七品目:ジェネラルサーモンのホイル焼き(前編)

アバロン教会

 センブロム王国の都市部から少し離れた丘の上にある教会だ。この協会では冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】と提携しており、依頼中に亡くなった冒険者たちはこの協会の墓地に埋葬されることになっている。しかし、任務中となると原形を留めていない者、モンスターに捕食された者、死体の回収が難しいなど、様々な理由でこの協会に埋葬される冒険者は稀である。

 オスカーはアバロン協会の裏にある墓地を訪れていた。その手には花束が握られていた。オスカーはとある墓の前で足を止め、しゃがんだ。その墓には【レイナ・アンダルク】と刻まれていた。

 オスカーは墓の前に花束を置き、手を合わせる。


…………久しぶりだな、レイナ……。

中々、来れなくて……すまないな。


 手を合わせるのを止め、顔を上げる。墓に刻まれた名を見る度に胸が締め付けられるような感覚になる。


……俺があの時、しっかりしていれば。


 オスカーの頭の中は後悔や自責の念で埋め尽くされていた。




数年前。

 当時、オスカーは一人ソロではなく、Bランク冒険者としてパーティーを組んでいた。パーティー名は【獅子の闘志ライオ・ハート】。リーダーの【ライオ・フィオル】、【セルド・アーシュラ】、【ムルシラ・カムイ】、【オスカー・アンダルク】、そして……。


「兄さん、こんな所で寝てないで任務の準備しますよ」


妹の【レイナ・アンダルク】の五人でギルドからの依頼をこなしていた。


「あぁ……分かってる」

「相変わらず、やる気があるのか無いのか」


 リーダーのライオが任務を選んでくるまで、四人は一つのテーブルで待機していた。暇を持て余したオスカーはテーブルに突っ伏して寝ていたがレイナに起こされてしまった。その様子をセルドが茶化す。ムルシラは既に立ち上がっており、身支度を終えていた。


「はっはっは! 任務の時は誰よりも活躍するんだ、私は文句はない」

「リーダーより活躍されたら困るんだけどな」


 任務の受注を終えた、ライオが四人の元にやって来た。ライオはテーブルに依頼書を置いた。皆、覗き込むように依頼を見る。


「今回の任務は巨暴恐竜タイラント・レックスの討伐だ」

「タイラント・レックス……ほぼAランクの任務じゃないか」


 セルドは依頼書を掴み、ヒラヒラと揺らす。


「そうだ。この任務が成功すれば俺達、【獅子の闘志】はAランクに昇格だ」

「マジで!?」


 ライオの言葉にオスカー以外が驚く。


「俺達も等々、Aランクか!!」

「うむ、では今回の任務はより一層、気合を入れるしかないな。オスカーよ」

「…………俺は……任務を遂行する……」

「もう、兄さん。素直に頑張ろうって言えばいいのに」

「全くだ……よし、【獅子の闘志】! 行くぞ!!」




ロンドヘイム山脈。

 標高、約3000メートル。延長、約120キロの広大な山脈である。

 センブロム王国、ティニア連邦国、サムエド獣王国の三国の国境にそびえ立っている。また、山頂付近には無数のドラゴンが住み着いているという情報もあり、別名【竜の巣】とも言われている。

 オスカー達の討伐目標であるタイラント・レックスもこのロンドヘイム山脈の麓を根城にしている。オスカー達【獅子の闘志】はロンドヘイム山脈の麓を散策していた。

 縦列で並び、先頭をセルド、ムルシラ、ライオ、レイナ、オスカーの順で獣道を進む。


「いつ、タイラント・レックスが出てきてもおかしくない。皆、注意しろよ」


 先頭のセルドが注意喚起し、皆は黙って頷く。

 セルド・アーシュラ。【獅子の闘志】の斥候役で小柄な青年であるが、身軽さや器用さと鋭敏な感覚を駆使し、モンスターの察知及び対策をこなす。安全優先に向けた誘導など、補助的な役割を主している。

 竹を割ったような性格をしており、守銭奴でもある。無駄遣いを一切許さず、パーティーの資金管理も任されている。

 皆が進んでいるとセルドが足を止める。しゃがみ込み、地面を調べるとそこには大きな足跡があった。タイラント・レックスの足跡だった。


「ライオ、近くにいる」

「分かった……ムルシラ」

「あい、分かった」


 今度はムルシラが先頭に立つ。

 ムルシラ・カムイ。【獅子の闘志】のタンク役で大柄な男。重装備で身を固めつつ、聖魔法を扱うことが出来る聖騎士でもある。聖魔法で自分自身の身体能力を向上させ、モンスターの攻撃を受け止める。

