41匹目 弱小貧乏幹部

 帝国領土内の港町からの帰還後。


 僕は持ち帰った大型触手系モンスターの処理を行った。水で洗い、保存液に漬けておく。こうすることで、素材としてかなり長持ちする。


 この素材がとにかく臭い。


 この作業がかなり苦痛だった。激臭で自分の鼻と胃がおかしくなる。何度も嘔吐しながら作業を続けた。


 その異臭は魔王城全体にまで広がり、城に勤める兵士が嘔吐する事件が相次いだ。この異臭騒ぎで城の特殊部隊が動く事態にまで発展した。

 僕の研究所にはたくさんの苦情が来るようになり『僕がゲテモノ好きである』という噂が一気に強さを増した。


 これにより、モンスター・デベロッパーへの研究費は減額された。名前や活動内容もよく知らない弱小部署よりも大幅に少なく、支給額がワースト1位に躍り出る。僕の研究部署は一気に弱小部署になった。

 そのせいで、ギルダ以外の勢力からも唾を吐き付けられるようになった。僕はさらにキレるのを我慢した。






     * * *


 その頃、僕の周囲では大きな生活の変化が2つあった。


 まず1つ目は、ニルニィが酒場での労働から帰ってきたことだ。

 彼女は仕事で多くの人と関わってきたようで、極度の人見知りはかなり改善されていた。研究所に訪れた客ともかなり話せるようになったし、態度も以前よりハキハキしている。


 しかし――


 ガッシャアアアアン!


「ああ! 先輩! ごめんなさい!」

「……」


 重大なミスを連発するところは変わっていない。

 額の少ない研究費は、彼女が出した損害によってさらに消えていった。


 経費を浮かすため、僕は魔王城地下の酒場で残飯を漁るようになった。その様子を見た酒場のルーシー姐さんから「あなたも地に堕ちたものね」と言われた。







 そして2つ目は、異世界の少女たちを僕が管理するようになったことだ。

 ギルダが僕に少女たちの牢屋の鍵を預けてきたのだ。


「貴様にあいつらの鍵を預ける。好きに使え」


 最近、僕は海獣の王リヴァイアサンの胃袋から得た素材で合成モンスターを大量に作り上げた。それを魔王のおっさんに見せる度に、ギルダに少女たちを地下牢から出させていた。その玉座まで逐一連れ出す行動が煩わしくなったのだろう。


 この頃、ギルダの政策は軌道に乗り始めていた。自分と敵対関係にある種族を排除する陰謀を進めており、自分に逆らう種族に対し「魔王様から鉄槌が下されるぞ」と脅している。異世界人の能力をあまり知らない敵対勢力に、その脅しは結構効いた。

 とにかく、このときのギルダは多忙で少女たちの扱いが疎かになっていたのだ。


 ただ、これが僕にとってかなりキツかった。5人分の食費となれば膨大になる。僕が管理することで、その分僕の資金が使われてしまうのだ。


 僕の研究所はさらに貧乏になった。


 それを受け、僕は合成したモンスターを一般向けに販売するようになった。儲けが出るように、とにかく安い素材で合成したモンスターを。

 机の周辺に余っていた《グリーン・テンタクル》の素材。これと他の素材を合わせた、粘液を持たないテンタクル。触手を器用に使い、家事などを手伝ってくれる触手モンスターだ。名前は《お手伝い触手くん》。それを大量に作り出し、販売した。








 ビジュアルが悪く、あまり売れなかった。








     * * *


 それでも、悪いことばかりではない。


 ある日、僕のところへ猟友会の猟師が訪ねてきた。グリーン・テンタクルの件や、グリード・モンキーの件でお世話になった人物だ。


「いやぁ、アンタがグリーン・テンタクルを大量に退治してくれたおかげで、今年は農作物の被害が少なかったんだよ! ありがとな!」

「あ、いえいえ」

「それで、これが猟友会からのお礼だ。受け取ってくれ」


 ドンッ!


 目の前に置かれたのは巨大な食肉の塊。

 森で獲れた巨大モンスターの肉らしい。僕とニルニィだけでは食べきれないほど量が多い。


「す、すごい。どうやって食べたらいいんですか、これは」

「世話になっているヤツでも呼んで、みんなで食べてくれ」

「『世話になっている人』ですか」






     * * *


 僕は猟師が帰った後、異世界の少女たちのいる牢屋へと向かった。彼女たちを牢屋から出し、研究所へと連れて行く。


「ほら、これを着て」

「?」


 僕とニルニィは、彼女たちに衣服を着せた。

 これまで少女たちは何も着用することを許されずに過ごしてきた。さすがにそれでは身体的にも精神的にもダメージが大きいだろう。

 彼女たちは久々に何かを着用できたことで、表情が穏やかになった。僕らが貸したのは廃棄予定だった魔術師用の古い外套だが、何もないよりはマシだ。


 そして、僕とニルニィは彼女たちの前で猟師からもらった肉を焼いた。研究所内の簡単な調理設備で、厚めにカットした肉がこんがりするまで加熱する。部屋の中にジューシーな香りが漂い、その場にいた全員の鼻腔を刺激した。


「ほら、食べていいよ」

「……」


 焼き上がった肉を皿に盛り、少女たちの前に差し出す。


「オイシイ」


 彼女たちはそれを食べながら異世界の言語で何か呟いていたが、僕にはその意味が分からない。

 でも、彼女たちは笑顔だった。

 このとき、僕は初めて彼女たちの笑顔を見た気がする。


 僕とニルニィはそれだけで、嬉しくなった。






     * * *


 その日から、彼女たちを牢屋に閉じ込めるのは止めた。

 研究所内に仮の寝床を作り、彼らを住まわせる。


 僕らは少しずつ信頼関係を築いていったのだ。

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