第2話 目覚めと再開するガラスの靴


 それはまるで、真っ暗な世界を彷徨っているようだった。


 ぐわんぐわんと、身体が大きく揺さぶられる感覚に、エクスは思わず身を固くする。心なしか、誰かが自分の名前を呼んでいる気さえしてきた。


「――きて、…………て、……っ、エクス……起きて、エクスっ!!」

「んっ……、う、うわあっ!?」


 はっきりと呼ばれた自分の名前に、瞼をこじ開けてみれば、目の前には切羽詰まった様子のレイナ。エクスは思わず飛び上がった。


「やっと起きた……!」

「びっくりした……レイナ……?」

「びっくりした、はこっちのセリフよ! 気付いたら、ここに倒れていて……でも、さっきの場所とは違うみたい」

「え……? ほ、ほんとだ……って、レイナ! タオとシェインを起こさないと!」

「……! そ、そうね。起きて、タオ、シェイン! 起きて、起きてってば!」


二人の身体を大きく揺さぶるレイナを見て、先ほどの感覚を思い出したエクス。なるほど……あんなに揺さぶられているように感じたのも、このレイナを見れば納得できた。なぜなら、本当に揺さぶられていたのだから。

 そして、のんきにレイナを眺めている場合ではないということを思い出したエクスは、慌てて、タオとシェインの元へ駆け寄った。レイナに「少し落ち着いて」と声を掛けながら、自分も、タオとシェインの名前を呼ぶ。

 そして、先に反応を示したのは、タオであった。


「……あー……? おじょう、ぼうず……あに、やってんだ……?」

「何やってんだ? じゃないわよ! 早く起きて、シェインを起こして!」

「……!? お、おう……?」


 かすかに寝ぼけながらも、レイナにまくし立てられて、慌ててシェインに手を伸ばすタオ。そして、先ほどレイナがやった時よりも優しく、シェインを揺すった。


「おい、シェイン。起きろー」

「んんっ……なんですか、タオ兄……せっかく人が気持ちよく寝てたというのに――って、あれ?」

「気がついた? シェイン、大丈夫?」


 ようやく目を覚ましたシェインに、レイナが心配そうに顔を近づけた。シェインはぱちりとまばたきをしてから、「大丈夫ですよ」と少し笑う。


「そういえば……急に眠気が襲ってきて、倒れてしまったんですよね。」

「そうだな……お嬢と坊主は大丈夫なのか?」

「えぇ、私は平気よ」

「僕も大丈夫」

「……それで、ここはどこなんですか? さっき倒れた場所とは、違いますよね」


 記憶が確かならば、倒れる前は、けもの道を歩いていたはず。だが、どこを見渡しても、けもの道は見当たらない。

 眠っている間にどこかへ移動したのか、あるいは、連れて来られたのか……おそらく、後者だと思われるが――


「わ、私に聞かないでよ! それを今から調べに行くのよ」

「それもそうですね……すみません、姉御」

「え!? う、ううん。気にしないで……シェイン、もう大丈夫なのよね?」

「大丈夫ですって……」


 最後まで目を覚まさなかったシェインを心配するレイナ。エクスは二人を暖かく見守りたい気持ちになったが、ここで立ち止まっていては何も進まない。


「みんな、先へ進もう。ここがどこの想区なのか、調べるために……!」

「そうですね……ちゃちゃっと手がかり、見つけちゃいましょう」

「おう! それじゃあ、行くとするか! お嬢、はぐれるんじゃねえぞー」

「なっ……! わ、分かってるわよ!」


 再び一歩を踏み出した、レイナたち調律の巫女一行。けもの道で無くなった分、歩きにくさが顕著に表れた。エクスとタオは、レイナとシェインの二人に気を使いながら、森の出口を目指して進んでいった。