 見た目とは裏腹に温厚な性格で仲間思いである。パーティーメンバーのことを誰よりも気に掛けており、精神的な支えにもなっている。


「主よ、我に尊き者を守護するための力を与えたまえ」


 ムルシラが両手を握り、天へ祈ると自身の体が金色に輝いた。聖魔法は自分が信仰する神に祈りを捧げることで様々な魔法を使うことができる。ムルシラが使用したのは自身の肉体強化の魔法だ。

 自身への魔法付与が終わると両手を前に出しファイティングポーズの構えを取る。


「ムルシラは防御に集中、セルドはタイラント・レックスの正確な場所の特定、レイナは攻撃準備、オスカーは周辺の警戒」

「了解」

「分かりました」

「…………あぁ」


 ライオの指示で各々は戦闘の準備を始める。セルドは顔を地面に近づかせ、右耳を地面につける。地面からの振動で周辺を探索する。すると、パーティーの背後から凄まじい足音が近づいてくるのが分かった。その瞬間、最後尾のオスカーの背後の茂みが大きく揺れる。


「オスカー! 後ろだ!」

「っ!?」


 オスカーは咄嗟にバスタードソードを抜くと同時に、タイラント・レックスが飛び出してきた。

 タイラント・レックス。体長は15メートル程の巨大なモンスターで現実の恐竜やワニのように頑丈な表皮と棘状の鱗に覆われたシンプルな姿をしており、体型もオーソドックスな肉食恐竜の姿である。ドラゴンとは種族が異なるが最もドラゴンに近い存在とされている。

 大きく裂けた巨大な口と口元から飛び出るほどの長く鋭い無数の牙を持っている。

 凶暴な性格で食欲旺盛のため、目の前で動く生物は全て捕食する。


「くっ……」


 飛び出してきたタイラント・レックスは大きく口を開き、オスカーに嚙みつこうとする。オスカーはバスタードソードを盾にし、噛みつかれないように耐えている。


「オスカー! レイナ、タイラント・レックスに攻撃! 俺も行く!」

「はい!!」


 ライオはオスカーに駆け寄りながら腰の剣を抜く。それと同時にレイナが杖を構え、タイラント・レックスの方向に杖を向ける。杖の先端から魔法陣が展開される。

 レイナは杖に魔力を込め、無数の火球を放つ。火球はタイラント・レックスに直撃し、爆炎が立ち上る。その瞬間にオスカーは離脱し、体勢を整える。

 タイラント・レックスが怯んでいる隙にライオがタイラント・レックスとの距離を詰め、剣を振るう。


「はぁっ!!」


 ライオが放った斬撃はタイラント・レックスの右足に傷を与えた。しかし、致命傷を与えることはできなかった。


「くっ! 固い!」


 タイラント・レックスは咆哮を上げると、身体を振り回し、尻尾での攻撃を放つ。


「させるか!!」


 ムルシラが前に出て、タイラント・レックスの尻尾を真正面から受け止めた。そのままタイラント・レックスの尻尾を掴み、動きを止める。その隙にライオとオスカーがタイラント・レックスに近づく。二人は同時にタイラント・レックスの右足に攻撃する。

 右足を集中的に攻撃し、タイラント・レックスのバランスを崩す作戦だ。

 ライオとオスカーに攻撃が行かないようにレイナが魔法で注意を逸らす。


「これでも食らえ!!」


 セルドはポーチから瓶を取り出し、タイラント・レックスに向かって投げつける。瓶がタイラント・レックスに被弾すると中の液体がタイラント・レックスに付着した。


「レイナ!!」

「っ!! 分かりました!!」


 セルドの意図に気が付いたレイナは火球を放つ。火球はタイラント・レックスに付着した液体に被弾し、付着した液体が燃え上がる。セルドが投げたのは油が入った瓶だった。

 油によって炎上したタイラント・レックスはもがき苦しむ。タイラント・レックスは暴れまわり、動きを止めていたムルシラが吹き飛ばされる。


「ムルシラッ!!」

「問題ない!!」


 ムルシラは立ち上がり、タイラント・レックスに飛び掛かる。タイラント・レックスの背中に乗りかかり、そのままタイラント・レックスの首に腕を回して羽交い締めの要領で、タイラント・レックスにしがみ付く。

