二品目:サンドワームの蒲焼(前編)
リュウゼン砂漠
センブロム王国の最南端にある広大な砂漠である。日中は50度を超え、夜間は氷点下を下回る気温変動が激しく、暴風も吹き荒れる。吹き荒れる暴風には風化した砂や岩などの瓦礫が混じっており、暴風に巻き込まれた際には体がズタズタに切り刻まれてしまう。
そのため、リュウゼン砂漠に生息するモンスターは皮膚の硬度が高かったり、砂の中に潜んでいたりと独自の進化を遂げている。
オスカーはいつもの鉄の鎧の上にボロボロの外套を身に纏い、リュウゼン砂漠を訪れていた。麻袋を背負っており、中には【妖精の宿り木】の店主からの依頼である食材が入っていた。
遡ること数時間前。
オスカーは冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】に訪れていた。
受付嬢のリベットを見つけると彼女に近寄った。
「おはようございます。オスカーさん!」
「……あぁ……マスターはいるか?」
「マスターですね! お呼びしますので応接室でお待ちください!」
リベットの案内で受付の奥にある応接室に通された。応接室には高級なソファやテーブルなどの家具が置かれており、壁にはドラゴンの頭の剝製が飾られていた。
オスカーはソファに座るとリベットがオスカーの前に紅茶を出した。
「すぐに来ますのでお待ちください」
「…………あぁ……」
リベットは一礼して応接室から出ていった。
一人残されたオスカーは紅茶を飲みながら待つこと数分。一人の小柄な老婆が応接室に入ってきた。この老婆こそが冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】のギルドマスター【リリアナ・クラリス】である。
現役時代には数々のモンスターを討伐していった優秀な魔法使いだったが、引退後は冒険者の育成として旦那と共に冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】を設立。
先代のギルドマスターである旦那の遺志を継いでギルドマスターを務めている。先程まで対応していた受付嬢、リベットの祖母でもある。
「待たせてしまって、すまないね」
「……いいえ……」
オスカーは頭を下げるとリリアナは頭を上げるようにジェスチャーしながら対面のソファに座った。
「要件はいつの通りでいいのかい?」
「あぁ、【妖精の宿り木】が提出している依頼を全て確認したい」
「全く……そんなことをワシに直接頼むのはアンタくらいじゃよ」
「…………すまない」
「謝るのなら、その人見知りを直さんか」
「…………」
リリアナの正論に黙ってしまうオスカー。リリアナは呆れながらもテーブルに置かれた資料を手に取った。手際よく一枚一枚の書類に目を通し、その中から数枚の資料を引き抜いて、オスカーの目の前に置いた。
「【妖精の宿り木】からの依頼は三つ。一つは黄金蟻または翡翠蜂の蜜。二つ目はユーラシ樹の根。最後はテデカウリの実……随分と変わった物を欲しがるわい」
「……その黄金蟻、ユーラシ樹、テデカウリなら南部の熱帯地域で手に入るな……まとめて受けよう」
「…………南部か……」
リリアナは一言呟くと、別の資料を一枚引き抜き、オスカーの目の前に置かれた。それは別の依頼書で高難易度と記載されていた。オスカーは置かれた依頼書を手に取って依頼内容を確認した。依頼の内容は『リュウゼン砂漠での未確認モンスター一体の討伐』と書かれていた。
「……リュウゼン砂漠か」
「うむ。王国に向かっていた商人ギルドがモンスターに襲われ、運搬していた荷車ごと破壊。ほぼ全滅じゃ。唯一生き残った一人の商人から事情を聴いたが、蛇のような巨大なモンスターだったそうじゃ」
「…………
「いや、おそらくは特殊個体のモンスターだとギルドは判断した」
モンスターは主に三種類に部類されている。一つは通常個体。