 一行が目覚め、そして歩み出してから数十分。森を抜ける気配は一向になく、レイナたちは、いまだに緑が生い茂る道を歩き続けたままだった。


「街はまだなの……?」

「ずっと森だね……もしかして、街とは反対の方向へ進んでるんじゃ?」

「可能性はありますね……今のシェイン達は、どちらがどちらか把握できてませんし。このあたりで、一度休憩にしませんか?」

「そうだな……お嬢もシェインも、ずっと歩き続けて疲れただろ」


 森を歩き続けたものの、けもの道へ出ることもなく、人に出会うこともなかった。ひとまず、シェインの提案で休憩することになり、エクスは地面に座り込んだ。自分も足が疲れていたのだ。


「にしても、不気味ね……この想区」

「そうだな。今まで一度もこの想区の住人には会ってねえし……ふつう、これくらい歩いてたら、最低でも一人とは会えるはずなんだけどよ」


 休憩として足を休ませている間に、この想区について話し合った。この想区はあまりにも不気味すぎて、自分は何も思っていなかったが――たしかに、いまだに誰とも巡り会えないのは、おかしすぎる。

 それが、森をさまよい続けているからなのか、カオステラーが原因なのかは、まだ分からないが。


「シェインたちが、あまりにも森の奥へ来すぎたという可能性も捨てきれま……っ!」


 言葉を途切れさせて、勢い良く立ち上がったシェイン。そうして、あたりを見回してから、ある方向――タオの後ろだ――を指差す。


「たぶんですけど、あの茂みの奥に……誰か居ますね」

「えっ、まさか、ヴィラン!?」


 シェインの突然の言葉に、思わず声が出てしまう。

 シェインはいたって冷静に、「その可能性も捨てきれません。なんせ、カオステラーのいる想区ですから」と、返事をくれた。


「……この想区の住人の可能性もあるわ。でも、ヴィランにも警戒しておいて」

「わかったぜ、お嬢! 俺が茂みの奥を見てきてやるよ!」

「えっ、ちょっ、タオ!?」

「おい! そこに居るのは……って、うわあ!?」

「――きゃあっ!!」


 エクスたちにそう言って、茂みの奥へと向かったタオ。

 そうして、次の瞬間には、タオの驚いたような声と――女の子の声が、聞こえた。


「……えっ」

「へ……?」

「はい?」


 ……女の子の、声。どうやら、頭の中で、情報の処理が追いついていないらしい。

 ありえるはずがなかった。こんな、人気もない、森の奥で……女の子の――彼女の声が、するなんて。


「今の、女の子の声……よね?」

「え、えぇ。とりあえず、タオ兄のところに行ってみ、っ新入りさん!?」

「エクス!?」


 レイナとシェインが、自分の名前を呼んだ。

 でも、それ以上に――エクスは確かめたかった。先ほどの声の主が、自分のよく知る、あの幼馴染であるのかを。


「っ――シンデレラ!!」


 タオと同じか、それよりもずっと勢いをつけて、茂みに飛び込んだ。

自分の視界に真っ先に入ったのは、タオだ。背中を向けていたが、自分が来たことによって、顔だけはこちらを向いていた。


 一歩、踏み出す。タオの奥に、純白が見えた。

 もう一歩、踏み出す。純白の上に、きれいな水色が見えた。

 さらにもう一歩、エクスは踏み出した。目の前には、幼馴染の少女とそっくりな――シンデレラが、座り込んでいる。


「もしかして、エクス……? あなた、どうしてここに……」


 自分の名前を、目の前のシンデレラが口にした。自己紹介もしていないのに、自分の名前を知っている。それはつまり、このシンデレラが、正真正銘、エクスの幼馴染である少女だいうことを意味していた。


