49匹目 運命の再会

「え?」

「はああああっ!」


 僕が振り返ると同時に、僕の頭上から巨大な剣が振り下ろされた。


「危なっ!」


 僕は間一髪のところで振り下ろしを回避し、後方へ跳び下がる。下ろされた巨剣は地面へ深くめり込み、その威力を僕に示していた。

 そして、その剣を持っていたのは帝国兵だった。全身を甲冑で包み込み、顔も不明。だが、胸当ての形と体格からして女性だろう。胸がでかい。


「な、何だよお前は!? さっきお前らの仲間は撤退したぞ!?」

「問答無用!」


 彼女は完全に頭へ血が昇っており、僕の話が分かっていないようだった。本隊から勝手に離れてこんな遠くまで来てしまったのだろうか。


 彼女はぶんぶんと巨剣を振り回すが、装備の重量は僕の方が格段に軽いため避けるのは簡単だった。だってそれ、対ゴーレムやドラゴン用の武器だし。軽装備の人間に対して使うようなものじゃない。それでも彼女はバカみたいに剣を振るい続ける。

 これは完全に新兵だろう。確かに、そんなにでかい剣を扱えるのは評価するが、でもそれだけだ。きっとそこだけが評価されて精鋭部隊に入れられてしまったに違いない。

 どうしようか、これ。


 こいつを魔術でさっくり片付けようか悩んでいたとき――


「オトウサン? ダイジョウブデスカ?」


 エクスキマイラが僕の後方にあった木陰から飛び出てくる。おそらく僕の危機を感じて戻ってきたのだ。


 その瞬間――


「ひゃああああっ!?」


 甲冑の奥からの悲鳴。

 目の前の女騎士が腰を抜かし、仰向けになって倒れる。エクスキマイラを見て気絶したのだろう。股間の辺りから液体も漏れ出しており、おそらく失禁している。まあ、そうなるのも無理はない。ヤツはそれだけグロテスクなのだから。


「おーい、大丈夫か?」


 豚鬼オークの族長も戻ってくる。


「何なんだ、そいつは?」

「帝国兵だと思うのですが」

「いや、それは見れば分かるんだが、何でこんなところに、っていう話だよ」

「おそらく新兵なんでしょう。周りも見ず、勝手にここまで攻めてきのかと」

「ああ、たまにいるよな。そういうヤツ。バカなのに熱心だから性質たちが悪い。気付いたら独りでどんどん深追いしやがって、俺でもそういうヤツは見捨てるぜ」


 族長は倒れている彼女に歩み寄ると、甲冑の頭部に手をかけた。

 そして――


「あっ」


 彼女の装備が乱暴に外される。

 そこで僕は彼女の正体を見てしまった。

 美しい金髪。白く弾力のありそうな肌。整った顔立ち。現在は目を閉じて意識を失っているが、の顔と一緒だ。


 間違いない。彼女は――







「クリスティーナ」







 忘れるはずがない。

 港町エルラシアでの記憶。彼女は帝国軍の騎士として町をパトロールしていて、僕を海獣の王リヴァイアサンの解体現場まで案内してくれた。ついでに鎧の採寸現場まで覗いてしまったことも覚えている。

 そして、僕が彼女に一目惚れしたことも。


「どうした、カジ? こいつ、お前の知り合いか?」

「昔、仕事先でちょっと」


 族長は彼女から武器を取り上げ、甲冑を外した。クリスティーナはインナーだけの状態になり、綺麗な肌が露になる。やはり胸がでかい。


「あの、族長? 彼女をどうするんです?」

「決まってるだろ? 基地に連れ帰って拷問だ。帝国軍どもがここら辺で何をしていたのか聞き出さなくちゃならねぇ」

「そう、ですよね」


 族長の部下が彼女をロープで縛り上げると、肩に担いで前線基地へと引き返していった。僕もそれに同伴し、クリスティーナの様子を見守ることにしたのだ。

 それにしても『拷問』か。

 あんまり乱暴なことされなきゃいいけど。






    * * *


「よぅ、目が覚めたか。女騎士」

「む、ここは?」


 前線基地の拷問部屋。

 薄暗くジメッとしたその部屋でクリスティーナは意識を取り戻した。彼女が気絶している間に拷問の準備が進められ、現在彼女は両手を縛られて天井から宙吊りされている。精神的なダメージを大きくするために衣服は全て脱がし、拷問器具を彼女の視界にチラつかせた。

 彼女を僕と族長、そして彼の部下数人で取り囲み、彼女から提供される情報に耳を傾ける。この中で一番こわい外見の族長が彼女へと詰め寄った。


「てめぇ、名前はクリスティーナって言うらしいな?」

「な、なぜ私の名前を!?」

「そこにいるカジってヤツから聞いたんだよ」

「カジだと!?」


 彼女は僕の方へ振り向く。


「ど、どうも。お久し振りです。クリスティーナさん」

「あっ! 貴様はさっきの弓兵きゅうへい! というか、貴様を知ってるぞ! 確か、港町エルラシアで!」

「そうです。覚えていてくれましたか?」

「貴様ァ! 敵だったのか!? 私を騙したな!」


 クリスティーナは怒った。眉間にしわを寄せ、僕を睨む。

 彼女と初めて会った当時の僕は生物学者を名乗り、身分を偽っていた。魔王軍幹部としての威厳も感じられないような容姿だったし、自分から正体を明かさなければ気付けなかったと思う。


「それにあのとき、わ、私の、胸を覗いておきながら、さらにこんな仕打ちを!」

「アレは関係ないでしょう!?」


 そのとき、僕は冷たい視線を感じて周囲を見渡した。

 周りにいた兵士が「お前、この女騎士と何やってたの?」と言わんばかりのジト目で僕を見つめているではないか。これからしばらく『ゲテモノ趣味』の噂に加え『覗き魔』という不名誉な称号が僕に付き纏うことになる。


「とにかく、だ! クリスティーナ! てめぇがあそこで何をしていたか喋ってもらうぞ!」


 変な空気になってしまった場を、族長が怒鳴って仕切り直す。


「ふっ、敵に易々と我々の任務内容を話すと思っているのか?」

「威勢だけはいいんだな。この女騎士は」

「私は選ばれた精鋭だぞ? 多少の拷問で屈する訳が――」

「いいだろう。てめぇには地獄を味わってもらうぜ!」

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