二品目:サンドワームの蒲焼(後編)
センブロム王国アセムント通りの外れにある料理屋【妖精の宿り木】。
オスカーはその【妖精の宿り木】の店の前に立っていた。サンドワーム討伐をギルドに報告し、サンドワームの肉を持って【妖精の宿り木】を訪れていた。
……サンドワームか……はたして店主はこれで美味いものを作ってくれるのだろうか……。
不安な気持ちになりながら扉を開ける。店内は店主であるアキヒコしかおらず、こちらに気が付いたアキヒコが会釈した。
「いらっしゃいませ」
「あぁ……ギルドに依頼してモノは全て採取した」
「いつもありがとうございます。いつも通り、本日の料金はいただきませんので」
オスカーはカウンターに座り、麻袋を置く。アキヒコは麻袋の中を確認すると頼んでいた三つ以外にも入っていることに気が付いた。
「おや、これは?」
「実は……サンドワームの肉なんだが……これで料理を作ることは可能か?」
「随分と大きいですね……ところでサンドワーム……どういった動物なのですか?」
……動物ってなんだ……? モンスターのことか?
「……蛇のように長く細いヤツだ……」
「蛇のような……」
アキヒコはサンドワームの肉を手に取って観察していた。肉を高く上げ、照明の光で脂の入り方を確認したり、皮の部分を嗅いでいたりしていた。
「脂は結構ありますね……臭みもほとんどない。表面に体毛はありますが、これなら焼いている時に取り除ける……鰻や鱧も近い動物なんですね」
「ウナギ……ハモ……?」
「よし、これなら蒲焼が良いでしょう」
な……できるのか?
サンドワームで美味い飯がッ!?
「カバヤキというのは?」
「酒、みりん、醤油、砂糖を入れた甘じょっぱいタレをこの肉に塗って炭火で焼いた料理のことです」
その説明だけでオスカーの口内は唾液であふれた。唾液を飲み込みながらオスカーは頭を下げた。
「では、カバヤキというのを頼む」
「かしこまりました」
アキヒコはサンドワームの肉を板に置く。まずは丸太のようなサンドワームの肉を食べやすい大きさに切り分けていく。背中の部分から包丁を入れ、サンドワームの身体に沿って包丁を滑らせていく。
最初は皮の表面に切れ込みを入れるように包丁を滑らせっていったがどんどん包丁を奥に入れサンドワームの肉に切れ込みを入れていく。
包丁が中心まで入っていったことを確認すると切るのをやめ、サンドワームの肉を開く。皮の部分が下になり、肉の部分が上を向くような構図になった。腹部と背中部分にヒレのような膜が付いていたので、それも綺麗に切り取っていく。
このまま焼くには大きすぎるため、サンドワームの肉を五等分に切り分ける。
サンドワームが素早く手際よく切り分けられている。やはり店主の技量は素晴らしいな。
オスカーがアキヒコは手際に良さに感心していると、アキヒコは次の工程に進む。フライパンを取り出すと、そこに三種類の液体を入れる。一つ目は透明な液体、二つ目は薄い茶色の液体、最後は濃い茶色の液体だった。三つの液体を入れたフライパンに今度は蜜を入れていく。
あれは黄金蟻の蜜か?
アキヒコはコンロの上にフライパンを置き、コンロに火をつける。フライパンが熱せられ、中の液体も沸騰しはじめる。香ばしい香りがオスカーの方まで香ってくる。
……うん、いい匂いだ。
煮込み続けるととろみが付き始めた。コンロの火を止め、煮詰まった液体を冷ます。
その間にアキヒコは別の台に移動する。その台の中には既に火のついた炭が置かれており、パチパチと炭が爆ぜる音が聞こえてくる。
先程、切り分けたサンドワームの肉に串を刺し炭火の上に置き、皮目の方から焼き始めていく。
皮が焼かれ、香ばしいさと脂の香りがオスカーの鼻腔をくすぐる。
こ……この匂いはッ!
