四品目:ワイバーンの唐揚げ定食(後編)
アセムント通りの一つ外れた路地にある【妖精の宿り木】。店主のアキヒコは店を開店させ、来店を待つ。いつもモンスターの肉を持ってくる冒険者が今日は何を持ってくるのか、楽しみにしていた。
しばらくすると扉が開き、ロージュがやってきた。
「ロージュさん、いらっしゃいませ」
「うむ。いつものを頼む」
「はい、日本酒と鮭とばですね。どうぞ、カウンターにお掛けください」
アキヒコの案内でロージュはカウンターに座った。アキヒコから水とおしぼりを貰い、おしぼりで顔を拭く。温かいおしぼりから温もりを感じ、一安心する。
「ふぅー……そういえば、いつもの冒険者のあんちゃんは?」
「いえ、まだ来ていませんよ」
「そうか……」
「お待たせしました」
ロージュの前に日本酒と鮭とばが置かれた。ロージュがお猪口を手に取るとアキヒコが日本酒を注ぐ。初老は嬉しそうにしながら酒を飲み、鮭とばを摘まむ。
「今日は来ないかもしれんのぉ」
「何かあったんですか?」
「冒険者ギルドは何か騒がしかったからの」
「そうなんですか……」
二人が世間話をしていると扉が開き、そこにはオスカーが立っていた。オスカーは包帯を巻いており、傷だらけだった。
「い……いらっしゃいませ」
オスカーの姿にアキヒコは思わず言葉が詰まる。ロージュも驚愕していた。傷だらけのオスカーはカウンターに座って麻袋を置いた。
「あぁ、これで何か作ってくれ」
「え、えーと……大丈夫ですか?」
「依頼で怪我をしただけだ……気にするな」
「そうですか……では、中身を見させていただきますね」
麻袋から肉を取り出し、肉質を確認する。筋肉質だが上質な肉質だった。
「とても良い肉ですね。鶏肉のような良い肉質です」
「……ワイバーンの肉だ」
「ワイバーンですか……どういった動つ――モンスターで?」
「ワイバーンじゃと!?」
肉の正体にロージュは再度、驚愕していた。思わず摘まんでいた鮭とばをカウンターに落としてしまっていた。
「ロ……お客様?」
「……おっほん! ワイバーンは確かに上質な肉じゃが……爪や牙に毒があるから、しっかり毒抜きをすれば問題ないじゃろ」
「…………毒抜きは既に済んでいる」
「では、このまま調理いたします。どういった物をお作りいたしましょうか?」
「そうだな……腹が減ったからガッツリしたものを頼む」
オスカーは何故か落ち込んだ様子でアキヒコの質問に答えた。アキヒコは不思議そうにしながらも再度、ワイバーンの肉を確かめる。
「鶏肉なような肉質ですし……唐揚げではなんて如何でしょうか?」
「……カラアゲ……?」
「はい、油でカラッと揚げた料理です。サクサクの衣とジューシーな肉はご飯と合います」
「衣……フライやカツとは違うのか?」
「はい、揚げる際の粉が違います」
オスカーは俯きながら、少し黙って考えていると、すぐに顔を上げた。
「では、カラアゲを定食で頼む」
「はい、かしこまりました」
アキヒコはワイバーンの肉を貰い、調理を始める。
オスカーがアキヒコの調理の様子を眺めていると同じカウンターに座るロージュがオスカーに近づいた。
「お主、ここによく来る冒険者というが」
「あ……あぁ……」
突然話しかけられたオスカーはロージュを警戒していた。
「あぁ、警戒せんでも良い。ワシはただの酒飲みの爺さんじゃ」
「……そうか」
ロージュはそう言いながらもオスカーの全身を確認した。ロージュの視線に気が付いたのかオスカーは身を丸める。ロージュもそれに気づき、すまない。と手でジェスチャーする。
「ワイバーンということは……別称個体の件は解決したのかのぉ?」
「あぁ…………Sランク冒険者パーティー【
「そうか、ワイバーンの肉を持っているということはお主も討伐チームに?」
「…………いや、討伐したワイバーンが多く、大量の肉が余っていたようだから貰ってきた」
オスカーは自分も参加したことを隠し、ロージュの質問に返す。ロージュはオスカーの瞳を見つめていたが自分の髭を撫で、一人で納得していた。
「そうかそうか、大変じゃったようだの」
「……俺は……何もしてないが……何も……」
オスカーは一言呟き、水を一口飲んだ。何か思い詰めているオスカーを見つめるロージュ。
「はっはっは! 老人の戯言じゃ、気にするな」
「…………そうか」
二人が話しておると油が揚がる音が聞こえる。油の揚がる音に二人は釘付けになる。高温の油で揚がるワイバーンの肉は香ばしい匂いを漂わせている。
揚がっていくワイバーンの肉に暗い表情を浮かべていたオスカーは自然と顔を上げる。
