十品目:秋刀魚の塩焼き
ロージュ・デミンスは魔法研究局局長である。
魔法研究局は文字通り、魔法を研究し、その魔法技術で人類を発展させることを目的に創設されたセンブロム王国直属の機関である。そのため、局長ともなると王族の次に権力を持っていると言っても過言でないと噂されている。
この日、ロージュは来客対応のため、応接室で来客と談合していた。
「珍しいのぉ……お主がここを訪れるのは」
「本来、王国直属の魔法研究所と王国から独立している冒険者ギルドが会うのはまずいからな」
魔法研究を訪れていたのは冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】のギルドマスター、リリアナだった。リリアナは神妙な顔つきで出された茶を啜る。
ロージュとリリアナは過去に同じ冒険者パーティーに所属していた。二人とも優秀な魔法使いで切磋琢磨しながら研鑽を積んでいた。冒険者引退後はロージュは魔法研究の職員、リリアナは旦那が設立した冒険者ギルドのギルドマスター補佐をやっていた。そして、時が過ぎ二人は魔法研究局長とギルドマスターの肩書を得ていた。
「それで要件はなんじゃ?」
「…………【悪角のリドルゥ】のことは知っておるじゃろ?」
「あぁ……ハイノ草原での戦いは部下から報告を受けとるよ」
「……その【悪角のリドルゥ】じゃが……【
「なっ!?」
リリアナ発言にロージュは絶句した。
「ワイバーンがドラゴンを!? 本当か!?」
「レオン・ブリジットからの報告じゃ……間違いないだろ」
「何という事じゃ……それで【悪角のリドルゥ】は今どこに?」
「北西のシューナ村でワイバーンの群れが目撃されておる。冒険者ギルドは調査チームを結成させて、シューナ村へ向かわせる手はずをしておる」
ロージュは自身の髭を撫でながら長考する。
「……なら、ウチの研究員の中でもフィールドワークに長けた者を数人、派遣させよう。それとヴェネットの坊主にはワシから報告しておく」
「助かる」
リリアナは深く頭を下げると、ロージュはため息を漏らし、そのまま茶を啜る。
「しかし……他のワイバーンを使役するだけではなく、竜殺しもするとは【悪角のリドルゥ】……規格外のモンスターじゃの」
「そうだな」
「よく、【
「そういえば、アンタとあの小僧は同じ飯屋で飯を食う仲じゃったな」
「仲というわけではない。互いにあの店に惹かれて行っているだけじゃ。一緒に食う事なんてそうそう無いしの」
「どうじゃ? あの小僧は?」
「そうじゃな……どことなくお主の旦那に似ているよ」
「はっはっはっ! アンタもそう思うか!」
何かを思いついたのかロージュは立ち上がった。
「辛気臭い話は後じゃ。飯でもどうじゃ」
「ふふ……アンタから食事を誘われるとはな。行先はあの店か?」
「あぁ、そうじゃ。【妖精の宿り木】じゃ」
リリアナはロージュの案内の元、【妖精の宿り木】を訪れていた。
ロージュは扉を開ける。扉を開けると付けられていた鈴がカランカランとなる。鈴の音で気が付いたのか、店の中にいたアキヒコがロージュに気が付き目が合う。
「いらっしゃいませ」
「邪魔するぞ。連れがいるんじゃが……」
「えぇ、構いませんよ」
「お邪魔するよ。アンタが【妖精の宿り木】の店主か」
「は、はい」
リリアナはアキヒコに近づき、全身を見た。晃彦は思わず背筋を伸ばした。
「店主よ、彼女は冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】のギルドマスター、リリアナ・クラリスじゃよ」
「あ、貴女が!? いつもお世話になっております。【妖精の宿り木】の店主、アキヒコ・フジワラです」
「何か困ったことがあれば、いつでも冒険者ギルドにそうだんするんじゃぞ」
「は、はい!!」
「取り合えず、ワシはいつもの」
ロージュはカウンターに座った。リリアナはその隣に座る。アキヒコは二人に水とおしぼりを渡した。
「かしこまりました。リリアナさんは?」
「うーん……どうしたものかね」
「お主も酒は飲めるじゃろ? なら、日本酒と適当なツマミでも」
「アンタと違って仕事が残っとるんじゃよ……でもまぁ、又には良いじゃろ。では、その日本酒という酒とツマミは何があるんじゃ?」
リリアナは呆れながら貰ったおしぼりで手を拭く。
「そうですね。お肉と海鮮はどちらがお好みですか?」
「そうねぇ……魚がいいわ」
「でしたら秋刀魚などは如何でしょうか?」
「サンマ?」
「えーと……何と説明すれば……」
「まぁ、店主のおすすめは外れん。それを頼んどいて間違いないじゃろ。ワシにも秋刀魚を一つ」
「そうかい? なら、そのサンマというのを頼むよ」
「かしこまりました」
アキヒコは二人に頭を下げて調理を開始する。
