59匹目 愛の誓いを君と

「んっ」

「……」


 長いキス。

 その口付けが行われた瞬間、聖堂内で騒然としていた招待客らは静まった。きっと何が起きているのか、頭の整理が追いつかなかったに違いない。壇上にいる僕らを静寂が包む。

 その間にも僕は自分の口から彼女の口の中へ魔法薬を注ぎ込んだ。その魔法薬は苦いような甘いような不思議な味がする。これをクリスティーナも味わっているのだろう。

 これで彼女にかけられている傀儡の術が解除されることを祈りながら――。


「……」

「カジ……殿?」


 彼女の頬が紅潮する。僕は抱き締めた彼女の体から、心拍数が上がっていくのを感じ取っていた。

 これは魔法薬が効果を発揮し、傀儡の術が解かれている証拠だ。


 周辺にいた兵士が僕を取り押さえようとしたが、牧師が手を兵士に向けて彼らを制止させる。結婚式において牧師は重要な立場にあり、ギルダから兵士たちも牧師の言うことを聞くよう命令されているのだろう。

 その牧師は僕らのことを微笑みながら見守っていた。まるで、自分の子どもを見つめる母親のように。


「んぅ……」

「……」


 僕はさらに彼女を強く抱き、口の中の液体を全て彼女に送り込む。

 それに応じるかのように、クリスティーナも僕の後ろへ手を回した。彼女の方からも僕を強く抱き寄せ、互いの唇を求めた。彼女の目から流れる温かい雫が、僕の頬を濡らす。

 彼女の体が生気を取り戻すまで僕らは口付けを続け、ようやく口を離した。


「はぁっ……はぁっ……」

「カジ殿……」

「クリスティーナ、大丈夫か?」

「ああ。体が自由に動く」

「魔法薬が効いているらしいな」

「本当に……助けに来てくれたのだな」

「君に『絶対に助ける』と約束しただろ?」


 彼女にかかっていた術が解かれ、そのことを抱き合って喜んだ。


 そのとき――






「カジ・グレイハーベストォオオオオ!」






 聖堂の特等席から、憤怒に満ちたギルダの声が響いてくる。彼は吹き抜けの手摺部分に身を乗り出し、充血した目で僕らを睨んでいた。顔面のあちこちがピクピクと動き、血管が破裂しそうな状態にある。


