第4話 淑女と束の間の休息と
桃太郎と別れてから、数十分。彼から提供された情報のとおりに進んでいけば、たしかに、植物が絡まっている城が見えてきた。歩き続ければ、城がだんだんと大きくなってくる。
「……だいぶお城に近づいてきたみたいね」
「そうですね……それにしても、日は暮れないんでしょうか?」
「言われてみれば、ずっとお昼だね……これも、夢だから……かな?」
「夢って便利だなあ……」
道中で、そんな会話を交えながら。あとどれくらい歩き続ければ、城へ辿り着けるのだろうか……と考えていると、ふいにシェインが立ち止まった。エクスたちも、シェインにならって立ち止まる。
「シェイン、どうかしたの?」
「……みなさん。なにか、こう……においませんか?」
「えっ……におう……?」
「クサイとか、そういうのじゃなくて、すごくいい香りなんですけど……」
シェインの言葉に、レイナたちは、すんすんと鼻をひくつかせた。たしかに、花とは別の、いい香りがする。
もしかすると、この香りは次に出会うヒーローの手がかりになるかもしれない……と、エクスが考えていると、レイナがこのかおりに対して口を開いた。
「…………これは……紅茶かしら?」
「紅茶……? じゃあ、もしかして……次は、あ――」
「あら、こんにちは。あなた達、森で何をしてるの?」
「!」
アリスではないか、と言いかけたところで、前方から声がかかった。
顔を上げれば、太陽の光に反射して、キラキラと輝くきれいな髪が視界に入る。そして、ぱちりとまばたきをした空のように青い瞳。金髪碧眼の少女だ。その姿は、間違いなく、小さな淑女――アリスであった。
「あ、アリス!」
「えっ……あなた、私を知ってるの? 誰かしら……」
「あ、いや、えっと……僕たちは、君じゃないアリスに会ったことがあるんだ、と、思う……」
「私じゃない私……? よくわからないわ……」
エクスの咄嗟の言葉に、首をかしげたアリス。これ以上詮索されるのはまずいと判断したレイナが、助け舟を出した。
「そ、それより! どうして紅茶を飲んでるの?」
「いえ、その前にですよ。どうしてここに居るんですか?」
レイナの疑問よりも前に、シェインのもっともな疑問が述べられたわけだが……二人から同時に質問されたことによって、アリスはかなり困惑したらしかった。
「え、ええ……? 紅茶は……飲みたいと思ってたら、急にティーセットたちが現れたの。それで、ここに来たのは……覚えてないわ……眠気に襲われたような気がするんだけど……」
「じゃあ、オレたちやシンデレラ、桃太郎と同じってわけか」
「みたいね。でも、どうしてアリスなのかしら?」
「……?」
たしかに、それはエクスも不思議に思っていた。
シンデレラは、エクスの出身想区の主役。桃太郎も、タオとシェインの出身想区の……だが、レイナは違う。
過去に想区を滅ぼされたと言っていたし、アリスのことは物語として知っていたと言っていた記憶が――と、そこまで考えたところで、ある答えに至った。
「レイナが好きだって言ってたから、とか?」
「あー……そういえば、そんなことも言ってましたね」
「もしそうなら嬉しいわ……! アリスとお茶会をしてみたかったの!」
二人の言葉に、目を輝かせたレイナ。アリスがお茶会に招いてくれると決定したわけではないはずだが、それを言ってしまうのは憚られるように感じた。そういうわけで、エクスは小さく「良かったね、レイナ」と呟くことで、この話題を切ろうとした。
アリスとのお茶会よりも、今は次にくる敵のことを考えておきたかったのだ。
「……それじゃあ、次はアリスの想区の……でも、どっちのカオステラーなのかな? たしか、二つあったよね。アリスの想区って」
「不思議の国と、鏡の国ですね。服からして、鏡の国だと思いますよ。コネクトしたとき、赤い服を着ていた覚えがあります」
「鏡の国か。ってことは……あのバカでかいのか?」
「あ……ジャバウォック、だったっけ」
「たぶんですけど。……でも、まあ……」
言葉を途切れさせて、レイナとアリスの方を向いたシェイン。二人は、なにかの話題で盛り上がっているようだった。
「まあ、いいの!?」
「ええ、もちろんよ! お茶会なんだもの。それに、レイナのお友達ともお話してみたいわ」
「ありがとうアリス……! それじゃあ、みんな。アリスとお茶会を楽しむわよ!」
こちらを振り向いたレイナは、それはもう、嬉々とした笑顔であった。その様子を見て、シェインはかすかに笑っている。
「……この調子だと、すぐにヴィランを倒すことにはならない気がします」
*
芳醇な紅茶のいい香りに、思わず笑みがこぼれた。その様子を見たアリスが、「いい香りでしょう?」と満足げな表情を見せてくれる。
アリスとのお茶会が始まってから、既にかなりの時間が経過していた。そろそろ、ヴィランがいつ現れても可怪しくないと思えてくる。
「警戒しておいた方が良さそうですね」
「そうだね……楽しんでいる最中に来られると、さすがに迷惑だけど……」
「場所もタイミングも考えねえのが、ヴィランだからな。仕方ねえ」