冷蔵庫から秋刀魚を二本取り出し、包丁で鱗を優しくこそげ取る。そして、水と酢を入れたボウルに秋刀魚を入れ、汚れとぬめりを取っていく。
汚れが取れたら水気をしっかり取り塩を摘まみ、そのまま秋刀魚に振りかける。満遍なく振りかけ、そのまま放置させる。
待っている間にグリルのスイッチを入れ、強火で熱していく。
待つこと数分。余分な水分が出た秋刀魚をしっかりと拭き、グリルの焼き網に油を塗っておく。火加減を強めの中火にして、秋刀魚が焼き上がるのを待つ。
その間に冷蔵庫から日本酒を取り出す。今回、用意したのは【
それと遠藤さんから買った鮭とばを用意する。
秋刀魚をグリルから取り出すと、皮目はパリッパリになって香ばしい香りが立ち上る。
ロージュとリリアナにも、その匂いは届き、香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「おぉ、良い香りじゃな」
「あぁ、これだけで酒の肴になるわい」
「……まったく、この飲兵衛は……」
焼き上がった秋刀魚を皿に乗せ、二人の前に出した。
「お待たせいたしました。鮭とばと秋刀魚の塩焼きでございます」
「おぉ、美味そうじゃな」
「ささっ、冷めないうちに頂こうとするかの」
ロージュは箸を取り、器用に秋刀魚の身をほぐしていく。その様子をリリアナは不思議そうに眺める。
「アンタ、それは何じゃ?」
「あぁ、これか……これは箸という食器じゃが、お主には扱いづらいだろ。店主よ、フォークと……コヤツの秋刀魚を少し解してやってくれぬか」
「かしこまりました」
アキヒコは一度、リリアナの秋刀魚を下げ、菜箸で丁寧にほぐす。ロージュはその間に二人のお猪口に日本酒を注ぐ。アキヒコはリリアナの分の秋刀魚の骨を取り除き、身とワタを残して、皿に戻した。
「どうぞ、お召し上がりください」
「では、早速」
ロージュとリリアナはお猪口を持って、二人で同時に日本酒を飲む。
しっかりとした米の旨みを感じつつも、鼻に抜けるフルーティーな香りが心地よい。
「おぉ、こんなに美味い酒は初めてじゃな……口当たりは柔らかいが米の旨みがガツンとくる」
「それに果物のような甘く爽やか香りも良いのぉ……これは鮭とばや秋刀魚によく合いそうじゃ」
ロージュはそう言いながら秋刀魚を一口食べる。
秋刀魚の脂と皮の香ばしさが口の中に広がっていく。秋刀魚の旨みを堪能しながら日本酒を少し飲む。秋刀魚の脂と米の旨みが合わさり、奥深いハーモニーを奏でていた。
「はぁ……合うのぉ……」
「はい、この日本酒は秋刀魚と飲むために作られたお酒なので」
「何と!? そのような酒が存在するのか」
リリアナもフォークで秋刀魚を食べ、口の中に秋刀魚の風味が残っている内の日本酒を飲む。秋刀魚と日本酒の旨みを堪能し、自然と頬が緩む。
「うん……うん……サンマの脂と苦みが、この酒とよく合う」
リリアナが食べ進めているとフォークを止めた。その先にはワタがあった。
「これは何じゃ?」
「それは……ワタ……内臓じゃな」
「何? 内臓じゃと、そんなモノも食べるのか?」
「秋刀魚のワタは格別じゃぞ?」
ワタの存在に驚いているリリアナを横にロージュはワタを摘まみ、日本酒を飲む。
「ふぅー……この苦み。この苦みが美味いんじゃ」
「…………」
美味そうに食べるロージュを見て、リリアナはおそるおそる秋刀魚のワタを食べる。思っていたより苦かったのか、しかめっ面になりながらもそのまま日本酒を飲む。
「思っていたよりも苦かったが……これはこれで日本酒に合うの」
「そうじゃろ?」
二人は秋刀魚と日本酒を堪能しながら完食させた。
「ごちそうさん」
「とても美味しかったの」
「ありがとうございます」
二人が帰り支度をし、ロージュが二人分の硬貨をカウンターに置いた。
「おい!」
「ワシが誘ったんじゃ、遠慮するな」
「アンタとワシの間に遠慮という言葉があったかの?」
「くっ……ババァになっても可愛げが無いの」
「それはこっちのセリフじゃ」
口喧嘩をしながらも笑みを浮かべながら二人は店を後にした。
二人の皿を片付けていると、オスカーがやって来た。いつもよりも遅い来店だった。
「いらっしゃいませ」
「あぁ……すまんな……遅い時間に」
「いえいえ、どうぞカウンターへ」
オスカーはカウンターに座ると、まだ片付けていなかった二つのコップに気が付いた。
「いつものご老人は来たのか?」
「えぇ、いつものご老人のお客様とそのお連れの人が」
「…………いつも一人で飲んでいる、ご老人に連れか……気になるな……」
「そうですね……明日にでも会えるのではなでしょうか?」
「ん?」
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