「これは貴様の仕業かァァァッ!?」

「悪いけど、クリスティーナは返してもらう。僕の大切な人を、お前の玩具なんかにはさせない」

「よくも、よくも、式を滅茶苦茶にして、私に恥をかかせてくれたなァ!」


 そんなギルダを他所に、牧師はにこやかな表情のまま司会を続ける。


「それでは、カジ・グレイハーベストさん、クリスティーナ・アイリヤさん」

「「はい」」

「あなたたちは尊重し合い、愛し合い、互いの幸せを願っていることを誓いますか?」

「「誓います」」

「よろしい。ならば、この二人の幸せを願い、私からの加護を授けましょう」


 僕らの言葉を聞くと牧師はくすりと笑い、満足げな表情を浮かべた。


「カジ・グレイハーベスト! 覚悟ぉぉおおっ!」


 そんな僕らの周囲から、ギルダの部下たちが武器を持ってこちらへ迫ってくる。ホントに空気の読めない連中だな。


 そのとき――


「ぼ、牧師殿! 早く逃げないと!」

「大丈夫です。この二人を邪魔する者は、私の加護によって退場してもらいましょう」


 次の瞬間、僕らに迫っていた兵士たちはバタバタと倒れた。まるで眠っているかのように、床へ伏したまま動かない。これは明らかに魔術の効果だろう。


「牧師殿、こ、これは!?」

「大丈夫よ。殺してないわ。精気を奪ったから、疲れて寝ちゃってるの。あなたもアタシの正体に気付いているでしょうし、変身魔法を解こうかしら」


 牧師の声が変わった。妖艶な女性の声だ。

 そして、彼の容姿も変化し始める。白い肌、さらさらとした長髪、弾力のありそうな唇、豊満な胸、くびれたウエストライン、すらりと伸びた脚――。


 僕は途中から気付いていた。牧師の正体は――


「ルーシー姐さん!」

「いいパフォーマンスになったんじゃないかしら? 心から愛している人が結婚式に奪いに来てくれるって素敵よねぇ。憧れちゃう」

「貴様は、酒場のッ!?」


 ようやく牧師の正体に気付いたギルダはさらに怒り狂い、彼の理性が完全に吹き飛ぶ。髪がぐしゃぐしゃと乱れ、尋常じゃない量の汗が顔から噴出していた。


「貴様ァ! 本物の牧師をどこにやったァ!?」

「まだベッドで寝ているはずよぉ。昨日、アタシとヤりまくったから、彼は疲れ果てちゃって」

「このクソサキュバスがぁ! あいつらを殺せぇ! 絶対に逃がすなァ!」


 ギルダが叫ぶ。すると、外に待機していた警備兵も聖堂内へ押し寄せてくる。

 こうして、僕の目論見どおりに式場の警備の目が内側へ向けられたのだ。


 いよいよ、クーデターの本番が始まる。


「――ファング!」


 僕は叫んだ。僕が作り出した最高の飛竜の名前を。


 そして――


 ガッシャアアアン!


 聖堂の壁一面に張られたステンドガラスが破壊され、外から銀色の飛竜が飛び込んでくる。ファングは僕とクリスティーナのすぐ傍に降り立つと、宙に向かって威嚇の炎を放った。


「きゃあぁっ、ドラゴンよ!」

「ひぃっ! に、逃げろ!」

「止めろ! 俺を押すな!」


 この炎には兵士や客、その場にいた全員が狼狽し、会場は大混乱に陥った。客が会場から一斉に逃げ出そうとして、外から入ってきた兵士の波を押し戻す。


「クリスティーナ、こいつに乗ってくれ」

「あ、ああ」


 僕はファングの背中に彼女を乗せ、手綱を握らせる。


「カ、カジ殿は乗らないのか?」

「僕にはここでやらなきゃいけないことがある。だから、一緒にはいけない」

「そんな……」

「帝国植民地内の軍の手が伸びにくいところに、このドラゴンが君を送り届ける。君はそこで生き延びてくれ」

「私はカジ殿と一緒にいたい!」

「悪いけど、それだけは承諾できない。でも、僕も生き延びて、また君を探しに行くことを約束する!」


 また、どこかで会えたらいいな。

 さよなら、クリスティーナ。


「ファング! 行け!」


 僕の命令を聞くと、ファングはステンドガラスに開いた穴から大空へ飛び出していった。背中にクリスティーナを乗せて。外で降っていた雨はいつの間にか止んでいて、青空が雲の隙間から覗いていた。


 帝国植民地内に送ったのは、それが安全だと思ったからだ。

 帝国には多数の植民地があるが、反抗勢力などの存在によって軍が完全に支配できてない場所が多い。そこならば彼女を始末しようとする帝国軍の手が届きにくいだろう。

 魔族領内に送ると、地域住民が人間を警戒してしまう。それに加え、仮にクーデターが失敗した際には、ギルダ陣営によって再び彼女が狙われる可能性が高い。


 彼女を遠くに逃がしたのは、僕が死んでも彼女には生き残ってほしい――そんな願いからだった。


「さて……」


 僕は再度特等席を見上げた。ギルダがユーリングに促されて聖堂の奥へ避難していくのが確認できる。

 どこまで逃げられるか見ものだな、ギルダ。


 僕がクリスティーナと一緒に逃げなかったのは、ギルダとの決着をつけるためだ。僕の中で闘争心が激しく燃え上がっていた。

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