48匹目 魔導弓マスティマ

 ――基地周辺の丘陵地帯。

 僕らが到着する頃には、そこは戦場へと生まれ変わっていた。あちこちで黒煙が昇っている。おそらく、騎士団に随行する魔術師が炎魔法でも放ったのだろう。僕らが丘の上から双眼鏡でその地点を覗くと、森林の開けた場所で魔王軍の偵察部隊らしき兵士が帝国軍の騎兵と戦闘しているのが確認できた。


「こいつぁ、ヤバいな。もう戦いが始まってる」


 僕の隣で豚鬼オークの族長が呟く。

 帝国軍の騎兵たちにはかなり上等な装備が施されている。常人には扱えないような巨大な幅広剣ブロードソード海獣の王リヴァイアサンの素材が使用された盾と鎧。引き連れている馬も逞しい筋肉を持ち、全身に馬用鎧が装着されている。そうした武装には帝国軍の紋章エンブレムが刻まれ、自分たちの強さをアピールしている。族長の言っていたとおり、彼らは帝国軍の精鋭部隊に違いない。

 一方、交戦している友軍の装備は雑多なものだ。一般の兵士なら誰でも持っているような槍と軽装鎧ライトアーマー。戦力差は歴然だ。槍は弾き返され、海獣の王リヴァイアサンの素材が使用された装備の前では魔術も無意味。苦戦を強いられている。

 おいおい……かなり不味い状態だぞ、これは。


「ったく、坊主。助けに行くぞ」

「族長たちは先に向かってください」


 僕は背中から魔導弓マスティマを取り出し、矢を引き絞る。帝国軍の小隊長らしき人物――金色の鎧を纏った白馬、その上に「自分を狙ってくれ」と言わんばかりに目立つ赤いマントを羽織った男がいる。その部隊の中で一番高貴な装備をしている彼へ照準を合わせた。


「僕はここから援護します」


 ヒュッ!


 僕の放った矢は、白馬に乗った小隊長らしき人物の頭部に命中した。矢はバーバッドの隙間に入り込み、一撃で男を絶命させる。彼は馬の上からドサリと落ちていった。

 ほら、望みどおり狙ってやったぞ。


「しょ、小隊長が!」

「一体どこから攻撃されたんだ!」

「ゆ、勇者様はまだ見つからないのか!?」


 慌てふためく帝国兵たち。それもそのはず。マスティマは普通の弓よりも長距離を射程に納める特殊兵器だ。まさか、この距離から攻撃できるとは考えていなかっただろう。敵は陣形が崩れ、友軍へのチャンスが生まれる。


「フッ、その弓、使いこなせてるじゃねぇか」

「ありがとうございます」

「まるで、それを使ってたダチを見てるみてぇだ」


 このマスティマの元持ち主は、豚鬼オーク族長の戦死した友人だったということは覚えている。魔王軍所属の暗殺者で、かなりの戦果を上げていたらしい。

 僕はその友人と同じようにマスティマを使いこなせているか不安だったが、族長の言葉を聞いて安心した。どうやら僕もちゃんとこの弓を扱えているようだ。


「それじゃ、援護は頼んだぜ! 俺たちはあそこにいる仲間に加勢する!」

「お気を付けて。族長」


 族長は部下を率いて友軍がいる場所に、丘を下って駆けていった。


「な、何だよ。カジって結構まともなヤツじゃねぇか」

「『サイコパスでヤバい性格だ』って噂だったのに」


 駆けていく兵士がそんな会話をしていた。

 まあ、今はそんなことあんまり関係ないんだけど。


「さて、こっちもやろうか。エクスキマイラ」

「ワカリマシタ。オトウサン」


 僕は帝国兵に向けて次々と矢を放つ。彼らは前衛にいる魔王軍の偵察部隊に注意を向けていたため、避け切れずにどんどん当たる。マスティマはこんなにも強かったのか、と驚いたほどだ。

 いや、以前戦った敵が強すぎたのだ。何百メートル先も攻撃できる剣、エクスカリバー。アレと比べると、現在戦っている敵がとても貧弱に感じる。

 あまりにも一方的。

 偵察部隊の前衛が徐々に形勢を逆転させ、帝国兵へ攻めに出る。


「こ、後退!」

「森の中に隠れるんだ! 丘の上から弓矢に狙われるぞ!」


 小隊長の副官らしき人物が叫ぶと、帝国兵らは木の陰へと身を潜めていく。彼らも矢を放って僕に反撃しようとするが、通常の弓ではここまで届く訳がない。

 ただ、陰に隠れたままだと僕からは狙いにくいため、どうにかしてそこから出す必要があった。


「エクスキマイラ、あの兵士たちを驚かせて木の陰からおびき出すんだ」

「ワカッタ。イッテクルネ。オトウサン」


 何本もの触手を全身に持った巨躯は森林の中へ入っていき、帝国兵の後方へ回り込む。エクスキマイラの移動速度は外見から想像できないほど速く、触手を使った摩擦による移動と潤滑液を使った滑りによる移動を器用に組み合わせている。帝国兵たちの背後をとるのはあっという間だった。


「うわあああっ! 何だこいつは!?」

「ば、化け物だ!」


 その大きさとビジュアルの悪さに狼狽する兵士たち。エクスキマイラは触手を使って彼らを薙ぎ払い、首に巻き付けて相手を気絶させた。腰を抜かした状態で陰から逃げ出そうとする。僕はその隙を見逃さずに矢を撃ち込んだ。族長たちも加勢し、逡巡としている騎兵を蹴散らす。


「ひぇっ! 撤退! 撤退だぁ!」


 情けない声で副官が叫ぶと、帝国兵は国境付近へと全速力で戻っていった。負傷した馬や重い装備を捨て、重傷者や死体を担ぎながら。

 前衛にいる族長たちも帰還の準備を開始した。こちらにも負傷者は多い。「深追いはしない」というのが族長のモットーだ。最善の判断だろう。

 どうにかこの戦闘に勝ったらしい。これで一安心できる。


 そう思っていたのだが――







「そこの弓兵きゅうへい! 覚悟!」







 僕の背後から突然声が響いた。若い女の声だ。


「――え?」

「はああああっ!」


 僕が振り返ると同時に、僕の頭上から巨大な剣が振り下ろされた。

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