この匂いだけでゴハンをかき込むことが出来る!
皮目にしっかりと焼き色が付くと上下を返し、肉部分も焼いていく。肉部分の良い感じで焼けてくると先程、作ったタレを用意し筆のようなモノでサンドワームの肉にタレを塗っていく。また、上下を返して皮目にもしっかりとタレを塗っていく。
タレを塗ったことにより、さらに香ばしい香りがオスカーに襲い掛かってくる。暴力的な香りにオスカーは殴られたような衝撃を受ける。
さらに香りが倍増するだとッ!!
空腹の俺に取っては一番の拷問だ……ッ!!
は、早くカバヤキを食べたいッ!
塗られたタレにも焦げ目が着くと、アキヒコは再びサンドワームの肉の上下を返し、タレを塗っていく。
「まだ塗るのか」
心の声が思わず漏れてしまい、ハッとなるオスカー。
「えぇ、何回か繰り返し塗ることでタレが肉にしっかり乗りますし、より香ばしくなります」
サンドワームの肉の上下を返しタレを塗る。これを何回か繰り返し、しっかりと焼けたら大皿に移す。粗熱を取っている間に炊飯器を開け、茶碗には白米を乗せる。そして、スープを注ぐ。いつものみそ汁ではなく透明なスープだった。
……ん? ミソシルじゃないのか?
完成した料理をオスカーの前に出した。
「お待たせいたしました。サンドワームの蒲焼です」
「こ、これが……サンドワームなのか……?」
先程の暴力的までの香りを放っていた物が目の前に置かれている。オスカーは震える手で箸を取り、サンドワームの肉を箸で切る。サンドワームの肉はフワッと簡単にほぐれた。
柔らかい……食べるのが楽しみだ。
それにタレの香りが立ち上ってくる。
オスカーはサンドワームの肉を一口食べる。
「……ふぅー……」
その美味さに思わず息が漏れる。
まず初めに感じたのはタレだった。甘じょっぱいタレの旨みと香ばしさがダイレクトに感じ取れる。タレの濃い味を感じながら一回、二回と咀嚼する。フワリとしたサンドワームの肉は口の中で簡単にほぐれる。そして、噛めば噛むほど脂の上品な旨みが後から広がっていく。
なんだ、この柔らかさ! この旨み!
俺が食べているのは肉なのか? まるで雲を食べているような錯覚をしてしまうほどの柔らかさ。
そして、この旨み! 巨大なサンドワームだったから大振りな味になるかと思っていたが、この上品な脂の旨み。
この脂の旨みと甘じょっぱく味の濃いタレがベストマッチしている。
オスカーは気が付くと無意識のうちに茶碗に手を取り、米をかき込んでいた。
「普通はザラメや黒糖を入れますが、黄金蟻の蜜は風味が良く甘さもくどく無いため、タレに合うと思い入れました」
「黄金蟻の蜜がこんな美味いタレに変貌するとは……」
このタレとゴハンが合わないわけがない!
美味いッ! このタレのカバヤキとゴハン……最強だッ!!
食っても食ってもまだ美味い……。
「そういえば……このスープは?」
「あぁ、それはお吸い物です」
「オスイモノ……?」
「はい。蒲焼は味が濃いのでみそ汁だと味噌の味と喧嘩しちゃうんですよ。さっぱりしているお吸い物が相性良いんですよ」
そう言われオスカーはお吸い物を手に取り、一口啜る。みそ汁とは異なり、魚介や野菜の出汁が優しく口の中に広がる。
ミソシルも好きだが、このオスイモノもいいなぁ……ホッとする味だ。
心の中が一気に落ち着き、再びサンドワームの蒲焼を食べる。
癖もなく食べやすいサンドワームの肉を噛み締めながらご飯が食べれる。オスカーは心の中で、この時は永遠であって欲しいと願った。
オスカーが黙々とサンドワームの肉を食べているとアキヒコが小さな瓶を一つカウンターに置いた。瓶の中には黒っぽい粉が入っていた。
「お好みで山椒をおかけください」
「……サンショウ?」
「はい。スパイスの一種です」
スパイスか……どれ。
オスカーは渡された瓶を手に取り、数回サンドワームの蒲焼に振りかける。山椒がかかった蒲焼を一口食べる。その瞬間、先ほどの蒲焼と違いピリッとした痺れを感じた。
「…………ッ!?」
な、なんだ!?