 しがみ付けられたタイラント・レックスはムルシラは振り落とそうと左右に暴れる。その様子を見てセルドは若干引いていた。


「あの巨漢のムルシラがまるで子供のように……凄まじいパワーだな」

「セルドさん、気を付けてください!」


 レイナはさらに複数の魔法陣を展開させる。

 レイナ・アンダルク。基本、一人の魔法使いが扱える魔法は一~二種類だが、稀に三つ以上の魔法を操る魔法使いも存在する。しかし、その確率は数十万人に一人と希少である。レイナはその才能を持った優れた魔法使いであり、火、土、水の三種類の魔法を扱うことができる。

 優しい性格の持ち主で子供や老人などの弱い人々からモンスターを守るために冒険者になった。


「魔法を重ねます! 兄さんとライオさんは離れてください!!」

「オスカー!!」

「…………分かった」


 レイナの杖の先に三色の魔法陣が展開される。オスカーとライオはタイラント・レックスの攻撃を止め、距離を取る。


「ムルシラさんも!!」

「私は魔法で耐えるから、このまま撃て!」

「ですが……」

「レイナ! 撃つんだ!!」

「…………分かりました」


 レイナが杖に魔力を込めると三色の魔法陣は光を放つ。ムルシラは逃げずにタイラント・レックスにしがみ付づける。そこへ、タイラント・レックスと距離を取ったはずのオスカーがムルシラに駆け寄った。


「オスカー!?」

「……巻き添えを食らう必要はない」


 オスカーはタイラント・レックスの真下にスライディングしながら潜り込み、バスタードソードをタイラント・レックスの右足に突き刺した。オスカーは体重をかけ、さらに深く刺していく。

 突き刺されたタイラント・レックスは暴れようとするが、突き刺したバスタードソードが杭になって身動きが取れなかった。

 その隙にオスカーはバスタードソードを突き刺したまま走り出す。


「……このまま逃げるぞ」

「あ、あぁ!!」


 呆気に取られていたムルシラも我に返り、しがみ付いていたタイラント・レックスから離れ、距離を取る。それを見ていたセルドは嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「あの野郎!!」

「レイナ、これで遠慮する必要は無いな!!」

「……兄さん……ありがとうございます!!」


 レイナはタイラント・レックスに向かって魔法を放つ。炎、水流、土石流の三位一体の攻撃がタイラント・レックスに直撃。大ダメージを受けたタイラント・レックスは倒れ込む。

 その隙を狙ってライオが走り出す。

 ライオ・フィオル。【獅子の闘志】のリーダーでオスカーやレイナの幼馴染でもある。戦闘能力が高く、手先も器用な為、どんな武器でも扱うことが出来るが、愛用している武器はロングソード。

 ノリがよく素直な性格で、誰に対してもフレンドリーに接する事ができ、コミュニケーション能力が高い。その結果一風変わった相手ともすぐ打ち解けたりする事もできる。


「これでトドメだ!!」


 ライオはタイラント・レックスに飛び掛かり、ロングソードを喉元に突き刺す。タイラント・レックスはもがき苦しんでいたが次第に動かなくなった。


「よし、俺たちの勝ちだ!!」

「はぁー……終わったぁ」


 セルドはその場で座り込んだ。ムルシラもソッと胸を撫でおろす。オスカーも近くの木にもたれる。


「…………」

「お疲れ様です、兄さん」

「……あぁ……」

「オスカー」


 オスカーとレイナの元にライオが近づく。


「ムルシラを助けてくれてありがとう」

「…………いいや……」

「相変わらず、お前は仲間思いだな」

「……そういうわけでは……」


 タイラント・レックスとの戦闘も無事、終わり安心しきっていた。皆が会話をしていると、座り込んでいたセルドは地面に手を置く。すると地面越しに違和感を覚えた。


「…………」

「セルド?」

「静かにしてくれ」


 セルドは右耳を地面に付ける。すると複数の足音が離れていくことを感じた。


「小型のモンスターたちが逃げていく……それに」


 地面に伏せていたセルドは慌てて立ち上がり、両耳で周辺の風などを確認する。木々の揺れの音で風向きを確かめるが、風向きが変わったように感じた。


「小型モンスターが一斉に逃げていく……それに風向きも……これはッ!?」

「セルド……?」

「ここは麓だぞ! なんで、こんな所に!!」


 セルドは空を見上げると、太陽を背に黒い影が近づいていた。それを見て、皆は一斉に武器を構える。


「ライオ……」

「あぁ。皆、気を引き締めろ……」


 黒い影は翼を羽ばたかせ、オスカー達の元に着地した。

 黒い影の正体はドラゴンだった。


「ここからはドラゴン退治だ」

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