43匹目 後悔の行く先
「――勇者を、殺してくるんだ」
僕のその言葉に、触手系モンスターたちはゾロゾロと飼育場を出ていった。何も言わず、ただ前を見つめ、僕の命令を実行するためだけに。《お手伝い触手くん》も《テンタクル・エクセルサス》もその群れに加わる。
そして、エクセルサスが飼育場の扉を通過するとき――
「イッテキマス。オトウサン」
――ヤツはそう呟いた。
僕はその言葉に何も言わず、勇者討伐へ出かけていく彼らを見つめていた。
* * *
数分後、モンスターで賑やかだった飼育場はガランとしていた。僕は粘液だけが残る飼育場をブラシで洗い、その異臭を取り除く。
――これでよかったのだ。
僕は自分にそう言い聞かせる。
彼らがここにいることで近隣からの苦情がヤバかった。いい加減彼らを飼育場から追い出さないと、城での仕事も続けられなくなる。
それに、勇者も一層強さを増したらしい。ヤツがエクスカリバーの使い方に慣れ始めている証拠だ。早めに勇者を止めなければ、いずれ魔王城まで辿り着くだろう。
だから、こうすることは必要だったのだ。
触手系モンスターがここから消え、勇者を討伐できれば一石二鳥だ――と。
しかし――
「何なんだよ……!」
僕の心の中には黒くどんよりしたモヤモヤがあった。
ブラシをかける手が止まる。
これでよかったはずじゃないか!
でも、何でスッキリしないんだよ!?
そのとき――
「先輩、気になってるんでしょ? 触手さんたちのことが」
「えっ」
僕の背後にニルニィが立っていた。
「先輩は合成したモンスターに愛情を注いでいるから、そんな風に悩むんですよ」
「愛情を……?」
「泣章魚のときだって、先輩は最後まで手放すのに消極的でしたよね?」
そう言えばそうだ。
泣章魚のことを思い出す。
あのときだって、僕はあいつを手放したくなかった。最後まで。
アオォオオオオン!
あいつの声が脳内にこびり付いて離れない。たまに夢の中でも聞こえてくる。
ずっと後悔していた。
あいつを誰もいない森の中へ放ってしまったことを――。
きっと寂しい思いをさせてしまっていることを――。
「それは、先輩がどんなモンスターでも愛しているからです! どんなに外見が醜いモンスターでも、自分の子どものように思っているからです!」
「僕が、モンスターを……」
「だから、先輩は触手さんたちが、どうなるのか気になって仕方ないんです!」
そうだ――。
僕は彼らが気になって仕方ないのだ。
この状況は泣章魚のときと同じ。
自分の都合で強引に追い出したのと変わらない。
あんなこと、もう二度としたくないと思っていたのに――。
そんな罪悪感が僕を駆り立てる。
「ごめん、行ってくる!」
僕は握っていたブラシを投げ捨て、研究所に向かって走り出した。机の周辺に置いてある魔術師用の外套を着用し、
僕はあの触手モンスターたちの父親的存在だ。
作った責任を負い、彼らを最期まで見届けることを決意したのだ。
* * *
――それから僕は触手たちを追い、地面にべちゃべちゃと付着する粘液を追って歩き続けた。その粘液は最後に勇者が確認された領域へと伸びている。
野を越え、山を越え、川を越え、触手を探した。
* * *
――数日後。
日が沈み、暗黒と静寂に包まれた森林。
触手たちがそこへ入っていく様子を双眼鏡で遠くからようやく発見できたのだ。合計で何十匹もの触手モンスターが一丸となって歩く様子はまるで百鬼夜行だった。
「ピギィ!」
「……ナニカ、ミツケタノカ?」
森林の偵察をしていた《お手伝い触手くん》が何かを発見したらしく、触手の大部隊へ戻ってくる。
「ピギィッ! ピギッ!」
「デハ、ハジメヨウ……」
エクセルサスが何かを喋ると触手たちは散開し、森林の中へ入り始めた。互いに一定の間隔を取り、ポジションを調整しているようだった。獲物を狩る陣形を構築しているのだろう。
僕は直感した。ついに勇者を発見したのだ、と。
僕が追いつく前に、彼らは勇者との戦闘を始めていたのだ。知能の高いエクセルサスなら高度な戦術・戦略を立てられる。この陣形はエクセルサスが考案したに違いない。気配を消して勇者らしき人物を取り囲んでいく。
そして――
「ピギィイイイッ!」
『触手 対 勇者』という戦いの火蓋が切って落とされたのだった。
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