七品目:ジェネラルサーモンのホイル焼き(後編)
オスカーがアバロン教会で妹であるレイナの追悼をしていると、一人の男がオスカーに近づいてきた。その男は神父の格好をした大柄な男だった。男は右腕が無かった。
「息災か?」
「……あぁ……久しぶりだな。ムルシラ」
神父の正体は元【
「ライオの方には行ったのか?」
「……あぁ……一昨日、依頼でロンドヘイム山脈の近くに行く用事があったからな。挨拶は済ませてきた」
「そうか……オスカーよ。…………まだ一人で冒険者をやっているのか?」
「……あぁ……」
ムルシラは立ち上がるとオスカーと握手を交わし、二人は教会の応接室に移動した。オスカーがソファに座るとムルシラがお茶を出す。オスカーは出されたお茶を一口飲み、ムルシラの右腕を見つめる。
「腕はどうだ?」
「あぁ、痛みはしないが慣れないものだ」
「そうか……セルドは元気にしているのか?」
「何だ、知らないのか? 継いだ家業も成功して、この街にも支店を出すみたいだぞ」
「そういえば……今は商人だったか」
「…………なぁ、オスカーよ。いつまで冒険者をやっているのだ?」
「…………どういうことだ?」
ムルシラの言葉に引っ掛かるオスカー。
「一人での冒険は危険だ……私たちも良い歳だ。身を固めても良いのでは?」
「……要らぬ心配はするな……別に復讐で冒険者を続けているわけではない」
「そ、そうか……」
オスカーの言葉を聞いてムルシラは胸を撫でおろした。
「……お前は昔から遠回しで物事を言う……いきなり身を固めろとか……」
「はっはっ……すまんな。……そうだ」
ムルシラは何かを思い出したのか、立ち上がり応接室にある冷蔵庫を開け、中を漁った。冷蔵庫の中から大きな魚を取り出した。
「お前にこれを渡したかったんだ」
「これは……サーモン……ジェネラルサーモンか」
ジェネラルサーモン。清らかな渓流にしか存在する稀少なモンスターである。食用として貴族に人気で高級食材である。
「たまたま良いジェネラルサーモンが手に入ったからな」
「……嘘をつくな…………サーモンはレイナとライオの大好物だ……」
「うっ!?」
オスカーはムルシラの嘘を見抜き、ムルシラは焦り始める。
「…………どこで……いや、セルドの所で仕入れたのか……?」
「……あぁ」
「お前は……気を使いすぎだ」
「いや、オスカーに言われたくはないが」
オスカーはムルシラからジェネラルサーモンを貰う。そのジェネラルサーモンを見て、オスカーは一つの提案が浮かび上がる。
「……ムルシラ……」
「うむ?」
「この後、暇か?」
「あ、あぁ。特に予定はないが」
オスカーはジェネラルサーモンを持ちながら立ち上がる。
「なら、良い所に連れて行ってやる」
オスカーはムルシラを連れて、アセムント通りから一つ外れた路地を訪れていた。人気が無い場所でムルシラは不安になっていた。
「オスカーよ、こんな所に何の用事が」
「……黙ってついてこい」
オスカーがどんどん奥へ進むと、薄暗い路地に一つの光が見えた。光の先には【妖精の宿り木】と書かれた看板が立っていた。
ムルシラは不思議そうに看板を見つめる。
「【妖精の宿り木】……飯屋か」
「あぁ」
オスカーは扉を開ける。扉を開けると付けられていた鈴がカランカランとなる。鈴の音で気が付いたのか、店の中にいたアキヒコがオスカーに気が付き目が合う。
「いらっしゃいませ」
「あぁ、今回も連れがいるが…………カウンターでも良いか?」
「えぇ、構いませんよ」
オスカーがカウンターに座るとムルシラも隣の席に座る。アキヒコは二人分の水とおしぼりを置いた。ムルシラは不思議そうに水とおしぼりを見つめる。
「水? 注文してないが……」
「サービスなのでご安心ください。お代わりも出来ますので、お気軽にお申し付けください」
「ほぉー」
ムルシラは水を一口飲み、おしぼりで手を拭う。温かいおしぼりが手に伝わる。
「おぉ、温かいな。それに水も澄んでおり美味いな」
「今日は何をお食べに?」
オスカーは持ってきたジェネラルサーモンをカウンターに置く。
「これで何か作って欲しい」
