あぁ……そのようだな。【
「マジか!? あのオヤジが戻ってくるのか!? 何年振りだ?」
「…………多くのSランク冒険者チームが挑んだが誰も任務を遂行したことがない、超高難易度を超えた禁忌の依頼『黒魔竜』の討伐。あれを受けて出て行ったのが、確か……八年前か」
「はぁー……あのオヤジが八年も掛けているのにまだ任務達成できないとか、ヤバいな【黒魔竜】」
「まぁ……ほぼ伝説上のモンスターみたいなものだからな」
そんな風に話をしているといつの間にかオスカーとオックスは親子丼を食べ終わっていた。
「ふぅー、ごちそうさん!!」
「……美味かった……」
「ありがとうございます」
二人はアキヒコから水のお代わりを貰い、話を続けた。アキヒコは黙って空になった丼ぶりを回収し、洗い始めた。
「もし、【悪角のリドルゥ】の討伐依頼が出たら、俺達【黒鉄の蹄】は受けるつもりだ。ヤツには因縁がある、弔い合戦だ」
「俺は…………」
「【孤高の鉄剣士】にも事情があるのは……何となく察しているつもりだ。だが……個人的には……」
オックスは水を一気に飲み干し、立ち上がった。そして、オスカーに向かって手を差し出した。
「俺と……俺達と戦って欲しい!! 【悪角のリドルゥ】に殺された仲間のためにも!!」
「…………」
オスカーは顔を俯かせ長考した。持っていたコップにも力が入り、ヒビが入ってしまった。我に気が付いたオスカーは慌ててコップから手を離す。オスカーはアキヒコに向かって頭を下げた。
「す、すまない」
「大丈夫ですよ、お怪我はありませんか?」
「あ、あぁ……ふぅー……」
オスカーは深く息を吐く。立ち上がり、オックスの手を握った。
「分かった……分かったよ……俺も協力しよう」
「本当か!?」
オックスは懐から硬貨を取り出し、勢いよくカウンターに置いた。その硬貨はオスカー分の料金も含まれていた。
「お、おい。金は……」
「いいから、さっさと行くぞ!!」
オックスはオスカーの首根っこを掴んで店を出ようとする。オスカーは抵抗するがオックスの腕力には勝てず、ただ引き摺られていく。
「おい……一体どこに……」
「俺の仲間にも報告しないとな」
「おい…………やっぱり、お前たちだけで戦――」
オスカーの言葉を遮り、オックスは店の扉を閉めて出て行ってしまった。
「あ、ありがとうございました」
アキヒコは困惑しながらも微笑ましく思えたのか笑みを浮かべていた。
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