八品目:プラチナロブスターのオーブン焼き(後編)

 オスカーは冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】を訪れ、遭遇したワイバーンについての報告を行っていた。ギルドの応接室に座っていており、対面にはリリアナが座っていた。

 リリアナはオスカーから受け取った報告書を眺めていた。


「なるほどのぉ……」


 リリアナはこめかみを押さえてため息を漏らす。


「ペイルオ海岸でワイバーンか……気になるの。【悪角のリドルゥ】は?」

「目視では確認できなかったが……【悪角のリドルゥ】が使役しているワイバーンで間違いないだろう」

「分かった…………この件はワシが預かる」

「あぁ……頼む」


 オスカーは報告を終え、身支度を整えて立ち上がった。オスカーは持ってきていた木箱を抱えていた。それに気が付いたリリアナは木箱を見つめる。


「なんじゃい、それは?」

「……プラチナロブスターだ……」

「ほぉー……良い物を手に入ったの。この後は【妖精の宿り木】か?」

「あぁ」


 オスカーはそう言い残すと応接室から出ていった。




 薄暗い路地を抜け、【妖精の宿り木】を訪れていた。カウンターに座り、木箱をアキヒコに渡す。アキヒコは貰った木箱を開けるとそこには純白に輝くロブスターが入っていた。


「これは?」

「プラチナロブスターだ。これで何か作ってくれ」

「…………ロブスターですか。では、オーブン焼きは如何でしょうか?」

「オーブン焼き?」

「えぇ、香ばしくて美味しいですよ」

「では、それを頼む」

「かしこまりました」


 アキヒコは木箱からプラチナロブスターを取り出し、調理に始めた。まず初めに大きな鍋を用意し、そこに大量の水を入れ、火をかける。鍋の中が沸騰しだすと、そこに塩を入れ、そこにプラチナロブスターを一緒に入れる。蓋をして、数十分間湯がいていく。

 数十分待ち、蓋を開けると純白だったプラチナロブスターの殻は真っ赤になっていた。


「おぉ……」


 その光景を見て、オスカーは思わず声が漏れてしまう。アキヒコは真っ赤になったプラチナロブスターを取り出し、冷ましていく。その間にプラチナロブスターに付けるソースを作っていく。

 フライパンにバターを入れ、弱火でゆっくりバターを溶かしていく。バターが全て溶けたら、そこに小麦粉を入れ、小麦粉がダマにならないようにしっかりと混ぜ合わせていく。焦げないように弱火で火加減を調整しながら混ぜ合わせる。小麦粉がしっかり混ざり合ったら、そこに牛乳を加え、全体的によく馴染むまで再度混ぜ合わせる。チーズを加え溶かしていき、全体にとろみが付いたことろで最後に塩コショウと粉末のコンソメを加え、味を整える。これでチーズソースの完成である。

 今度は冷ましたプラチナロブスターを割っていく。ひっくり返し腹部を上にして、腹の中心から包丁を入れていく。少しずつ力を入れて包丁を深く刺していく。

 そこを取っ掛かりにして、プラチナロブスターを真っ二つに割っていく。腹部から足、尻尾とどんどん割っていき、最後に頭を割る。真っ二つに割ったプラチナロブスターを広げると湯気が立ち上る。

 中身はまだ熱々だったが、そこからプラチナロブスターの香りが広がる。オスカーはその香りを嗅ぎ、腹を鳴らす。


おぉ……この甲殻類独特の香り……たまらないな。


 真っ二つに割ったプラチナロブスターに詰まっていた大量の味噌が溢れ出てくる。このままだと調理しずらいため、大きな爪は取り外し、調理を進めていく。先程作ったチーズソースをプラチナロブスターの断面に丁寧に塗っていく。満遍なくソースを伸ばして付けていく。もう片方の身にもチーズソースを塗っていく。塗り斑が無いようにしっかりと塗ったプラチナロブスターをオーブン用のバットに移し、オーブンに入れ焼いていく。

 プラチナロブスターの身をオーブンで焼いている間に取り外した爪の処理を行っていく。とてつもなく固い爪は包丁で割るのは難しいため、アキヒコはハンマーを取り出し、爪を叩き始める。数回叩いたところで爪に亀裂が入る。アキヒコは亀裂が入り、剥がしやすくなった所を丁寧に一枚一枚、剥がしていく。するとプリップリの身が姿を現した。もう片方の爪の殻もハンマーで叩き、丁寧に剥がしていく。

 爪が剥き終わったタイミングでオーブンから焼き上がった合図が鳴り、オーブンを開け、プラチナロブスターを取り出す。

 オーブンでこんがり焼いたプラチナロブスターから香ばしい香りが立ち上る。チーズソースは程よく焦げており、それが食欲を誘ってくる。


こ、これはッ!!

齧り付きたくなる程の香り!!

甲殻類独特の香りと焦げたチーズの香ばしさが合わさり、香りの波状攻撃になっている!!


 焼き上がったプラチナロブスターの身と剥き終わった爪を大皿に盛り付け、オスカーの前に置いた。


「お待たせいたしました。プラチナロブスターのオーブン焼きでございます」

「おぉ!! こ、これが……プラチナロブスター……ッ」


 プラチナロブスターのビジュアルと香りでオスカーの口内は唾液で溢れかえる。唾液を飲み込み、フォークとナイフを手に取る。

 ナイフで身を切り分け、フォークを刺して一口。一口入れた瞬間に衝撃が走る。


「う、美味い!!」


 あまりの美味さに心の声が漏れだす、オスカー。オスカーはそのままプラチナロブスターの身をもう一口食べる。噛む歯を押し返すような身の弾力に、噛めば噛むほど溢れ出るプラチナロブスターの旨み、そしてチーズソースのコクと塩味が複雑に混ざり合う。

 いつもは黙々と食べ続けるオスカーだが、衝撃的な旨みをプラチナロブスターはゆっくりと噛み締めながら食べていた。


こんなに大振りだと繊維の一本一本が太くて食べ応えがあるな。

そして、このソースがプラチナロブスターの旨みを引き出している。ほのかに感じるコンソメの風味とチーズの塩味とコクがプラチナロブスターの旨みを何倍にも増幅させている。

これほどまでに相乗効果が出るとはッ!!