ワイバーンの肉がきつね色に変わっていくと、アキヒコはワイバーンの肉を取り出し、余計な油を落としていく。
アキヒコは油が入った鍋の温度を高めていく。温度が上がった油に再びワイバーンの肉を投入する。
「むっ? また入れるのか?」
「はい、二度上げすることで、より衣がカリッと仕上がります」
「ほぉー……冒険者のあんちゃんよ、ワシにもワイバーンの肉を頂いても?」
「あぁ、構わない」
「では、追加で単品を一皿、用意いたしますね」
揚がったワイバーンを取り出し、油を落としながら肉を寝かしていく。その間にご飯とみそ汁の用意を進める。茶碗に米を盛り、器にみそ汁を注ぐ。
香ばしい香りと共にアキヒコは二人の前に唐揚げの皿を置き、オスカーにはご飯とみそ汁を置いた。
「お待たせいたしました。唐揚げの単品と唐揚げ定食になります」
「おぉ、これはこれは……美味そうじゃの」
「…………っ」
二人は出された唐揚げを前に唾を飲む。二人は箸を手に取り、唐揚げを掴む。二人は同時に一口齧る。口の中に熱々の肉汁が一気に広がっていく。
「ほぉ!! これは熱々じゃな!」
「…………うん」
ロージュはお猪口に手が伸び、熱々の唐揚げを日本酒で流し込む。オスカーは勢いよくご飯をかき込む。二人は満足そうにお猪口と茶碗を置き、息を漏らす。
「口の中にワイバーンの旨みは広がっていく……上品だが力強い肉汁が溢れ出てくる」
「……美味い……」
オスカーは無我夢中で唐揚げを頬張る。その様子を見ながらロージュは日本酒を飲む。
「どうやら、少しは悩みが晴れたかの?」
「…………どうだろうな……」
ロージュの問いかけにオスカーはみそ汁を啜りながら答える。唐揚げを食べながらご飯を食べ進める。唐揚げを噛むごとにザクッ、ザクッと衣が軽快な音を立てながら砕ける。そのまま唐揚げを噛み締めると口いっぱいにワイバーンの上質な油が広がる。唐揚げの美味さを堪能しながらご飯を食べる。
米の甘みが唐揚げの旨みを引きたたせる。一つ、また一つと唐揚げを食べ進めている。
「……………」
「お主は酒は飲まんのか?」
「……あぁ、酒は好まない」
「勿体ないのぉ……」
ロージュは日本酒を飲みながら唐揚げを摘まむ。二人は唐揚げと一緒に日本酒やご飯を食べていく。そして、いつの間にか完食していた。
「ふぅー……」
「美味かった。さすがワイバーンの肉じゃの」
完食した二人は手を合わせて、汚れた口を拭く。オスカーは身支度を整え、硬貨を取り出そうとするがロージュが先に硬貨をカウンターに置いていた。
「冒険者のあんちゃんよ、ワイバーンの肉の礼じゃ。支払いはワシが払おう」
「…………良いのか?」
「もちろんじゃ。遠慮せんでも良い」
「……なら、奢らせて頂こう……」
身支度を整えたオスカーは店を出ようとした。ロージュはまだ晩酌を続けていた。
「冒険者のあんちゃんよ」
「…………ん?」
「少しは元気が出たのかの?」
「……あぁ、そうだな」
オスカーは満足そうな笑みを浮かべて店を出ていった。
アキヒコはオスカーの皿を片付け、ロージュにお代わりの日本酒と鮭とばを出した。
「おぉ、気が利くの」
「いいえ…………彼も元気が出てくれれば良いのですが……」
「大丈夫じゃろ、あんちゃんも冒険者だ。立ち直ってこそ、一流の冒険者じゃ。それに……何かあったかはだいだい想像できるしのぉ……」
ロージュは日本酒を一口飲みながら空いたオスカーの席を見つめた。
「頑張るのじゃぞ、若き冒険者【孤高の鉄剣士】よ」
オスカーは【妖精の宿り木】に来る前は酷く落ち込んでいた。【悪角のリドルゥ】の討伐で死者を出させてしまった。ギルドの皆や【黒鉄の蹄】のメンバー、オックスは誰もオスカーを咎めなかった。誰しもオスカーの責任でないと思っている。
しかし、オスカー本人は自分の不甲斐なさに嫌気が差していた。自分の判断で死なせてしまった。その事実が脳裏にこびりつく。過去のトラウマが掘り起こされる。
オスカーはそんな気持ちでワイバーンの肉を持って【妖精の宿り木】を訪れたが、そんな気持ちは唐揚げ定食で少し和らいだ。
一歩一歩を踏みしめながら帰路に就く。
「美味かった…………【妖精の宿り木】の店主とご老人には気を使わせてしまったな……それにあのご老人……どこかで見たことあるような」
薄暗い路地を一人で歩き、今日のことを振り返る。
「【悪角のリドルゥ】……次は必ず討つ……」
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