五品目:クラーケンの刺身定食と墨汁(前編)
ラッセン港
センブロム王国の北東にある貿易都市で国外からの貿易船が往来している。新鮮な海の幸を求めて多くの商人や料理人が訪れる。
このラッセン港から数キロ離れた沖でオスカーは船に乗っていた。
「本当に大丈夫か? 【
「あぁ……問題ない」
地元の漁師から漁船を借り、その漁師と共に海に出ていた。漁師は心配そうにしながら走行させていく。後ろからは数台の漁船が並走して付いてきている。
オスカーが何故、港に着て船に乗っているかというと――。
数時間前。
「…………クラーケン?」
「あぁ、ラッセン港の沖合でクラーケンが目撃されてのぉ」
いつものようにオスカーは応接室でリリアナと【妖精の宿り木】の依頼を確認していた。【妖精の宿り木】の依頼書を全て受け入れると、リリアナが深刻そうに話し始めた。
「数日前からクラーケンが目撃され、商人の貨物船や地元漁師の漁船が何隻か沈められているらしい」
「…………クラーケンとなると……海上での戦闘か……俺だと分が悪すぎる」
「そこは心配するな。地元の漁師が協力して船を出してくれるようじゃ」
「一般人を巻き込むのか?」
「いいや、協力してくれるのは漁師兼冒険者で構成されたAランクパーティー【夜明けの鴎】じゃ」
「……俺が行く必要はあるのか?」
不満そうにつぶやく、オスカー。
「ワイバーンの件でお主が落ち込んでいるのも知っている」
「……別に落ち込んでいるわけでは……」
「そう意味でも誰かとパーティーを組んで克服してきなさい」
「…………はぁ……」
オスカーはため息を漏らしながら立ち上がると、手を伸ばした。
「どうせ、断れない依頼だ。その依頼受けよう」
「そう来なくてはな」
リリアナは嬉しそうにしながらオスカーにクラーケン討伐の依頼書を渡した。
現在、オスカーは漁師兼冒険者パーティーの【夜明けの鷗】の船でクラーケンが目撃された場所に向かっていた。
船を操縦しているのは【夜明けの鴎】のリーダー、【ヨハン・マルクス】。船の操縦技術はラッセン港一で自他共に認める、一流の船乗りである。その後ろには【夜明けの鷗】のメンバーが操縦する船が並走しながら、付いてくる。
「作戦は伝えた通り、クラーケンのポイントに行き、ヤツを誘き出す。ヤツが水面から顔を出した瞬間、船で囲むように陣形を組む。【孤高の鉄剣士】は囲まれた船を足場にしながら戦い、俺たちは銃で援護。間違いないな」
「あぁ……ヤツの注意を引き付けてくれれば……俺が仕留める」
「分かった。無茶はするなよ。お前たち、準備はいいか!」
「「おぉ!!」」
ヨハンは自身の武器であるマスケット銃を取り出し、天高く掲げると他の【夜明けの鷗】のメンバーも同様に自身が持っているマスケット銃を掲げた。
【夜明けの鷗】は代々から船とマスケット銃だけでモンスターと戦うしきたりらしい。
しばらく沖を進んでいると、ヨハンは右手を上げて船を停止させた。上げた右手を時計回りにグルグル回すと、後ろをついてきていた【夜明けの鷗】のメンバーの船が左右に大きく分かれて進んでいく。
「ポイントに着いた。それに……」
ヨハンが静かに指を下に向ける。オスカーも音を立てないように海面を覗き込むと、巨大な影が動いているのが確認できた。クラーケンだと確証したオスカーは背中のバスタードソードを抜き、構える。
【夜明けの鷗】のメンバーも作戦通り、巨大な影を囲むように船を静かに進め陣形を組んでいく。陣形が組み終わっると全員、マスケット銃に弾を込め、銃口を巨大な影に向ける。水中を動く巨大な影はいったん海底に潜り、姿を消した。
「俺が奇襲をかける。それでクラーケンが飛び出してくるはずだ」
「分かった」
オスカーは腰のポーチから以前、サンドワーム戦で使用した衝撃弾を取り出し、水面に向かって投げる。衝撃弾が海面に着弾すると同時に衝撃が放たれ、巨大な水の柱が上がった。
その瞬間、水の柱から無数の触手が飛び出してきた。
「来たぞ! 撃てぇ!!」
ヨハンの合図で一斉に銃を放つ。放たれた弾丸が光を帯びており、触手に着弾すると雷が爆ぜた。雷を食らった触手は怯み、海に戻っていく。【夜明けの鷗】のマスケット銃は特別仕様で銃に魔力を込めることで雷魔法を付与させた銃弾を放つことが出来る。