「そ、……それは、僕の台詞だよ! シンデレラ、どうしてここに?」


 もう会うこともないと思っていた幼馴染が、目の前に居る。そのことに感動しつつも、それを表に出さないよう、必死にこらえながら……エクスは、シンデレラに問いかけた。

 シンデレラは、少しだけ目を伏せながら、エクスの問に答えてくれる。


「分からないの……急に、眠くなって……気付いたら、ここに。ねえ、エクスは……?」

「……僕たちも、同じだよ」

「そう……」


 二人の会話から、暗い雰囲気が立ち込め、タオは肩身が狭くなる。お嬢、シェイン、助けてくれ……なんて思っているのは、本人にしか分からないが。

 そんな時、まるて救世主かのように、レイナが駆け寄ってきた。


「えっと……エクス? それにあなた、シンデレラ……よね?」

「えっ……? あの、あなたは……?」

「あ、ええっと……私はレイナ。エクスと一緒に、旅をしているの」

「エクスと……?」

「シェインとタオ兄も一緒ですけどね」

「え、そ、そう……」


 レイナに次いで会話に参加するシェイン。シンデレラは、思わず困惑の表情を見せた。

 それもそのはず。自己紹介もろくにせずに会話に参加されたら、誰だって困惑してしまうものだ。

 レイナが咄嗟に「自己紹介がまだよ」と言うと、シェインは気付いていなかったのか、きょとんとしてから、小さく謝罪をした。


「そういえば、まだでしたね。ども、シェインです」

「オレはタオってんだ! よろしくな、シンデレラ」

「よ、よろしく……えっと、私はシンデレラ。エクスの……幼馴染、です……」


 シンデレラの、かすかに恥じらいを含んだその自己紹介に、エクスを除いた三人は、内心「知ってる」と返した。しかし、内心の言葉が表情に出ていたのか、エクスが「みんな、その表情はなんなの!?」とつっこみかけたのは、また別の話……