「これは鮭……いえ、サーモンですか」
「あぁ……ジェネラルサーモンだ」
不思議なことにサーモンに関してはオスカーの世界とアキヒコの世界では魚とモンスターという以外同じ認識をしている。他の食材でも同じ認識を持っている物がたまに存在している。
「とても良いサーモンですね」
「…………サシミはどうだ?」
「刺身ですか……」
アキヒコはジェネラルサーモンを掴み、瞳や匂いを確認する。
「生で食べるには鮮度的に難しそうですね」
「そうか……」
「ん? オスカーよ、ジェネラルサーモンを生で食べるつもりだったのか?」
「……あぁ……そうだが……」
「生はいかんぞ!!」
ムルシラは勢いよく立ち上がる。
「そういえば……お前、昔によく分からない川魚を生焼けで食って腹を壊していたな」
「くっ……そうだ! それ以降、生は絶対に食べないと決めている!!」
「で、ではホイル焼きはいかがでしょうか?」
「ホイル焼き?」
オスカーとムルシラが首を傾げるとアキヒコは調理場から銀色の紙を取り出した。
「アルミホイル……なんて説明すればいいのか……特殊な金属で作った箔でサーモンを包み、蒸し焼きにする調理です」
「ほぉ、そのような物があるのか?」
「はい。このアルミホイルは酸素遮蔽、耐水、耐油、耐熱と様々な効果がありますので、このホイルの中で蒸し焼きにすると旨みを全て閉じ込めることができます」
「…………では、そのホイル焼きを定食で二つ」
「かしこまりました」
アキヒコはジェネラルサーモンを預かり、調理を開始させた。
ジェネラルサーモンをいつもの板の上ではなく流し台に置き、金属製のたわしを取り出す。流し台の水を出し、そのまま金属製のたわしでジェネラルサーモンを磨くように拭き始めた。
オスカーとムルシラはその様子を不思議そうに眺める。
「……今は何をやっているんだ?」
「これはサーモンの鱗を取っているんですよ」
「鱗?」
「はい、このまま食べてしまうとサーモンの鱗が口の中に残ってしまい、良い気分で食べることができないので、この段階で鱗を取り除いています」
「なるほどな」
鱗が飛び散らないように流水で流しながら腹部や背の部分、ヒレの部分と丁寧に鱗を取っていく。ひっくり返して反対側の鱗を取っていく。
鱗が取り終わると、ジェネラルサーモンの肛門から包丁を入れ、腹を裂いていく。中の内臓を掻き出そうとするとアキヒコはあるものに気が付いた。
「おぉ、これは」
「「?」」
アキヒコはジェネラルサーモンの腹の中に手を突っ込み、何かを取り出した。それは赤い粒が大量に詰まった袋のようなものだった。
「…………それは何だ?」
「運がいいですね。これは筋子と言いまして、サーモンの卵です」
「ほぉ、魚卵か!!」
「成長途中で少し小ぶりですが、このくらいでしたら醤油漬けにしたら美味しいですね。折角ですから、ホイル焼きとは別に筋子の醤油漬けもご用意します」
「……頼む……」
「卵か……」
ムルシラはジェネラルサーモンの筋子を見て、何か考え事をしていた。
「ムルシラ?」
「いや、何、これもレイナ達が用意してくれたのか。と思ってしまってな」
「あぁ……なるほどな」
二人は再びアキヒコの調理を眺める。アキヒコは取り出した筋子を別の容器に移し、サーモンの取り出していく。腹の中を綺麗にし、サーモンの頭を落とす。そして、サーモンの腹を大きく開き、血綿を取る。サーモンの中が綺麗になり、片身に捌いていく。
肛門から下にガイドラインを作るように包丁を入れ、そのまま中骨まで身を切っていく、今度はサーモンの上下を入れ替え、背中からもガイドラインを入れるように包丁を入れ、中骨まで身を切っていく。包丁が中骨まで達すると、中骨や腹骨を断ち切るように切り、サーモンの片身を取り外す。
取り外されたサーモンの身を見てオスカーとムルシラは思わず、ため息が出てしまった。
サーモンの身はくすみ一つない綺麗なピンク色だった。脂でキラキラと輝いており、まるで宝石を見ているように感じた。
「……凄いな……」
「うむ、あれを食べられると思いと、よだれが」