飛び出してくる触手を確実に撃ち落としていく。全ての触手が海に戻ると巨大な影が海面に迫り、海面が盛り上がっていく。
「クラーケンが顔を出すぞ!! 気を付けろ!」
海面から巨大な白い物体が顔を出す。クラーケンはその姿を現し、全員が息を呑んだ。水面から顔を出している部分でも3メートルくらいはあった。
「これが……クラーケン……」
「気を引き締めろよ! 【孤高の鉄剣士】!!」
クラーケンは触手を海面から飛び出させ、鞭のように振り回す。迫ってくる触手をマスケット銃の銃弾で打ち返していく。
オスカーはその隙に漁船を蹴って、跳躍する。クラーケンの触手を足場にし、距離を詰める。バスタードソードを大きく振り上げ、一本の触手を一刀両断した。切断された触手は宙を舞い、水しぶきを上げながら着水する。
「おぉ! さすがだな! 俺らも負けてられないな!!」
ヨハンはマスケット銃をクラーケンの眉間に向けて銃弾を放つ。雷の弾丸はクラーケンの眉間に命中し、雷が爆ぜる。雷を食らったクラーケンは怯みながら海の中に避難しようとする。
「……逃がすか」
オスカーは再び、ポーチから衝撃弾を取り出し、クラーケンに向かって投げつける。クラーケンに直撃し、衝撃波でクラーケンは大きく揺らいだ。バランスの崩し、そのまま巨大な水の柱を上げながら倒れる。オスカーは倒れたクラーケンに乗り込み、剣を高く振り上げ、クラーケンの眉間に向かってバスタードソードを突き刺す。
クラーケンはもがき苦しむように無数の触手を暴れさせる。暴れる触手を【夜明けの鷗】のメンバーがマスケット銃を狙撃していく。
オスカーは突き刺したバスタードソードに力を込め、さらに深く突き刺す。クラーケンは身体を痙攣させた後に動かなくなった。
「よおっしゃあぁぁぁ!!」
「「おぉぉぉ!!」」
クラーケンの討伐に【夜明けの鷗】のメンバーは勝どきを上げる。オスカーは突き刺さった剣を抜き取り、周辺を見回す。オスカーは何か違和感を感じていた。
「……おい……」
「ん? どうした、【孤高の鉄剣士】」
「さっきの魚影とこのクラーケンのサイズが合ってないように見えるが」
「何ッ!?」
ヨハンは船から降り、討伐したクラーケンに乗る。クラーケンの身体に触れ、確認する。オスカーが違和感を覚えたのは討伐したクラーケンの大きさだった。戦闘前に見た魚影よりも一回り小さく感じていたのだ。
「全員、警戒しろ!!」
ヨハンの指示で全員が再びマスケット銃を構える。次の瞬間、一隻の船の背後から先程のよりも一回り大きな触手が飛び出してきた。
飛び出してきた触手はそのまま振り下ろし、船体を真っ二つにした。乗っていた【夜明けの鷗】のメンバーは海に飛び込み、攻撃を回避した。
「そんなことがあるのか……?」
「あぁ、クラーケンは二体いたんだ」
全員が沈んでいく船体に気を取られている内に、別の触手が倒れているクラーケンを絡み取り、そのまま海底に引きずり込んだ。
「クラーケンの死体を?」
「気を付けろ、【孤高の鉄剣士】! 三班は破壊された四班の乗組員の救出! 他の班はそのまま警戒しろ!」
ヨハンが大声を上げ注意喚起する。すると、巨大な触手が二本、飛び出し、そのまま船に向かって振り下ろされる。ヨハンが咄嗟にマスケット銃を構えて一本の狙撃、もう一本はオスカーが飛び出してバスタードソードで弾き返した。
巨大な触手はそのまま宙を漂うと水面が大きく盛り上がり、そこから先程のクラーケンよりもはるかに巨大なクラーケンが顔を出した。
「おいおい……なんちゅう大きさだ」
「あぁ、さっきのクラーケンが子供に見える」
巨大クラーケンは宙を漂わせていた二本の触手で突き刺すように伸ばしてくる。
「このままだと船がもたん!!」
「くっ……」
オスカーは最後の衝撃弾を取り出し、襲い掛かってくる触手に投げる。触手に当たると同時に衝撃波を放ち、触手を吹き飛ばす。もう一本はオスカー自身がバスタードソードで受け止め、軌道をずらす。
【夜明けの鷗】のメンバーもマスケット銃を撃って応戦する。しかし、海面から無数の触手が飛び出し、壁となって弾丸を遮る。
「どうする? 【孤高の鉄剣士】!!」
「何とか本体まで近づければ……」
