六品目:クリムゾンブルの牛丼(後編)

 五人はギルドに向かい、任務完了の報告を伝え、一度解散する。オスカーは自宅に戻り、軽装に着替える。身支度を整えて、待ち合わせ場所であるアセムント通りの噴水広場へ向かう。

 噴水広場に向かうと既にビット、ロベル、シェリーの三人が待って行った。


「…………すまない、待たせたな……」


 オスカーは三人に近づき、声を掛けたが三人はオスカーの方を見てキョトンとしていた。ビットがおそるおそる声を掛けてくる。


「え、えーと……どちら様ですか?」

「…………あー……」



そういや、素顔を見せていなかったのか。


「………………オスカー・アンダルクだ」

「えぇ!? オスカーさんですか!?」

「【孤高の鉄剣士アルーフ・リベリ】って、こんな顔だったのか」

「ロベル! 失礼でしょ!!」


 驚愕しているロベルの頭を叩くシェリー。そんなやり取りをしていると、オックスが駆け寄ってきた。


「すまん、俺が最後のようだな」

「あ、オックスさん!!」

「ん? そこの兄ちゃんは、もしかして…………【孤高の鉄剣士】か?」

「…………あぁ」


 オックスはオスカーの顔をまじまじ見ていると高らかに笑った。


「はっはっは!! まさか【孤高の鉄剣士】の素顔を拝めることが出来るとはな!!」

「……別に隠しているわけではないが……」

「で、美味い店っていうのは?」

「…………はぁ……こっちだ」


 調子の良いオックスを睨みつけながらオスカーは歩き始める。三人もオスカーとオックスの後をついていく。薄暗い路地を進む。オスカーの後をついていく四人は不安になっていた。


