第7章 触手の勇気

37匹目 将軍の遺体

 ――その日の朝。

 研究所のベッドで、僕は酷い悪寒がして目が覚めた。


 まるで、誰かに強い殺気を向けられたような気がして。

 まぁ、根拠のない勘なんだけど。






     * * *


 ――その日の夕方。

 遠征に出ていた部隊が帰還し、魔王軍幹部による緊急会合が開かれた。戻ってきた兵士が会議の場に召喚され、詳しい報告を聞いていく。


「まさか、シュードキベレ将軍が……」


 ――彼が亡くなった。


 この会議での大きな話題はそこだった。ギルダ、デュラハンに次ぐ幹部内の実力者。彼が亡くなったことはその場にいた上級魔族を震えさせ、魔族陣営の将来に不安を抱かせる。


「……彼は、どういう最期だった?」

「最期を見た者はいません。勇者に首を斬られたことが致命傷になったようです。ただ――」

「ただ?」

「その死体の近くに、勇者の仲間と見られる魔術師の死体がありました。おそらく、刺し違えたのだと……」

「そうか……」


 勇者の仲間の魔術師――この世界での最大宗教『女神教』が派遣した最強の魔術師だと聞いている。これまで彼女によって多くの魔族が返り討ちにあった。勇者が活躍できているのも彼女の功績が大きいからだ、という話も耳にする。

 彼もただでは死ななかったようだ。勇者陣営に与えたダメージはでかい。






 ――というか、パラサイト・ニードルはどうなった!?


 将軍の体の中には、不慮の事故で飲んでしまった触手の卵が入っていたはず。

 他の魔族が彼の死について言及していく中、僕はそのことが気になって仕方なかった。「体から変なモンスターが出てきました」とか「死体の近くに変な触手が転がってました」などと報告されないか不安で、冷や汗がダラダラと全身を流れる。口内が一気に乾き、水分補給しようと目の前のカップに手を伸ばした。

 落ち着け。落ち着くんだ、僕……。


 しかし――


 カタカタカタカタカタカタ……!


 手の震えでカップのお茶がバシャバシャと零れる。僕が一口も飲むことなく、カップは空になった。

 そんな様子を見ていたデュラハンが僕へ話しかける。


「どうした、カジよ。震えているぞ」

「いえ……あのっ……これは」

「やはり、お前も勇者が恐ろしいのだな。分かるぞ、その気持ち」

「は……はぁ……」






     * * *


 結局「変なモンスターが出てきた」という報告はされなかった。


 その後、城の上位魔族は回収されたシュードキベレ将軍の遺体に立ち会った。今後、彼の葬儀が盛大に開かれる。僕らはその会場となる聖堂に集合し、一般の兵士よりも先に彼の遺体を拝見した。


 将軍は棺桶の中で大量の花に囲まれて眠っていた。エクスカリバーに切断された首は金具と糸によって縫合され、現在は全てのパーツが揃っている状態にある。


「……ギルダ様、死体の損傷が酷くて傀儡かいらいの術はかけられそうにありません。内臓まで体がボロボロです」

「ちっ……ヤツの再利用は無理か」


 会場の隅でギルダと彼の部下、ユーリングが話し込んでいる。

 どうやら傀儡の術を使ってシュードキベレ将軍の再利用を目論んでいたらしい。


 そんな様子を見ていたデュラハンが不快感を示す。僕の隣に立ち、一緒に棺桶を覗き込んだ。


「ギルダめ。死体に傀儡の術を使うなど、死者への愚弄に値するというのに」

「まあ、嫌ですよね。自分の意思に関係なく体を操られるのは」

「安らかに眠らせてやるのが、将軍への一番の弔いだ」


 僕にそう言うとデュラハンは去っていった。

 特に将軍の傷や死因については言及してこなかった。


 シュードキベレ将軍の傷は勇者に付けられたもの。

 みんなそう思っているらしい。


 でも、僕には分かる。

 将軍の首以外の傷はパラサイト・ニードルによって作られたものだ。

 ヤツは確実に体外へ飛び出している。

 一体、ヤツはどこに……?


 しかし、考えても答えは出ない。


 僕は棺桶から離れ、会場を去ろうとした。


 そのとき――





 カジ。お前のおかげで一矢報いることができた。礼を言う。

 気を付けろ。勇者が狙っているぞ。





 そんな声が聞こえた気がした。


「え?」


 僕は振り向き、再度棺桶を覗く。


「将軍? 死んでます……よね?」

「……」


 もちろん、棺桶から反応はない。


「将軍、この度は申し訳ないです。色々と」

「……」

「今は、ゆっくり休んでください」


 僕は会場を後にした。

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