第9章 触手の逆襲
56匹目 傀儡の花嫁
それからクリスティーナに再会できたのは、結婚式を控えた7日前のこと。
ギルダに何度も面会許可を申請し、ようやく通ったのだ。
彼女は
「クリスティーナ。僕だよ」
「……」
呼びかけても反応はない。ただ窓の外をぼんやりと眺めている。ギルダからの命令がない限り、彼女が動くことはないだろう。今のところ、彼女はずっとここへ閉じ込められているようだが、結婚が済むと同時に触手と一緒に性欲解消の道具としてに永遠に使われてしまうに違いない。
「ごめん。クリスティーナ」
「……」
「僕は『危害を加えない』と約束した。それに『一緒に君の集落を救う方法を考えよう』とも約束した。でも、こんなことになって、約束を果たせなくなってしまった」
「……」
「僕の不注意が招いた結果だ。もっと君を大切に扱えばよかった。だから、僕のことを恨んでも構わない。でも――」
ギルダに彼女が連れ去られていくとき、僕は絶望感の中にいた。
でも、今は違う。
僕はギルダに対する怒りに満ち溢れていた。依頼の件では彼に促されるまま従ってしまったが、もうそんなことをする気はない。我慢の限界だ。
ギルダには僕から鉄槌を下してやる。召喚されたジョシコウセイたちの怒りも、傀儡にされたクリスティーナの怒りも、全て僕が晴らす。彼女を救うために、僕はどこまでも冷酷になる。
「――僕は君を絶対に助ける。そのときまで待ってて、クリスティーナ」
僕は踵を返し、その寝室を後にした。
そのとき、彼女の頬に涙が伝っていたのだが、僕は気付けなかった。
* * *
――その日の深夜。
僕は城の地下にある酒場へと向かった。布で巻かれた剣を腰に下げながら。
「あらぁ、いらっしゃあい」
「こんばんは、姐さん」
「店の奥で、みんな待ってるわよぉ」
姐さんはそう言うと、僕を予約席へと案内した。
そこには屈強な男が二人。
「よぉ、待ってたぜ、坊主。いい面構えになったな」
「うむ。覚悟を背負った男の顔だな、カジよ」
新魔王反対派の主軸である。
「お待たせしました、みなさん」
僕も席に腰かけ、テーブルを取り囲んだ。
「それでよぉ、本気なのか坊主? あの話は」
「本気です。中止するつもりもありません」
僕は決意していた。
「僕は、魔王の結婚式中にクーデターを実行するつもりです」
しばらく黙り込むテーブル。
「……いいだろう。私はカジの計画次第で協力しよう」
「お、おい! デュラハン、マジで言ってるのか!? 当日は警備がすげえんだぞ!?」
「だが、メリットもある。式がめちゃくちゃになれば、ギルダの
「はい」
そのとおりだ。例え失敗しても、これならば確実にギルダ陣営に大ダメージを残すことができる。僕もただで死ぬつもりはない。
「それで、どうやって警備を抜けるつもりなのだ? ギルダは反対派を警戒して、我々はほとんど式へ招待されていない。式の最中に外から叩くのはリスクが高いぞ?」
「そこは大丈夫です。僕は招待されています」
ギルダから受け取った結婚式への招待。クリスティーナをおっさんに差し出した礼としてもらったものだ。
ギルダは僕が反対派だと知っているのかもしれない。しかし僕一人を式場に招いたところで、反対派は何もできないと
「僕が式場で騒ぎを起こして警備の目を内側へ向けさせます。その瞬間に外から主力部隊で不意打ちをしてください」
「あらら? あなただけで大丈夫なの?」
気が付けば、僕の後ろにルーシー姐さんがいた。背後から僕へ胸を押し付ける。
ホントに、姐さんはこういう恥じらいがないんだから……。
「アタシも援護してあげてもいいのよ?」
「姐さんは中立派ではなかったのですか?」
「まあ、いつもは中立の立場にいるけど、アタシも女だからぁ。無理矢理に女性を伴侶にしようとするなんて、同じ女性として許せないのよぉ」
どうやら、そういうことらしい。
「で、姐さんにも招待は来ているんですか?」
「ないわよ?」
「えぇ? じゃあ、どうするんです?」
「大丈夫よ。サキュバス族はね、男から生気を確実に奪うために、相手の好みの姿に変身できるの? 知らなかった?」
「あんまり見たことはないですね」
「まあ、みんなアタシのこのままの姿が好きらしいのぉ」
「……」
「アタシは変身魔法を使って潜入しておくから、招待客の前でドーンとやっちゃいましょ?」
姐さんはニヤニヤと笑う。
一体、姐さんはどんなことをする気なんだよ。
「で、問題はギルダと魔王の抵抗だな。特に魔王については能力があまり判明していない」
「警戒すべきなのはギルダだけで十分です。おそらく、魔王に大した能力はありません」
「なぜ、そんなことが分かる?」
「魔王と同じ、異世界人の少女たちと生活してましたから」
ジョシコウセイたちとの生活が教えてくれた、異世界人の能力。僕は自分の直感にかけることにしたのだ。
「それと、クーデターを起こすに当たって、カジに心がけてほしいことがある」
「何ですか、デュラハンさん?」
「あまりギルダの部下を殺さないでほしい。彼に弱みを握られて部下になった者もいるし、彼らにだって大切な家庭がある。今回の犠牲で、また新たな内戦の火種を作りたくはないからな。後に人間との戦争が控えていることも考えると、戦力となる人材は残しておきたい」
「分かりました。心に留めておきます」
「我々も殺さずに無力化するよう努力する。ギルダ及び彼の深い忠臣以外とはなるべく戦闘を避けるんだ」
デュラハンは同族同士での殺し合いを嫌う男だ。それに、クーデター後の運びまで考慮している。そこにトップクラスの幹部としての実力や懐の深さが窺えた。いつか、僕も彼のこういうところを見習いたい。
「それと、反対派の広告戦略に当たってだが、我々の存在力を示す象徴になるものがほしい。我々が強大な力を持っていることを示せば、敵の士気は下がり、多くの兵士が我々の味方になってくれる」
「そんなの、お前さんの存在だけで十分じゃねぇか」
「いや、甘いな族長。ギルダも私と同等に近い戦闘力を持っている。私だけではとても――」
「僕が使えそうなものを持ってますよ」
僕は腰に下げていた布に巻かれた剣をデュラハンに差し出す。
「まさか、これは――」
「これをデュラハンさんに預けておきますね。使い方はお任せします」
「……分かった。いや、まさか本当にお前が」
「おいおい、デュラハンと坊主だけで何をニヤニヤしてやがる」
族長が怪訝そうにその剣を見つめていた。
「ところで、カジぃ?」
「何ですか、姐さん?」
「あなたに頼まれていたもの、どうにか確保できたわよ」
姐さんは胸の谷間から液体の入った瓶を取り出す。それを僕の頬に押し当てた。
胸の体温でちょっとだけ瓶が温くなっている。
「傀儡の術を解除できる魔法薬よ。手に入れるの大変だったんだからぁ」
「ありがとうございます!」
「ただし、使用の際は相手の口の中に直接入れないと効果がないそうよ。譲ってくれたお方は『少量でも十分効くけど、それは相手の体質にもよる』と言ってたわ」
「大丈夫です。彼女は魔法薬への耐性がありませんから」
僕は受け取った小瓶を眺めた。
これで君を助けるから。待っててくれ、クリスティーナ。
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