「おいおい、こんな所に店なんてあるのか?」

「……黙ってついてこい」


 歩き進むと光が見えた。オスカーが光の下である場所で止まる。四人は上を見上げると【妖精の宿り木】と書かれた看板が置かれていた。


「【妖精の宿り木】……へぇ、こんな所に飯屋があったとはな」

「…………」


 オスカーは扉を開ける。扉を開けると付けられていた鈴がカランカランとなる。鈴の音で気が付いたのか、店の中にいたアキヒコがオスカーに気が付き目が合う。


「いらっしゃいませ」

「…………あぁ……」

「どうぞ、カウンターへ」

「……いや、今日は連れがいる」

「邪魔するぜ」


 オスカーが後ろに指さすと、オックス達が店の中に入ってきた。

 ビット達は店内を見回す。初心者冒険者のため、報酬も少なく外食を全くしない三人であったが、ここが普通の飲食店と作りが違うことは明確に分かった。


「す、凄い……」

「なんだ、ここすげぇー!!」

「ロベル! お客さんがいるんだから静かにしなさい!!」

「少々、お待ちください」


 アキヒコは厨房から出て、テーブル席へ向かう。四人用と二人用のテーブルを動かし、六人用のテーブルに変えた。軽くテーブルを拭き、卓上調味料やメニュー表を整える。


「こちらのテーブル席をご利用ください」

「助かる」


 オスカーとビット達が席に座る。オックスも席に着こうとすると、ふとカウンターに座る老人と目が合った。目が合った瞬間、オックスは驚愕していた。


「あ、貴方は――」

「しー……」


 ロージュは人差し指を前に出して、静かにするようにジェスチャーする。察したオックスは口を紡いだ。その様子をオスカーは不思議そうに見ていた。


「皆さん、いらっしゃいませ」


 アキヒコは挨拶しながら人数分の水とおしぼりを置く。オックス達は不思議そうに水を手に取った。


「水なんて頼んでないが……?」

「サービスだから気にするな」

「ほぉー……気前がいいんだな」

「水が美味しい」

「この布も温かくて気持ちいいな」

「良いわね」


 オスカーはアキヒコにいつものように麻袋を渡す。


「依頼していた食材を持ってきた」

「かしこまりました。いつも通り、本日の料金はいただきません」

「…………いや、連れの分は俺が払う」

「かしこまりました。依頼の分と言うことは、今日はクリムゾンブルで何をお食べになりますか?」

「そうだな……子供にも食べやすいものを頼む」

「そうですね」


 アキヒコが何を調理するか悩んでいるとカウンターに座っていたロージュが声を掛けてきた。


「牛丼なんて、どうじゃ? 腹にも溜まるし、育ち盛りには丁度いいじゃろ」

「…………ギュウドンか……ドンということはカツドンのような丼ものか」

「えぇ、牛丼は丼ものの王道ですね」

「なら、ギュウドンを人数分頼む」

「かしこまりました」


 アキヒコはオスカーから麻袋を貰い、厨房に戻った。

 オスカーはロージュの方を向き、頭を下げた。


「…………助かった」

「良いってことじゃ。それにこの前、クラーケンの刺身を貰ったしの。あれは美味かったのぉ」

「そうか……それは良かった」

「おい、【孤高の鉄剣士】」


 オスカーとロージュが楽しそうに話している様子を見ていたオックスがオスカーに顔を近づける。


「お前、あの御仁と仲がいいのか?」

「……? ……あぁ、そうだが……俺もあのご老人もここの常連だ」

「お前、あの御仁が誰か……いや、やっぱり大丈夫だ」

「…………そうか?」


 オックスはオスカーを見て呆れながら席に戻る。

 一方、ロベルはアキヒコの調理が気になるのか、席を立ちカウンター席に座って、アキヒコの調理の様子を眺めていた。ビットとシェリーはロベルを止めようと一緒に席を立つ。


「へぇー、あんな風に料理するのか」

「ちょっと、ロベル!」

「邪魔しちゃダメだよ」

「他のお客様のご迷惑にならなければ大丈夫ですよ」


 アキヒコは優しく微笑みながら調理を始める。それを聞いたロベルはロージュの方を振り向くと、ロージュは日本酒を飲みながらサムズアップする。

 他の客の許可を得たので、ロベルは食いつくようにアキヒコの調理を眺め、ビット達も気になっていたのか一緒にカウンター座て、調理姿を眺める。

 アキヒコは貰ったクリムゾンブルの肉を薄切りにしていく。次々と肉を切っていく姿にビット達は感心している。

 肉が切り終わると、次はクリムゾンブルと一緒に頼んだ、オラノの実を取り出す。オラノの実はアキヒコの世界で言うと玉ねぎに近い野菜だ。オラノの実をくし形に切っていく。肉とオラノの実を切り終えると、鍋の蓋を開ける。鍋の中には出汁が入っており、そこに醤油、酒、みりん、黄金蟻の蜜、しょうがを入れ、くし形に切ったオラノの実を一緒に入れる。


「あ、あの何を入れているんですか?」

「これは玉ねぎ……じゃなくて、オラノの実を入れているんです」

「えぇ! オラノの実って辛いから俺、苦手なんだよな」

「私もー」

「ふふっ……黄金蟻の蜜を入れているので辛くないですよ」

「本当ですか?」

「はい、楽しみにしてください」


 コンロに火をつけ、中火でオラノの実を煮込む。五分くらい煮込んでいくとオラノの実がしなってきたら、今度はクリムゾンブルの肉を入れ、さらに煮込んでいく。灰汁を取りながら様子を見る。