もう一つが特殊個体、同じモンスターでも環境などの何らかの影響によって突然変異した特別な個体。オスカーが討伐したアトクラム大樹海のオークも他のオークと異なり戦闘能力が非常に高い特殊個体であった。
最後が別称個体。条件は特殊個体と変わりはないが、より狂暴になっていたり知能が高かったりとSランクの冒険者パーティーでも討伐が極めて困難な特殊個体にギルドが名前を付け、警戒している。
「あいにくSランクパーティーは出払ってしまっていての。代わりを探していたんじゃよ」
「……どう見てもSランク、最低でもAランクの依頼じゃないか……俺はBランクだぞ?」
「だから、こうやって密室で話しておるんじゃ」
オスカーは不満そうに高難易度の依頼をテーブルに戻した。
「だいたい、アトクラム大樹海のオークもAランクの任務だったはず。なぜ、Bランクの俺が……」
「お主がパーティーを組まないのが悪いんじゃ。大体、個別にAランク、Sランクを付けるのは無理じゃってお主も分かっておるじゃろ?」
「……それは……そうだが……」
「それに【妖精の宿り木】の依頼を優先的に尚且つ、他の冒険者には秘密でお主に依頼を回す。その代わりにこちらが用意した依頼は必ず受ける。これが条件だったはずじゃが……?」
実はこの提案を持ち掛けたのはオスカー自身であった。気に入った【妖精の宿り木】に他の冒険者が殺到してしまうと人見知りであるオスカーは満足に食事することが出来ない。
だからこそ、【妖精の宿り木】からの任務は全てオスカーが受け、【妖精の宿り木】の存在を悟られないようにしているのだ。
リリアナの正論に屈したオスカーは項垂れながらも首を縦に振った。
「…………分かった……その依頼受ける」
「うむ、頼んじゃぞ。【孤高の鉄剣士】よ」
吹き荒れる暴風の中を進むと、大きな影が見えた。モンスターかと思い、背のバスタードソードに手を掛ける。しかし、大きな影は微動だにしなかった。警戒しながら進むと大きな影の正体は
主に鉱石を主食にしているロックライノスはリュウゼン砂漠では比較的おとなしいモンスターで群れで生活している。その皮膚は非常に硬く、防具として加工されることが多い。
オスカーはロックライノスの死体に近づき、座り込んだ。ロックライノスの固い皮膚は風防として非常に優秀で吹き荒れる暴風からオスカーを守っていた。
少しばかりの休憩しながらもロックライノスの死体に触る。死後硬直しているがまだ僅かにぬくもりを感じた。
死んで間もないことに気が付いた瞬間、地鳴りと共に地面が揺れた。
「ッ!?」
オスカーは慌ててその場を離れた。その瞬間、地中から巨大な何かが飛び出してきた。飛び出してきた何かはロックライノスの死体に食らいつき、そのまま丸呑みした。
視界が悪い中、目を凝らしながら見ると巨大なミミズのようなモンスター。その正体は
サンドワームは主に砂漠や荒野などの地中に生息するモンスターで目は退化し、見ることが出来ないが身体中の微細な体毛で周囲を感知し、地中を掘り進むことができる。身体の途中までしか地上に出ていないため、全長は不明だが地上に出ている分だけでも3メートルは優に超えていた。
通常のサンドワームであれば全長は約2メートルほど。しかし、このサンドワームは地上に出ている部分だけでも通常個体の大きさを軽く超えていた。
「……特殊個体で間違いはないようだ……」
背負っていた麻袋を投げ捨て、バスタードソードを構える。サンドワームとの間合いを取り、攻撃の機会を伺っているとサンドワームの方が先手を打ってきた。勢いよく、オスカーの方に身体を伸ばし、口を大きく広げる。オスカーを丸吞みしようとしていた。
オスカーはサンドワームの突進を回避し、側面からバスタードソードを叩きつける。しかし、バスタードソードの斬撃はサンドワームの皮膚に弾かれてしまい、オスカーはバックステップしながら後退する。
サンドワームは旋回しながらものすごい勢いで突進してくる。オスカーは跳躍し突進を回避。そのまま体を回転させながら、回転の勢いでバスタードソードを振るう。しかし、サンドワームの皮膚は固く、バスタードソードは弾き返されてしまった。