シェイン、タオとそうやって話していると、シェインのそばにある茂みから、カサカサと物音が聞こえた。その音に反応すれば、例のごとく黒い影が姿を見せるわけで……
何よりも早く、シェインが反応した。
「姉御、ヴィランです!」
「えっ、こ、このタイミングで!? もう、やだぁ……」
「カオステラーのテリトリーなんだから、仕方ないよ……レイナ、早く!」
「ちょ、ま、待って……!」
エクスたちが空白の書を手にとるのを見て、レイナも慌てて空白の書を掴んだ。そして、導きの栞を挟んで、ヒーローとコネクトをしようとした瞬間――視界を、白く光る光線が横切った。
「……っ!?」
「えっ」
「……あ、アリス、さん……?」
「ビーム撃ったぞ……!? お、おい……?」
突然のビームに、困惑するレイナたち一行。アリスといえば、可愛らしい笑みを浮かべており、その手には弓矢があった。
レイナは「危ないから、貴方は……下がって、て……」と、どもりながら言う。しかし、アリスはその言葉に「平気よ」と返して、矢を番えた。
「うふふ……お茶会の邪魔をする悪い子は、寝てなくちゃダメよ!!」
「えっ、えええっ!!?」
「アリス!?」
そしてそのまま、ヴィランたちの元へと攻撃を始めた。僕の知っているアリスよりも、なんと言えばいいのか……好戦的である。
まさか自ら突っ込むとは思っていなかったエクスたちは、思わず固まった。一番に復活して、状況をうまく判断したのは、シェインである。
「ちょっ……はやくアリスさんのサポートを! 姉御、新入りさん、とぼけてる場合じゃありません!」
「っ、ええ!」
「ご、ごめんっ」
シェインの言葉に、慌てて、導きの栞を頁に挟む。自分がヒーローとコネクトできたことを確認してから、アリスの元へと走った。気づけば、ヴィランの数はやはり多いようである。
*
戦闘中、アリスが率先してビームを撃ち、ヴィランがすぐに消えていく。あらかた終わったか、と思ったところで、地面が揺れる感覚に、身を低くした。
「来ますね……」
「ああ、気をつけて……っ、アリス!」
「危ねえ!」
「きゃあっ!」
揺れる地面に足を取られたらしいアリスが、バランスを崩した。それを、近くに居たタオが腕を引いて咄嗟に助ける。アリスが元いた場所には、こぶし大くらいの大きさの石が飛んできていた。他にも、色々な場所に石が飛んでいる。
「な、なに……?」
「ジャバウォックだ……! アリスのいた鏡の国で、カオステラーに憑依されたんだよ」
「ジャバウォック……って、あの、詩の……?」
「そうです。シェインたちが倒すので、アリスさんは下がっていてください……と、言いたいところですが」
そう言葉を切って、アリスへと視線を送った。アリスは、弓を握りしめて、強い意志を瞳に灯しながら、「ええ」と、言葉を続けた。
「私も、戦うわ……!」
「そういうと思ってたぜ。もちろん良いだろ、お嬢」
「……ええ。でも、無理だけはしないでね、アリス」
「ありがとう、もちろんよ!」
再び、矢を番えたアリス。その姿は、とても凛々しい。自分たちも、アリスに次いで武器を構えた。目の前のカオステラー――ジャバウォックを倒すために。
*
アリスの放った矢が、ジャバウォックの眉間へと、きれいに刺さった。そして、ジャバウォックはゆっくりと消えていく。
緊張した空気が溶けて、レイナが深く息を吐いた。このジャバウォックで三体目のカオステラーとなるが、この空気に慣れることは一向に無い。いや、慣れたくもないのだが……
「……倒せた、わね……」
「アリスさんのビーム、強かったですね。さすがです」
「そうかしら……? みんなのサポートがあったから、気兼ねなく戦えたのよ!」
「あら、そう言ってもらえると嬉しいわ……! それより、アリス、怪我はない?」
「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう、レイナ」
「いいえ、お礼を言われることじゃ……」
と、平和な会話を繰り広げている横で、シェインがすいっとアリスに近寄った。なにを始める気なのか、と、その様子を眺める。
「ところで、アリスさん」
「なにかしら?」
「この先に、お城があるんですけど……そのお城について、何か知りませんか?」
シェインが知りたかったのは、城の情報らしかった。そういえば、シンデレラや桃太郎からは、何かしらこの想区のヒントを貰っていた。それでは、アリスは? ということなのだろう。
シェインの疑問に、アリスは首をかしげていた。記憶から、何かを探しているらしく、「ううん……」と唸っている。
「お城……それって、いばらに覆われた……?」
「、いばら……?」
「! そうです、そのお城のことです。アリスさん、何か知りませんか?」
「え、ええ……? うん、と……いばらが邪魔で、近づけなかったの。だから、何も……ごめんなさい」
「そうですか……いえ、大丈夫です」
あまりいい情報は得られなかったように思うが、シェインは満足げな様子だった。レイナは、シェインの表情を不思議そうな目で見ていた。
どこかに、いい情報が紛れていたのだろうか。とは言っても、アリスからの情報は、城がいばらで覆われているということしか――いばら?
