57匹目 クーデターへの招待状

「それから、私からも一つ報告がある」


 それを言い出したのはデュラハンだった。

 デュラハン、豚鬼オーク族長、ルーシー姐さん、そして僕でテーブルを囲み、クーデターに関する作戦を立てていく。


「え? 何です?」

「ギルダの身辺調査をしていた部下からの報告だ。『ギルダが大臣の住居周辺に手下を張り込ませているのを確認した』と」

「大臣に?」


 大臣とは、先代の魔王が亡くなったときに開かれた新魔王を決める会議で議長を務めた高官であり、ギルダが権力を握るための契約書を作成した人物である。


「なぜギルダはそんなことを?」

「おそらく、大臣の家族を人質にとって、政策に関するあらゆる許可を通しているのだろう」

「ふん、ギルダってヤツはどこまでも汚ねぇ野郎だな!」

「……」


 僕の中での疑問が少しずつ解消していく。

 なぜ、ギルダの『異世界から魔王となる人物を呼び出す』という提案が大臣に許可され、会議で通ったのか。

 僕らは異世界について知識がない。『異世界には我々を超越した存在がいる』というギルダの言葉に対して『ギルダが言うなら、そうなのだろう』と僕らは勝手に思っていた。例え異世界からとんでもないモンスターが飛び出しても、ギルダの傀儡の術でどうにか抑えられると考えていた部分もある。


 だがいきなり異世界から飛び出たヤツを自分たちの上司に任せるなんて少々無理のある話だ。それをどうして大臣が認めたのか。

 僕は考えていた。『ギルダの提案を承認した大臣は、彼によって何らかの手段で丸め込まれたのかもしれない』と。どうやら『家族を人質を取られていた』ということらしい。


 ギルダ自身が魔王に立候補することも考えられたが、彼には敵が多いため、それだと反対意見が多くなることは容易に予想できる。

 だから、彼の駒となる『強大な存在』を代わりに挙げることで、反対勢力に『ギルダが魔王じゃないなら、まあいいか』という感情の緩和を狙っていたのだろう。


「このままクーデターを実行すれば、ギルダは大臣の家族を盾に、我々反対派との戦いを泥沼化させる可能性がある」

「なるほどなぁ、高官の家族となると影響が大きいし、俺たちが助ければ大臣に恩を売れるって訳か。クーデターの前に、そいつらの安全を確保した方がいいってことだな」


 今後、反対派が政権を握ったとして、政策を進めるために大臣は不可欠だ。大臣は民衆にも人気のある人物で、こちらへ就かせなければ反対派にとって大きな損失となる。

 彼の家族救出は大きな意味を持っていると言えるだろう。


「だが安全を確保しようにも、大臣の家族と交友関係を持つ人物以外が住居に近づけばギルダの部下がすぐに介入して来るだろう」

「じゃあ、屈強そうな男や武器を持った連中は近づけねぇってことかよ」

「なるべく怪しまれずに家族へ接近できて、かつ介入してくるであろう手下どもを倒せる腕前のある人物がいればいいのだが……」

「大丈夫です」


 僕の言葉に、テーブルを囲む面々の視線が僕の口へ釘付けになる。


「僕の知り合いに、適任の人物がいます」









     * * *


 この作戦会議が行われてから数日が経過した。


 今日は魔王の結婚式当日だ。

 そして、クーデターの実行日でもある。


「先輩、似合ってますよ。その礼服」

「ニルニィもおめかしが決まってるな。普段からそういう服も着ればいいのに」

「私は、いつもの白衣を着ている方が落ち着くんですよ」


 僕は結婚式参加のために礼服に着替えた。今いる研究所には似合わない服だ。前にこれを着たのは、魔王の召喚式のときだった気がする。机の上に置いてあった招待状を手に取り、研究所の玄関へ向かう。

 ニルニィも他所へ出かけるため、普段は絶対に着ないようなゴシックロリータドレスを身に纏っている。いつものぶかぶかの白衣とは違った可愛さがあり、女の子らしさを強調していた。ルーシー姐さんから譲り受けた衣装で「昔の友人が着なくなったものなの」と説明を受けている。


 やがてニルニィも出かける準備が整い、僕らは研究所の玄関前に立った。


「じゃあ、先輩。必ず帰ってきてくださいね。それと、クリスティーナさんも救ってください」

「ああ。ニルニィも気を付けてな」

「はい! 頑張ります!」


 僕とニルニィは熱い視線を交わす。


「そうそう、それと、君たちも生きていろよ? 騒ぎが収まるまで研究所に隠れていてくれ」

「……」


 僕は玄関から研究所内にいるジョシコウセイたちに軽く手を振った。彼女らはコクリと頷き、研究所内に机や棚を使ったバリケードを作り始める。

 クーデターが起きれば敵兵が研究所にやってくるかも分からない。彼女たちの安全を確保するためにも、研究所の守りを固めなくては。


「それじゃ、行ってきますね! 先輩!」

「僕も行ってくる」


 僕とニルニィは別々の方向へ歩き始めた。








     * * *


 ――すごい人数だな。


 結婚式場である巨大な聖堂。何百名という魔族を収容できる、祭事用のスペースだ。

 この儀式はかつてないほど盛大な規模で行われるらしい。おそらく、こうすることでギルダは民衆におっさんの権力を見せ付けたいのだ。『盛大に儀式を開催できる=魔王には強大な力がある』と思い込ませ、自分とおっさんの支配力を絶対のものへ成長させるのが目的だろう。

 この結婚式の様子は拡声用の特殊な魔導具によって魔族領全体に放送されるらしい。


 雨がぱらぱらと降っているにも関わらず、聖堂の門前は大混雑していた。招待客、警備兵、式場を見に来た野次馬の連中――様々な人物が集まっているが、魔王反対派だけはいない。今頃、裏でクーデターの準備を整えているはずだ。


 ――ルーシー姐さんはどこだ?


 彼女も「一緒に式場へ侵入する」と言っていたが、どうなったのだろう?

 全然姿が見当たらないのだが。


 そのとき――


「あなたも、ギルダ様に招待されたお方ですか?」

「あ、はい」

「招待状を拝見させていただきます」


 招待客を整理する警備兵に引き止められた。僕は礼服から招待状を取り出し、彼へと見せる。


「カジ・グレイハーベスト様ですね?」

「はい」

「荷物の検査をさせていただきますが、よろしいですか?」

「ど、どうぞ……」


 やはり、ギルダは招待客が騒ぎを起こすのを警戒している。こうして荷物検査をしているのもそのためだろう。目の前の警備兵は僕の礼服を徹底的に調べた。


「――何もないようですね」

「はい」

「では、どうぞ客席へお進みください」

「ありがとうございます」


 こうして、無事に僕は式場内部へ潜入できた。

 あとは作戦通りに騒ぎを起こすだけ――。


 ――というか、ルーシー姐さんはどこに行ったんだ?

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