オスカーが着地すると同時にサンドワームの胴体が目の前に迫ってきていた。サンドワームは突進がかわされるとすぐさま体当たりをしてきたのだ。まるで丸太のような胴体が迫ってきた。オスカーはバスタードソードで受け止めるが勢いを殺すことができず、吹き飛ばされてしまった。空中で体勢を立て直しながら辛うじて着地する。
「…………アトクラム大樹海のオークよりも手強いな」
サンドワームはいつの間にか砂に潜り込み、姿を消した。
再び、静寂に包まれるとオスカーの足元が揺らいだ。オスカーは飛び込むようにその場から離れるとサンドワームが勢いよく飛び出してきた。
大量の砂を被りながらも体勢を整える。オスカーはバスタードソードを水平に構え、勢いよく駆け出した。サンドワームとの距離を詰めると今度はサンドワームの皮膚を切るのではなく、バスタードソードを突き刺した。
完全に突き刺すことはできなかったがバスタードソードの先端がサンドワームの皮膚が突き刺さった。どうやらサンドワームの皮膚は面の攻撃には強いが点の攻撃には弱いようだった。
僅かだが負傷したサンドワームは暴れだし、全身を露わにした。その全長は5メートルを超えていた。暴れ狂うサンドワームは尻尾部分を振り回す。オスカーは暴れる尻尾をかいくぐりながら、飛び上がる。飛翔したと同時にバスタードソードを振り上げ、落下の勢いを使ってサンドワームの胴体に剣を突き刺した。
落下により先程の攻撃よりも勢いが増し、バスタードソードが深くサンドワームの皮膚に突き刺さる。サンドワームはオスカーを振り落とそうと暴れだす。オスカーは左右に大きく揺さぶられながらも突き刺されたバスタードソードをさらに押し込む。サンドワームはたまらず地中に潜り、逃げ込もうとする。砂の中に入るわけにもいかず、オスカーはバスタードソードを引き抜き、サンドワームを蹴り上げて距離を取った。
サンドワームは再び地中に潜り込み、姿を消した。オスカーはサンドワームが再び奇襲してくると確信し、準備を始める。ポーチから拳サイズの鉄球を取り出した。鉄球にはピンようなモノが付いており、ピンに指を掛ける。すると、再びオスカーの足元が揺れ始めた。
オスカーはピンを抜きながら回避し、鉄球を放り投げた。するとオスカーが先程までいた場所からサンドワームが勢いよく飛び出した。
サンドワームはオスカーを丸吞みしようとしていたため、口を大きく開けており、オスカーが放り投げた鉄球が口の中に入っていった。サンドワームは放り込まれた鉄球を気にせず丸呑みし、そのまま旋回して、オスカーに襲い掛かる。
しかし、ボンッという爆音と共にサンドワームの身体がいきなり膨れ上がった。サンドワームは倒れ込み、ビクビクと痙攣していた。
「うまくいったか……」
先程、オスカーが放り投げた鉄球は衝撃弾と言い、鉄球の中には衝撃を与えるとその衝撃を拡散し増幅される特殊な鉱石が入っており、サンドワームが丸吞みした際の衝撃を体内で拡散、増幅させていたのだ。衝撃弾の放つ衝撃でサンドワームは体内から大ダメージを受けたのだ。
サンドワームは完全に息絶えてはおらず、痙攣しながらも最後の抵抗かのように尻尾を振り回していた。オスカーはバスタードソードで受け止めながらサンドワームに近づき、頭部を狙って剣を突き刺した。衝撃の影響か、サンドワームの皮膚は柔らかくなっており簡単に頭部を突き刺すことができた。
とどめを刺されたサンドワームは力尽き絶命した。
戦闘を終えたオスカーは一息つくとバスタードソードをサンドワームから引き抜き、鞘に戻した。投げ捨ててあった麻袋を回収し、サンドワームの解体を始めた。
手際よく解体を進めているとオスカーはあることに気が付いた。
「…………サンドワームって食えるのか?」
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