片身を取り終えると、次はサーモンのカマを落とし、腹骨をすいていく。余分な身が付かないように身と骨の際を見極めて切っていく。綺麗に腹骨を取り除くと、次はサーモンの身に手を触れ、何かを探していた。何かを探し当てると箸で、そこを摘まみ取り出す。取り出したのは大きな骨だった。
大きな骨は食べる際に邪魔になったり怪我をする恐れがあるため、アキヒコは一本も残さず骨を取り除いていく。骨をすべて取り除くとサーモンを一切れサイズに切り分けていく。
一切れサイズに切り終わると、サーモンの切り身に塩を振り、水分を出していく。塩をなじませている間に付け合わせの野菜を切っていく。オラノの実、数種類のキノコ、そしてキャリノ……アキヒコの世界で言う人参を順番に切っていく。
野菜を切り終えると先程、見せたアルミホイルを30センチほどに切り分け、そこに油を垂らし、広げていく。切り身の大きさと同じくらいにまで油を広げ、そこにサーモンの切り身一切れを皮目を下にして置く。サーモンの手前に千切りしたキャリノ、奥にオラノの実、サーモンの切り身の上にキノコを盛り、最後にバターを一欠けを乗せる。
具材をアルミホイルに乗せると、アルミホイルを隙間なく丁寧に包んでいく。包んだアルミホイルをフライパンに移し、蓋をして加熱させる。
中火で四分ほど加熱させ、今度は弱火に落として様子を窺う。その間にご飯とみそ汁の用意を進める。茶碗に米を盛り、器にみそ汁を注ぐ。
弱火で加熱すること八分。火を止め、蓋を開ける。包まれたアルミホイルをそのまま平皿に乗せ、オスカー達の前に置いた。
「お待たせいたしました。ジェネラルサーモンのホイル焼きです。筋子の醬油漬けは後程、お出ししますので少々お待ちください」
「こ、これがホイル焼き?」
「どうやって……食べれば……?」
「そのアルミホイルの封を開けて頂き、お食べ下さい。蒸気が熱いと思いますので開ける際がご注意ください。また、お好みで胡椒やレモン……じゃなくてレレカの実の果汁、そして、このポン酢というソースをおかけください」
「では、頂こうとするか! オスカーよ!」
「……あぁ」
二人はアルミホイルに手を伸ばし、封を開ける。その瞬間に一気に蒸気が舞い上がる。
「おぉ!! 凄いな!!」
「それに……」
アルミホイルから舞い上がる蒸気からはキノコやバターの香りが立ち上っていた。
「あぁ、良い香りだ」
オスカーは箸。ムルシラはフォークを手に取り、サーモンの身を切りほぐす。サーモンの身は簡単にほぐれ、その身から光り輝く脂が流れ落ちていく。
オスカーは箸で身を掴み、一口。ムルシラもフォークで身を刺し、一口食べた。
「おぉぉ!! 何という美味さだ!!」
「…………美味いな……」
食べた瞬間、サーモンや野菜の旨みが口に広がり、サーモンの身を噛めば噛むほど上質な脂が溢れ出てくる。あっさりとしながらも旨みのあるサーモンの脂とバターのコクが合わさり、芳醇な旨みを作り出している。
「旨みが一切逃げていない。アルミホイルというのは、ここまで旨みを逃がさずに蒸し焼きにするのか? だが、水や酒を入れなくてもしっかりと蒸しあがっている……これは?」
「野菜だ」
「何? どういうことだ、オスカーよ」
「アルミホイルという道具は酸素遮蔽、耐水などに優れていると言っていた…………おそらくは野菜の水分のみでアルミホイル内を蒸し焼き状態にしたんだ」
「なるほど! だから、サーモンの身に野菜やキノコの旨みがしっかり移っているのか!! お見事!!」
二人は一口、二口と止まらずにサーモンを食べていく。食べ進めているとオスカーはふとアキヒコの言葉を思い出す。
「そういえば、お好みで胡椒やレレカの果汁をかけても美味いって言っていたな」
「うむ、ポンズというソースもだったな」
「…………」
オスカーはポン酢の容器を手に取り、サーモンの身に回しかける。ムルシラは胡椒を一つまみとレレカの果汁を数滴たらして、再び食べる。
その瞬間、二人に衝撃が走る。
オスカーは口の中に爽やかな酸味と醤油のような香ばしい香りが口いっぱいに広がる。
