十一品目:コカトリスの親子丼(前編)

 ロムルス遺跡。

 センブロム王国の北西に位置する、古代文明の残滓。

 数千年前の陶芸品や財宝が眠るとされ、数多の冒険者が夢を追って足を踏み入れてきた。

 だがその大半は、もう二度と戻ってこない。

 遺跡の奥には、狂暴なアンデッドが徘徊しているのだ。


 ――ギルドからも“高危険度ダンジョン”の警告が出ている。

 にもかかわらず、ひとりの男が静かにその地へと足を踏み入れていた。


 名を、オスカー。

 異名は【孤高の鉄剣士アルーフ・リベリ】。

 誰とも組まぬ孤独の剣士である。


 松明の炎が揺れる。

 黒く湿った石壁に、不気味な影が伸びては歪んだ。


「……一人での依頼は、久しぶりだな」


 腰のポーチから依頼書を取り出す。

 『ロムルス遺跡のコカトリス一体の討伐』――ただそれだけが記されていた。


 階段を降りるたび、空気は冷たく、重くなる。

 やがて広間に出たとき、耳に届いたのは低いうめき声だった。


「……ゾンビか」


 松明を放る。炎が闇を裂き、姿を照らし出す。

 三体のリビングデッドが、鈍い光を宿した瞳でこちらを見つめていた。


 剣を抜く。鋼の音が、静寂を切り裂いた。


 リビングデッドたちは呻き声をあげながら突進してくる。

 オスカーはバスタードソードを振るい、一体を弾き飛ばす。

 だが残る二体が、腐敗した腕を振りかざして襲いかかる。


 受け流し、かわし、斬りつける。

 肉を断っても、彼らは止まらない。立ち上がり、再び襲いかかってくる。


「……キリがないな」


 オスカーは小瓶を取り出し、剣身に油を塗った。

 松明を拾い上げ、刃を近づける。瞬間――炎が剣を包み込む。


 燃え上がる赤が、闇を照らした。

 リビングデッドたちが怯む。

 オスカーは踏み込み、燃える剣を振り抜いた。


 炎が肉を喰らい、屍を灰に変えていく。

 逃げようとした一体の背に剣を突き立て、炎を移す。

 やがて全てが静寂に沈んだ。


「数が多い……が、ここまでは想定内だな」


 炎を消し、剣を鞘に収める。

 そのとき――視線を感じた。


 巣だ。

 藁と骨で作られた巣の中に、三つの卵がある。

 嫌な予感が背筋を走る。


「……これは、マズい」


 逃げるように後退した瞬間、頭上の闇から殺気が落ちてきた。


 ――ギラリ。


 鋭い双眸が闇の中で光った。


「コカトリス……!」


 天井に張り付く巨大な影。

 その体は鶏のようでありながら、尻から先は蛇。

 双頭の魔獣――一方は鶏、もう一方は蛇。

 長い尾をうねらせ、獲物を睨みつけている。


 地鳴りのような唸り声。

 コカトリスは爪を離し、地面に降り立つ。

 土煙が巻き上がり、炎がその姿を照らし出した。


「上等だ……やるしかないな」


 オスカーは構える。

 蛇の頭が飛びかかる。鋭い牙が剣を噛んだ。

 衝撃が全身を襲う。足がめり込み、息が漏れる。


「ぐっ……!」


 蹴りで蛇の顎を跳ね上げ、すかさず斬撃を放つ。

 だが、しなやかな鱗がそれを滑らせた。

 コカトリスが翼を広げ、空気を裂くように飛び上がる。

 鋭い鉤爪が襲いかかる。

 剣で弾き返すが、質量の差が大きい。押し潰されるように後退する。


「……チッ、この狭さじゃ分が悪い」


 目を走らせ、崩れかけた支柱を確認する。

 ポーチから衝撃弾を取り出し、支柱の隙間へと投げ入れた。


 コカトリスが咆哮を上げ、再び突進してくる。

 オスカーは身を翻し、体当たりをかわした。

 コカトリスが支柱へ激突――その瞬間、衝撃弾が爆ぜた。


