第3話 桃の英雄との邂逅

 目の前に広がる果てしない水の光景に、エクスはひどく既視感を覚えた。初めて見たときは、とても巨大な湖だと思っていたそれも、今ではちゃんと、海として認識している。


「……海、ですね」

「海だな」

「海だね」

「どこからどう見ても、海ね」


 この光景を目にして、次々に口を開いた一行。

 先程まで、森を歩いていたレイナ達は、森を抜けた先で、この海にたどり着いた。鼻をかすめる独特な潮風の香りが、いつかの想区でのことを想起させた。


「海のある想区、なのかしら?」

「どうでしょう……海といえば、宝島ですかね? お宝、探してみますか」

「シェイン、お前お宝がほしいだけだろ……」

「あはは……でも、ほんとに……何の想区なんだろうね。宝島以外なら……ドン・キホーテとか、桃太郎とか……?」

「可能性はいくらでもありますね……」


 海があった想区を並べてみても、ここがどこの想区なのかを知る手がかりには、なりそうにない。

 シンデレラ曰く、「夢の世界」だというこの場所。夢ならば、何でもアリなのだろうか……と考えていたところで、あることに思い当たった。


「桃太郎の気がする」

「どうしてです?」

「なんでだよ?」


 その言葉に、真っ先に反応したタオとシェイン。エクスは、二人に一瞬だけ目を向けてから、言葉を続けた。


「さっき、シンデレラに会ったから……僕の幼馴染の。だから、次はタオとシェインかなって思ったんだ」

「なるほど……たしかに、ありえるわね」


 エクスの考えに、頷いたレイナ。そのレイナを見たシェインが、何とも言えない表情で、レイナ――正確にはレイナの後ろ――を指差した。


「姉御、もう居ます」

「え? 居るって、どういう……!」

「……!? だ、誰でござるか……!?」


 間を置いてから、「も、桃太郎―っ!?」というレイナの声が響き渡った。





「……つまり、桃太郎も、急に眠くなったと思ったらここに居たと……」

「そうでござる」



「――つまり、桃太郎も、急に眠くなったと思ったら、知らないうちにここに居た……ってことね?」


 レイナが叫んでから数分後。エクスたちは、桃太郎になんとか事情を説明して、話をするところまで漕ぎ着けていた。


「どうやら、シェインたちやシンデレラさんと同じパターンみたいですね。これは……」

「ヴィランが来るかもね……警戒、しておこう」

「それが良いですね」


 桃太郎の話を聞いてから、自分やシンデレラと重なる部分が多いことに、エクスは内心肩を落とした。どうやら、想区の手がかりはまだ遠いらしい。

 それに、シェインの言う通り……ヴィランが襲ってくる可能性もあるのだ。しかも、シンデレラと全く同じ状況になるのなら、桃太郎の想区で出会った、あの禍々しいカオステラーも……

 これから訪れるかもしれない未来に不安を抱く気持ちをなんとか前向きにさせようと、エクスは顔を上げた。そして、違和感を覚え、「あれ?」と声が漏れた。


「なんていうか……」

「?」

「うん、と……タオの、表情がさ……」

「……ああ……いつもと比べると、元気が無いですね」


 エクスの言葉を聞いて、タオに目を向けたシェイン。そして「仕方ないですよ」と困った表情を覗かせた。


「桃太郎に関しては、色々と思うことがあるんでしょう」

「……やっぱり、桃太郎と会うのは、つらいのかな」

「そりゃ、そうだと思いますよ。正直、シェインも心にきてます」

「……だよね。僕がシンデレラと再開できて、前向きになれたように……タオも、ここで何かのきっかけが手に入れられたら……」

「…………新入りさん」

「うん?」

「後ろに、来てます」


 暗い雰囲気になるエクスをよそに、シェインは嫌そうな顔でエクスを指差した。その動作に見覚えがあったエクスは、ゆっくりと、自身の背後を確認する。

 そして視界に捕らえた黒いそれらに、思わず頭を抱えたくなった。


「うわあ……さっきも思ったけど、多すぎない!?」

「――坊主!? どうしたんだ、って、ヴィラン!?」

「なっ……思ったより早かったわね!」


 エクスの声を聞いて、慌てて反応したタオとレイナ。その手には、すでに空白の書が取られている。気づけば、シェインも準備万端だ。それを確認したエクスは、慌てて自身の空白の書を手にした。