「近づければ良いんだな?」
ヨハンはそう言うとマスケット銃を収め、操縦席に戻った。船を動かし、クラーケンとの距離を取る。
「俺が船で突っ込む! その隙にクラーケンに飛び乗れ! お前たちは邪魔な触手をどかせ!!」
「死ぬ気か?」
「なに、元々は俺達で片を付けなきゃいけない相手だ、心配するな」
十分な助走距離を確保し、勢いよく進む。巨大クラーケンは触手を出して、ヨハンの船を潰そうとするが【夜明けの鷗】のメンバーがマスケット銃で触手を撃ち落とし、それを阻止する。
「うおぉぉぉぉ!!」
ヨハンの船が巨大クラーケンの目の前まで迫った所で本来はオスカーが巨大クラーケンに飛び込む手はずだが、オスカーは操縦席の方に駆け寄り、そのままヨハンを蹴り飛ばした。
「お、おい!?」
「何も死ぬことはない……あとは俺に任せろ」
オスカーはそう言い残すと船ごと巨大クラーケンに突っ込んだ。オスカーに蹴り飛ばされたヨハンは海に放り出される。
凄まじい速度で突っ込んだため、衝撃で船の残骸が宙を舞う。オスカーも衝撃で空に放り出されてしまい、宙を舞っている。船との激突で巨大クラーケンは怯んでいた。
宙を舞うオスカーは、同じように宙を舞っている船の残骸を足場にして、巨大クラーケンとの距離を詰める。オスカーに気が付いた巨大クラーケンが触手で叩き落そうとするが、【夜明けの鷗】のメンバーがオスカーに攻め寄る触手を次々と撃ち落としていく。
「行け! 【孤高の鉄剣士】!!」
「あの野郎をぶった切れ!!」
「リーダーの仇を!」
「おい、俺は死んでねぇぞ! ……ったく……やっちまえ! 【孤高の鉄剣士】!!」
オスカーはバスタードソードを構え、跳躍した勢いで巨大クラーケンの右目に剣を突き刺した。刺された痛みで暴れる巨大クラーケンにオスカーは剣を握りしめながら、振り落とされないようにしがみ付く。
「お前ら! 援護射撃だ!!」
「「おう!!」」
ヨハンは他の船に乗り込み、指示を出す。【夜明けの鷗】のメンバーが一斉に巨大クラーケンに向かって発砲する。放たれた弾丸は全弾命中し、凄まじい雷撃が巨大クラーケンに襲い掛かる。
巨大クラーケンは大ダメージを食らい、バランスを崩す。その隙を見逃さなかったオスカーは握っている手に力を入れ、真上に剣を振り上げる。右目に突き刺さっていた剣はそのまま巨大クラーケンの頭部を切り裂いていく。
「……はぁ……はぁ……これで最後だ」
オスカーは最後の力を振り絞り、剣を振り払う。オスカーが放った斬撃はそのまま巨大クラーケンの頭部を真っ二つにした。
頭部を切り裂かれた巨大クラーケンは絶命し、その場で漂う様に浮かび上がった。
バスタードソードを振り払ったはオスカーはそのまま海に着水する。鉄の鎧が重く、身動きが取れないオスカーはどんどん沈んでいってしまった。沈みかけているオスカーの手をヨハンが掴み、引き上げる。
「はぁ……はぁ……」
「さすがだな、【孤高の鉄剣士】!!」
「……はぁ……はぁ……【夜明けの鷗】の援護があったからトドメが刺せた。……感謝する……」
「よぉし! お前ら!! 今度こそ、俺たちの勝利だ!」
「「おおぉぉぉぉぉ!!」」
【夜明けの鷗】のメンバーは高らかに勝どきを上げ、喜んだ。皆が喜んでいると最初に倒したクラーケンも一緒に浮上し、海面に浮かび上がった。
「……そういえば、どうして二体目のクラーケンは最初のクラーケンを回収しようとしてたんだ」
「おそらく……この二体のクラーケンは番だったんだろ。よく見ろ、最初に倒したクラーケンは雌、二体目の巨大クラーケンは雄だ」
ヨハンが二体のクラーケンは交互に指をさすが、オスカーには違いがまるで分からなかった。
「…………何が違うんだ?」
「ガッハッハッハ! なに、漁師になれば分かるってことよ! どうだ、お前は根性がある。漁師にならないか?」
「…………断る」
「まぁ、気が向いたら連絡してくれ! お前は命の恩人だ。いつでも待ってるぞ!」
ヨハンが勢いよくオスカーの背中を叩くとオスカーは咳き込んでしまった。
「よし、お前は二体のクラーケンは回収して港に戻るぞ!! 今日は宴だ!!」
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