 その間にアキヒコは丼もの用の茶碗を取り出し、ご飯を盛る。

 十五分くらい煮込むとクリムゾンブルの肉にもしっかりと火が通っており、ご飯を盛った茶碗にクリムゾンブルの肉とオラノの実、そしてツユをこれでもかと乗せていく。

 最後にみそ汁を器に注ぎ、トレーでオスカー達の席まで持っていく。料理が完成し、ビット達も自分たちの席に戻る。

 五人の前に牛丼とみそ汁が置かれていく。


「お待たせいたしました。クリムゾンブルの牛丼です」


 ツユと肉の脂で牛丼はキラキラと宝石のように光り輝いていた。そのビジュアルと匂いに目を奪われるオックスとビット達。


「おぉ、なんて美味そうなんだ」

「凄い……」

「それに良い匂い……」

「おい、早く食べようぜ!!」


 我慢が出来そうにないロベルは既にスプーンを持っていた。皆がスプーンを手に取る中、オスカーは箸を手に取っていた。


「ん? それはなんだ?」

「……あぁ、ハシという食器だ。この店ではハシで食べるのが流儀なんだ」

「そうなのか」


 オックスが箸を使おうと手を伸ばすが、オスカーはそれを制止させる。


「扱いにくいから今日はやめておけ」

「そうか……では、早速」


 皆、一斉に牛丼を一口食べる。

 口いっぱいにクリムゾンブルの旨みが広がる。脂の甘さとツユの甘さと風味が交わり、芳醇な香りが口の中で広がっていくのが感じる。


「「「美味い!!」」」


 一言だけ喋ると皆、夢中になって牛丼をかき込む。

 オスカーも黙々と食べながら牛丼を堪能する。


うん……美味い……。

クリムゾンブルの旨みがにじみ出てくる。そして、甘辛くも奥深い汁が優しく包み込む。

そして、オラノの実の食感が心地よい。


「クリムゾンブルの旨みがガツンと来るな!!」

「お肉の味が濃いからライスが進むね」

「辛くて苦手なオラノの実もこんなに柔らかくて甘くておいしい」

「うめっ! うめっ!」


 各々が感動しながら牛丼の感想を述べている中、ロベルはもはや言語を失っていた。


「クリムゾンブルの肉は焼くだけでも十分美味いが、調理するとより何倍も美味くなるのか」


 オックスはガツガツと牛丼をかき込み、すぐに完食してしまった。


「おかわりだ!!」


 それを見ていたロベルも勢いよく食べ、完食させる。


「お、俺も!!」

「ロベル、落ち着いて食べなよ」

「お代わりお持ちしました」


 アキヒコは追加の牛丼を置く。二人は牛丼を手に取り、再び無我夢中で食べ始める。

 シェリーはみそ汁を啜り、ホッと息を漏らす。


「このスープも独特の風味がって美味しい」

「温かいから冬にでも飲みたいね」


 皆が満足そうに食べているのを見て、オスカーも満足そうに牛丼を食べる。


ギュウドンの汁をゴハンが吸い、クリムゾンブルの肉と汁、そしてゴハンが一体化してる。

前に店主が言っていたな……。

丼ものはゴハンと上の具材が一つになって初めて丼となるって。


 オスカーは牛丼をかき込み完食する。皆も牛丼を食べ終わり、みそ汁を飲んでいたり、口元を拭いていたりしていた。


「いやー、美味かった! 美味かった!」

「はい! とても美味しかったです!」

「ふぅー……満足したぜ」

「牛丼もだけど、このスープも美味しかったわ」


 皆、身支度を整える。オスカーは硬貨を取り出そうとするがオックスが先にアキヒコの方に向かい、硬貨を置いた。


「こんなに美味い飯を食わせてもらったんだ。俺が支払う!!」

「……そうか……ご馳走になる」

「何、言ってるんだ? こっちこそありがとうな!!」


 五人は【妖精の宿り木】を後にした。ビット達は満足そうにしながら路地を歩く。


「いやー、美味かったな! また、食いに行けるかな?」

「僕たちがもっと強くなったら行けるさ!」

「そうよ、他の料理も食べてみたいし頑張りましょう」


 ビット達の様子を見て、後ろを歩くオスカーとオックス。オックスは三人を見て嬉しそうにしていた。


「あの子たちは真っ直ぐ成長するな」

「……あぁ……そうだな……」

「そういえば、やけに魔法使いの嬢ちゃんを気にしていたな。それに魔法にも詳しかったし……魔法でも使えるのか?」

「…………」


 オスカーはオックスの質問には答えず、空を見上げた。


「…………俺じゃなくて……妹が使えたんだ……」

「そうか、妹さんも冒険者なのか?」

「あぁ、冒険者だった」


 オスカーの言葉にオックスは察した。


「…………そうか……すまん……」

「いや、大丈夫だ」


そういえば…………そろそろだったな。

レイナの命日は……。

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