エクスは、「もしかして」と、ある考えに至った。一度だけ会ったことのある少女が、ぼんやりと思い出されたのだ。
「シェイン、大丈夫って……もしかして、分かったの?」
「はい。これだけヒントがあれば、分かりやすいと思いますよ。新入りさんとタオ兄も、気付いたんじゃないですか?」
「えっ……ま、まあ……もしかしたら、なんだけど……」
「予想だけどな……」
突然話を振られて、一瞬だけ慌てた。しかし、思っていることをそのままに述べれば、レイナはあからさまに肩を落とした。
「うっ……エクスに、タオまで……!? と、とにかく、お城の植物はいばらだったのね!」
「え、ええ。いばらは間近で見たから、間違いないと思うわ」
「そう……ありがとう。それが分かっただけでも、十分みたいだわ」
と、そう言って、残念だという表情を隠しながら微笑んだ。
「なら、良いんだけど……、きゃっ」
レイナの言葉に、そう返したアリスだったが、ふいに光に包まれたことで、短く悲鳴を上げた。
別れ際、光りに包まれる……シンデレラや桃太郎と、同じパターンである。
「どうやら、お目覚めの時間みたいですね……」
「お目覚め……? ここ、夢の世界なの……?」
「僕たちはそう考えてるんだ。アリスは、ここに来る前、眠気に襲われたでしょ? だから、そうじゃないかなって」
「なるほど……! 不思議な場所だとは思ってたけど、夢の世界だったのね! じゃあ、あなた達は夢の世界の……って、最初に私と同じだって言ってたわよね」
「そうですね。シェインたちも、夢の世界に迷い込んだんです」
「そう……はやく目覚められるといいわね……! 私、あなた達とお茶会ができて良かったわ! とっても楽しかったもの」
そう言って、可愛らしい笑みを浮かべたアリス。見ているこちらまで、笑顔にされてしまうようだ。けれども、彼女が光を纏いはじめたということは、別れが近づいていることを意味していた。
「まあ……そう言ってもらえて嬉しいわ、アリス!」
「こちらこそ、素敵なお茶会の時間をありがとう、アリス」
「またいつか、どこかで会おうぜ」
「お元気で、アリスさん」
短く、けれども言いたい思いを込めて、アリスに別れの言葉を贈る。アリスからは、愛らしい笑顔が返ってきた。
「ええ、またいつか会いましょう!」
その言葉を最後に、強い光がアリスを包んだ。それは、シンデレラや桃太郎と、同じ別れ方だった。
アリスが元の想区へ戻ったであろうことを確認してから、レイナが「それで」と口を開いた。
「みんな、ここが何の物語の想区なのか、分かったのね?」
「はい。予想ですけど、自信ありますよ」
「うん……そうだね」
「ああ、オレも」
「そう……それで、その想区は?」
「姉御も、すぐに分かりますよ。だから、早く行きましょう……眠り姫を起こしに」
「……ええ、そうね。答え合わせはその時にすればいいわ……行きましょう、みんな!」
「うん、行こう!」
「おう!」
シェインとレイナの言葉で、再び城へと向かいだしたエクスたち。ヴィランとの戦いで前に進んでいたのか、気づけば城は目前である。視界に入るいばらの城からは、ただただ薄気味悪い雰囲気が漂っていた。
「――ずっと夢に囚われていたくなるくらい、すてきな時間を用意しましょう……」
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