「みんな、気を引き締めて行くわよ! さっきと同じなら、カオステラーも現れるわ」

「もちろんです」

「分かってるよ、レイナ」

「おうよ……! 桃太郎、お前は下がってろ!」


 一瞬だけ、桃太郎の方へと顔を向けて、そう言ったタオ。しかし、桃太郎もまた、簡単に頷く男では無かった。


「なっ……せ、拙者も戦いますぞ!」

「止めとけ、震えてんだろ」

「そ、それでも……っ、自ら刀を取って戦わねばならぬ時というものがあり、この大太刀を握るのが、桃太郎の運命を与えられた自分の役目!! 誰が何と言おうと、拙者は戦うでござる!」


 タオの言葉に、力強く、そう言い返した桃太郎に、タオが目を見開いた。そして、タオがその言葉に反応をする前に、レイナがすっと答えた。


「わかったわ。じゃあ、後方は任せるわよ」

「は、お嬢!?」

「はい、任せてくだされ! ……桃から生まれた桃太郎、いざ参るッ!!」


 その言葉を発してから、勢い良くヴィランたちの中へと突っ切った桃太郎に、タオが慌てて導きの栞を挟んだ。まばゆい光がタオを包んで、ヒーローの魂とコネクトされる。


「怪我だけはすんじゃねえぞ!!」


 そう言って、桃太郎の援護へと向かったのだ。

 一方のエクスたちは、未だコネクトをしていない。先にヴィランたちに身を投じた桃太郎とタオにならって、導きの栞を適当な頁に挟んだ。タオと同じように光に包まれれば――あら不思議。片手剣を扱うヒーローへと、容姿が変わった。頭の中で、コネクトされたヒーローの声が響く。


「……ところで、レイナ。どうしてあんなにあっさりオーケーしちゃったの?」


 シンデレラのときは、結構渋っていたよね? と、疑問を溢せば、レイナは「ああ……」と、少しだけ目を伏せて、言った。


「必殺装填が居たら、楽だと思って」

「ちょっ、メタい!」





 ヴィランを切り倒していくこと数分。やはり数が多いように見えるのだが、桃太郎が先を切って倒していくため、多いという実感はあまりなかった。

 そうして気づけば、蔓延っていたヴィランはあらかた倒し終えていた。


「多かったわね……桃太郎が居てくれて助かったわ」

「そう言って頂けると有り難いでござる」

「お嬢、平気か?」

「これくらい平気よ! それに、さっきと同じパターンなら……」


 そろそろ、と続くはずだった言葉が、大きな影によって途切れた。えっ、と顔を上げれば、いつの日か桃太郎の想区で見た巨大な体。


「カオステラー……!」

「な、なんでござるか!? この、ば、化物は……っ!」


 赤い肌に、鬼の角。そして何より、二つに分かれた頭部。まさしく、桃太郎の想区のカオステラー――双頭の大鬼である。


「お前の……じいさんと、ばあさんが、カオステラーに憑依された姿だ」

「おじいさんとおばあさんが……!? か、かおすてらあとは……」

「とにかく、あいつ……双頭の大鬼を、倒さなきゃなんねえ。……いけるか、桃太郎」


 そう言って、タオは桃太郎を見据えた。その目には、桃太郎への、信頼の色が伺える。

 そのことに気付いた桃太郎は、手にしていた大太刀の柄を強く握った。


「……っ、もちろん……やってみせるでござるよ!」

「ああ、その意気だ……行くぞッ!!」


 そうして、持っている武器を振り上げた。力強く、目の前の敵――双頭の大鬼へと。





 桃太郎の大太刀が、双頭の大鬼の腹を貫通する勢いで突き刺された。その攻撃が最後の一撃となり、最後の敵が霧となって消えていく。


「……倒せましたね」

「そうだね。これで、一安心かな……」


 やがて影も形も消えたカオステラーに、倒したことを実感する。エクスは、シェインと顔を見合わせて笑った。レイナは、小難しそうな顔で、先程まで双頭の大鬼が居た場所を見ていた。


