42匹目 増えすぎた触手

 それからも僕は触手系モンスターを作り上げた。


 帝国の港町から持ち帰った素材を用い、大型の触手を合成する。

 その度に合成したモンスターと、研究所に住まわせた少女を一人ずつ玉座へと連れていった。


 彼女に触手を纏わせる。

 以前は激しく抵抗していた彼女たちだが、最近はあまり抵抗しなくなってきた。僕と彼女たちの信頼関係が活きているのだろう。

 魔王のおっさんはそれを見て、性欲解消に使えるかどうか判断する。


「……チガウ」

「ふむ、今回もどうやら違うらしいな」

「えぇ?」


 今のところ、全て失敗してきている。

 僕が作った全ての触手に文句を付けてきた。「触手の先端の形が気に入らない」とか「触手の先端から液体が出ないとダメ」とか。


 とにかく、拘りが強すぎるのだ。

 異世界人の性欲解消方法ってどうなってるんだよ!?





     * * *


 触手を纏う行為を終わると少女を浴場に連れて行き、粘液を綺麗に落とす。それをニルニィとルーシー姐さんが手伝った。

 少女たちへの待遇はギルダが管理していたときよりも圧倒的に改善されたと思う。生気のなかった表情は徐々に笑顔を取り戻し、今は随分と健康的に見える。ニルニィやルーシー姐さんとも交流を重ね、少しずつだが意思疎通もできるようになった。


 最近になって気付いたのだが、彼女たちは魔術の素質が全くない。この世界では、そこらの農民でもオイルランプに明かりを灯す程度の魔術は使える。しかし、彼女たちはそれすらもできないようだ。少女たちの前でランプを炎魔術で灯したら、かなり驚かれた。

 もしかすると、異世界人はそうした魔術などを使えないのかもしれない。






     * * *


 そんなある日。

 いつものように、おっさんの前で少女たちに触手を絡ませる。


「ショクシュ……コトバ……リョウジョク」

「ふむ。魔王様は触手生物が言葉で陵辱することをお望みのようだ」


 は?

 触手が、喋る?


 いつものように触手生物を合成しておっさんに見せたところ、そんなことを言われた。触手生物が喋るようにしろ。

 我々と同じ言葉を喋れるモンスターを作るのはかなり難しい。発声器官だって作らないといけないし、知能だって高くないと話せない。状況に応じて言葉を喋るようインプットする必要もある。


「ほら。魔王様は望みを言ったぞ。それに応えられるよう、早く研究所に戻れ」

「……」


 ギルダの言葉は耳に入らず、僕はおっさんと触手の前で呆然としていた。






     * * *


 そして、研究に研究を重ね、僕は作った。

 言葉を話すことができる、最強の触手生物を。


《テンタクル・エクセルサス》

 それがヤツの名前だ。

 高さ5メートルを超える大型触手モンスター。深海に生息する希少なモンスターの素材を大量に注ぎ込んだ。触手の先端や、そこから出る粘液にも拘った。粘液には人間の興奮作用のある成分が含まれており、触れるだけで欲情する極めて危険な液体である。

 ただ能力を重視した分、かなりビジュアルが悪い。かなりグロテスクだ。目のギョロギョロ感とか、発声できる大きな口とか、全身に触手が生えているところなど、これまでに合成した触手よりも格段に気持ち悪い。


 ニルニィや少女たちはこれを一目見ただけで失禁し、気絶してしまった。


 言葉やものを覚えさせて発声練習するために城内を歩かせてみたのだが、遭遇したデュラハンもこれには驚いていた。


「こ、こんな醜いモンスターは初めてだ」


 幹部内でトップクラスの実力を誇る彼すらも、逃げるように僕らの前から去っていった。


 僕のゲテモノ趣味の噂もさらに強化された。僕にモンスター合成の依頼をしてくる者も減少し、僕はさらに貧乏へと追い込まれた。

 それを受け、僕は《お手伝い触手くん》を追加生産して売り出した。今度は『一家に一匹、家事をお助け触手くん!』というキャッチコピーを付けて販売した。







 やっぱり売れなかった。







     * * *


 そして、僕はテンタクル・エクセルサスを連れて玉座の間へ入った。

 いつもどおりに少女に触手を纏わせ、おっさんの様子を窺う。


 これで、どうだ?

 おっさんが出してきた条件は全てクリアしている!


 僕はこれで最後になることを祈りながら、その様子を見守った。


 しかし――







「……パツキン……クッコロ……」






 え?

 何て?


 どうやら魔王のおっさんはまだ何か不満があるらしい。

 ギルダは発せられた言葉の意味を『国語辞典・小学生用』という書物で一生懸命調べているが、なかなか見つからないようだ。


「オイ! ソレハドウイウイミナンダ!? コタエロ!」

「パツキン……クッコロ」


 おっさんはそれを連呼するだけだった。


 パツキン。


 そして、クッコロ。


 これが最大の難関だった。

 ギルダも全く意味を理解できていない謎の単語。『国語辞典・小学生用』にも記載されてない。


 この言葉の登場によって、僕の触手開発は停滞することになる。






     * * *


 研究は完全にストップし、僕の手元には行き場のない触手モンスターが大量に残された。

 モンスターの飼育場は触手だらけになり、他のモンスターを保持しておけるスペースは消失した。しかも彼らは周囲に粘液を撒き散らすので、飼育場はいつもベチャベチャの状態だ。おまけに異臭まで放つ。とても臭い。

 そのせいで、近隣の兵舎からたくさんの苦情が毎日のように届くようになった。「訓練に集中できないから今すぐ異臭の元を排除しろ」とか「異臭のせいで食事がまずく感じる」とか「ゴミ野郎」とか「クズ」などと言われた。吐き付けられる唾の量も増加した。


 ニルニィや少女たちに飼育場の粘液を水洗いさせているのだが、その異臭は消える気配を見せない。やがて、水の使いすぎによる苦情も入るようになった。


 自分が所有する触手モンスターのことで頭を抱える日々。

 彼らの維持費で研究所の資金も削られていく。


 他の収入もどんどん減っている。《お手伝い触手くん》は全然売れず、在庫が跳ね返ってきた。彼らの収納箱に書かれている『一家に一匹、家事をお助け触手くん!』という自分が考案したキャッチコピーがイラつく。


 どうにか、どうにかしてヤツらをここから追い出さなければ!

 僕は研究所の机に伏し、触手系モンスターを有効活用する手段を考える。





 そして考え付いた。

 触手モンスターを飼育場から追い出し、かつ有効利用する方法を。







     * * *


「お前たち……」


 ある日の夕方。

 僕は触手モンスターを収容している飼育場の扉を開けた。

 薄暗い施設の中、彼らの巨大な目玉から放たれる視線が僕の元へ集結する。

 漂う異臭。散らばる粘液。宙を蠢く触手。

 僕はそうした空間の中央に立ち、自分がこれまで合成してきた怪物を眺めた。


 随分増えたものだな。


「今から、お前たちに命令を伝える――」


 そして僕は、モンスターたちを追い出す手段を実行に移した。










「――勇者を、殺してくるんだ」

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