45匹目 カジ・グレイハーベスト
僕は勇者と触手モンスターたちの戦いを、森の茂みから眺めていた。
「触手、けっこう強いなぁ」
エクスカリバーによる斬撃と、触手による粘液が宙を舞う戦場。
勇者の足に小型の触手モンスター《お手伝い触手くん》が纏わり付き、勇者の動きを鈍くしている。勇者が剣でそれを振り払おうとするも、その間に別動隊が触手で鞭のような攻撃を打ち込む。
僕も同じ男として、観戦していて恥ずかしい部分はあるが。
「ぐぁっ!」
勇者の体力は徐々にだが確実に奪われていた。
そして彼は《テンタクル・エクセルサス》の粘液によって興奮状態にあり、下半身の動きがかなり硬い。男性特有の嫌な感触に襲われ、本来の力を発揮できていないのだ。
さらに興奮状態であることで彼の頭に血が上り、冷静な判断を下せていない。剣を振るタイミングがズレ始めている。触手たちに攻撃が当たらなくなっていき、当たっても刃筋が狂っているため強烈な一撃とならない。
きっと百戦錬磨の勇者もこのような戦術を使う敵と戦闘をしてこなかったのだろう。勇者はかなり疲弊していた。
このまま行けば倒せる!
僕がそう考えたとき――
「舐めるなアアアアーッ!」
勇者が叫ぶ。まるで巨大な獣の咆哮のような声は森林の空気を震わせた。遠く離れていた僕の鼓膜がビリビリ震えるほどに大きい。
まだこれほどの大声を出す力が残っていたのかよ!
「この奥義は、魔王を倒すために秘密にしておくつもりだったが!」
勇者が触手の鞭攻撃に打たれながらも、エクスカリバーをゆっくりと頭上に構える。彼は瞼を閉じ、精神統一をしているようだった。聖剣が勇者から魔力を吸い上げ、それを強力な一撃のためのエネルギーとする。
そして、次の瞬間――
「食らえェェェーッ!」
ドォォオオオオオン!
エクスカリバーから発せられた高威力のかまいたち。
それが勇者を中心とした巨大な竜巻となって戦場を包み込む。それは彼の周辺にあった森羅万象を切り裂き、原形を留めないほどに傷付けた。地面も、草原も、樹木も、そして触手たちも。その全てをエクスカリバーが破壊する。
「ピギィィイイッ!」
「ピギャアアアッ!」
触手たちが悲鳴を上げる。その声すらもエクスカリバーは切り裂き、僕の耳に届いたのは途切れ途切れの悲鳴だった。
「そ、そんなバカな!」
ようやく竜巻が消え、森林に静寂が訪れる。
そこで僕が見たものは、深い傷の入った地面、細切れにされた木の葉、新たにできた大量の切り株。
そして、細切れにされた触手たち。
僕が数ヶ月かけて作り上げた触手の軍勢は、勇者とエクスカリバーの攻撃によって崩れた。その軍勢の多くを、たった一撃で。
「あいつ、化け物かよ!」
僕は隠れていた茂みから身を乗り出し、この惨禍の中心となった場所を見つめる。
そこにはエクスカリバーを持ったまま佇む勇者の姿があった。
「動かない?」
勇者は直立不動のまま動く気配を見せない。気絶しているかのように微動だにしない。
おそらく、彼は先程の一撃で魔力を使い果たしたのではないだろうか。あれだけの攻撃を繰り出したのだから、エクスカリバーの使用者にも相当な負担がかかっているはずだ。
これはチャンスだ!
僕は担いでいた超長距離射撃用
勇者は体力・魔力をともに消耗し切っている状態だ。ヤツに止めを刺すなら、今のタイミングしかない!
そう考えた僕は弓を構え、照準を勇者の頭部に合わせた。超長距離からの精密射撃。疲れ果てている今の勇者に避けられるはずがない。
しかし――
「そこに……いるのは……カジ……だな?」
勇者がゆっくりと振り向く。その顔は意識を失っているようにも見えたが、彼の向きだけは僕をハッキリと捉えていた。
「あんな状態でもまだ動けるのか!」
「俺の……仲間を……殺した……モンスターを……」
勇者がか細い声で何かを喋っている。口がパクパク動いているようにしか見えないが、僕に何かを伝えようとしているのだろうか。
ボロボロの状態でも彼を動かす底知れない体力や執念が、僕には悪魔のように感じられた。まるで化け物だ。自分が持っている爆裂矢でも殺せないような気がしてくる。恐怖すら感じるほど。
勇者はゆっくりとエクスカリバーを振り上げ、聖剣に再び魔力を注ぎ始める。僕に向かって斬撃を放つつもりなのだ。
一方、僕も力一杯矢を引き、震える手で勇者の頭へ狙いを定める。
「これで……終わりだ……カジ……グレイハーベスト!」
「これで終わりだ、勇者」
そして――
互いの攻撃が同時に放たれた。
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