七品目:ジェネラルサーモンのホイル焼き(中編)

 ドラゴン。

 この大陸の頂点に君臨する種族である。強靭な肉体に固い鱗でありとあらゆる攻撃を防ぎ、大きな翼で天空を舞う、鋭い爪や牙は全てを切り裂く。

 そして、ドラゴンには他のモンスターとの明確な違いがある。それは魔法である。元々、魔法とはドラゴンのみが使用していた不思議な力であった。しかし、人類は魔法の原理を追求し、研究していったおかげで魔法が使えるようになったのだ。

 そのことから魔竜ドラゴンと恐れられている。


「なぁ……ドラゴンを倒したら俺達Sランクになれるのか?」

「まぁ、倒せたらな。ムルシラ、レイナ、魔力は?」


 オスカー達、【獅子の闘志ライオ・ハート】は各々の武器を構える。舞い降りたドラゴンは赤黒い鱗を身に纏い、鋭い眼光で【獅子の闘志】を睨みつける。ドラゴンはこちらの様子を窺っているのかピクリともしなかった。


「まだ余力はある。主よ、我に尊き者を守護するための絶対的な力を与えたまえ」


 ムルシラが両手を握り、天へ祈ると自身の体が金色に輝いた。先程、唱えた肉体強化魔法の上位互換で、肉体強化に加え、ダメージ軽減、状態異常軽減の効果を得る。その代償に大量の魔力を消費する。


「わ、私もまだ大丈夫です」


 レイナは魔力回復剤マナポーションを飲み、魔力を回復させる。


「ライオ、どうする?」

「俺たちの実力で真っ向から戦って勝てる見込みは無い。ここは撤退する」

「……逃げるのは賛成だが……」

「あぁ、背を向けた瞬間に魔法で瞬殺されるな」

「では、私が注意を逸らす!!」


 ムルシラは魔法で強化した肉体でドラゴンの元へ走り出し、動きを止めようと掴みかかる。しかし、ドラゴンが右前足を振り上げ、ムルシラ目掛けて振り下ろすとムルシラはまるでボールのように簡単に吹き飛ばされてしまった。吹き飛ばされたムルシラは岩に激突し、倒れ込む。

 その姿を見て、他のメンバーは絶句した。


「ムルシラッ!?」

「おいおい……マジかよ」


 オスカー一人はムルシラを助けるために駆け出す。


「…………ムルシラ……」

「不甲斐なくて済まない」


 オスカーはポーチから回復剤ポーションを取り出し、ムルシラに飲ませる。それを見たレイナはドラゴンがオスカーやムルシラの方に注意を行かせないため、杖を構える。

 杖の先端に魔法陣を展開させ、火球を放つ。火球はドラゴンに直撃するが傷一つついていなかった。直撃を食らったドラゴンはレイナの方を向き、咆哮を上げる。ドラゴンの咆哮は大気を振動させ、レイナは恐怖で足がくすんでいた。

 ドラゴンが口を開くと、口の中に魔法陣が展開される。そのまま大きく息を吸い込み、胸部が膨れ上がる。


「レイナッ!!」

「ブレスだ!!」


 ライオはレイナを抱え、セルドと共に走り出す。ドラゴンが息を吐く動作をすると、魔法陣から灼熱の炎が噴き出した。ドラゴンの周辺は灼熱の炎に包まれ、木々は一瞬で灰燼と化す。ライオ達は岩に飛び込み、何とか直撃は回避する。しかし、襲い掛かる熱風で肌が焼けるような熱さを感じた。