この痺れはッ!? 麻痺か!?
ピリッとした痺れを感じて戸惑っていたが、気が付いたら再びサンドワームの蒲焼に山椒をかけて、もう一口食べていた。
あれ? なぜ俺はまたサンショウをかけて食べているんだ?
と、止まらない!? 俺は無意識のこの痺れを求めているのか?
山椒の痺れがオスカーの食欲を煽り、オスカーは無意識に山椒の魅力にはまっていたのだ。
これは麻痺ではない!
この痺れが俺をカバヤキという魔境に誘っているんだ!!
山椒による後押しでオスカーの箸は止まらない。気が付けば大皿に乗ってあった蒲焼もご飯もお吸い物も綺麗に食べきってしまっていた。
恐るべし……カバヤキ……それにサンショウ……。
サンドワームの蒲焼に大満足したオスカーは身支度を整え、立ち上がった。
「ごちそうさま」
「ありがとうございます。サンドワームの肉はまだ残っていますが、次回もお食べになりますか?」
「…………いや、他の客に回してやってくれ」
本当はサンドワームの蒲焼を独り占めしたかったオスカーであったが、あの量だ。一人で食すとなると半年以上は蒲焼生活になってしまう。他の料理も食べたかったオスカーは葛藤の末、他の客にも提供する許可を出したのだ。
「また来る」
「えぇ、お待ちしております」
オスカーは挨拶をすると店を後にした。アキヒコが食器を片付けているとオスカーと入れ違いで初老の男性が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「いつもの酒と鮭とばを」
「かしこまりました」
初老はカウンターに座り、アキヒコはオスカーの食器を下げて、初老の料理の準備を始める。
「そういえば、いい顔で食べる冒険者のあんちゃんが来てたのかの?」
「えぇ、先ほどまで」
アキヒコは初老の前に日本酒と鮭とばを出した。初老がお猪口を手に取るとアキヒコが日本酒を注ぐ。初老は嬉しそうにしながら酒を飲み、鮭とばを摘まむ。
「いつも美味そうに食べるもんだからワシも食べたくなるの……冒険者のあんちゃんは何を食べたんじゃ?」
「お客様自身で狩ってきたサンドワームを蒲焼にしてお出ししました」
「サンドワームッ!?」
アキヒコの言葉に初老は椅子から転がり落ちそうになる。
「あんな巨大な蟲を食うのか!?」
「えぇッ!? サンドワームって虫なんですか!?」
サンドワームが虫ということに驚愕するアキヒコは思わず、日本酒を零しそうになった。
モンスターの生態などの知識に疎いアキヒコは口下手であるオスカーの説明でサンドワーム=蛇と勘違いをしていたのだ。
「蛇のようなって仰っていたので……てっきり鰻や鱧に近いのかと……」
「そういやリュウゼン砂漠に特殊個体のサンドワームが出現し、【孤高の鉄剣士】が討伐したと噂で聞いたが……まさかのぉ」
初老は驚きながらも酒を一口飲む。そして、アキヒコの方に体を寄せ耳打ちする。
「で、店主よ。そのサンドワームの蒲焼は美味いのか?」
「えぇ、その冒険者さんも満足気にしていたので」
「なら、ワシも一皿だけ食べようかの」
「ふふ……えぇ、かしこまりました」
食事を終えたオスカーは満足そうにしながら路地を歩く。
サンドワームがあんなに美味いとは……また狩った際にはお願いするか……。
さて、明日は何を食べようか……。
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