38匹目 リヴァイアサン

 ギルダからの依頼――魔王のおっさん、彼の性欲解消方法を模索せよ。


 その解消方法が徐々に判明してきた。

 でも、その方法は僕らから見れば狂気的な内容だ。人間の女性と触手生物がをする――異世界人から見れば普通のことなのかもしれない。しかし、この世界の基準では、それはどうかしている。


 それでも、僕はができる触手生物を作るしかなかった。





     * * *


 そうした活動の手始めとして、僕はギルダにをした。


 異世界召喚された少女たちを玉座の間に連れ出してほしい。


 僕は頭の中に浮かんだ仮説を実証するため、魔王のおっさんと同族である少女たちを牢屋から出すように頼んだ。

 同時に僕はグリーン・テンタクル同士を合成し、奇形テンタクルを作り出した。原種よりも触手を多めに持つ個体だ。

 それを少女たちに纏わせ、おっさんの様子を観察する。


「イヤ……キモチワルイ!」


 少女たちは暴れて拒んだ。

 しかし、ギルダの部下に痛めつけられ、泣きながらそれに応じた。彼女たちは顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、自分の体へと纏わせる。

 その様子が見ていて本当に痛々しい。突然この世界へと拉致され暴行を受ける彼女たちをどうにか助けてやりたい。

 この依頼が終われば彼女たちも解放される――そんなことを願いながら、僕はその様子を見守った。






 しかし結果は失敗だった。

 おっさんが性的快楽を得ている気配は感じられない。


 結局、少女たちは解放されず、再び狭く暗い牢屋へとぶち込まれた。触手の粘液でぬるぬるになった体を洗うことも許されないまま、ギルダの部下に刃物を当てられながら僕の前を去っていく。

 本当にごめんよ……こんなことに付き合わせてしまって。早く自分の世界に帰りたいよな……。


「オイ。ナニガフマンナンダ? コタエロ」

「ショクシュ……モット……オオキク」

「ふむ……触手生物がもっと大きくないとダメなようだな」


 魔王のおっさんとギルダが僕のモンスターに文句を入れてきた。実験は失敗だ。どうやら人間よりも数倍大きいサイズを求めているらしい。


 グリーン・テンタクルは人間の子どもほどの大きさしかない。さらに大きい触手生物を開発するならば、これよりも大きい原種の触手系モンスター素材が必要になる。


 おっさんはかなりこだわりが強いようだ。

 依頼達成の道は見えてきたが、この様子だと苦戦は免れないだろう。僕は恐怖した。


 そして、僕は知ることになる。

 この拘りが、僕をさらに深い触手地獄へ追い込んでいくことを――。






     * * *


 触手を巨大化しろ――この提案を実現させるため、僕は帝国領土内に潜入した。


 理由は『素材確保』である。


 巨大な触手系モンスターである《クラーケン》や《ヘル・アネモネ》の素材は前回の合成で使い切ってしまった。研究所の倉庫に巨大触手系モンスター素材は皆無。現在は机の周辺に《グリーン・テンタクル》のバラバラ死体が未使用状態で置かれているだけだ。粘液がくさい。

 僕はグリーン・テンタクルを素材として使うことに限界を感じていた。彼らの素材では、巨大な触手を作れない。僕は新たに素材を確保する必要があった。


 巨大触手系モンスターが大量に水揚げされる港町。


 それが僕の目的地だ。そこで素材調達を行う。

 関所を抜け、帝国の海岸沿いにある港町エルラシアを目指す。関所通過の際、身分は『生物学者』と偽った。さすがに魔王軍幹部は入国が許可されないだろう。幸い、僕の顔は帝国内にあまり知られておらず、あっさりと通過できた。






     * * *


 ――港町エルラシア。


 帝国内で随一の魚介類水揚げ量を誇る町だ。町の近くには巨大な河川が連なり、海洋へ大量のミネラルを注ぎ込んでいる。それを栄養源としている植物プランクトンが周辺海域に大量発生しており、豊かな生態系が形成された。そのため巨大な触手系モンスターも海中に住み着いている。これがよく漁師の網にかかるらしい。


 僕は漁業組合を訪ね、そうしたモンスターの素材がないか話を聞く。


「ああ、あるよ。撒き餌にするにも量が多過ぎてな。研究したいのがあったら、持っていってくれ」


 僕が「生物学の研究で、触手系モンスターのサンプルがほしい」と尋ねたところ、あっさりと承諾が出た。やはり帝国内でも触手は不人気なのだろう。

 担当した漁師は僕を船着場近くの選別所に案内し、要らない触手を見せてもらった。


 しかし――


「何だこれ……小さ……」


 そこに僕が求めるような巨大触手はなかった。せいぜい短刀くらいの大きさしかない。これじゃ、森林のテンタクルよりも小さいよ……。


「あの……もっと大きいモンスター素材はありませんか?」

「あぁん? そんなもん、水揚げした段階で海に戻してるよ。船が重くなるし、網の中の魚を食っちまうからな。ここにあるのは、小魚と一緒にかかった小さい触手モンスターを取り除いたヤツだけだ」

「そ……そうですよね」


 まあ、この漁師の意見はもっともだ。売れない素材を港に持ち帰っても利益はない。

 しかしせっかくここまで来たのだから収穫なしでは帰れない。


「あんた、大きいモンスターを調べたいのか?」

「はい……」

「『大きい』ねぇ……ここ最近は不漁でなぁ。帝国軍が内陸で資源採掘してて、土砂が海に流れ込んでいるんだよ。そのせいで魚が逃げて、それを追って大型モンスターも消えちまった」

「そんなことが行われているんですね……」

「最近水揚げされた大型モンスターといえば、昨日揚がった海獣の王リヴァイアサンくらいだな」

「そ、それは今、どうなってますか!?」


 海獣の王リヴァイアサン――この海域の生態系のトップに君臨する鯨型モンスターだ。成長した個体は全長30メートルにも達する。その鱗は厚く、魔法を跳ね返す性質を持つ。その素材を利用した武具は、盾だけでも一生豪遊できる額になるらしい。


 一見、触手系モンスターとは無関係に感じるが、ヤツの餌は大型の触手系モンスターだ。その胃の内容物を調査すれば、ほしい素材が見つかるかもしれない。

 僕はそれに望みをかけて、その漁師に海獣の王リヴァイアサンの在り処を尋ねた。


 しかし――


海獣の王リヴァイアサンはなぁ、今、帝国軍が解体してるよ」

「へ? 帝国軍が?」

「ああ。特例法で、武具に応用できるモンスターはヤツらが管理するんだとさ」


 僕が求めるそれは、敵の手に渡っていた。









 ――触手への道のりは長い。

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