 しかし、いつまでもこの雰囲気では埒が明かない。エクスは、この空間の突破口を見つけるべく、口を開いた。


「こっ……これから、どうするの?」

「っ! そ、そうね……まずは、ここがどこなのかを調べなきゃいけないわ」

「調べる? シンデレラが居るってことは、そういうことなんじゃねえの?」


 言われてみれば、そうかもしれない。

 だが、それで納得するには、違和感を禁じ得ない部分がいくつかあるのだ。それをすでに読み取っているシェインは、タオの言葉に、呆れた様子で言葉を返した。


「タオ兄……彼女の話、聞いてました? シェインたちと同じように、気付いたらここに居たんですよ。その線は、あまり期待できないです」

「ええ。私たちと同じように、というのなら……もっと別の可能性が高いわ」

「じゃあなおさら、ここがどこなのかを、調べないといけないね」


 エクスがそう言うと、レイナは「そうね」と、力強く頷いた。そして、おもむろに、背中を向けて進み出す。


「休憩は終わり。みんな、行くわよ!」

「ちょ、待てよお嬢!」

「姉御、さきさき行かないでください!」


 そんなレイナに、慌てて付いて行くタオとシェイン。そして……


「行こうか、シンデレラ」


 エクスは、シンデレラに手を差し伸べた。森で、足元も不安定なのに、ガラスの靴――ましてや、ヒールを履いて歩き続けるのは、とても大変だろう。

 そんなシンデレラを、完璧にエスコートしてみせよう。と、エクスは意気込みながら、シンデレラと共に、レイナの後を追った。





 暫く森を歩き続けていると、ふいにレイナが立ち止まった。後ろを歩いていたエクスたちも、必然的に立ち止まることになる。


「……お嬢? どうかしたのか?」

「ううん……ねえ、何か聞こえない?」

「はい? ……足音、ですかね? 小動物が駆け回ってるんでしょうか」


 静まり返った森の中で、カサカサ……と草花をかき分けるような音が聞こえた。それは、自分の右奥の方から、だんだんとこちらへ向かっているらしかった。

 目を凝らせば、黒い影がうごめいているように見えなくもない……と、そこまで分析したところで、エクスはあることに気付いた。


「シンデレラ、下がって!」

「えっ!? エクス、どうし……っきゃあ!」

「――クルル……クルルゥ……」


 エクスがシンデレラを庇うように前に出るのと同じタイミングで、相手も姿を現した。

 垂れたウサギの耳のようなものを揺らしている黒いそれは、レイナたち調律の巫女一行には、ひどく見覚えのあるものだった。


「ついにおいでなすったか……ヴィラン!」

「……やけに数が多いですね。これはまた、面倒な……」


 シェインが、ヴィランの大群を、前にそうこぼす。目の前で独特の声を上げるヴィラン――ブギーヴィランたちは、他の想区で対峙するときよりも、少し多いように見えた。


「……とりあえず、倒すしかないわね」

「そうですね……新入りさん」

「分かってるよ……シンデレラ、君はここで待っていて」


 シェインからの目配せで、彼女の言いたいことを察したエクス。自分の背後に隠すようにしていたシンデレラにそう告げれば、シンデレラは顔を曇らせた。


「嫌よ……」

「えっ?」

「シンデレラ……?」

「私も、貴方たちと一緒に戦うわ……! なぜだか分からないけど……戦わなきゃいけないって、そう思うの。だから……!」


 そう言って、強い決意を見せたシンデレラに、エクスたちは思わず固まった。だが、相手はヴィラン。シンデレラのようなお姫さまと、戦わせるわけにはいかない。


「ダメよ、危険だわ」

「そうだよ、シンデレラ……ここは、僕たちに任せて」

「で、でも……お願い……っ!」


 そう言って、シンデレラは深々と頭を下げた。レイナとエクスは、顔を見合わせて、どうするべきかと悩むが――答えが出るよりも先に、シェインとタオが、会話に割り込んできた。


「シンデレラさんがこんなに強く望んでるんですから、一緒に戦いましょう。ヴィランの数からしても、人手は多いにこしたことありません」

「お嬢がコネクトできるのは、ヒーラー。もしシンデレラが怪我をしたら、お嬢が助けてやればいいだろ?」

「それに……シンデレラさんを守る騎士なら、もう居ますよね」


 シェインにそう言われて、エクスは少しだけ目を見開いた。

 そうだ。シンデレラを危険から遠ざけることだけが、彼女を守る方法じゃない。もっと近くで、シンデレラの側で、彼女を守ることだって……


「……うん、そうだね。僕が、シンデレラを守るよ!」

「ちょっ、エクス!? ああ、もう……分かったわよ! そこまで言うのなら……それに、これ以上話し合ってる場合じゃなさそうだし」


 レイナの言葉に辺りを見渡せば、ブギーヴィランたちが四方を囲っていた。こうして話している間にも、ブギーヴィランはエクスたちを倒す準備をしていたのだ。


「やはり多いですね……」

「シンデレラ、無理だけはしないで。僕が、君を守るから」

「ええ、分かってるわ……ありがとう、エクス」


 シンデレラの言葉に頷きながら、エクスは自らの運命の書――空白の頁を与えられた、空白の書を片手に取った。空いたもう片方の手には、レイナから与えられた、導きの栞を。レイナたちも同じように、空白の書と、導きの栞を手にしている。

 これで、ヴィランと戦う準備は万全だ。


「……よし、行くぜ! タオ・ファミリー、出撃だッ!!」





 片手に握った剣を振るう。目の前のヴィランを切り込んだ感覚をしっかりと胸に刻みながら、すぐに現れる次のヴィランへと、その剣先を向けた。


「次から次に湧いてくるね……キリがないな」

「新入りさん、よそ見してる場合じゃ、ないです、よっ!」

「分かってるよ! シンデレラ、大丈夫?」

「え、ええ。大丈夫よ、エクス」


 ヴィランを一体倒せば、側からまた別のヴィランが躍り出る。ふだん邂逅する時よりも多く感じていたのは、どうやら間違いでは無かったらしい。


「ナイトヴィランが増えてきたな……シェイン、前に出すぎだ! 後ろに下がってろ!」

「はい、タオ兄。ありがとうございます……っと!」


 淡々とブギーヴィランを倒していると、比較的重厚な装備をしているヴィラン――ナイトヴィランまで現れ始めた。

 エクスが今コネクトしているヒーローは、片手剣を扱うヒーローである。そのため、鎧を纏うナイトヴィランが相手では、少々分が悪かった。

 しかし、ここは力の見せ所でもある。片手剣であることを感じさせないような、重く、そして力強い剣技で、ナイトヴィランをも圧倒していくエクス。タオの「坊主、その調子だ!」なんて声が、耳をかすめた。

