50匹目 パツキンとクッコロ

「おい! あの魔法薬持って来い!」


 族長が部下から小瓶に入った魔法薬を受け取った。

 拷問に使われる自白を促す薬である。これを浴びた人間は周囲に対して従順になり、言うことを聞きやすくなるという。

 族長は瓶のコルクを外すと、その中身をクリスティーナの顔へ浴びせた。僕らは彼女を取り囲み、薬の効き目を見守る。


「さて、どれだけ俺の拷問に耐えるか見ものだな。女騎士」

「ふん、そんな薬品だけでこの私が堕ちるなど――」







     * * *


 数分後。


「私、帝国軍に入ったばっかりでぇ、あんまり詳しいことは知らないんですけどぉ、聞かされた命令なら話せますよぉ」


 クリスティーナはベロベロの状態になっていた。目が虚ろで、涎を垂らし、頬も紅潮している。これは自白用魔法薬を使用された者に現れる典型的な症状だ。薬がかなり効いていることを示していた。

 というか、魔法薬耐性なさすぎだろ!

 普通、帝国軍の精鋭ならこうした薬品への耐性を身に着けているし、キツい拷問にも耐える訓練を積んでいる。しかし、目の前にいる女にはそれが一切感じられない。常人以下の耐性だ。

 僕は開いた口が塞がらなかった。この状況に族長も呆れ、頭を抱える。


「はぁ。カジ、こいつ、本当に精鋭なのか?」

「僕が前に会った当時はいかにも新人って感じでしたけどね」

「新人でド素人もいいとこだ」


 用意した拷問器具もどこかへ下げられた。こんな状態ならば、わざわざ痛みを与えてやる必要もないだろう。


「じゃあ、聞くぞ、クリスティーナ?」

「はぁい?」

「お前ら帝国軍は、あそこで何をしていた?」


 族長がクリスティーナに質問をぶつけた。

 まぁ、勇者か彼が持つエクスカリバーが目的なんだろうけど。


「勇者を待ってましたぁ」

「勇者だと?」

「勇者と合流してからぁ、前線基地に攻め込むっていう段取りだったんですぅ」


 僕が予想していたとおり、勇者には騎士団との合流予定があったらしい。騎士団が到着する前に勇者を倒せたのは幸運と言えるだろう。


「で、勇者とは会えたのか?」

「それがぁ、できなかったんですぅ。『勇者にやむを得ない事情ができて、先に基地を襲撃しているかも』っていうことで進軍したんですけどぉ、全然見つからないし」

「勇者が行方不明ってことか」

「エクスカリバーの所在だけでも掴んで来いって命令されましたぁ。でもぉ、それもできませんでしたぁ。上層部に怒られちゃうかなぁ、うふふ」


 先程までのクリスティーナの凛としていた態度からは想像できないほどとろけてしまっている。

 僕が彼女に一目惚れしたあのときの凛々しさは完全に失われ、僕の中で彼女のイメージ像が崩壊した。あぁ、クリスティーナのこんなところ、見たくなかったよ。見ているこっちが逆に恥ずかしい。

 これには族長もやる気を失い、あっさりと尋問は終了してしまった。

 彼女が身体的にあまり傷付けられなかったのは嬉しいが、僕の心境は複雑だ。


「おい、坊主。この娘をこれからどうする?」

「え? 僕が決めるんですか?」

「だって坊主の知り合いだろ? こいつの処分はお前にゆだねてやるよ」


 族長はそう言うと、部下を引き連れて部屋から去っていった。拷問室には僕と宙吊りにされているクリスティーナだけが残される。

 さて、これからクリスティーナをどうしようか。生殺与奪の権限は僕が握ってしまった。他人に任せるよりは安心だが、こうしたことは初体験だ。捕虜を扱った経験なんてない。

 彼女には港町エルラシアでの恩がある。彼女のおかげで大量の触手系モンスター素材を入手できた。彼女が勝手に勘違いしてくれたおかげなのだが。そうしたこともあって、これ以上彼女へ危害を与えるような真似は僕の心が許さない。

 しばらく考え込んだ結果、捕虜交換のカードとして保存しておくのが妥当だろう、という結論に至った。


「あの、クリスティーナさん?」

「ふぁい」

「これからのあなたの処分についてですが――」

「う……んっ」


 彼女からの反応が曖昧になる。どうやら薬の作用で意識が朦朧としているようだ。宙に吊られたまま、だらしない姿で彼女は眠ってしまった。

 本当にこの人が僕の一目惚れした人なのだろうか。同一人物とは思えない。

 僕はクリスティーナを縛る縄を解き、毛布をかけて床に寝かせてやった。


「それじゃあ、おやすみなさい。クリスティーナさん」

「カジ殿ぉ……おやすみぃ」


 彼女は眠ったまま返事をした。

 その寝顔はすごく可愛らしかったと思う。








     * * *


 翌朝。

 僕は前線基地を出発し、自分の研究所への帰路に入った。

 僕の横にはエクスキマイラ。その触手で聖剣エクスカリバーと、まだ目の覚めないクリスティーナを抱えている。


 結局、僕が勇者を倒したことを族長は信じてくれなかった。「じゃあ、見張りを強化して勇者を捜しておくぜ」と言い、前線基地に残ったのだ。そんなに僕のことを信じられないかなぁ。

 クリスティーナについては僕に管理を全て任されたため、目の届く範囲で生活させることに決めた。捕虜交換の材料として帝国軍に通知しておき、向こう側から交換の申し出があれば彼女を差し出すつもりだ。


 歩みを進めるにつれ、徐々に魔王城も見えてくる。そんな景色をぼんやりと眺めながら、僕はあることを思い出す。


「それにしても、帰ったらギルダの依頼を片付けないとな」

「ガンバリマショウ。オトウサン」


 研究所に戻ったら、新魔王のおっさんの性欲解消方法を探さなくてはならない。ずっと研究所を空けてしまったので、ギルダはかなり怒っていることだろう。

 しかし正直のところ、出せる手は出し尽くしてしまった。ありとあらゆるパターンを実験してみたのだが、成功した感覚はこれっぽっちも得られない。僕に残された手段はもうほとんどなくなっている。それもこれも、のせい――


 パツキン。


 そして、クッコロ。


 おっさんが最後に出したヒント。その言葉の解明ができない限り、依頼達成は絶望的だ。


「何なんだよ。『パツキン』と『クッコロ』って」


 僕は歩きながら頭を抱える。

 その横で触手に包まれた女騎士の金髪がさらさらと揺れていた。

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