60匹目 アレを使うタイミング

「あの、クソ野郎がぁっ!」

「ギルダ様、落ち着いてください!」

「あのモンスターオタク風情がぁ!」


 ――聖堂内通路。

 普段、聖堂関係者が行き交う場所だが、今はドラゴンの出現などによって逃げ出しており、閑散としている。

 ギルダはユーリングに誘導され、聖堂内に用意されているセーフルームへと移動していた。


「私の面子めんつが丸潰れだ!」

「今すぐに我々の全部隊を招集し、彼を討たせます。それでよろしいですか?」

「ああ、ヤツの首を俺の前に持って来い! 止めを刺したヤツには報奨金を――」


 そのとき――


『――我々は現在の新魔王及び、ギルダ・リーラアンスへ反旗を翻す』


 屋外からの大音量で声が聞こえ始める。


「な、何だ。これは?」

「拡声魔導具による放送のようです」

「まさか、この声は……デュラハンか!」











     * * *


 この騒ぎに紛れ、魔王反対派は放送用魔導具をギルダの部下から奪取していた。

 聖堂前の大広場。その中央にデュラハンが立ち、周囲を機材を持った彼の部下、そして野次馬たちが囲む。


『――私は魔王及びギルダの政策によって、多くの苦しむ民を見てきた! 自分の意見に沿わない種族に対し、経済的、政治的、文化的、そして暴力的な圧力を強めている! これは私的理由での種族浄化であり、到底許すことはできない!』


 その放送は魔族領全体に広まっており、多くの魔族が静かに耳を澄ませていた。魔王の結婚式が放送されるはずが、予定外の内容変更である。結婚式に興味のなかった連中も「え、何があったんだ?」と関心を持ち始め、街路を歩いていた足を止めた。


『この種族浄化によって、多くの者が無理矢理に土地を奪われ、生活を奪われ、文化を奪われた! 家を潰され、子どもが泣いている様子に私は心を痛めた! ヤツの掲げる政策の下で、このような事態が起こっている! こんなことが許されていいのだろうか!? 私はこれを聞いている民にその是非を問いたい!』


 さらにデュラハンは演説を続ける。


『ヤツに弱みを握られている者、ヤツに恐怖を与えられた者、ヤツに痛めつけられた者――様々いるだろうが、どうか今は我々に力を貸してほしい! しかし、我々だけでは立ち向かうには戦力が不十分であると思う者もいるかもしれない! だが安心してくれていい。なぜなら我々には――』


 デュラハンは布に巻かれた剣を手に高く掲げた。


『――この聖剣エクスカリバーがある!』


 デュラハンは剣の布を勢いよく外す。

 そこから現れるのは、高貴な装飾やが施され、帝国の紋章が刻まれている鞘――聖剣エクスカリバーだ。


 あの地下酒場での作戦会議中に僕がデュラハンへ渡したものである。なかなか豚鬼オークの族長が信じてくれないので、もっと話の分かる人物に預けたのだ。

 この剣ならば、魔王反対派の力の強さを示す象徴になれる――そう考えた僕は、広告戦略プロパガンダにこれを持ち出すべきだと彼に提案した。『勇者が倒された』というビッグニュースとともに反対派の声明が広がり、魔族に大きな衝撃を与えるだろう。

 自分の手柄を公表せず、今まで隠してきたのは正解だった。


『――我々は帝国最強の戦士である勇者を下した! この剣はそれの証明だ! ギルダや、ヤツの作り出すゴーレムでも成し得なかったことを成し遂げたのだ! だから、どうか我々の力を信じてほしい! 我々にはギルダ一派を打ち砕く力があることを!』


 勇者を倒した手柄を僕一人が独占できないのは少し残念ではあるが、これでよかったのだ。族長のように、周囲は実力が伴わないと思っているため、悪目立ちすることになる。どうせほとんどの幹部は信じてくれないだろうし、帝国側から変に狙われるようになるのも嫌だった。


 それに、ギルダを討つために役立ったのならそれでいい。今がエクスカリバーを使う最適のタイミングだ。


「ええっ! 勇者って倒されてたの!?」

「あのギルダにもできなかったのに……」


 野次馬たちの間で動揺が広がる。この演説が効果を示している証拠だ。


「デュラハン様」

「どうした?」

「『ともにギルダを討ちたい』という種族長からの声明が次々と挙がっています。すぐにでも戦士を派遣し、我々に合流させると」

「そうか」

「それと、シュードキベレ将軍の臣下が『将軍の敵討ちを果たしてくれたことを賞賛する』と。こちらに臣下の数人がこちらへ加勢するようです」

「到着次第私へ報告しろ」

「御意!」









     * * *


 徐々に狭まっていくギルダの包囲網。

 彼はようやくこれが仕組まれたクーデターであると認識した。


「これからどうなさいますか、ギルダ様?」

を起動させる」

「まさか……『ディアボルス』のことですか!?」

「ああ! ヤツで私に立ち向かってくる下衆な連中を皆殺しにしてやる! 今がヤツを使う最高のタイミングだ!」


 ギルダの目がギラギラと輝く。殺意に満ちた瞳。

 自分たちの最終兵器を動かせるのだと思うと、武者震いが止まらない。


「ユーリング、お前は大臣の家族の人質を確保しておけ」

「ギルダ様の警護はよろしいですか?」

「『ディアボルス』がいれば十分だ。それよりも、ヤツらに対抗するには盾となる人質が必要だ。それには重役の家族がふさわしい。今すぐに大臣の家族を見張っている仲間に合流して確保しろォ!」

「御意!」


 ユーリングは深く頭を下げると、突然通路を走り出した。近くにあった窓に飛び込んで聖堂の屋根に着地すると、高い身体能力でそのまま屋根伝いに城下町を駆け抜ける。


「今、この戦いを泥沼化できればそれでいい。そうなれば、いずれチャンスが生まれる」


 ギルダはユーリングが城下町に消えるのを見届けると、通路に靴音を響かせながら歩き出した。

 ギルダの最終兵器ディアボルスの格納庫に向かって――。


「カジ! 貴様を絶対にブチ殺してやる!」

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