「……なかなか、やるじゃねえか」

「……え?」

「良かったぜ。お前の、太刀筋」

「……! タオ殿こそ、なかなかの腕前でありました」

「そりゃ良かった。ああ、本当に……」


 タオと桃太郎が、そんな会話をしていたのが、耳に入った。

 桃太郎を見つけたとき、どことなく元気のない表情をしていたタオだが、カオステラーを倒し終えた今は、その評定は見る影もないようだった。

 良かったな、と思っていると、桃太郎がふいに「あっ」と声を上げた。なんだろう、と思って顔を上げれば、シェインもレイナも、エクスと同じように桃太郎へ顔を向けている。


「向こうに、城が見えたでござるよ」

「えっ、と……城?」

「道を探してるのでしょう? 城の方向へ向かって進めば、なんとかなると思うでござる」

「……お城、ねえ」


 桃太郎からの情報提供に、思案を始めるレイナ。シェインは、「どんな城だったんです?」と質問をしている。


「拙者には、植物が根を張っている城のように見えました。しかし……どんな城かは、間近で見ねば分からぬものでござる。あまり良い情報ではなくて申し訳ない……」

「いや、城があったって情報だけでも十分だ。ありがとよ」

「タオ殿たちのお力添えができたのなら、何より……って、!?」


 会話を続けようとしていた桃太郎が、言葉を途切れさせた。自身の体が、光り始めたからだ。

一行は、すでにそれを経験していたため、特に焦る様子もなく、ただ「もう時間なのか」と思うだけである。


「もう目覚めるのね」

「め、目覚め……?」


 レイナの言葉に疑問をぶつけた桃太郎。それに、シェインが説明をするように答えてくれた。


「シェインたちは、ここを夢の世界だと考えてるんです。桃太郎さんも、眠気に襲われて、気付いたらここに居たのでしょう? だから、おそらくは……」

「な、なるほど……先程の、摩訶不思議なヴィランやカオステラーとやらも、夢の世界の住民だったというわけでござるか……」

「ま、まあ、そういうことになるね……!」

「……?」


 ここは勘違いさせておいた方がいい、と思って、肯定を口にしたエクスだが、どことなくぎこちない様子である。桃太郎も、うっすらとそれを感じ取ったらしく、不思議そうにエクスを見た。

 この状況を、誰か……! と思っていたところで、突然、タオが一歩、桃太郎に近づいた。


「桃太郎。オレ、さ……お前に会えて良かったぜ。なんつーか……お前と、背中を任せて最後まで戦うことができて、本当に良かった」

「……拙者も、タオ殿に会えて良かったでござる。桃太郎という役、拙者には、荷が重すぎると思っていたのだが……タオ殿のおかげで、前向きになれそうでござる」

「そりゃ何よりだな元気でやれよ、桃太郎!」


 タオは、その言葉を口にして、優しい笑みを浮かべた。自分も、タオにならって感謝の言葉を並べていく。


「お城の場所、教えてくれてありがとう!」

「ありがとうございました、桃太郎さん」

「不思議な時間であったが、タオ殿たちとともに戦うことができて良かったでござる。こちらこそ、礼を申し上げる!」

「そんなに固くならないでいいのよ。……また会いましょう、桃太郎」

「ええ、また……!」


 その言葉を最後に、桃太郎は強い光に包まれた。眩しさに目を閉じて、また、光が引いた頃に目を開ければ、桃太郎の姿は、もうそこには無かった。

 シンデレラと同じ別れ方だ。


「……起きたんですかね?」

「たぶんな」


 シェインが呟いた小さな声を拾って、タオが返した。シェインは少しだけタオを見てから、ゆっくりと、口元に三日月を描いた。

 シェインの表情を見て、事を察したレイナとエクスも、シェインと同じように頬が緩んだ。


「タオ兄、少し嬉しそうですね」

「は!? そ、そんなわけ」

「ニヤけてるよ、タオ」

「……と、とにかく! 桃太郎が言ってた城に向かうぞ!」

「あら、そっちは逆よ?」

「…………っ!」


 珍しいこともあるんだな。と思いつつも、タオの焦りようにくすりと笑い声が漏れた。

 ――僕がシンデレラと再開できて、前向きになれたように……タオも、ここで何かのきっかけが手に入れられたら……

 その言葉を思い出して、タオを見て、また、笑った。すると、タオが咎めるような目でこちらを見る。


「おい、坊主……」

「ご、ごめんって……でも、良かった」

「……?」

「ふふっ……それじゃ、行きましょう」

「そうですね。ほら、タオ兄、行きますよ!」

「うおっ、引っ張んなって、シェイン」

「ちょっと、転けないでよー?」


 笑顔の広がった一行は、また一歩を踏み出した。目指す先に、何かの手掛りがあることを信じて。



「――しあわせな夢を、見せてあげたいわね」

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