46匹目 決着
ドォオオオオン!
ドォオオオオン!
同時に放たれた互いの攻撃はあと少しというところで外れる。
勇者の放った斬撃は僕の肩をかすめ、僕の後方にあった大木を縦に両断する。
一方僕の放った爆裂矢はその斬撃によって起動を逸らされ、勇者の横を通過した。矢は彼の後方に大木に命中し、大爆発とともに幹に大穴を開けた。
「こいつ、まだこんなに魔力を残してたのか!」
「次は……外さねぇぞ! カジ!」
勇者は再びエクスカリバーを振り上げ、連続して斬撃を放った。僕は向かってくる高速のかまいたちを避け、どうにか反撃を試みる。
しかし――
「こ、攻撃が速すぎる!」
勇者の攻撃を避けるのに精一杯で反撃する隙が生まれない。僕が行うとしているのは何百メートルも離れた敵への精密射撃だ。狙いを定めるための時間が要る。
さらに、勇者は斬撃で矢の軌道を逸らす。せっかく撃ち込んだ爆裂矢も、彼の攻撃に弾かれて進行方向を変える。放たれた矢は遠く離れた場所で爆炎を上げた。
矢の数には制限があるため、やたらに撃ち込むことはできない。
それに加え、エクスカリバーが予想以上に攻撃間隔が短い。
すでに勇者はこの戦況に慣れ始めていたのだ。潤滑液で濡れた手、不安定な足場、疲労した身体。そんな状況にありながら彼は順応し、僕を殺しにかかっている。
その能力はまさに、『戦うために生み出された化け物』と言えるだろう。
「ぐぁっ!」
避け切れない細かな攻撃が僕の腕や足に命中する。致命傷にはならないが、僕の動きは痛みで徐々に鈍っていった。遮蔽物として利用していた大木も、激しい攻撃により猛烈な勢いで削られる。
そして――
「これで終わりだ! カジ!」
勇者はさらに魔力をエクスカリバーに吸収させ、僕に向けて特大の一撃を繰り出そうとしていた。遮蔽物として利用できそうな木々も倒された。僕の体力も限界に近づいており、ここで広範囲攻撃が行われれば避けることはできないだろう。
僕が死を覚悟したそのとき――
「ピギィイイイッ!」
森林に謎の鳴き声が響く。
剣を振り上げる勇者の背後に、彼へ向かって高速接近する黒い影があった。長い触手を使い、クモのように走っていく。
「あいつは、まさか!」
《パラサイト・ニードル》
偶然作られた触手モンスターの失敗作。生物の体内で成長し、ある程度大きくなると腹から飛び出す合成モンスターだ。
シュードキベレ将軍の腹から出たまま行方不明になっていた個体がいたのを思い出す。おそらく、あの個体がそうなのだろう。それしか考えられない。
ドスッ!
「ピギィィイイッ!」
「うぐっ!」
勇者の背後から近づいたパラサイト・ニードルは、先端が針のようになっている触手を彼の背中へと突き刺した。
「まさか、お前、僕を助けるために!」
「ピギィィイッ!」
何度も何度も勇者を突き、彼の胴体に次々と穴を開けていく。
さらに――
「オトウサンハ、コロサセナイッ!」
《テンタクル・エクセルサス》
触手たちのリーダーである巨大な触手合成モンスター。
勇者の攻撃によって体をバラバラにされたが、まだその命を保っていたのだ。残っていた触手が勇者の足に絡み付き、勇者の動きを制限させる。
「ちくしょう! てめぇら、離しやがれぇ!」
勇者は彼らを離そうと、足元にエクスカリバーを振る。
このとき、僕にようやく反撃の隙が生まれたのだった。
「ウッテ、イインダヨ。オトウサン!」
「すまない、お前たち!」
僕は残っている爆裂矢を魔導弓マスティマに装填し、勇者の頭に照準を定める。
その間にもニードルとエクセルサスはエクスカリバーによって傷付けられていた。それでも僕を守るため、必死に勇者の動きを止めている。
「ありがとう」
僕は――
矢を放った。
ドォオオオオン!
爆裂矢は勇者の頭に命中し、大爆発を引き起こす。
勇者の体は木っ端微塵に吹き飛んだ。彼へ纏わり付いていた触手ごと。
やっと、終わったのか。
ついに、勇者を倒したのだ。
何人もの仲間の命を奪った戦士を。
人間の姿をした怪物を。
僕はその爆心地に向かってゆっくりと歩いていく。
そこには抜き身状態のエクスカリバーが転がっていた。あれだけの攻防があったにも関わらず、その刃の輝きは手入れが済んだ直後のように美しい。背筋が凍りそうなほど綺麗だった。
「これが、エクスカリバーか」
僕はその剣を拾い、軽く振るってみる。しかし僕の魔力は吸収されず、どこにでもあるただの剣のように感じられた。
僕はその近くに転がっていた鞘を拾い、エクスカリバーをそれに納める。
それからどれだけ力を込めても、エクスカリバーを鞘から引き抜くことはできなかった。
エクスカリバーは剣に選ばれた者にしか扱えない。僕は選ばれなかったようだ。
それから、僕はさらに戦場跡を歩き続けた。
僕を守ってくれた触手モンスターたち。
彼らも勇者同様、木っ端微塵になっている。ただ、彼らの死は決して無駄ではなかった。勇者の命を削り、僕に止めを刺す機会を与えてくれた。彼らの活躍によって多くの魔族の命が救われただろう。
僕はその死骸を集めて山のように積み上げると、それを囲むように巨大な魔法陣を描いた。
「みんなで帰ろう。僕らにはまだ、やらなきゃいけないことがある」
僕にはまだ重大な任務が残されている。
魔王のおっさんの性欲解消方法発見。
それを達成するためにも彼らを放置して帰る訳にはいかない。
「顕現せよ! 我が
僕は触手系モンスターの死体を全て合成した。普段は実行しない合成モンスター素材の二重合成。奇形が生まれやすくなるために避けているのだが、今はもうビジュアルなんて気にしない。魔法陣の中央で素材が次々と組み上げられ、その姿を形成していく。
「さぁ、一緒に帰ろう」
「カエ……ロウ」
魔法陣の中央に現れたのは、巨大な触手モンスター。
《テンタクル・エクスキマイラ》
全身が触手で覆われた合成モンスターが誕生する。エクセルサスをベースとしており、さらに触手の数が増加した。エクセルサス同様に発声器官を持っており、会話によるコミュニケーションが可能だ。
そして、この個体には、これまで合成したモンスターたちの魂が込められている。勇敢にも自分たちよりも強い敵に立ち向かい、僕を守ってくれた触手たちの魂が。
その後、僕は勇者のバラバラになった死体を集めて土の中へ隠し、聖剣エクスカリバーを回収した。この武器はもう二度と使えない状態へしなければならない。これを放置すれば、第二、第三の勇者が現れる可能性がある。そうした事態はどうしても防がなければならない。
僕はその戦場跡をエクスキマイラとともに去った。
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