 轟音。

 支柱が折れ、天井が軋む。

 コカトリスはバランスを崩し、瓦礫とともに崩れ落ちた。


 オスカーは崩壊する天井を避け、広間の外へ飛び出す。

 振り返ると、コカトリスが瓦礫の下でもがいていた。


「……終わりだ」


 首を跳ねた。

 赤い飛沫が舞い、獣の身体が静かに沈黙した。


 血を拭い、剣を収める。

 視線の先、瓦礫の間から三つの卵が転がり出ていた。


「……割れていない、か」


 コカトリスの卵――滋養強壮に効く高級食材だ。

 オスカーは淡々と卵を袋に詰め、解体作業に取りかかった。


 数刻後。

 遺跡の外へ出たオスカーを、複数の影が囲む。


 茂みの中から現れたのは、数十人の冒険者たち。

 その中には、Sランクの名を冠するパーティー【三賢者】の姿もあった。


「オスカーさん!」

 声の主は、【三賢者】のリーダー、ネスコ・トリシュ。

 青銀のローブに身を包み、杖を手にした青年だ。


「お前は……ネスコ・トリシュか」

「お久しぶりです。まさか、こんな場所でお会いするとは」

「俺はコカトリス討伐の依頼を終えたところだ。……お前たちは?」

「シューナ村付近で、ワイバーンの群れが目撃されました」


「……ワイバーンの群れ、だと?」

「はい。おそらくは――【悪角のリドルゥ】です」


 その名を聞いた瞬間、オスカーの背筋が凍る。


「……奴が、動いたのか」

「はい。ギルドからの正式依頼で、私たちは偵察任務に向かうところです」


 ネスコの背後には、魔法研究局の調査員たちの姿があった。

 戦闘用の装備ではない。情報収集のための布陣だ。


「……調査班か。無理はするな」

「ありがとうございます。ですが、ギルドマスターから伝令が。

 “【孤高の鉄剣士】は、速やかに帰還せよ”と」


「……リリアナの指示か。分かった。気をつけろ」


 短く言葉を交わし、オスカーは王都へと向かった。


 ギルド【翼竜の鉤爪】。

 応接室に通されたオスカーの前で、ギルドマスター・リリアナが腕を組んでいた。


「帰ってきたか、【孤高の鉄剣士】よ」

「……【三賢者】から聞いた。ワイバーンの群れが現れたそうだな」

「そうじゃ。だが問題は別にある。【白き狼騎士ベオウルフ】からの報告によると――

 【悪角のリドルゥ】は“ドラゴンを捕食”したらしい」


「……何だと……ドラゴンを……喰った?」


 空気が凍る。

 竜を喰らうモンスター――それは、災厄の象徴に他ならない。


「奇しくも、アンタと同じ“竜殺し”の称号を得たそうじゃ」

「……俺は竜殺しなんかじゃない。その話は、二度とするな」

「……すまぬ。軽口だった」


 リリアナは真顔に戻り、一枚の書類を机に置く。


「【悪角のリドルゥ】は脅威じゃ。そこで【竜葬の王剣ドラゴ・カリバーン】にも帰還命令を出した」


「……あのオヤジが戻るのか」

「そうじゃ。【翼竜の鉤爪】の総力をもって奴を討つ。既に王国、魔法研究局への協力要請も進めておる」


「……それで、俺にどうしろと?」

「アンタにも参戦してほしい。【悪角のリドルゥ】討伐隊に」


「…………俺が、か」


 リリアナは静かに立ち上がり、オスカーの肩に手を置いた。


「すぐに返事は要らん。……だが、考えておいてくれ」


 そう言って、彼女は部屋を出ていった。

 残されたオスカーは、深く息を吐き、独りごちる。


「……【悪角のリドルゥ】か……」


 その瞳には、長く封じていた決意の光が宿っていた。

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