「凄いな……一気にさっぱりした風味になって食べやすくなった」
「こっちの胡椒とレレカの果汁も合うぞ。胡椒の引き締まった辛さとレレカの酸味が非常に合う」
二人は調味料を交換し、オスカーは胡椒とレレカの果汁をサーモンの身にかけ、一口食べる。胡椒のピリリとした刺激と先程よりも強い酸味とレレカの香りが口の中に広がる。
「おぉ、このポンズというソースもさっぱりしていて美味いな。いくらでも食べられてしまう」
「……うん……胡椒とレレカも合うな」
二人がサーモンのホイル焼きを堪能していると、アキヒコは小鉢を二人の前に出した。その小鉢にはまるで宝石のように光り輝く真っ赤な筋子が置かれていた。
「お待たせいたしました。筋子の醬油漬けです。箸だと食べづらいと思いますので、スプーンでお食べ下さい」
「おぉ!! 美しい! 宝石のようだ」
「…………食べなくても分かる……これは美味い……」
二人はスプーンに持ち替え、期待で震える手を押さえつつ、筋子をすくい取る。そして、一口。その瞬間、口の中で筋子の旨みがはじけ飛ぶ。噛む度にプチプチと音を立てながらはじける筋子。そして、はじけた筋子から溢れ出る強烈な旨みに二人は思わず眩暈がした。
「こ、これは爆弾だ! 旨みの爆弾だ!!」
「あぁ……ショウユも塩辛くなく、絶妙な塩加減だ……それに……」
オスカーはおもむろに小鉢を手に取り、残っていた筋子を全てご飯の上に乗せる。そして、筋子を米と一緒にかき込む。
「これは……ゴハンに合う!!」
「おぉ!!」
ムルシラも興奮しながらオスカーの真似をする。筋子をご飯に乗せ、スプーンでそのまま勢いよくかき込む。
「美味い!! 美味いぞ!! オスカーよ!! 旨みと香ばしい香りがライスとよく合い、かき込む手が止まらん!!」
「パチンと弾ける感触……脂の旨み……ショウユの風味……全てがゴハンと合う」
勢いよく筋子を食べ、いつの間にか筋子とご飯を食べ終えてしまった。
「ふぅー……美味いな。よし、またホイル焼きを楽しもうとするか」
「…………」
オスカーは残っているホイル焼きを見つめていた。
「オスカー?」
「店主……すまないが、もう一皿……いや、二皿分のホイル焼きを用意して貰えないか」
「えぇ、大丈夫ですよ。おかわりですか?」
「いや、食べさせたい奴がいるんだ」
「オスカー…………店主よ、私からも頼む。サーモンは亡き友達の好物だったんだ」
「…………かしこまりました」
アキヒコは頭を下げると再びホイル焼きの調理を始める。それを見てオスカー達は嬉しそうにホイル焼きを食べ続ける。
「オスカーよ」
「なんだ?」
「冒険者を続けることには何も文句はない……だが……一人というのは」
「…………」
オスカーは水を手に取り、水を飲み干す。空になったコップを強めに置いてしまった。
「俺は一人で十分だ……これ以上、仲間を失う辛さを味わいたくない……」
「そうか……要らぬ気づかいだったか」
「いいや、そのお前の気遣いで、どれだけ【
「……オスカー……」
「お待たせいたしました。ジェネラルサーモンのホイル焼きです」
アキヒコは二人の前にもう二皿分のホイル焼きを置いた。
「今日はもう店を閉めますので、お二人……いえ、四人でごゆっくり召し上がり下さい」
「…………店主……」
「かたじけない」
アキヒコは店の入り口の鍵を閉めると奥の部屋に消えていった。二人っきりになったオスカーとムルシラは黙ってホイル焼きを食べる。
しばし沈黙が続くと、ムルシラは大粒の涙を流していた。
「私がッ!! タンク役である私がしっかり守っていれば!! 二人はッ!!」
泣きじゃくりながらホイル焼きを食べるムルシラ。オスカーも黙って食べていたが肩が震えていた。
「あぁ……あぁ……俺もだ……俺もだよ、ムルシラッ!! 俺の判断が早ければ……ッ!!」
「オスカー……食おう。そして、生きていこう……レイナとライオの分も」
「あぁ……そうだな……」
二人は涙を流しながらホイル焼きを食べ続けた。
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