 目の前に居る数多くのヴィランに意識を向けていると、ふいに、攻撃しそこねたヴィランを倒していたシンデレラが視界に入った。一瞬見えた彼女は、どこか遠くへ目をやっているらしい。


「……!? きゃあ!」

「っ、シンデレラ!? だいじょう、っ!!?」


 突如聞こえたシンデレラの悲鳴に、心臓が跳ね上がる。エクスは焦る気持ちをそのままに、目の前のヴィランを倒して、シンデレラの元へ駆け寄った。彼女は、ある方向を見て、目を見開いている。

 エクスも、シンデレラに倣って同じ方向へと顔を向けた。そして見えた影に、「嘘だ」という声が、かすかな息と共に漏れた。


「どうして……」

「エクス……!? どうしたの、っ!」

「……おいおい、どういうことだ!? あれ、シンデレラの想区のカオステラー……だよな? なんでここに居るんだ……」

「姉御、あのカオステラー……カオス・ゴッドマザーは、調律したはずでは?」


 シンデレラとエクスの異変に気付いたレイナたちが、二人の元へ寄り、そして、エクスと同じ反応を見せた。

 なぜなら、シンデレラが見ていた先には――エクスが初めてヴィランと出会い、戦い、初めてレイナの調律の力を目にした……そんな、忘れることのできない思い入れの深い敵、カオス・ゴッドマザーが、ナイトヴィランを引き連れて、そこに立っていたからだ。

 そして、シェインの言葉に、シンデレラが反応を見せた。その顔は、依然として恐怖に染まったままである。


「ゴッドマザー……? まさか、あれは、フェアリー・ゴッドマザーなの……!?」

「っ! ……そうよ。あれは、シンデレラに夢と希望を与えてくれたフェアリー・ゴッドマザーが……カオステラーに、憑依されてしまった姿……」

「そ、そんな……っ」


 レイナの言葉に、顔の血の気が引いていくシンデレラ。シンデレラは、フェアリー・ゴッドマザーのおかげで運命の一歩を踏み出すことができた。思い入れのある、大切な存在だったのだろう。

 しかし、カオステラーに憑依された今の姿に、その面影は残っていなかった。


「でもよ、あん時のカオステラーは、お嬢が調律して、消えたはずじゃねえのか?」

「ええ。だから、どうしてカオス・ゴッドマザーがここに居るのか……私にも分からないわ。それに、気になることが……あのカオス・ゴッドマザーからは――カオステラーの気配がしない」

「え……?」

「ど、ういうこと……です? つまり、あれはカオステラーではない、と?」

「恐らくだけど……その可能性が高いわ……ッ!」


 言葉の最中で、カオス・ゴッドマザーからの攻撃が、レイナを狙った。咄嗟にバックステップでその攻撃を避けたレイナは、静かにカオステラーを見据える。


「どうやら、話し合ってる場合じゃ無さそうね。これ以上は、カオス・ゴッドマザーを倒してからにしましょう」

「そうだね…………シンデレラ?」


 レイナ、エクス、タオ、シェインが、各々武器を構えたところで、ふいにシンデレラが一歩を踏み出した。その瞳の奥には、強い石が感ぜられる。

 シンデレラは、持っていた杖をぎゅっと握りしめながら、言葉を発した。


「私は、フェアリー・ゴッドマザーに運命を変えてもらった。だから、次は……私が、貴方の運命を変えてみせる……!」





 シンデレラが持つ杖の力強い一振りが、カオス・ゴッドマザーに当たった。

 それが、カオス・ゴッドマザーを倒す決定打となった。霧散していくカオス・ゴッドマザーだったものを見て、エクスは、ほっと胸をなでおろした。


「なんとか、倒せましたね……!」

「ああ……けど、かなり手ごわかったな。お嬢、本当に、今のはカオステラーじゃないんだな?」

「ええ、違うわ。強さはカオステラーのそれと同じくらいだったかもしれないけど……カオステラーそのものでは、ない」

「そっか……じゃあ、メガヴィランみたいなもの、だったのかな? シンデレラ、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ……ありがとう、エクス」