 ドラゴンが炎を吐き終わると、生い茂っていた周辺の草木は消し炭になり、見晴らしがよくなった。


「セルド……頼みがある」

「……大体、察しが付く。断るぜ、リーダー」

「セルド、お前は【獅子の闘志】の中で一番足が速い、お前がギルドに報告して援軍を呼んで来て欲しい」


 セルドはライオの提案に腹が立ち、ライオの胸倉を掴む。


「それで、戻ってきたら、皆が丸焦げになってると? ふざけるなよ」

「頼む!! 俺達は何とかして逃げ切る! だから……」

「…………」


 拳を強く握りしめながら葛藤しているセルド。勢いよく立ち上がり、駆け出した。


「生き残れよ!!」

「…………あぁ……」


 走り出したセルドが目に留まったドラゴンはセルドの方を向き、口を開く。再び、口の中に魔法陣を展開させる。先程のブレスを吐く準備をしていた。


「させるか!!」


 ライオは剣を持ち、ドラゴンの元に駆け寄る。ドラゴンの真下に潜り込むと腹部に剣を突き刺す。剣は深く腹部に突き刺さり、血が噴き出す。

 その痛みでドラゴンは魔法を中断し、暴れる。その隙をついてオスカーも駆け寄り、戦闘に加わる。ドラゴンの右後足を切りつける。足は固い鱗に覆われているため、腹部の時のように深き傷をつけることはできなかったがダメージは蓄積できている。


「オスカー! 腹だ! 腹部が柔らかい!!」

「……分かった……」


 ドラゴンが二人に気を取られている内にレイナが魔法を唱える準備をする。杖に三色の魔法陣を展開させる。タイラント・レックスに大ダメージを与えた魔法を放つ準備をした。

 レイナの魔法に気が付いたのか、ドラゴンはレイナの方を向き、噛みつこうとした。


「しまった!?」

「レイナッ!?」


 レイナはドラゴンの攻撃が自分が放つ魔法より早いと察しながらも魔法の準備を止めなかった。刺し違えてでもドラゴンにダメージを与える覚悟だった。

 ドラゴンの口が目の前まで迫ってくる。レイナは思わず目を瞑る。


「…………」

「……はぁ……はぁ……大丈夫か」


 レイナは痛みを感じず、おそるおそる目を開けると、そこにはドラゴンに噛まれたムルシラの姿だった。噛まれたムルシラは痛みに耐えながらドラゴンにしがみ付く。


「ムルシラさん!?」

「な、仲間は傷つけさせない……ッ!! うおぉぉぉぉ!!」


 ドラゴンはムルシラに噛みつきながら首を大きく振るう。すると、しがみ付いていたムルシラは抵抗しようとするが噛みつかれていた右腕が引きちぎれ、そのまま吹き飛ばされた。


「ムルシラ!? オスカー!!」

「…………分かってる……」


 オスカーは慌ててムルシラの元に駆け寄り、止血する。装飾の布を引きちぎり、それを包帯代わりに引きちぎれたムルシラの腕に巻き付ける。ムルシラは吹き飛ばされた衝撃で気絶していた。

 レイナはムルシラの犠牲で魔法の準備が終わり、炎、水流、土石流の三位一体の攻撃を放つ。レイナが放った魔法はドラゴンに直撃し、ドラゴンは大きくよろける。

 ドラゴンがバランスを崩している隙にライオは再び、ドラゴンの腹部に剣を振るう。切り裂かれた傷口から血が滴り落ちる。

 ドラゴンは再びレイナの方を向き、口を開ける。口の中に魔法陣を展開させ、息を大きく吸い込む。ブレスの準備を始めたドラゴンに対してレイナは既に魔力を使い果たし、まともに動くことが出来なかった。


「レイナッ!!」


 オスカーはレイナの元に駆け寄ろうとするが距離が遠く、間に合いそうになかった。ドラゴンは息を吐くと同時に灼熱の炎を放つ。

 灼熱の炎がレイナの目の前まで迫っていた。しかし――。


「レイナ!!」


 いつの間にかライオがレイナの元まで駆けつけており、レイナを突き飛ばした。

 突き飛ばされたレイナは炎の範囲外に出ることができ、ドラゴンの炎から逃げ切れた。しかし、レイナを突き飛ばしたライオが代わりに炎に飲み込まれてしまった。


「ライオさん!?」

「クッ……」


 オスカーも遅れてレイナの元に掛け付き、レイナを掴んで岩の陰へ避難する。岩の陰には既に運んでいたムルシラが寝ていた。


「に、兄さん!? ライオさんが!?」

「耐えろ! ……今は耐えるんだ……」


 ドラゴンはブレスを吐き切ったのか、炎の威力が徐々に弱まっていく。オスカーは岩の陰から飛び出し、剣を構える。そして、周辺を見回すとそこにはライオと思われる、黒焦げた死体が倒れ込んでいた。

