39匹目 巨乳騎士との出会い

 調査したい海獣の王リヴァイアサンを、帝国軍が管理している!?

 そんなの聞いてないぞ!?


「つい最近、帝国議会がそういう特例法を制定しやがったんだよ。ヤツの素材は帝国軍の武具に全部回すんだとさ。ったく、貴族どもが勝手に決めやがって……」


 僕に応対した漁師は不満げに語る。


「この法令のせいで高く買ってくれる顧客を探せなくなっちまった。不漁といい、特例法といい、俺たち漁師の収入は激減だ」

「この町ではそんなことが起きているんですか……」

「ああ。悪いけど、海獣の王リヴァイアサンの素材は諦めてくれないか?」

「いえ、その胃袋を調査したいんです。そこにも触手系モンスターの素材があると思うので……」

「ああ、それなら帝国軍も許可してくれるかもしれん。胃の内容物は武具に回せないからな。今、ヤツはこの町の帝国軍基地に運び込まれているから、そこを訪ねてみたらどうだ?」

「え……えぇ」


 結局、漁業組合での収穫は皆無だった。

 海獣の王リヴァイアサンを解体している帝国軍に接触するのも無理だろう。魔王軍幹部が帝国軍に接触するなど、自殺行為に等しい。身バレすれば即拘束されて拷問されるに違いない。


 漁師のおっさんは帝国軍基地を訪ねるよう勧めてくれたが、死んでもそんなことする訳にはいかない。


 そう思っていたのだが――







     * * *


 その漁師とともに漁業組合の事務所へ戻っていたとき――


「お、噂をすれば、帝国軍の騎士じゃねぇか」

「えっ?」


 漁業組合事務所前で、騎士らしき女性がパトロールしているではないか。幅広剣ブロードソードを携え、帝国の紋章エンブレムが入った肩当てを着用した若い女がいる。

 僕は「ヤバイ」と思い、漁師の背後へこっそりと移動する。騎士団の人物だと僕のことを知っている可能性が高い。

 頼むから、このままどこかに去ってくれ……。


 しかし――


「おーい! そこのアンタ! この兄ちゃんがお前らに用があるんだとさ!」


 おいいいいいいいいいいい!

 漁師! てめぇ! 勝手に騎士を呼びつけるんじゃねぇよおおおおお!


 僕の心臓は跳ね上がり、全身から嫌な汗が一気に噴き出す。

 近づいてくる女騎士から視線を逸らし、僕はどこか遠くを見つめた。


「どうした? 漁師殿?」

「この学者の兄ちゃんがよ、海獣の王リヴァイアサンを調査したいらしいんだ。胃の内容物だけでもいいから見せてやってくれないか?」

「ほう、学者殿か」


 彼女は僕の顔を覗いてくる。

 これにはさすがに耐え切れない。僕はその女騎士と目を合わせた。


「あっ――」

「どうした? 私の顔に何か付いているか?」

「いえ……その……」


 一目惚れ。

 彼女の顔を見たときの感情を表すならば、この言葉が当てはまるのだろうか。

 綺麗な顔立ち。張りのある白い肌。澄んだ瞳。さらさらとした金色の髪。


 僕はその女騎士に、一瞬で完全に魅了された。

 帝国軍にはこんな美しい女性がいるのか、と。


 そして、次に気になるのが――


「あ、あの――」

「どうした?」

「胸当てがないんですけど……」


 その女騎士は騎士団の正式装備である胸当てを着用していないのだ。下地の白い服が露出しており、彼女の豊満な胸が突き出している。今にもその服は破れそうだ。

 何だ、この胸……色々ヤバイだろ。


「ああ……不恰好ですまない。実は、私、騎士団に入団したばかりなんだが、支給された胸当てがキツくてな。今、特注で作っているところなんだ」

「あ……そうなんですか」


 こんなに胸が豊満ではそれも仕方ないだろう。

 僕もここまで巨大な胸は見たことがない。ルーシー姐さんでも彼女には及ばない。このとき、僕の視線は彼女の胸元に釘付けになっていたと思う。


「それより海獣の王リヴァイアサンの件だが、私から上司に話してみよう」

「ど、どうもありがとうございます……」

「それで、学者殿の名前は何と言うのだ?」

「カ、カジ……」


 ヤ、ヤバイ!

 うっかり名前喋ってしまった。

 色々動揺していたせいだろうか。身元が知られてしまうかもしれない致命的なミスだ。僕は咄嗟に懐に手を伸ばし、隠していたナイフを握ろうとする。


 しかし――


「そうか。よろしくなカジ殿。私の名前はクリスティーナだ」

「ど、どうも……クリスティーナさん」


 彼女が新人騎士だったのが幸いしたのか、僕が魔王軍幹部だとは気付かれなかったらしい。あまり魔王軍幹部の情報が新人には浸透していないようだ。


 そう思っていたのだが――






     * * *


 青天の下、海岸沿いに造られたプロムナードに二人きり。

 クリスティーナと名乗る女騎士は僕を海獣の王リヴァイアサンが解体されている現場へと案内した。徒歩で豊満な胸をゆさゆさと揺らしながら。


「ところで、カジ殿」

「ど、どうしました?」

「実は……魔王軍の幹部にも『カジ』という名前の人物がいるらしいのだ」

「ぶっ……ゲホッゴホッ!」


 彼女の言葉に、僕は飲みかけていた唾を吐き出した。

 まずい!? バレたか!?


「まあ、カジ殿にはあまり関係ないのだがな。当人は『モンスター・デベロッパー』という魔術師だ。サイコパスで、筋金入りのゲテモノ好きらしい」


 ハァッ!?

 サイコパス!? ゲテモノ好き!?


 身バレした訳ではなさそうだが、彼女から発せられた言葉に僕は愕然とした。

 帝国軍にも僕の噂がこんな風に広がっているのか!?


「カジ殿にはそんな気配感じられないし、優しそうな感じがする」

「そ、それはどうも……」

「ヤツはいたずらに死体を研究所に集めていて、趣味で気持ち悪いモンスターばかり作っているらしい。まったく、魔族というのは何を考えているか分からんな」


 違う!

 その情報、間違ってるからな!

 集めていたのはテンタクルの素材だし、触手モンスターを作っているのはそれが依頼だからだ!


 ――と、訂正したかったが、そんなこと言ったら確実に身バレする。

 僕は我慢した。


「まあ、ただの雑談だ。カジ殿はあまり気にしないでくれ」

「は、はは……」


 当人なんだから、気にするに決まってるだろ!?


「そんなヤツがこんな町にいる訳ないもんな」

「そ、そうですよね……」


 いるよ! お前の目の前に!

 僕は言いたいことを喉奥へと飲み込みながら、クリスティーナの横を歩く。


 これがクリスティーナとの出会いだった。










 ――また、これが僕の運命の人との出会いでもあった。

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