第8章 触手の恋愛

47匹目 帝国騎士団の探し物

 勇者討伐後。


 僕はエクスキマイラを引き連れ、その森林近くにある魔王軍前線基地を訪ねた。そこには巨大な砦が建設され、帝国軍の侵入を防いでいる。


 僕は勇者討伐によって多くの物資を消費した。勇者を倒すための爆裂矢、僕の体を治療するための包帯や魔法薬、勇者を探す期間に食べ尽くした携帯食料――それらを補充するためにも基地に立ち寄る必要があったのだ。


 僕が砦の門に近づいた瞬間――


「うわ、ゲテモノ幹部だ」

「やっぱり、すっげえグロテスクな化け物を引き連れてるなぁ」


 見張りの兵士にそう呟かれた。何なんだよ『ゲテモノ幹部』って。

 僕のゲテモノ趣味の噂は相当広まっているらしい。こんな下っ端の兵士まで僕を知っているとは。


「僕はカジ・グレイハーベストだ。この基地で物資の補給を頼みたい」

「わ、分かりました。上官に問い合わせてみます」


 兵士たちは僕のエクスキマイラを見ておののいている。こんな化け物を見れば当然だろう。

 心なしか、そうした対応をされているエクスキマイラの表情が少し悲しそうに見えた。






     * * *


 その数分後。

 基地を管理する上官が僕の目の前に現れ、基地内部へ僕を招き入れる。エクスキマイラは屋外に待たせることにした。


「お前と会うのは定例会議以来だな。坊主」

「ぞ、族長?」


 僕に応対したのは豚鬼オークの族長だ。知り合いに会えると少しホッとする。


「物資が必要らしいな。だが、こっちもあまり戦況が芳しくなくてな。物資は倉庫のものを分けてやるが、あまり多くは支給できんぞ」

「それでも構いません。倉庫への案内をお願いします」


 彼は僕を倉庫へと案内するため歩き、僕は彼へ付いていく。

 その間、僕は基地の様子を眺めたのだが、どうも雰囲気が重々しく感じる。多くの兵士が武器の手入れや搬入を慌しく行っていた。まるで、これから戦闘が開始されるかのように。


「ところで、族長が前線基地にいるなんて珍しいですね。普段は魔王城付近の防衛をしているのに。何かあったんですか?」

「帝国軍に少し動きがあってな」

「動き?」

「この周辺に帝国騎士団が集結しつつあるんだ。この砦を襲撃されるかもしれねぇから、戦力補充のために急遽俺が派遣された」


 随分と急な話だな。この基地は結構ヤバイ状態らしい。

 族長は僕を横目で見ながら、敵勢力について説明を始める。


「集まっている敵は普通の騎士団じゃねぇ。彼らの装備からして、おそらく選び抜かれた精鋭部隊だろうな」

「帝国軍はついにここの砦を破りに来たんですか?」

「いや、違う。ここの突破に来たのなら戦力が明らかに不足している。それに彼らの陣形もおかしい。あれはどこかへ攻め入る形じゃない」

「では、何が目的なのでしょう?」

「俺の見立てでは、偵察部隊が観測した陣形からしてヤツらは何かを探している」

「え? 帝国軍が探し物ですか?」

「重要な何か。例えば、国家の機密に関わる重要な物資とかだな。そういうものを調査しているのかもしれん」


 あっ。










 これ、エクスカリバーを探してるんじゃ……?










 僕が勇者の死体から回収した聖剣エクスカリバー。現在はエクスキマイラにこっそり持たせている。

 当然、帝国軍としてはあんな強力な兵器を手放したくないだろう。

 おそらく彼らはエクスカリバーが森林で使用された痕跡を見つけたはずだ。触手モンスターの戦場跡は斬撃で荒れているため、すぐに分かる。しかし、その場所で勇者とエクスカリバーを発見できずに焦っているのは間違いない。


 今のところ、勇者が倒された事実とエクスカリバーの在り処は僕しか知らない。


 本来、こういうことは上司にすぐ伝えるべきなのだろう。


「あのっ!」

「どうした、坊主?」

「彼らはエクスカリバーを狙っているんじゃないでしょうか?」

「エクスカリバーって、あの勇者が持ってる聖剣か?」

「はい、そうです」


 そして――






「僕が勇者を倒しました。それで今、彼のエクスカリバーを所持してるんです!」






 僕は族長に全てを伝えた。


 しかし――







「坊主、冗談を言うならもうちょっと面白いこと言えよ」

「……」







 僕の話が族長に信じてもらえることはなかった。


 まあ、当然だろうな。

 僕は新米底辺幹部で実力も最下位。普通そんなヤツが勇者ほどの強者を葬れる訳がない。『寝耳に水』な話も度を過ぎると誰も信じてくれない嘘として捉えられてしまう。


「ほら、バカなこと言ってねぇでさっさと用事を済ませろ」

「……」


 ここまで信じてもらえないと、逆に清清すがすがしい気分になってくる。

 僕は信じてもらうことを諦めた。






     * * *


 それから倉庫で物資を補給し、魔王城へ戻ろうとしたそのとき――


「帝国騎士団が領土内に侵入! 総員戦闘態勢!」


 カン! カン! カン!


 基地内に警笛が鳴り響き、兵士たちが武器を持って駆けていく。僕はその様子を倉庫の中から呆然と眺めていた。


「あのぉ、族長? これは一体?」

「例の騎士団がこっちの領域へ完全に足を踏み入れたんだろうな。ったく、そこまでして何を探しているんだか」


 だから、エクスカリバーだよ!


 まずいぞ!

 僕が回収したエクスカリバーのせいでこんな大変な事態に!

 帝国騎士団は近辺に勇者とエクスカリバーを確認できず、魔族領内への調査に踏み切ったのだ。彼らがここまで血眼になるのも無理はない。


 そもそも、勇者が独りであの場にいたこと自体おかしかったのだ。一人の状態の彼にエクスカリバーを持たせたままにするということは、エクスカリバーの監視者を外すということになる。帝国上層部も聖剣の所在は随時掴んでおきたいはずだ。そんなことをなかなか許せるはずがない。

 触手との戦闘時、勇者には特別な事情があって独りだったのだろう。すぐに例の騎士団と合流する予定があったのかもしれない。


「坊主、とにかく今は緊急事態になった。この基地にいる以上、協力してもらわないと困る。最悪戦闘になるかもしれないが、そのときは支援を頼む」

「え、マジですか」


 こっちは勇者との戦いでクタクタなんだよ。勘弁してくれよ。


 僕は魔導弓マスティマを担ぎ、兵士の列に随行していく。エクスキマイラを引き連れ、帝国騎士団が侵入したというエリアへ向かった。


 エクスカリバーの所在を隠したまま。









 そしてこのとき、僕はまだ知らなかった。


 これから向かう先の戦場で、彼女との再会を果たすことになることを。

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