 焼き焦げた臭いを漂わせながら体中から煙が立ち上る。この状態で生きているのは不可能だった。


「……妹を……レイナを守ってくれてありがとう……リーダー」


 オスカーはドラゴンを睨みつける。


「…………仕方ない……レイナ、ムルシラを連れて逃げろ」

「ッ!? に、兄さん!?」

「セルドが援軍を呼んでいるはずだ。セルド達と合流しろ」

「兄さんは?」

「お前たちが逃げ切れる分だけの時間稼ぎはできるはずだ」


 オスカーは駆け出し、ドラゴンの右前足を切りつける。固い鱗で防がれるが注意は引き付けられる。オスカーはそのまま何度もドラゴンの足を切り続ける。


「行けッ!! レイナ!!」

「っ…………兄さん!!」


 レイナはムルシラを引き摺りながら逃げ出す。ドラゴンがレイナ達に気が付くと、そちらに近づく。ドラゴンの行動に気が付いたオスカーは阻止するため、ドラゴンの腹部に攻撃する。

 オスカーの攻撃が煩わしかったのか、ドラゴンは尻尾を振り回し、尻尾でオスカーを吹き飛ばす。オスカーは咄嗟に剣で攻撃を受け止めたが勢いを殺せず、木に激突する。ドラゴンは自身の攻撃でオスカーが動けないことを確認すると、再びレイナに近づく。


「レ……レイナ……ムルシラを置いて……逃げろ」


 オスカーは痛みに耐えながらレイナにムルシラを置いていくように指示するが、レイナはそれを無視してムルシラを引き摺りながら逃げる。オスカーは無理やり体を起こし、ふらつきながらもレイナの元へ駆け寄ろうとする。

 ドラゴンはレイナ達に追いつき、右前足を振り上げる。レイナは咄嗟に杖を構えるが、ドラゴンの爪による斬撃がレイナに襲い掛かる。

 杖は粉々に砕け散り、レイナの体を切り裂かれた。レイナの体から大量の血が噴き出し、倒れ込む。


「レ、レイナ!!」


 オスカーはふらつきながらレイナに近づき、抱きかかえた。その手はレイナの血で真っ赤に染まっていた。オスカーは慌ててポーチから回復剤を取り出し、レイナに無理やり飲ませるが傷が一向に癒える気配はなかった。オスカーは持っていた回復剤は軽傷であれば完治、骨折などなら痛みを抑えるなどの効果を持っているが致命傷を回復させることはできない。つまり、レイナは致命傷を負ってしまっていたのだ。