 オスカーは次にプラチナロブスターの味噌とチーズソースをしっかり身に絡めて、一口食べる。先程プラチナロブスターの旨みやチーズのコクとは別の濃厚な味噌がガツンとプラスされていた。


うん……。

濃厚な味噌がさらにプラチナロブスターの美味さを引き出している。

プラチナロブスターの旨みが冒険者だとすると、チーズソースは鎧。チーズソースによって防御力が上がり、鉄壁の冒険者になったが、味噌という剣と盾が加わったことで攻撃力も上がり、鉄壁の冒険者から最強の冒険者にランクアップしたのだ!!


 味噌、チーズソース、プラチナロブスターの身が三位一体となり複雑で奥深い味わいを作り出していた。

 プラチナロブスターの身を堪能しているオスカーは次にプラチナロブスターの爪を手に取る。オスカーは下品と思いながらも両手でプラチナロブスターの爪を掴みつつ、そのまま齧り付いた。


「ふふっ」


 濃厚な旨みにオスカーは思わず笑みを浮かべてしまう。


繊維一本一本が旨みの束になっており、その旨みの束が一気に口に押し寄せる。

美味すぎるッ!!

食感も面白い。サクサクっと簡単に解れていき、口の中で繊維がほどけて舞っていく。


 オーブン焼きとは異なる美味さを感じつつ、再びプラチナロブスターの爪に齧り付く。


うーん……オーブンで焼いたプラチナロブスターの身も、塩茹でしたプラチナロブスターの爪もどちらも素晴らしいな……甲乙つけがたい。


 オーブン焼きと塩茹でを堪能するオスカー。


プラチナロブスターの旨み、チーズのコクと塩味、濃厚な味噌による奥深い味わいのオーブン焼き。シンプルだが、その分旨みのパンチ力が段違いの塩茹で……どちらも素晴らしい……実に素晴らしい一品だ。


 感動しながら食べ進めるオスカー、どんどん減っていくプラチナロブスターにオスカーは焦燥感を覚えた。


あぁ……終わってしまう。

もっと堪能したいが、そろそろ幕が閉じる頃合いなのか……。


 一人前にしては多い量だったプラチナロブスターをオスカーはしっかりと平らげた。綺麗に完食し、満足げに息を漏らす。


「ふぅー…………ごちそうさま」

「ありがとうございます」


 食事を終えたオスカーはおしぼりで汚れた口と手を拭き、身支度を整える。上着から硬貨を取り出し、カウンターに置く。

 アキヒコは硬貨を受け取ると頭を下げた。オスカーは無言で手を上げ、そのまま店を後にした。

 オスカーは腹ごなしに路地を散策する。そして、ペイルオ海岸での出来事を思い出していた。


あのワイバーンの動き、単純に襲い掛かってきたというよりは、偵察のような……こちらの動きを探っているような感じだったが……。


「近くにいたのか? 【悪角のリドルゥ】」




冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】

 Sランクの冒険者パーティー【白き狼騎士ベオウルフ】のメンバー全員は応接室でリリアナと話をしていた。


「別称個体【地脈竜ガバナティ】の討伐、ご苦労じゃったな」

「……………」


【地脈竜ガバナティ】

 ドラゴンの中でもひと際、巨大なドラゴンであり、移動するだけで近隣の村が崩壊してしまう災害のようなモンスター。土と水の魔法を操り、二つの魔法を組み合わせることで大量の泥を作り出すことも出来る。

 地脈竜ガバナティを討伐したはずの【白き狼騎士】達は喜んでおらず、逆に顔を俯かせていた。その様子をリリアナは不思議そうに眺める。


「どうしたんじゃ? 別称個体のドラゴンを倒したんじゃぞ? もっと喜ぶべ――」

「違うんです」


 リーダーであるレオンが口を開いた。その声色には緊張が混じっていた。


「違うんですよ。ギルドマスター……【地脈竜ガバナティ】を倒したのは俺達ではありません」

「何じゃと?」

「俺達が【地脈竜ガバナティ】に向かった時には既に死んでいました」

「だ、誰が倒しんたんじゃ?」


 リリアナの質問にレオンは拳を強く握りしめて答えた。


「ワイバーンです。ワイバーンの群れが【地脈竜ガバナティ】を襲い殺していました」

「ワイバーンじゃと!?」


 レオンの言葉に耳を疑うリリアナ。思わず持っていたペンを落としてしまった。


「ありえんッ!? ワイバーンがドラゴンを襲い、そのまま殺すじゃとッ!? 【地脈竜ガバナティ】は腐っても別称個体!! ドラゴンの中でも巨大なドラゴン! …………根底が覆る……最強種であるドラゴンがワイバーンにやられるじゃと……」

「いえ、実際にこの目で見たので間違いありません。……それに殺すだけに留まらず、一匹のワイバーンは殺した【地脈竜ガバナティ】の肉を食べていました」

「そ、その一匹のワイバーンとは……」


 リリアナは最悪な事態を想像するが、その想像は間違いではなかった。レオンは【地脈竜ガバナティ】を捕食していたワイバーンの名を口にする。


「【悪角のリドルゥ】です」

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