 呆然と立ちすくむシンデレラの側へ寄り、声をかけるエクス。シンデレラは、エクスを視界に入れると、ふにゃりと笑って感謝の言葉を口にした。

 そんなシンデレラの様子を見て、レイナがこちらへ歩み寄ってきた。


「シンデレラも、怪我は無いみたいね。無事でなによりだわ……本当に、良かった」

「ええ。ありがとう、レイナ」

「あら、礼をいうなら私たちもよ。シンデレラのサポート、とても助かったわ!」

「本当? なら良かった! ……それにしても、随分と不思議な――夢、なのね……」


 少しだけ首をかしげながらそう言ったシンデレラに、レイナたちはぱちりとまばたきをしてから、顔を見合わせた。


「不思議な……夢?」

「え……っと、違うの……?」


 エクスのつぶやきに、一気に不安そうな表情へと変わったシンデレラ。そんなシンデレを見て、この場を繕うかのように、エクスは言葉を繋げた。


「ち、違うよ! その発想は、無かったなって……思って

「……? まるで、本当にあった出来事みたいだったわ! それに……エクスにも、会うことができた」

「っ! し、シンデレラ……」


 そう言って微笑んだシンデレラに、エクスは自分の頬が熱を持ち始めるのを感じた。けれど、それはシンデレラに気付かせてはいけない想いでもあった。


「……シンデレラ、王子様と、幸せにね!」

「ええ……! ありがとう、エクス!」

「うん。またいつか会おう、シンデレラ」

「またいつか……王子様と、待っているわ!」


 シンデレラがそう言ったのと同時に、彼女の周りが白く光りだした。

 それはまるで、エクスたちがヒーローとコネクトする瞬間のような光り方だった。光の眩しさに、思わず目を閉じてしまう。

 光が消え、眩しさを感じなくなった時。目を開けてみると、そこにはもう、シンデレラは居なかった。


「行ってしまった――というよりは、起きてしまった、って感じなのかな」

「きっとね……でも、そう……この場所が、夢の世界だと考えると……ある意味、納得できるわ」

「確かに、目を覚ます前……シェインたちは、眠気に襲われて倒れましたからね」

「でもよ、ここが夢の世界ってことは分かるとして……誰の夢なんだ?」

「……それが分かれば苦労しないよ」

「そ、そうだな」


 タオの何気ない一言に、エクスは思わず失笑した。レイナは、そんな二人の様子をジト目で見ている。

 疑問を抱く気持ちは分かるけれど、その疑問の答えを持ち合わせている人間は、残念なことに、ここには居なかった。


「ほんっとに、タオ兄は……いえ、でも、シンデレラさんのおかげで、一歩前進できましたね」

「ええ。ここが夢の世界ってことが分かっただけでも、まずは充分だわ」

「……それじゃあ、先へ進もう。レイナ、カオステラーの気配は……するの?」


 エクスの問いに、レイナはそっと目を閉じて、気配を辿ることに集中した。数秒ほどで目を開き、「ええ」と頷いた。


「シンデレラのことで忘れかけてはいたけど……ちゃんと感じるわ」

「じゃあ、やることは一つだな」

「この想区に居るカオステラーを見つけ出して、ぱぱっと倒して、ちゃちゃっと調律しちゃいましょう」

「そうね。みんな、行くわよ!」


 レイナの力のこもった声に、エクスたちは「おー!」と言って、また一歩を踏み出した。


 レイナたち調律の巫女一行の旅は、まだ始まったばかりである。



「――夢って素敵よ。なんでも思い通りにできるから」

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