「…………はぁ……はぁ……ご、ごめんなさい」

「レ、レイナ……今、助けるからな……」


 オスカーはポーチから大きめの布を取り出し、レイナの傷口に押さえつける。しかし、血は一向に流れ続ける。


「止まれ……頼む……止まってくれ」

「にい……さん……」


 レイナが傷口を押さえるオスカーの手にそっと触れる。オスカーはレイナの手を握り返した。


「今、助けるからな……頑張れ……」

「……兄さんは……はぁ……はぁ……人付き合いが苦手なん……ですから……皆さんと……しっかり話して…………下さいね……」

「何を……何を言っているんだ……?」

「ご飯も……面倒くさがって……疎かになるんですから……しっかりと……食べてください……」


 握っているレイナの手の力がどんどん弱くなっていくことを感じた。オスカーはそれに比例するように力いっぱいに手を握る。


「……はぁ……はぁ……もう一度、ライオさんや皆と……冒険したかったなぁ……」

「冒険なら……今度、一緒にできるだろ……? ……だから……だから!!」


 オスカーは涙を流しながら震える手でレイナの手を握り続ける。


「頼む! 神よ! 妹を! レイナを連れて行かないでくれ!! 唯一の家族なんだ!! 代わりに俺の命をやる!! だから!! ……………だから……妹だけは……」

「……兄さん……」

「レイナ!!」


 オスカーは思わずレイナを抱きしめる。抱きしめられたレイナも最後の力を振り絞るかのように腕を回す。


「……にい……さん…………大好き……です………………」


 レイナはオスカーに一言呟くと動かなくなってしまった。回していた腕も、まるで糸が切れた人形のように力なく振り下ろされる。

 オスカーは震える手でレイナを横にした。既に生気を失った目を手で閉じ、頭を撫でる。


「…………」


 オスカーは無言で剣を握り、立ち上がる。ドラゴンは悠々とオスカーを見つめている。


「…………ぁあ……」


 剣を構えたオスカーはたった一人でドラゴンに向かって走り出す。


「あああぁぁぁぁぁぁ!!」


 オスカーの慟哭が空に響き渡った。




数時間後。

 ギルドに事情を説明し、複数のSランクの冒険者パーティーを連れてきたセルドは絶句していた。


「…………何だよ、これは……」


 そこには腕が無くなっているムルシラ。丸焦げになったライオと思われる死体。大量の血を流して横になるレイナ。無数の切り傷を負って絶命するドラゴン。そして、そのドラゴンの屍の上に座るオスカーの姿だった。

 何が起きたか理解できないままセルドはオスカーに近づく。


「オスカー! な、何があった!! ライオは!? ライオはどこだ!!」

「…………すまん……」


 オスカーはドラゴンから降りるとセルドに頭を下げた。それを見たセルドは思わずオスカーの胸倉を掴む。


「何で謝るんだ! 何があったんだ! 教えてくれオスカー!!」

「…………ライオとレイナは死んだ……」

「そ、そんな……」


 セルドはその場に座り込む。セルドと共に来た冒険者が負傷したムルシラの治療にあたっていた。


「ムルシラさん、重症ですが命に別状はありません」

「良かった……ムルシラだけでも無事だったか……」

「…………俺のせいだ……」


 オスカーは一言呟くと、その場に倒れ込んだ。


「オスカー!? オスカーッ!!」




数日後。

 【獅子の闘志】のリーダーであるライオ・フィオルとレイナ・アンダルクは戦死。焼き焦がされたライオは回収不可としてロンドヘイム山脈の麓で埋葬。レイナはアバロン教会の墓地に埋葬された。

 右腕を失ったムルシラも意識は戻ったが、冒険者の生命線は途切れ引退。

 【獅子の闘志】は実質的に解散となった。


「オスカー、悪いが俺は冒険者を辞める」


 オスカーは冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】の一室で療養しており、そこへセルドが訪れていた。セルドはオスカーへ冒険者引退の報告をしていた。


「そうか……」

「お前はどうするんだ……」

「……分からない……」


 幼馴染でありリーダーのライオ、そして、妹のレイナの死を受け入れられていないオスカーの目は生気を失っていた。その目は虚ろだった。


「俺さ……故郷に戻って家業を継ごうと思うんだ……他の冒険者パーティーに入るのも違うと思うし……これ以上、仲間の死を見たくないからさ」

「……そうか……」

「ムルシラにも挨拶は済ませたし……俺、行くわ」

「……そうか……」

「…………無理するなよ、オスカー」


 そう言い残すとセルドは部屋から出ていった。一人になったオスカーは窓の外をぼんやりと眺める。暫く眺めていると、今度はムルシラがやって来た。


「オスカーよ、息災か?」

「…………ムルシラか……」


 オスカーはムルシラの右腕を見ると、右肩より先が失われていた。ムルシラは恥ずかしそうに左手で自分の頭をかいた。


「いや、恥ずかしいな。こんな無様な姿を見られてしまい」

「…………すまなかった……俺がもっと強かったら……そうすればムルシラの腕も……ライオとレイナも……」

「オスカーだけの責任ではない。冒険者とは死と隣り合わせ。仕方のない運命だ」

「運命……? うん……めい……だと? ふざけるな!!」


 オスカーはムルシラの言葉に怒りを覚え、近くに置かれていた花瓶をなぎ倒す。


「運命というのであれば! 神は何故、俺じゃなくてレイナを連れ去った! 教えろ! 教えてくれよ……ムルシラ……」

「軽率であった。すまない」


 ムルシラは頭を下げて謝罪すると部屋を出ていった。一人になったオスカーは両手で顔を覆いながら泣き続けた。


「……俺が……俺のせいで……」


 こうして、オスカーが所属していた冒険者チーム【獅子の闘志】の幕は閉じたのである。

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